歌う廃墟
翌日。トワ、タマキ、ハル、ミコト、ゼクスの五人で綻びの大地に入った。
虹砂の砂漠を抜けて、糸読みの赤い方向に向かった。砂が途切れ、瓦礫が見え始めた。崩れた壁、折れた柱、ひび割れた石畳。都市の残骸だ。
そして、音がした。建物が振動して低い音を出している。柱が風を受けて笛のように鳴っている。石畳が足を乗せるたびに鐘のような音を返してくる。廃墟全体が楽器になっていた。
「なんだ、これは」ゼクスが足を止めた。「建物が歌ってるのか」
「歌う廃墟……」ハルが呟いて、すぐにメモ帳を出した。
セレスが耳を澄ませていた。
「トワ。おと、きれい。でも、かなしい」
「悲しいか」
「うん。このおと、だれかがないてるみたい」
システムメッセージが表示された。
【新エリアに侵入しました】
【エリア名:??????(未復元)】
【環境効果:スキルCT変動】
【このエリアでは全てのスキルのクールタイムがランダムに変動します】
【変動範囲:0秒〜通常の5倍】
【変動は10秒ごとに発生します】
「スキルのCTがランダム化だと?」ゼクスの顔色が変わった。
ゼクスの主力は影潜り。CT管理が命の戦い方だ。それがランダムになるということは、計画通りに動けないということだ。
「十秒ごとに変わるのか。使おうとした瞬間にCT五倍になったら……」
「連続使用がウリのスキルなのに、使いたい時に使えなくなる。でも逆に0秒になったら無限に連発できる……運ゲーですね」ミコトが言った。
「運ゲーにしたくないんだが……」ゼクスは顔をしかめた。
トワが歩き始めた。
「俺の旅人スキルにCTは殆どない。見聞録も糸読みも常時発動型だ。このエリアでは俺が前に出る」
「お前はいつも前に出てるだろう」ゼクスが苦笑した。
「今回は理由がある。お前たちのスキルが不安定な分、俺がカバーする」
「……頼む」
ゼクスが素直に頼むのは珍しかった。
◇
廃墟の中に入った。
ここはかつて都市だった。通りがある。建物が両側に並んでいる。看板の残骸がぶら下がっている。文字が読める。「パン屋」「鍛冶屋」「薬局」「宿屋」。
「お店がある」タマキが看板を見上げた。「普通の町だったんですね。人が暮らしてた」
「薬局まであるのか」
「わたしたちと同じように、薬師がいて、薬を売ってたんでしょうね」
通りの奥から、足音が聞こえた。金属の足音。規則的で、重い。
角を曲がって、それが現れた。
鎧を着たNPCだった。だが目が赤く光っていて、動きがぎこちない。関節が逆方向に曲がっている箇所がある。壊れた人形のような動きで、こちらに向かって歩いてくる。
【モンスター名:残響兵】
【Lv:72】
【HP:18,000(変動なし)】
【特性:元NPCの住民が壊れてモンスター化した存在】
【攻撃パターン:生前の行動を繰り返す(職業に依存)】
【特殊:討伐時に「記憶の断片」をドロップする場合がある】
【注意:一部の個体は記憶干渉で元のNPCに復元できる可能性があります】
「元NPCがモンスターに……」ハルの声が低くなった。
「倒すしかないのか」ミコトが聞いた。
「見聞録で確認する」
トワがスキャンした。この残響兵の元データを読み取る。
【元NPC情報:パン職人。名前:消失。復元可能性:5%(データ損傷が激しい)】
「復元可能性5%。この個体は戻せない。データが壊れすぎてる」
「じゃあ、戦うしかないですね」ハルが杖を構えた。
残響兵が突進してきた。元パン職人だが、モンスター化した今は腕がパンをこねる動きで振り回されている。滅茶苦茶だが、力は強い。
ゼクスが影潜りで背後に回ろうとした。
【スキルCT変動発生】
【影潜り:CT → 4倍に増加】
「ちっ、四倍か……!」
影潜りが使えない。ゼクスが通常の剣術で応戦した。
ハルが導師の支援スキルを唱えようとした。
【スキルCT変動発生】
【導師の祝福:CT → 0秒】
「あ、CT0秒です! 連発できます!」
ハルが祝福を連打した。三回連続で味方全員にバフがかかった。攻撃力が三重に上昇している。
「ハル、お前だけ運が良すぎないか」ゼクスが言った。
「導師の運です!」
「そんな運があるか!」
トワが残響兵の正面に出た。三重バフ付きの果ての道標を振り抜いた。
【トワの攻撃:果ての道標・白銀形態(三重バフ)】
【残響兵に12,300ダメージ】
「一万二千! 三重バフすごい!」ミコトが配信画面に叫んだ。
残響兵が体勢を崩した。トワが追撃した。
【トワの攻撃:追撃】
【残響兵に12,300ダメージ】
【残響兵を討伐しました】
【ドロップ:残響石×1、記憶の断片×1】
残響兵が倒れた。鎧が砕けて、中から光の粒が散った。元NPCの残滓だ。
「記憶の断片が落ちた」
トワが拾い上げた。見聞録で読み取ると、映像が再生された。
パン屋の店内。朝の光が窓から差し込んでいる。カウンターの向こうで、太った男がパンをこねている。店の外を子供が走っていく。通りに人が行き交っている。普通の朝の風景だ。
「……これが、この都市が生きていた頃の記憶だ」
全員が映像を見ていた。
「普通の町ですね」タマキが小さく言った。「わたしたちの始まりの町と、変わらない。パン屋があって、通りに人がいて」
「この人たちが、全員止まったんですか」ハルが聞いた。
「止まって、壊れて、モンスターになった」
「……ひどい話ですね」
「ああ、だから直す」
通りの奥から、さらに足音が聞こえた。複数。五体、いや十体以上。残響兵の群れが、通りの向こうから歩いてくる。
ゼクスのスキルCTが変動した。
【影潜り:CT → 0秒】
「来た! 0秒だ!」
ゼクスが影に沈んだ。残響兵の群れの中を影潜り連打で駆け抜けて、三体を一気に斬り伏せた。
「ゼクスさん、CT0秒の影潜り連打! 視聴者さんも驚いています!」
だが十秒後、CTが変動した。
【影潜り:CT → 5倍に増加】
「今度は、五倍か!?」
「天国と地獄の差が激しいですね……」ハルがメモしている。
トワが前に出た。ゼクスが使えない間は自分がカバーする。ハルのバフが乗った果ての道標で、残響兵を次々と斬り伏せていく。タマキが後方から回復薬を投げる。ミコトが盾役として前衛を支えている。
五人パーティの連携。一人では見られなかった戦い方だ。
◇
残響兵の群れを排除して、都市の中央広場に出た。
広場の中央に、大きな建物がある。門がある。門の前に、鎧姿のNPCが立っていた。
だがこのNPCは、残響兵ではなかった。目が赤く光っていない。鎧も壊れていない。ただ立っている。文字化けしたネームプレートが頭上に浮かんでいる。「▊▊▊」。三文字。
「あのNPC、モンスター化してない……」ハルが指差した。
「守衛だ。門を守ってる。都市が壊れた後も、ずっと門を守り続けてたんだろう」
トワが近づいた。見聞録でスキャンした。
【NPC情報:守衛長。名前:消失。復元可能性:98%(データほぼ完全)】
「復元可能性98%。門を守ることでデータを維持していたんだ」
ルーナが影の中から静かに言った。
「……トワ。このNPCの周りだけ、法則が少し安定してる。門を守るという行為が、崩壊を押し留めていたのかもしれない」
「ノーネが歩くことで存在を保ったように、こいつは守ることで存在を保った」
メブキが地面に降りて、NPCの足元で双葉を広げた。
「くるくる……このひとのねっこ、このもんにからまってる。もんをまもることが、このひとのねっこ」
トワが記憶干渉を発動した。
【記憶干渉を実行中……】
【復元率:25%……50%……75%……98%!】
【名前の完全復元:「ガレス」】
【職業:守衛長】
【NPCデータの復元が完了しました!】
ガレスの目が開いた。深い茶色の目。鎧がきしんだ。ガレスが首を動かして、トワを見下ろした。背が高い。二メートル近い巨漢だ。
「……お前は、誰だ」低い声だった。
「旅人のトワだ。お前の名前はガレス。守衛長の」
「ガレス……そうだ。俺はガレス。この都市の守衛長。門を守る者」
ガレスが広場を見回した。崩れた建物。割れた石畳。誰もいない通り。
「……みんな、どこに行った」
「止まった。世界が捨てられた時に、住民たちは止まって、壊れた」
「……あの日、朝が来なかった。いつも通り門を開けたが、誰も来なかった。通りに出たら、みんな立ったまま止まっていた。パン屋も。薬屋も。子供たちも」
ガレスの声が低く震えた。
「俺は門に戻った。守衛長だから。何が起きても、門を守る。それが俺の仕事だ。みんなが止まっても、俺だけは止まらなかった。門を守っている限り、いつかみんなが戻ってくると信じていた」
「……信じていたのか」
「信じていた。ずっと。どれだけ時間が経っても」
セレスがトワの肩で、静かにガレスを見上げていた。
「ガレス。みんなは、もどらなかった?」
「……戻らなかった。代わりに、壊れたものが動き始めた。住民だったものが、赤い目になって、通りを歩き始めた。俺は門から動けなかった。門を離れたら、俺も止まると思ったから」
「お前は正しかった」トワが言った。「門を守ったから、お前のデータは残った。お前が諦めなかったから、俺がお前を取り戻せた」
ガレスがトワを見た。
「……頼みがある。あいつらを……残響兵を、できるだけ元に戻してやってくれないか。俺が守っていた町の住民たちだ」
「戻せる奴は戻す。約束する」
ガレスがゆっくりと片膝をついた。守衛長の礼だ。
「この門の奥に、ほころびがある。案内する」
トワが頷いた。振り返ると、ハルが涙目になっていた。
「師匠……ガレスさんの話、全部メモしました。全部」
「お前、泣いてるのか」
「泣いてません。目から導師の祝福が漏れてるだけです」
「それは泣いてるだろう」
ミコトがカメラを下ろしていた。
「……ここだけは、配信しないでおきます」
ガレスが立ち上がって、門を開けた。重い石の門が、ゆっくりと開いていく。
門の向こうに、都市の中心部が広がっていた。




