おやつを追いかけて
常世島、二日目。
朝。昨日入らなかった区画を回ることにした。
手持ちの常世銭は初回ボーナスの100枚。使ってはいない。まだ物価の相場がわからないうちに金を使う気にはなれなかった。
「トワさん、今日はどこから行きますか」
「湯楽郷だ。温泉と美食のエリア。昨日は黄金棟しか見ていない」
「美食! 素材調査ですね!」
「おやつ!」セレスが即座に反応した。
「100枚しかないぞ。何にいくら使えるか、確認してから考える」
「トワ、けち」
「慎重と言え」
「しんちょー。トワはいつもしんちょー。おやつに、しんちょー」
「おやつ以外にも慎重だぞ」
「タマキにも、しんちょー?」
「……」
「ちょっと、なんで黙るんですか、トワさん」
「いまいち、良い返しが思い浮かばなかっただけだ」
「つまり、慎重……奥手だと」
「うるさい、早く行くぞ」
◇
湯楽郷に入った。
黄金棟の周辺が金と白の華やかさだったのに対して、こちらは木造の落ち着いた雰囲気だ。屋根に瓦。壁に木の格子。和風の意匠が混ざっている。
そして……匂いだ。
出汁の匂い。焼き肉の匂い。甘いお菓子の匂い。全部が混ざって、通りに漂っている。
美食街。屋台が百軒以上。通りの両側にずらりと並び、提灯が連なり、湯気が上がっている。
「すごい……」タマキが足を止めた。「この匂い、知らない成分が混ざってます。表の世界にない素材が使われています」
「匂いだけでわかるのか」
「薬師の鼻ですからね」
屋台の値段を確認して回った。
焼き団子50常世銭。串焼き80常世銭。かき氷30常世銭。クレープ100常世銭。
「団子が50か。100枚だと二本」
「トワ。にほん。にほんだけ」
今のところ常世銭の100枚は貴重だが、新しいエリアで何もできないのも心苦しい。
「……そうだな、二本買おう」
「いいんですか」、トワさん?
「常世銭は、流石にどこかしらで入手できるだろう。何もできないというのも愛想もない。団子二本は、メブキ一本、セレスとルーナ一本で分け合えばいい」
「わける? おだんごを?」
セレスの顔が信じられないという表情になった。
おやつを分けるという概念が、この精霊には存在しないらしい。
「くるくる……めぶきはわけてもいいよ?」
メブキが控えめに双葉を揺らした。
「めぶきはやさしー。でも、おやつをわけるのは……」
「セレス。先輩なんだろう。ここは後輩に譲ってやれ」
「……うう」
「先輩の仕事だぞ」
「……わかった。めぶきに、おおきいほう、あげる」
「さすが、せんぱい、やさしー!」
「やさしくない。しかたなく」
団子を二本買った。
一本をセレスとルーナで半分ずつ。もう一本をメブキが双葉で挟んで齧った。
残り常世銭ゼロ。
「ルーナ、うまいか」
「おいしい。……半分でも、おいしい」
「あまい……けど、はんぶん……」セレスが未練がましそうにしている。
「トワさんの分は?」タマキが聞いた。
「いらない」
「いらなくないでしょう。朝から、何も食べてないですよね」
「ゲームの中で食べなくても死なない」
「死なないですけど、貴重な経験ですよ?」
「我慢するのは慣れているさ。Lv1だからな」
◇
美食街を抜けて、島を歩きながら気づいたことがある。
島の中に、依頼系のNPCがいない。
通常のエリアなら、街にはクエストを出すNPCがいる。配達、採取、討伐。地味だが確実に報酬が入る仕事だ。だがこの島には、案内人と店員と施設の管理者しかいない。
「トワさん。この島、クエスト系のNPCが一人もいないですね」
「ああ。つまり常世銭を稼ぐ手段は、賭技で勝つか、プレイヤー間で取引するか。その二つしかない」
「賭技は対価が必要。プレイヤー間取引は売れるものを持っている人だけ。ということは……」
「必然的に、賭技に頼るしかない構造になっている」
タマキが考え込んだ。
「わたしは薬師だから、手持ちの薬を売れば常世銭は稼げます。露店を出しましょうか?」
「頼む。タマキは『原初の世界』でも、貴重な薬を多く作っていた。あそこのエリアは、まだ未クリアのプレイヤーも相当多い。絶対に需要があるはずだ」
「美食街の通りが人通り多かったですし、あそこでやりますね」
タマキが美食街に戻っていった。
トワは一人で島の外周を歩くことにした。精霊3体と虫一匹だけを連れて。
◇
海沿いの道を歩いていると、港の端に見覚えのある後ろ姿が見えた。
釣り竿を構えている。
レクトだった。
「レクト」
「あっ、トワさん!」
「いつ来たんだ?」
「昨日の夜です。到着して、海を見て、良い釣り場だと思って、そのまま朝まで竿を出してました」
「到着して最初にやることが釣りか」
「もちろんです。島の魚は、島でしか釣れませんから」
「ここでは、何が釣れるんだ」
「見たことない魚が十二種類以上。島固有の魚種ばかりです。ドロップ率に補正もかかってるみたいで、六時間で新素材を二十三種類回収しました」
「六時間で二十三種か」
「で、この素材を他のプレイヤーに売ろうと思ってるんですが、常世銭でやり取りできるみたいなんですよね。タマキさんも、同じこと考えてません?」
「もう露店を出しに行った」
「やっぱり。薬師と釣り師は、どこに行っても商売ができる」
「逆に言うと、生産職でないプレイヤーは賭技に頼るしかない」
レクトが少し黙った。
「……うちのメンバーが何人か来てるんですが、昨夜カジノで装備を溶かしたって連絡が来ました」
「何人だ」
「三人……星鋼の剣を溶かしたやつもいます」
「ああ、あいつのことか……さっき見たぞ。顔が青ざめてた」
「ギルドチャットで注意しておきます。釣った素材を安く売れば、戦闘職の連中も賭技に手を出さずに済むかもしれないんで」
「いい判断だ」
「釣り師が誰かの役に立てるなら、嬉しいですよ」
「それと、できればタマキに魚の素材を回してくれないか。調合に使えるはずだ」
「もちろん、ご協力しますよ! 了解です!」
◇
外周を半周して戻ってきた。
島の南側に温泉施設が見えた。崖の上だ、明日行ってみよう。
東側には闘技宮の巨大な円形闘技場。歓声が遠くまで聞こえている。
北側には宵市の区画だが、「夜間のみ営業」の看板が出ている。
【常世島 踏破率:14%】
タマキが美食街から走ってきた。
「トワさん! 露店、開店三十分で完売しました! 常世銭、780枚です!」
「780枚もか」
「原初の世界もそうですし、【深淵】をクリアしてない方も多いので、薬の需要がすごかったです。あと、素材屋で面白いものを見つけました!」
「面白いものとは、何だ?」
「『常世蜜』です。昨日、船のスープに入っていた金色の蜜。調べたら全ステータス5%上昇のバフ素材で、しかも既存のバフと重複するんです。一瓶、500常世銭の価値があります!」
「他のバフアイテムと、掛け合わせ可能の消費アイテム……それは強いな」
「調合の触媒にもなります。既存のレシピに混ぜると効果時間が二倍に。他にも島固有の素材が十二種類見つかりました。新レシピが三つは作れそうです。そして――トワさんには、これを」
タマキが差し出したのは、串焼きだった。
「露店の売り上げで買いました。トワさん、朝から何も食べてないでしょう」
「……ありがとう」
「えへへ……パートナーの健康管理も、薬師の仕事ですから」
セレスがじっと串焼きを見ている。
「トワ。それ、おいしそう」
「おい、これは俺の分だぞ」
「……」
「……何か言え」
「トワ、かわいそう。こんかいは、がまんする」
「いや……まあ、いい。その代わり、一口だけだぞ」
「やった!」
セレスが串焼きの端を齧った。トワが残りを食べた。
常世島、二日目の終わり。
楽しい。普通に、娯楽の多い楽しい島だ。
ただ、気になることが一つ。この島は、ほぼ全てのプレイヤーを賭技に向かわせる構造になっている。偶然か、意図か。今は、わからない。




