賑やかな廃墟
現実の五月、日曜日の昼だった。
冬夜と宮瀬は駅前のカフェにいた。宮瀬がアイスコーヒーを飲みながらスマホを見ている。
「久坂くん、フォーラム見た? すごいことになってるよ」
「何がだ?」
「変動耐性の薬が高値で取引されてます。わたしが作ったレシピが広まって、他の薬師も作り始めてるんだけど、素材が足りなくて供給が追いついてないみたいなんです」
「宮瀬が元祖だな」
「ミラさんから教わったんですけどね。でも、最初に調合したのはわたしです」
「薬師のパイオニアだな」
「パイオニアって。……でも、ちょっと嬉しいです」
冬夜がアイスティーを飲んだ。
「午後、ログインする。綻びの大地の様子を見たい」
「わたしも行きます。薬の在庫を持っていきたいし」
「了解、ログインしたら声を掛ける」
「ねえ、久坂くん」
「なんだ?」
「最近、忙しいけど楽しいね」
「忙しい……か」
「ゲームで新エリア攻略して、現実でゼミの準備して、合間にこうやってお茶して。全部楽しい」
「欲張りだな」
「欲張りです。久坂くんといる時間が増えてるから」
「……コーヒー、もう一杯頼むか」
「あっ、話を逸らしましたね!」
「逸らしてない。暑いから冷たいものが飲みたいだけだ」
「はいはい、そういうことにしておいてあげます」
◇
午後二時にBCOにログインした。
始まりの町から星花の里に転送して、地下の扉を降りた。
錆びた草原に出た瞬間、トワは足を止めた。
人がいた。
プレイヤーだ。十人以上。草原のあちこちで、鉄草獣を狩っている。剣士が角を受け止め、魔法使いが後方から火球を撃ち、盾役が前に出て攻撃を引きつけている。
ステータスが±5%で変動する安定化済みのエリア。変動耐性の薬を飲めば、ほぼ通常通りに戦える。
「トワさん、人がいっぱいいますよ」タマキが目を丸くした。
「修復したエリアは安定してるからな。普通のプレイヤーでも来れるようになったんだろう」
近くにいた剣士が、トワに気づいた。
「あ、トワだ! トワがいるぞ!」
周囲のプレイヤーが振り向いた。狩りの手が止まった。
「マジだ。修復者本人じゃん」
「Lv1の旅人、本物だ」
「うわ、ネームプレートに『歩む者』の称号ついてる!」
「修復者がいるなら、一緒に写真撮っていいですか?」
「写真は撮らない」トワが即答した。
「あはは、断られた……」
「でもトワさんのおかげで、俺たちここで狩りができてるんだよな。ほんとありがとう」
「安定度を上げたのは俺だが、ここを狩場にしたのはお前たちだろ」
「かっこいいこと言うなあ……」
セレスがトワの肩の上で胸を張った。
「トワは、かっこいい。セレスがほしょーする」
「おい、あの小さい精霊が保証してくれてるぞ」
「ちいさくない。ふつー」
「いや、セレスは小さいだろ」
「だめ。セレスは、ふつー」
◇
リルクトの鍛冶場に向かった。道中、何人ものプレイヤーとすれ違った。みんなが手を振ってくる。MMOの世界で有名人になるというのは、こういうことらしい。
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「ひとがいっぱい! こんなにいっぱいなのは、久しぶり」
「メブキは、人がいっぱいなのは好きか?」
「くるくる……にぎやか。にぎやか、すき」
鍛冶場に着いた。リルクトの炉が赤く燃えていた。完全に修復されている。炉の前にリルクトが立っていて、ハンマーを握っていた。
「来たか、旅人。待ってたぞ!」
「外套は?」
「心配するな、約束通りできている」
リルクトが壁に掛けてあった布を取った。その下から、一着の外套が現れた。
濃い灰色の外套だった。表面に、見覚えのある糸の模様が走っている。糸の鍵と同じ模様だ。内側には逆根の樹液で処理された裏地が張られていて、肩の部分に蟲の顎殻で作った補強材が縫い込まれている。
「ほら、着てみろ」
【隠し装備「綻びの外套」を入手しました】
【種別:防具(旅人専用)】
【効果:法則異常の影響を50%軽減】
【追加効果:ほころびの修復速度が20%上昇】
【装備可能条件:旅人クラス、かつ「歩む者」の称号を所持】
「修復速度の上昇まで付いてるのか」
「三つのエリアの素材を混ぜたからな。属性の記憶が反応し合って、予想以上の効果が出た。鍛冶師冥利に尽きる仕上がりだ」
トワが外套を羽織った。軽い。動きを妨げない。だが確かに、周囲の法則の揺らぎが和らいで感じられた。
セレスがトワの肩の上から外套を触った。
「トワ、あたらしいふく」
「久しぶりの新調だな」
「これ、かっこいい?」
「分からないが、機能が大事だ」
「セレスは、かっこいいとおもう。このいろ、すき」
「灰色が好きなのか」
「トワがきてるから、すき」
「……ありがとう」
「てれた」
「照れてない」
「てれてる。セレスにはわかる」
リルクトが腕を組んで二人のやり取りを見ていた。
「いい精霊を持ってるな、あんた」
「持ってるんじゃない。一緒にいるだけだ」
「くるくる……めぶきも、いっしょにいる!」メブキが主張した。
「お前もな」
リルクトが続けた。
「外に出たら気づくと思うが、プレイヤーが何人か俺のところにも来たぞ。素材を持ってきて、装備を作ってくれって」
「受けたのか?」
「受けた。鍛冶師は仕事があってなんぼだ。あんたが修復してくれたから、この世界に人が来るようになった。俺にも仕事が生まれた。感謝してる」
「お前が手を動かした結果だろ」
「いいや、あんたのおかげだ。謙遜するなって前に言ったはずだ」
「違う、俺のおかげだけじゃない」
「はあ……素直に受け取っておけ。これは忠告だぞ、旅人」
鍛冶場を出ると、さらにプレイヤーが増えていた。パーティを組んで鉄草獣を狩っている集団、素材を採取している採掘師、地形を調査している斥候。綻びの大地が、新規エリアとして機能し始めていた。
パーティチャットが鳴った。
レクト:「トワ。今、錆びた草原に〈深紅の牙〉のメンバーが入った。タマキの薬のおかげで普通に動ける。すごいエリアだな、ここ」
レナ:「鉄草獣強い! でも楽しい! ステータスが変動するの、新鮮です!」
カイン:「変動のタイミングを読んで殴るの、トワが考えた戦法だろ。フォーラムで広まってるぞ」
トワ:「俺が考えたわけじゃない。そうするしかなかっただけだ」
レクト:「それを最初にやったのがお前だ。先駆者ってのはそういうもんだ」
ルーナが影の中から呟いた。
「トワ。この世界が賑わっている。トワが修復したから、人が来た。捨てられた世界に、もう一度人が集まっているね」
「俺がやったのは穴を塞いだだけだ。集まってきたのは、あいつらの意思だ」
「その穴を塞げるのが、トワだってことを忘れないでね」
「……ああ」
「残りのエリアも、トワにしかできない。先に進もう」
「わかってる、一歩ずつだな」
トワは綻びの外套を翻して、糸読みを起動した。修復済みの青いエリアの先に、まだ赤い領域が広がっている。次のエリア。まだ見ぬ法則異常。まだ見ぬモンスターとNPC。
新しい外套は軽くて、よく風を通した。




