「対策」
王座決定戦まで十日。
ゼクスの「索敵を封じる手段を用意した」という言葉が、頭から離れなかった。
冬夜は大学の講義中にも、トワの索敵が無効化された場合のシミュレーションを走らせていた。比較文化論のノートの端に、フィールドの配置図を描いている自分に気づいて、慌てて消した。
──【見聞録】が封じられたら、何が残る。
温度センサーと魔力感知は【見聞録】の機能だ。本体が封じられれば、それらも使えなくなる可能性が高い。
セレスの【月光の目】は? あれはセレスの能力であって、【見聞録】とは別系統だ。封じられるかどうかは、ゼクスの「手段」次第。
最悪を想定する。索敵が完全にゼロになった場合。
──五十人の敵が、どこにいるかわからない状態で戦う。
今までのギルド対抗戦は、索敵があるから勝てた。それがなくなれば〈深紅の牙〉は中堅ギルドのままだ。〈黒翼騎士団〉の平均レベルは89。正面からぶつかれば不利。
しかし、索敵がなくても勝つ方法がないわけではない。
◇
夜、ログイン。コロセウムの練習場。
〈深紅の牙〉の主要メンバーが集まっていた。バルト、レナ、カイン、リゼ、マルク、そしてミコト。
「全員に話がある」
バルトが切り出した。
「ゼクスが索敵封じを宣言している。具体的な手段は不明だが、最悪を想定して──トワの【見聞録】が使えない前提で戦術を組む」
緊張した空気が張り詰めた。
「【見聞録】なしって……今までの試合、全部トワさんの情報で動いてたのに」
リゼが言った。
「だからこそ、対策が必要なんだ」
バルトがフィールドマップを展開した。
「索敵なしで50人を動かすには、分散ではなく集中が基本になる。偵察部隊を複数出して、人の目でカバーする。──カイン、お前が斥候のリーダーだ。五人の偵察班を組め」
「了解。盗賊系を五人集める」
「レナ、攻撃部隊は二十五人を維持するが、指揮系統を二重にしろ。お前と副隊長の二人が、それぞれ独立して判断できるように」
「わかった。練習するね」
「ミコト」
「はい!」
「お前は防衛部隊の弓で援護射撃だが──もう一つ仕事がある。弓使いに偵察スキルがあったよな」
「【鷹の目】ですか?」
スキル名:【鷹の目】
種別:弓使い専用アクティブスキル。
効果:矢を撃った地点を中心に、半径50メートルの敵情報を10秒間取得する。
「矢を撃った場所の周囲が見えるスキルです。範囲は半径50メートルで、10秒しか持ちませんけど……。索敵性能は【見聞録】の足元にも及びませんよ」
「ないよりましだ。矢を各方面に撃って、簡易的な索敵網を張ってくれ。──トワ」
冬夜が顔を上げた。
「お前は索敵ができなくなった場合、何ができる」
「戦う。一対一なら、誰が相手でも負けない」
「ゼクスにも?」
「ゼクスにも」
「ならお前の役割は遊撃から切り込みに変更だ。索敵ができないなら、個人の戦闘力で局面を打開しろ。敵の陣形に穴を開ける役目だ」
「了解した」
「あと一つ。──セレスの能力はどうなる」
セレスがトワの肩からぴょこんと顔を出した。
「セレス? よばれた?」
「ああ、ようやく出番が回ってきたらしいぞ」
トワがセレスの頭を撫でながら、
「確かに、セレスの【月光の目】は【見聞録】とは別系統の能力だ」
「月光の目とは、なんだ?」
バルトの問いかけに、トワが答える。
「セレスの感知能力を通じて、半径1キロメートルの全情報を【見聞録】に取り込むスキルだ。ゼクスの封じ手が【見聞録】だけを対象にしているなら、【月光の目】は生きている可能性がある」
「なにっ、こんな見た目でそんな破格の性能を持っているとは……」
「こんな見た目じゃない。セレス、トワのあいぼー」
「流石は、旅人の妖精だということか。ちなみに……能力は、他にもあるのか?」
「あと三つあるが、それは実際にやってみてからのお楽しみだな」
「……もはや突っ込むまい。色々と試す価値はあるということだけは、分かった」
バルトがうむとひとりでにうなずく。
「よし。索敵あり・索敵なし、両方のパターンで練習する。残り十日。──全員、覚悟を決めろ!」
『おおおおおおおおおおおおぉ!』
かくしてギルドでの練習試合が始まった。
まず索敵なしパターン。トワが【見聞録】をOFFにした状態で、25人vs25人の模擬戦。
結果は惨敗だった。
敵の位置がわからない。どこから攻撃が来るかわからない。カインの偵察班は機能したが、五人で広いフィールドをカバーしきれない。情報の粒度が【見聞録】と比べて桁違いに粗い。
「ダメだ。全然動けない」
レナが膝をついた。
「索敵なしだと、こんなに違うのか……」
リゼも呆然としている。
「これが現実だ。トワの索敵がこれまでどれだけ大きかったか、今日わかっただろう。──だが、俺たちはトワがいなかった頃から戦ってきた。中堅ギルドなりの戦い方がある。それを思い出すんだ」
とにかく、練習を繰り返した。三回、四回、五回。少しずつ──カインの偵察報告に基づいてレナが動き、ミコトの【鷹の目】が死角を補い、バルトが全体を統括する形が見えてきた。
完璧ではないが、崩壊はしなくなった。
練習後、トワはセレスと二人で草原を歩いた。
「トワ、だいじょうぶ?」
「わからないが、やれることはやった」
「セレス、がんばる。【月光の目】、ぜったいつかえるようにする」
「頼む」
セレスがぎゅっとトワの首元に抱きついた。
「トワ。まけても、セレスはトワのそば」
「……ありがとう」
「でも、かって」
「努力する」
「かって!」
「ああ……勝つ」
セレスの角がぱあっと光った。




