海と、その前の日
翌週の日曜日。冬夜が計画したデート当日。
行き先は湘南。電車で一時間半。冬夜はスマホで乗り換え案内を三回確認した。計画を立てるのは得意ではないが、調べることは得意だ。
駅の改札で宮瀬と合流した。
「久坂くん、おはよう!」
「おはよう。予定通りの電車に乗るぞ」
「それなんだけど……ねえ、今日の計画、教えて?」
「海沿いを歩く。昼は海鮮丼。帰りにアイスを食べる」
「シンプルだね」
「足りないか?」
「ううん。久坂くんが考えてくれたんだなって思ったら、シンプルだから良いなって」
「……そうか。なら、まあ……行くか」
電車に乗った。
日曜の午前、車内はそれなりに混んでいる。
二人並んで座った。
「久坂くん」
「何だ?」
「窓の外、見てていい?」
宮瀬は通路側の席だ。宮瀬が冬夜の肩に寄りかかると、冬夜は不意に顔を逸らした。
「いいんじゃないか」
宮瀬が冬夜の身体に乗りかかった。
いつもより距離が近い。景色が住宅街から海に変わりつつあるが、冬夜はそんな風景の変化を楽しむ余裕もなかった。
「綺麗だね、久坂くん」
超至近距離の宮瀬の笑顔。
トワは「ああ」とだけ相槌を打った。もちろん、視線を合わせないまま。
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
三十分ほど経った頃、宮瀬は冬夜の膝で寝ていた。たまにむにゃむにゃと、自分の名前を呼ぶ。起きているのか寝ているのか分からないが、冬夜はたまに宮瀬の頭を撫でた。宮瀬は嬉しそうに顔をほころばせていた。
◇
海だ。
四月の海は、二月に来た時と違う。
風が暖かい、砂浜に人がちらほらいる、空が高い。
「久坂くん、覚えてる? 前に来た時は、まだ寒かったね」
「ああ、二月だったからな」
「今日は暖かいね。……よかった」
二人で海沿いの遊歩道を歩いた。
波の音、潮の匂い、カモメが飛んでいる。
「久坂くんは、海、好き?」
「嫌いではない」
「好きって言っていいんだよ」
「……好きかもしれない。匂いがあるから」
「匂い?」
「ゲームの海よりも、現実の海の方が潮の匂いがする。その分、情報が多い」
「情報って言い方が久坂くんだよね」
「……他にどう言えばいいんだろうか」
「うーん。『現実の海の方がなんか良い』、とか?」
「……現実の海の方が、なんか良い」
宮瀬が小さく笑った。
「久坂くんが『なんか』って言うの、初めて聞いたかも」
「普段使わない言葉だからな」
「でも、今日は使っていいよ。デートだもん、少しくらい普段と違っていいんだよ?」
「……そういうものなのか」
しばらく歩いた。
冬夜が立ち止まって、海を見た。宮瀬も立ち止まった。
「手、繋いでいい?」
宮瀬が聞いた。
冬夜は波の音を聞きながら頷いた。
宮瀬が冬夜の手を取った。
冬夜の手は大きくて、少し冷たい。
「冷たいね」
「体温が低い方だからな」
「知ってるよ。だから、わたしが温めてあげるね」
それ以上は何も言わなかった。波の音だけが続いていた。
◇
海鮮丼を食べた。
冬夜はマグロとサーモンの二色丼。宮瀬はしらす丼。
「久坂くん、美味しい?」
「美味い」
「よかった。久坂くんが美味いって言うの、信用できるから好き」
「どうして信用できるんだ?」
「だって、美味くなかったら黙るでしょ。久坂くんは嘘をつかないから、美味しいって言ったら本当に美味しいってこと」
「……そうかもしれないな」
「そうだよ。だからわたし、久坂くんの『美味しい』が聞きたいの」
冬夜は海鮮丼の残りを食べながら、窓の外の海を見た。言葉にはしなかったが、宮瀬と食べる飯が一番美味いということを、薄々わかり始めていた。
◇
帰りの電車、アイスの後。
宮瀬が肩にもたれて、今度は本当に寝た。五分で寝息が聞こえた。
冬夜は窓の外を見た。
夕焼け……海が光っている。
宮瀬の寝顔を横目で見た。まつげが長い。鼻が小さい。唇がわずかに開いている。
ゲームの中のタマキとは顔が違う。当たり前だ。でも、表情の作り方は同じだ。嬉しい時に目が細くなるところ。考え事をする時に髪を触るところ。
長い時間、画面の中で一緒に歩いてきた。現実で一緒にいる時間はまだその十分の一にも満たないが、知っている表情の数は同じくらいある。
ゲームの中と現実で、同じ人間を二度知ること。不思議な体験だ。
宮瀬が目を覚ました。
「あ……寝ちゃってた?」
「十五分くらいだ」
「肩、借りちゃった。ごめんね」
「構わない」
「……ありがとう。今日、すごく良かったよ」
「デート、シンプルすぎなかっただろうか」
「シンプルがよかったの。海と、ご飯と、アイスと、久坂くん。それだけで全部揃ってたもん」
冬夜は何も返さなかった。ただ、宮瀬の手がまだ自分の手の近くにあること、その手を握らなければならないことは分かっていた。
◇
宮瀬とのデートを終えた翌日の月曜日。
BCOにログインすると、全体告知が更新されていた。
【BCO運営チームからのお知らせ】
【大型アップデート「楽土の章」追加情報】
【実装日が確定しました:今週金曜日】
【新エリア名:「常世島」】
【常世島への渡航は、全エリアの港町から出航する「常世船」をご利用ください】
【常世船の乗船は無料です】
【島内には新システム「賭技」のほか、温泉・美食街・闘技場・劇場など多彩なコンテンツが用意されています】
【皆様のご来島をお待ちしております】
フォーラムが湧いた。
──「今週金曜!? 仕事休むか!?」
──「常世島……名前が出たぞ。常世って何だ」
──「常世は不老不死の楽園。日本神話のやつ」
──「でも常世って、帰ってこれない場所って意味もあるぞ」
──「縁起悪いこと言うなよ。リゾートだぞ?」
──「温泉あるってよ! VRで温泉!」
──「賭技が気になりすぎる。装備賭けてレア装備手に入るなら、やるしかないだろ」
──「トワはもう準備してるのか?」
──「トワにとっちゃ新エリアも準備万端だよ。どうせ歩くだけだから」
今週金曜日。常世島。
窓を開けた。春の夜風が入ってきた。




