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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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王座の後で


 コロセウムに歓声が響き続けている。



 トワは手のひらの中で眠るセレスを見下ろしたまま、しばらく動けなかった。

 そうしてセレスを見つめていると、レナたちが駆け寄ってきた。



「トワさん! 優勝!! 優勝だよ!!!」



 レナが泣いていた。リゼも泣いていた。マルクが目を赤くしている。カインだけが笑っていたが、その目も潤んでいた。



「トワさん! 見て、称号! 『王座の戦士』って出てる! 私の頭の上に!」

「泣きながら称号を自慢するな」

「だって、嬉しいんだもん!」



 レナがトワの手元を覗き込んだ。



「セレスちゃん、寝てる……? 大丈夫?」

「大丈夫だ。疲れて眠っただけだ。──たぶん」

「たぶん!?」



 カインが近づいてきて、セレスの様子を観察した。



「ステータスは表示されているか?」



 トワがセレスの情報を確認した。




【セレスティア 状態:深い眠り HP:正常 回復中】




「回復中、と出ている。問題ないようだ」



 全員がほっとため息をついた。



「よかったぁ……」レナが胸を撫で下ろす。



 マルクが僧侶として回復魔法を使おうとした。



「一応、回復かけておくか?」

「頼む」



 マルクの回復の光がセレスを包んだ。セレスがむにゃむにゃと寝言を言った。



「トワ……おなか……へった……」



 全員が吹き出した。



「寝言でも食べ物の話してるよこの子!」レナが笑い泣きしている。

「ぶれないな」カインが肩を揺らしている。



 リゼが自分のアイテムストレージから果物、ゲーム内のリンゴを取り出した。



「これ、置いとく? 起きた時に食べるかも」

「ありがとう。でも、セレスは手のひらサイズだぞ。リンゴ丸ごとは大きすぎる」

「あ、そっか。じゃあ小さく切る?」

「リゼ、ナイフ持ってる?」

「持ってないけど、カインが持ってるでしょ」



 カインが無言で暗殺用の短剣を取り出し、リンゴを細かく切り分けた。暗殺者の短剣でリンゴを切る。微妙に贅沢な使い方だった。



「暗殺者がリンゴ切ってるの面白い」とレナが言った。

「黙れ」とカインが返した。



 切ったリンゴをセレスの横に置いておいた。セレスは起きなかったが、寝たまま小さな手がリンゴのかけらを掴んだ。本能で食べ物を握る、守護精霊さま。



 バルトが歩いてきて、トワの肩を叩いた。



「ありがとう、トワ。お前がいなければ──いや、お前がいなくても、こいつらは強くなっていた。でもな、お前がいたから、もっと強くなれたんだ」

「……俺は、歩いていただけだぞ」

「知ってる。それが、お前のすごいところだ。──飯でも食いに行くか? 打ち上げだ」

「打ち上げ?」

「ギルドで勝利した後に飯を食う。普通のことだ」



 普通のこと。冬夜はその「普通」をやったことがなかった。二年間ソロだったから。



「……行く」

「よし。全員、始まりの町の酒場に集合だ!」




    ◇




 始まりの町・リベルタの酒場。



〈深紅の牙〉の五十人が酒場を占拠していた。NPCの酒場のマスターが大忙しで料理を運んでいる。ギルド対抗戦の優勝チームが来たということで、マスターは上機嫌だった。



「おお、トワじゃないか! 久しぶりだな! 優勝おめでとうよ!」



 始まりの町のNPCは全員、トワとの友好度がMAXだ。マスターがトワ専用の特別料理を出してくれた。




【酒場のマスター特製・祝勝の煮込みを入手しました】




「おお、トワさんだけ特別メニューだ」

「ずるい!」

「NPC友好度の格差社会だ……」



 トワは煮込みをセレスの横に置いた。セレスはまだ寝ている。だが匂いを嗅いだのか、鼻がぴくぴく動いた。



「……ん……おいしい……におい……」



 目は閉じたまま、小さな手が煮込みの方向に伸びていく。

 レナが悲鳴を上げた。



「可愛すぎて死ぬ!!」



 ミコトがそっと隣に座った。目が真っ赤だ。



「トワさん」

「なんだ」

「……おめでとうございます」

「ああ。ありがとう。お前の【鷹の目】がなければ、前半を凌げなかった」

「私なんて、全然大したことしてないですよ……」

「そんなことはない。お前の矢がなければ、俺は三回死んでいた」



 ミコトが目を見開いた。



「……数えてたんですか」

「戦場では味方の位置も、助けられた回数も把握するだろ」

「………もう、ほんと……」



 ミコトが何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。



「トワさん、その……これからも、あなたの旅を配信させてください」

「好きにしろ。いつもそう言っているだろ」

「はい。──好きにします」



 ミコトの声が、いつもより少し低かった。冬夜はその違いに気づかなかった。

 酒場の隅で、レナとリゼがこちらを見ながらひそひそ話をしていた。



「ミコトちゃんって……あれ、一歩手前じゃない?」

「トワさん、絶対気づいてないよね」

「うん。絶対気づいてない」

「かわいそうに……」

「でも、そこがいいんだよね、トワさんは」



 セレスが寝たまま、むにゃむにゃと寝言を言った。



「トワ……セレスの……トワは……セレスの……」



 レナとリゼが顔を見合わせた。



「セレスちゃんまで参戦してるよ」

「寝ながら牽制してるのすごくない?」




    ◇




 観客席では、別の場面が展開していた。



 蓮と宮瀬が、特設コロセウムの観客席に座ったままだった。周囲のプレイヤーたちが歓声を上げて帰っていく中、二人だけが動けなかった。



『……すごかった』



 宮瀬が呟いた。



『久坂くんが……あんなに──たくさんの人の中で、あんなふうに戦ってるの、初めて見た』



 蓮が隣でうなずいた。



『お前、泣いてたろ』

『泣いてないよ』

『嘘つけ。俺も泣いてたけど』



 宮瀬がふふっと笑った。



『あの小さい女の子が倒れかけた時、久坂くんが走って受け止めたでしょ。あの時──なんか、普段の久坂くんと全然違って見えた。あの人、ゲームの中だとあんなに必死になれるんだね』



 蓮が腕を組んで考えた。



『あいつは、ゲームの中でも外でも同じだよ。ただ──ゲームの中だと、それが見えやすいだけだ。あいつはいつだって、自分の大事なもののために全力で走る。普段はわからないだけで』



 宮瀬がしばらく黙って考えていた。



『……岡野くん。私、久坂くんのこと──』

『知ってる。前から気づいてた』

『えっ』

『お前、ノート借りた時から顔に出てたからな。──あいつは鈍いけど、俺は鈍くない』



 宮瀬の顔色が真っ赤になった。



『言わないでよ! 本人に!』

『言わねえよ。あいつが自分で気づくまで待て。──ま、いつになるかわからんが』

『……長そう』

『七千時間歩いて最強になる男だからな。気長にいけ』



 二人が帰り支度を始めた。




    ◇




 酒場の打ち上げが終わった後、トワは一人で草原に転送した。セレスはまだ眠っている。手のひらの中で、リンゴのかけらを握りしめたまま。



 草原を歩いた。セレスを両手で抱えているから、剣は持てない。モンスターに出くわしたら困るが──銀月の草原の夜間は穏やかだ。大丈夫だろう。



 いつもの丘に登った。月を見上げる。


 スマホの通知が大量に来ているのを感じる。フォーラムのことは後で見ればいい。


 ──いや、少しだけ見るか。


 フォーラムを開いた。




 【ギルド王座決定戦 〈深紅の牙〉が〈聖銀の盾〉を破り優勝!!】




 ──「泣いた」

 ──「前半の闇夜の帳で索敵封じられた10分間、本当にハラハラした」

 ──「あの10分を耐えた深紅の牙の練度がすごい。トワがいない前提で練習してたんだな」

 ──「で、後半の情報共有がとどめ。あれは反則」

 ──「セレスの拡張モード、限界超えてたよな。最後ふらふらだった」

 ──「トワがセレスを受け止めたシーンで泣かないやつはいない」

 ──「配信のアーカイブもう800万再生いってるぞ」




 別のスレッド。




 【考察】トワが戦闘中に旅人の手記を連打してATKを積み上げていた件




 ──「あれ気づいた? アストレアとの一対一の時、手記を連打してバフ積んでたぞ」

 ──「マジ? 戦闘中に?」

 ──「CTゼロだからアイテムも連打できるんだよ。それを戦闘中のバフ積みに使うのは初めて見た」

 ──「しかも途中でスープ飲んでた」

 ──「戦闘中にスープ飲む旅人wwwwww」

 ──「アストレアが『戦闘中に食事まで!?』って驚いてたの草」

 ──「しかも理由が『美味いから』なのも草」

 ──「時間が経つほど強くなる戦い方。旅人の歩くほど強くなるって、ほんとさ……」

 ──「この発想はトワにしかない」




 さらに別のスレッド。




 【投票】BCO史上最高の名場面を決めよう




 ──1位:トワがセレスを両手で受け止める(決勝)

 ──2位:「いい旅だった」(グラオザーム初討伐)

 ──3位:セレスがゼクスの顔面に体当たり(準決勝)

 ──4位:「旅人の仕事だ」(ゼクス再戦)

 ──5位:0.5秒の敗北と「もう一度やる時は、間に合わせる」




 冬夜はフォーラムを閉じた。




 スマホに宮瀬からメッセージが来ていた。




 宮瀬:「優勝おめでとう。泣いちゃった。岡野くんも泣いてたよ」

 宮瀬:「最後にセレスちゃんを両手で受け止めたとこで、もうダメだった」

 宮瀬:「久坂くん。あなたの旅、すごく素敵です」



 冬夜はしばらくメッセージを見つめていた。



 「あなたの旅」。宮瀬は、BCOの中身は知らない。トワの名前も、旅人の詳細も。でも、自分の旅が「素敵」だと言ってくれた。



 返信を打つ。



 冬夜:「ありがとう。お前に見てもらえてよかった」



 送信してから気づいた。「お前」と打っている。ゲーム内の口調が出た。

 慌てて訂正しようとしたら、宮瀬から即座に返信が来た。



 宮瀬:「お前って言ったね。もしかして、ゲームの中の久坂くんの口調?」

 冬夜:「間違えた。すまない」

 宮瀬:「いいよ。なんか嬉しい。ゲームの中の久坂くんに少し会えた気がする」



 冬夜はスマホを伏せた。

 顔が熱い。スープを飲んだせからではない。


 手のひらの中で、セレスが寝返りを打った。リンゴのかけらをもぐもぐと食べている。まだ寝ている。寝ながら食べている。



「……起きてから食べろ」


 返事はない。寝ながら食べ終えて、満足そうに丸くなった。尻尾をぱたぱたと振っている。

 冬夜は、笑った。声に出して。

 誰も見ていない、月の下の草原で。手のひらの中の小さな妖精と、二人きりで。

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