決勝後半(vs聖銀の盾)
トワがセレスに乗って戦場を走り出した瞬間、アストレアの目つきが変わった。
「──速い。あれが、守護精霊の騎乗か!」
アストレアが後方の副官に叫んだ。
「本隊はそのまま敵旗に向かえ! 私はトワを追う!」
「ギルドマスター、単独で!?」
「問題ない。──あの旅人は、私が止める」
アストレアがスキルを発動した。
【聖騎士スキル「光翼」──移動速度2倍・30分間】
聖騎士の機動スキル。背中に光の翼が展開され、地面を滑るように加速する。
セレスの三倍速に対して、アストレアの二倍速。追いつかれはしないが、引き離しもできない。
フィールドの外周を疾走するトワと、それを追うアストレア。二人の間の距離は常に二十メートル。
「逃げるだけですか? 旅人」
アストレアの声が背後から飛んでくる。
トワはボイスチャットで答えた。
「逃げていない。──お前を本隊から引き離している」
「わかっていますよ。ですが──私がいなくても、〈聖銀の盾〉は崩れません。私たちは二年間、個人に依存しない組織を作ってきた」
その言葉の通りだった。
アストレアが離れた〈聖銀の盾〉の本隊四十九人は、崩れるどころか、何不自由なく前進していた。副官の指揮で陣形を維持し、〈深紅の牙〉の前衛を着実に押し込んでいく。
レナ:「押されてる! アストレアがいなくても、敵が強い!」
カイン:「練度が段違いだ! 一人一人の動きに無駄がない!」
トワの作戦は「アストレアを引き離して本隊を弱体化させる」だった。しかし、〈聖銀の盾〉は個人に依存していなかった。アストレアがいなくても強い。
──甘かった。
このままでは本隊が旗を取られる。だがアストレアを振り切って本隊に戻れば、アストレアも戻る。振り出しに戻るだけだ。
考えろ。
走りながら考える。セレスの背の上で、風を受けながら。
──何が足りない。
個人技では勝てる。索敵も通る。だが集団戦で、組織力で負けている。〈深紅の牙〉は中堅ギルドだ。〈聖銀の盾〉の二年間の組織力には及ばない。
ならば──組織力以外で勝つ手段が必要だ。
トワにしかできないことで、戦場全体をひっくり返す手段。
──ある、一つだけ。
でも、やったことがない。
「セレス」
「なに、トワ」
「お前の【月光の目】を、俺の【見聞録】と同時に起動できるか」
「うん、できるよ」
「その情報を──味方全員に、リアルタイムで共有できるか」
「……? どういうこと?」
「俺が【見聞録】で読み取った敵の情報を、セレスを通じて、味方全員の視界に直接送り込むんだ。レイドチャットに打つんじゃなく──味方の画面に、敵の位置と攻撃パターンを表示する」
セレスはうーんと考え込んだ後、こくりとうなずいた。
「それ、セレスのちから、ぜんぶつかう。たぶん、すごくつかれる」
「耐えられるか」
「……わからない。でも、やってみる。トワがいるなら、やれる」
「ありがとう。──行くぞ」
トワが【見聞録】を最大展開した。半径一キロメートル──セレスの感知スキル【月光の目】と完全同期。敵五十人全員の位置、HP、装備、スキルCT、攻撃予備動作──すべてが流れ込んでくる。
その膨大な情報を、セレスを通じて──味方四十九人全員に送り込んだ。
【守護精霊の固有スキル『月光の目』──拡張モード起動】
【味方全員の視界に、敵情報レイヤーを共有します】
◇
〈深紅の牙〉の全員の視界が、一瞬で変わった。
いきなり──敵全員の位置が見えるようになった。敵の一人一人の頭上に、HP、スキルCT、次の行動予測が表示されている。
「なっ──なにこれ!?」
思わずレナが大きな声を出した。
「敵が……全員、見える! 攻撃パターンまで表示されてる!」
「トワの索敵が──俺たち全員に共有された!?」
カインも驚愕する中、バルトが一瞬で状況を理解した。
「──全員聞け! 敵の情報が全員に見えるようになった。各自の判断で動け! 目の前の敵の行動が読める! 読んで、避けて、叩け!」
戦況が一変した。
〈深紅の牙〉の五十人全員が──トワの目を持った。
前衛のタンクが、敵の攻撃予備動作を見て先回りで盾を構える。被弾がゼロに。
レナが、敵の剣士のスキルCTの隙を突いて三連撃を叩き込む。
リゼが、敵のヒーラーの詠唱を見切って、完了直前に魔法で妨害する。
カインが、HPの減った敵の位置情報を追跡し、確実に仕留める。
マルクが、味方の中で最もHPが低いプレイヤーをリアルタイムで把握し、最適なタイミングで回復を飛ばす。
ミコトが、戦場全体を把握した上で最も効果的な位置に【鷹の目】の矢を放ち、さらに奥の情報を引き出す。
全員が、自分の目で見て、自分の頭で判断して、最善の行動を取っている。
トワが情報を与え、仲間が自分で動く。
指揮官ひとりの命令で動くんじゃない。
一人一人が自律して動く──そして、全員が同じ情報を持っている。
それはまるで、五十人の旅人のように。
> おい、なんだかこれやばくないか?
> 深紅の牙、全員の動きが変わったぞ
> 一人一人が、最適な行動を取ってるように見えるが
> トワの索敵を全員で共有してる……?
> そんなことできるのか!?
> セレスの能力か!? 守護精霊の!?
> 五十人がトワの目を持ったら、そりゃ最強だろ
〈聖銀の盾〉の前線が崩れ始めた。
攻撃が当たらない。こちらの攻撃は全て急所に入る。防御が先回りされ、回復が妨害される。──まるで全ての手が読まれているかのような戦い方をされている。
「何だ、これは──」
〈聖銀の盾〉の副官が動揺し始めた。
「我々の動きが全て読まれている! どうなっている!?」
◇
しかし一方で、セレスの負荷は想像以上だった。
五十人分の情報を常時共有するのは、セレスのスキルの限界を超えている。
鹿形態のセレスが、ぜえぜえと息を荒くしていた。
「セレス。大丈夫か」
「だいじょ、ぶ。まだ、やれる」
「無理はするな」
「むり、してない。──トワのために、やってる。だから、むりじゃない」
あくまでもセレスはNPCの位置づけにある。ペットなのか召喚獣なのか、カテゴリは不明だが、このまま酷使し続ければ、セレスが倒れるかもしれない。中には、死んだら消滅するNPCも存在する。最悪の場合を想定すると、セレスを酷使させるわけにはいかない。
だが今やめれば、情報共有が止まり、戦況が元に戻る。
時間を確認した。残り8分。
8分。長い。セレスがもつか。
「あと8分だ。セレス、いけるか」
「……5ふん。5ふんなら」
5分。残り3分は情報共有なしで戦わなければならない。
「わかった。5分で決める」
直ぐにレイドチャットに打った。
トワ:「全員聞け。あと5分で情報共有が切れる。5分以内に旗を取る。──全力で行け!」
バルトが振り返って情報を伝達した。
「聞いたな! 制限時間は残り5分だ! 全力で、全軍突撃しろ!」
〈深紅の牙〉の四十九人が動き出した。
まだアストレアと走り続けているのは、トワだけ。
「──行かないんですか?」
アストレアがトワの背後から声をかけた。
「味方が旗を取りに行ったのに、あなたは私と走り続ける。それは……いったい、なぜ?」
トワがセレスの背の上で振り返った。
「お前を自由にすれば、味方が崩される。俺がお前を引きつけている間に、仲間が旗を取る。──俺は、信じているんだ」
「仲間を?」
「ああ。──初めてかもしれないな、俺がこんなことを言うのは」
アストレアが相好を崩した。
「いい顔をしますね。──では、私も全力で」
アストレアが加速した。光翼がさらに輝く。距離が──詰まり始めた。
15メートル。10メートル。
「セレス、速度を上げられるか!」
「……もう、いっぱい、いっぱい!」
セレスの声が弱い。情報共有と騎乗を同時に維持するのが限界なのだ。
8メートル。アストレアの『聖剣』の射程に入りかけている。
──逃げきれない。ならば。
トワはセレスの背から飛び降りた。
「トワ!?」
「セレスは下がって、情報共有を続けてくれ。俺が──あいつをここで止める」
セレスは小さな姿に戻って、情報共有を続ける。
トワは地面に着地し、アストレアに向き直った。
聖騎士と旅人。一対一。
アストレアが聖剣を構えた。光が溢れる。
「やはりそう来ますか。──受けて立ちましょう」
トワは──剣を抜かなかった。
代わりに、アイテムストレージを開いた。
取り出したのは【旅人の手記】。
アストレアが一瞬、怪訝な顔をした。
「……戦闘中に、何を?」
トワは【旅人の手記】を足元に叩きつけた。しおりが設置される。
スキル名:【初心の心得】──Lv1のトワは、あらゆるアイテムのCTがゼロ。
二個。三個。四個。五個。
ATK+1%、+2%、+3%、+4%、+5%。
【道具通】で効果二倍。ATK+10%。
「戦闘中にバフを積んでいるだと? 舐められたものだな――隙だらけだぞ、トワ!」
アストレアが踏み込んだ。聖剣スキル「光断」。180度の光の斬撃。
そこへ【砂時計のレンズ】を使用する。
直前3秒の行動を巻き戻し。踏み込みの角度、剣の軌道、光の展開速度──解析。
避けた。光の斬撃がすぐ横の地面を引き裂く。
──しかし、トワは反撃しなかった。
代わりに、さらに【旅人の手記】を五個叩きつけた。ATK+20%。
アストレアの目に、いぶかしさが増した。
「逃げながらバフを積んでいる……? 時間稼ぎと自己強化を、同時に?」
アストレアの見立ての通りだった。
これまでのトワの戦い方は「回避して反撃」の繰り返しだった。しかし、今回は違う。
アストレアのHP95,000を削りきる火力が足りない。だから──戦闘中に火力を上げ続ける。
【旅人の手記】を戦闘中に連打する。
【旅人の手記】――現在地に「しおり」を設置。以降そのエリアでの全ステータスが微量上昇(ATK+0.5%)。永続で重ねがけが可能。さらに【道具通】で効果倍増のATK+1.0%/個。
CTゼロだから途切れない。回避の合間にアイテムを使い、一秒ごとにATK+%が上がっていく。
走って、避けて、しおりを撒いて、強くなる。
旅人の戦い方。歩けば歩くほど強くなる──それを、一つの戦闘の中で再現する!
「……面白い。時間が経つほど強くなるということですか」
「旅人は、歩いた分だけ強くなる。それは、30分間の戦闘でも同じことだ」
アストレアが聖剣を振る。「光断」、二度目。
トワは今度も避けた──が、避けながら反撃に転じた。0.17秒で槍に切り替え、突進。
7,200。
通った。だがアストレアのHP95,000に対して一割にも満たない。
それでも30秒前のトワより、今のトワの方が強い。そして30秒後のトワは、今よりもっと強い。
アストレアの反撃。盾による打撃。重い。
あらゆるダメージ軽減効果を加味した上で、HP360のうち320が削れた。残り40。
【旅路の糧食・改】の回復効果が発動する。走り続ける限り、回復が止まらない。
さらに──トワはもう一つ、アイテムを使った。
【マーサの霧底スープ】。環境効果の無効化──ではなく、今ここで使う理由は別にある。
料理アイテムは、美味しいのだ。
回避しながらスープを飲む旅人。
アストレアが思わず目を見開いた。
「戦闘中に、食事までするだと!?」
「旅人は、どこでも食事を取る。戦場も、旅路の一部だ」
二撃目、三撃目、剣戟が交わる。トワは全武器を切り替えながら攻撃パターンを変え続ける。
時間が経つ。一分。二分。
トワのATKが──戦闘開始時より30%上がっていた。
三合目の三連斬。
9,400──9,400──9,400。
さっきの7,200より、格段に重い。アストレアが、この時初めて焦りを抱いた。
「本当に……時間が経つほど強くなっているのか!?」
しかし、アストレアも止まらない。聖剣の一撃が──
「光断・連」──聖剣スキルの上位版。三連続の光斬撃。
一撃目を横に避ける。二撃目を剣で受ける──腕が痺れる。三撃目が──
ここで、トワは新しいことをした。
三撃目に対して──【旅人の広域煙幕】を自分の足元に叩きつけた。
【旅人の広域煙幕】、白い煙幕を展開。使用者の位置情報をミニマップから10分間消去する。
白い煙がトワの周囲を覆い、三撃目の光斬撃が煙幕の中に消える。
しかし、聖属性の光は煙幕をも貫通した。トワの左肩をかすめる。
回復したHP280のうち、250が消えた。残り30。
手痛い一撃だ。だが──
煙幕の中にいるのはトワだ。ミニマップから、トワの位置が消えている。アストレアは一瞬、トワを見失った。
その一瞬で、トワは煙幕の中から弓に切り替え、煙幕の外のアストレアに矢を射た。
煙幕の中から、外の敵を撃つ。ゼクスとの初戦で使った戦法の応用。
必中の精密射撃。アストレアの鎧の隙間──首の付け根を狙う。
12,600──クリティカル。
【旅人の手記】の蓄積バフ込みの火力。戦闘開始時とは別物のダメージ。
「──くっ!」
アストレアが煙幕に向かって「光断」を放つ。しかし、トワはもう煙幕の反対側に出ている。
走りながら、さらに手記を叩きつける。ATKが上がる。
……あと少し。あと少しで──
しかし、
「トワ!! 旗ぁ!!!」
レナの声が、戦場の向こうから聞こえた。
【〈深紅の牙〉が〈聖銀の盾〉の旗を奪取しました】
【勝者:〈深紅の牙〉】
【試合時間:26分42秒】
【ギルド王座決定戦 優勝:〈深紅の牙〉】
◇
二十五万人の歓声が、特設フィールドの壁を震わせた。
配信のコメント欄は高速で流れすぎてもはや読めない。
『優勝!!!! 〈深紅の牙〉!!!! ギルド王座決定戦、優勝です!!!!!! 中堅ギルドが──王座を──!!』
ミコトの声も掻き消す壮絶な勢いで、コメント欄が大荒れだった。
> 優勝!!!!!!!!!
> 中堅ギルドの下剋上!!!
> トワがアストレアを一人で抑えて、その間に旗取った!!
> セレスちゃん大丈夫!? 最後ふらふらだったけど!?
> あの情報共有やばすぎた。50人全員がトワの目を持つって何
> 「仲間を信じている」って台詞、一年前のトワからは想像できない
> 泣いてるわ俺
決着がつくと、トワは走るのを止めた。
アストレアも剣を下ろした。
「……あと二分続いていたら、私のHPも危なかったかもしれませんね。あなたの火力は、明らかに上がっていた」
「旅人は歩くほど強くなる。それが、三十分の戦闘で証明されたな」
「ええ……恐ろしい人です。あなたとは、長い試合をしたくない。長引くほど不利になりますから」
「それはどうかな。あと一撃でももらえば、倒れていたのは俺の方だった。……負けていたのは、俺だったかもしれない」
「ですが、現実は私たちの敗北です。……ええ、いま理解しました。敗北にも、このような清々しさがあるのですね」
アストレアがふっと笑った。それは敗者の笑みではなく、強敵に出会えた喜びの笑みで。
「また会いましょう、トワ。もっと強くなって、出直します」
「できれば二度と戦いたくない相手だが……来るというのなら、受けて立つぞ」
「嬉しい返答ですね。――それでは」
アストレアはそれだけ言って、トワの前から去っていった。
「セレス、大丈夫か?」
一方で、セレスは空中でふらふらとしていた。
体力の限界だったのだろう。スキルの負荷で、角の輝きも弱く、耳もぺたんと垂れている。
「トワ……かった?」
「勝った。お前のおかげだ」
「よかった……セレス、がんばった……」
セレスの目が閉じかけた。小さな身体が落ちて、トワが両手で受け止めた。
「トワ。セレス、やくにたった?」
「ああ。──お前がいなければ、勝てなかった」
「……うれしい」
冬夜は手のひらの中のセレスを見下ろした。
──ありがとう。
声に出さなかったが、冬夜は感謝を込めて精霊の顔を見つめていた。




