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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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鏡の敵



 鏡の湖の岸辺を歩いた。


 音がない世界は、慣れるものではなかった。足が地面を踏む感触はある。だが音がない。風が頬に当たる。だが音がない。水面が微かに揺れている。だが音がない。五感のうち一つだけが奪われると、残りの四つが鋭くなる。視覚が研ぎ澄まされていく感覚がある。


 テキストチャットが鳴った。



 タマキ:「トワさん、水面を見てください。何か変です」



 トワが湖を覗き込んだ。


 自分の顔が映っていた。鏡のように正確に。でも、映像が少しだけ遅れている。トワが右手を上げると、水面のトワが右手を上げるまでに一秒のラグがある。


 見聞録でスキャンした。




【水面の映像体を検知しました】

【鏡魚:水面に映った存在のコピーを生成するモンスター】

【コピーのステータスは、元の存在と同一です】

【コピーの行動パターンは、元の存在の戦闘データに基づきます】

【注意:自分自身との戦闘になります】




 トワ:「鏡魚だ。水面に映った自分のコピーが敵として出てくるらしい」

 タマキ:「自分と戦うんですか?」

 トワ:「ステータスも行動パターンも同じだと」

 タマキ:「じゃあ、わたしのコピーも出てくるんですか?」

 トワ:「覗き込まなければ大丈夫だ。水面から離れてくれ」

 タマキ:「了解です!」



 タマキが湖から三歩下がった。


 トワは水面を見つめたままだ。水面のトワも、こちらを見つめている。


 水面が盛り上がった。


 水の膜を破って、「もう一人のトワ」が湖から這い出してきた。装備も体格も同じだ。果ての道標・白銀形態を構えている。顔もトワと同じ。だが目が死んでいる。データから生成されたコピーだから、意思がない。



【鏡魚が「コピー:トワ」を生成しました】

【コピーのステータス:Lv1 / HP360 / 装備・スキル同一】

【コピーの戦闘パターン:トワの過去の戦闘データに基づく】



 トワ:「Lv1のコピーか。ステータスは同じだな」



 コピーが動いた。果ての道標を振り上げて、トワに斬りかかってきた。


 速い。トワと全く同じ速度だ。同じ踏み込み、同じ角度、同じタイミング。一万時間分の戦闘データが完全に再現されている。


 トワが横に跳んで回避した。コピーの斬撃が空を切る。音がない。剣が空気を裂く音も、足が地面を蹴る音もない。無音の戦闘。


 コピーがすぐに次の攻撃に移った。三連斬。トワが使う技と全く同じ連撃だ。


 トワは後退しながらテキストを打った。



 トワ:「こいつ、俺と全く同じ動きをする。過去の戦闘パターンを再現してるから、俺の癖を全部知ってる」


 タマキ:「前にもいた種類の敵ですね。今回は、どうやって勝つんですか?」


 トワ:「過去にやったことのない動きをする」



 今この瞬間に初めて思いつく動きなら、コピーのデータベースには入っていない。


 コピーが突進してきた。右から斬る軌道。トワの最も使用頻度の高い攻撃パターンだ。


 トワは右からの斬撃に対して、普段なら左に回避する。コピーもそれを知っている。だから左に回避した先に追撃が来るはずだ。


 トワは左に回避しなかった。


 しゃがんだ。真下に。


 コピーの斬撃が頭上を通過した。追撃は左に飛んでいった。トワがいない場所に。


 しゃがんだ姿勢から、コピーの足元を払った。その隙に、トドメの一撃。



【トワの攻撃:3連撃(果ての道標・白銀形態)】

【コピー:トワに4,100ダメージ】

【コピー:トワを討伐しました】

【鏡魚を討伐しました】

【ドロップ:鏡水晶×1】



 セレスがトワの肩の上で、無言で拳を突き上げた。声は出ないけど、ガッツポーズは見えた。

 


 コピーが水に戻って、湖に吸い込まれていった。


 セレスがトワの肩の上で、両手を上げた。声は出ないが、全身で喜びを表現している。足をばたばたさせている。


 トワがセレスの頭を軽く撫でた。セレスがトワの指を握った。ぎゅっと。


 テキストを打った。



 トワ:「自分と戦うのは面白い経験だが、そう何度もやりたくないな」


 タマキ:「お疲れ様です。でも、トワさんのコピーがLv1で本当によかったですね」


 トワ:「今回はステータスもそのままLv1同士だから、純粋な技術と判断の勝負になった。ステータスが高かったら、コピーの方が強い可能性もある」


 タマキ:「Lv90のトワさんのコピーなんて、考えたくないですね……」


 トワ:「このエリアに大勢で来たら、全員が自分のコピーと戦うことになる。レイドには向かないな」


 タマキ:「少人数の方がいいエリアですね。わたしたちにぴったりです」



 メブキが地面に文字を書いた。


『めぶきのこぴーは、でなかった。みずをみてないから。めぶき、かしこい』


 トワがテキストを打った。


 トワ:「メブキ、水面を覗かなかったのは賢い判断だったのか?」


 メブキが地面に書いた。


『みずが、にがて。ねっこのせいれいだから。みず、こわい』


 トワ:「……怖かっただけか」


『こわかったけど、けっかてきに、かしこかった。めぶき、かしこい』


 トワ:「自己肯定感が、どんどんセレスに似てきたな」



 湖の向こう側に、建物の影が見えた。霧の中にぼんやりと浮かんでいる。NPCがいるかもしれない。


 トワは湖岸に沿って歩き始めた。無音の世界で、光の足跡だけが道を示している。肩のセレスが、トワの首元にもたれかかっていた。声が出ないから、代わりに体温を伝えている。


 温かかった。


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