鍛冶と報告
鏡映の湖を出て、錆びた草原に戻った。
リルクトの鍛冶場に寄った。半壊した建物の中で、リルクトが炉の修理をしていた。錆鉄鉱を使って炉を組み直している。前回来た時より、炉の形がだいぶ整っていた。
「おう、旅人。素材は集まったか」
「ある程度はな。これを見てくれ」
トワがインベントリを開いた。錆鉄鉱、鉄草獣の角、逆根の樹液、蟲の顎殻、鏡水晶。三つのエリアで集めた素材が並んでいる。
リルクトの目が光った。
「おいおい、三種類のエリアの素材を持ってるのか! よく集めたな、Lv1!」
「歩いてたら集まっただけだ」
「歩いてたら集まるわけねえだろう。化け物を倒して、ほころびを直して、水に潜って集めたんだろうが」
「まあ、そうかもしれない」
「謙遜は鍛冶師の前でやるな。正直に言った方が、いい装備を作る気になる」
リルクトが素材を一つずつ手に取って、叩いて、匂いを嗅いで、光に透かした。鍛冶師の鑑定だ。
「錆鉄鉱は外殻に使える。鉄草獣の角は芯材にちょうどいい。逆根の樹液は内張りの接着剤になる。蟲の顎殻は補強材。鏡水晶は表面処理だ」
セレスがトワの肩から身を乗り出した。
「リルクト、なにつくるの?」
「防具だ。この世界の法則異常に耐えるための外套を作る。お前の主人が着る」
「トワの、ふく?」
「ああ」
「かっこいいのにして」
「見た目の注文までするのか、お前は」
「かっこいいのがいい。セレスがのるかたに、あうやつ」
「肩に乗る前提で設計しろってことか。面倒な精霊だな」
「めんどうじゃない。だいじ」
リルクトが呆れたように笑った。
【リルクトに素材を渡しました】
【鍛造開始:「綻びの外套」】
【完成予定:次回訪問時】
【効果:法則異常の影響を50%軽減】
「次に来た時には仕上がってる。楽しみにしとけ」
「ありがとう、助かる」
「ついでに教えてやる。この世界の素材には、エリアごとに『属性の記憶』が残ってる。錆びた草原の素材には鉄の記憶、逆さの森の素材には根の記憶、沈黙の湖の素材には音の記憶。全エリアの素材を揃えれば、もっと強い装備を作れるかもしれん」
「全エリアか。まだ先があるから、集めてくる」
「待ってるぞ。素材を集めてくるのは旅人の仕事、形にするのは鍛冶師の仕事だ」
◇
綻びの大地を出て、星花の里の地上に戻った。BCOの通常世界だ。空が青い。雲が丸い。当たり前のことがありがたい。
セレスが大きく息を吸った。
「あー! おと、ある! かぜのおと! くさのおと! セレスのこえもある!」
「さっきから喋りっぱなしだぞ」
「しゃべりたい。ずっとがまんしてたから、いっぱいしゃべる」
「分かった、好きなだけ喋れ」
「すきなだけ。トワ、やさしー。セレス、トワ、すき」
「……通常営業に戻ったな」
パーティチャットを開いた。仲間たちに報告する。
トワ:「綻びの大地の進捗を報告する。三つのエリアのほころびを修復した。錆びた草原、根冠の森、鏡映の湖」
ハル:「三つも! すごいですね師匠!」
ゼクス:「早いな。何があった」
トワ:「各エリアに法則の異常がある。ステータス変動、重力反転、音声消失。全部違うタイプだった」
ミコト:「音声消失!? 喋れなくなるんですか!?」
トワ:「音声チャットが全て無効になるエリアだった。テキストだけで過ごした」
ミコト:「配信できないじゃないですか!」
ゼクス:「お前はそこか」
トワ:「それと、鏡映の湖の湖底で、隠しアイテムを見つけた」
ハル:「隠しアイテム!」
トワ:「紡ぎ手の書板。この世界を設計した者が残したメモだ。この世界のNPCが自分で考え始めたから、管理できなくなって世界を捨てた、と書いてあった」
ダリオ:「自分で考えるNPCを捨てた?」
ゼクス:「アルダと同じ話だな。常世島の七繰りも、感情を持った存在を排除していた」
トワ:「ああ。繋がっている可能性がある」
ハル:「他のエリアにも書板があるかもしれませんね。修復するたびに隠されていたものが出てくるなら」
トワ:「そのつもりで探索を続ける」
レクトからも連絡が来た。
レクト:「トワ。俺たちも綻びの大地に入れるのか?」
トワ:「入口は星花の里の地下にある。糸の鍵で開けた扉だが、開けた後は誰でも通れるはずだ。ただし法則異常があるから、変動耐性の薬が必要になる」
レクト:「薬はタマキが作れるのか」
タマキ:「作れます! 素材があれば量産できます。皆さんの分も用意しますね」
レクト:「頼む。あと、〈深紅の牙〉のメンバーも行きたがってるそうだ」
フォーラムにも情報が出始めていた。トワが綻びの大地を探索しているという話が広まっている。
──「トワが新エリアに単独で潜ってるらしい」
──「三つのエリアをもう修復したってマジか」
──「Lv1の旅人がソロで新エリア攻略。いつものことだな」
──「いつものことで片付けるな。普通は無理だろ」
──「法則異常のあるエリアをLv1で突破って、もう意味わからん」
──「修復するたびに隠しアイテムが出るらしいが……」
──「全エリア修復したら何が出るんだろう」
──「大型レイドコンテンツ来るか?」
◇
フォーラムを閉じた。
その時、システムメッセージが表示された。トワだけではない。BCOの全プレイヤーに同時に配信されている。
【BCO運営チームからのお知らせ】
【「紡ぎ直しの大地」のほころびが三つ修復されました】
【修復者:旅人トワ】
【修復の進行により、綻びの大地の安定度が上昇しています】
【現在の安定度:48%】
【安定度が一定以上になると、新たなイベントが解放されます】
【引き続き、探索と修復をお楽しみください】
「安定度48%か。半分に近い」
「トワさん、全プレイヤーに通知が行ってますよ」タマキが画面を見た。「修復者がトワさんの名前で出てます」
「名指しだな」
フォーラムがまた動き始めた。
──「運営から公式発表きた! 安定度48%!」
──「修復者:旅人トワ。知ってた」
──「安定度が一定以上で新イベント解放。大型レイド確定か」
──「残り52%。あと何エリアあるんだ?」
──「全部トワ一人で修復するのか? 手伝えないのか?」
──「糸の鍵がないと修復できないんだろ。トワしか持ってない」
──「トワ一人に世界の命運を任せるの、いつものことすぎる」
メブキが頭の上で双葉をぴこぴこさせた。
「くるくる……トワ、ゆうめいになった」
「変な注目なかり浴びてしまうな」
「もっとゆうめいになろ。めぶきも、ゆうめい?」
「お前の名前は出ていないな」
「くるくる……めぶきも、ゆうめいになりたい」
「前も同じことを言ってたぞ」
「なんかいでも、いう。めぶきも、ゆうめいになりたい」
ルーナが影の中から呟いた。
「安定度48%。残り52%を修復すれば、何かが起きる。新たなイベント。おそらく大規模なもの……」
「レイドか?」
「可能性は高いと思う。今のうちに準備しておこ、トワ」
「だが、まず残りのエリアを修復する。一つずつだ」
セレスがトワの首元に頬ずりした。
「トワ。つぎのエリア、いく?」
「ああ。だが今日は休む。現実の予定がある」
「げんじつの、よてい?」
「宮瀬と約束があるんだ」
「ミヤセ。タマキの……べつのなまえ、だっけ」
「ああ、別の名前だ」
「ミヤセにも、セレスのこと、よろしくいって」
「安心しろ、よろしくと言っておく」
「えへ……よろしく」
トワはログアウトした。
現実の五月の夕方。窓の外で、新緑が風に揺れていた。




