表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

341/376

花見


 土曜日。四月の第二週。


 キャンパスの桜が満開だった。


 冬夜が待ち合わせ場所の正門に着くと、宮瀬がもう立っていた。白いワンピースにカーディガン。手にはピクニックバスケットと、もう片方の手にレジャーシート。完全装備だ。



「久坂くん、おはよう!」


「おはよう。荷物が多いな」


「お弁当作ってきたの。おにぎりと、唐揚げと、卵焼き! 久坂くんの分だよ」


「そう言えば……お弁当を頼んだか?」


「頼まれなくても、作るの。それが、かっ……彼女の仕事ってものでしょ」



 彼女という言葉が言い慣れてないのか、宮瀬は頬を桜色に染めている。



「彼女の職務範囲は、思っているよりも広いんだな」


「うん、広いよ。お弁当に、お掃除に、コーディネートに……久坂くんが知らないうちに、どんどん拡大してるの」



 宮瀬がにこにこしている。冬夜はバスケットを持とうとしたが、宮瀬が引いた。



「持つよ、自分で」


「重いんじゃないか」


「重くないよ。愛が詰まってるから軽いの……ふふっ」


「自分で言って恥ずかしくなるな」


「いいじゃん、だって久坂くんが言ってくれないんだから」


「……ぐうの音も出ないな」



 冬夜は宮瀬と並んで桜の並木道を歩いていく。


 その途中で、「今日の服、似合っているな」と、ぽつり。


「久坂くん? いま……」


 宮瀬は直ぐに聞き返そうとしたが、やっぱり止めた。


 冬夜が顔を逸らした、耳の端まで赤くなっている。


「今日は、いい天気だな」


「はい、とってもお花見日和ですね」


 ごまかすように天気の話に移る冬夜に、宮瀬は頬を綻ばせた。




    ◇




 桜並木の下。レジャーシートを三枚敷いた。


 蓮がビールとウーロン茶を箱で持ってきた。「花見には酒だ。異論は認めない」と言いながら、一人で缶を開けている。



 ミコトが到着した。


 私服で、髪を下ろしている。高校の制服とはだいぶ印象が違う。



「久坂さん、宮瀬さん! お久しぶりです!」


「ミコト、髪下ろしてると大人っぽいな」蓮が言った。


「そ、そうですか? 今日はオフ会なので、ちょっとおしゃれしてきました」


「おしゃれか。冬夜、お前も負けないようにおしゃれしろよ」


「しているぞ」


「どこがだ?」


「いつもより、シャツにアイロンをかけた」


「それはおしゃれではなく、身だしなみだ」


「同じことだろ」



 宮瀬が冬夜の袖をちょいちょいと引いた。




「久坂くん。わたしは気づいてるよ。今日、いつもと違う香水つけてるでしょ」


「つけていない」


「嘘。ほんのり柑橘系の匂いがする。前にわたしが『この匂い好き』って言ったやつ」


「……制汗剤だ」


「どっちにしても、気にしてくれてるってことだよね」


「……花見の話をしないか?」


「あーっ、逃げた!」



 蓮が缶ビールを傾けながら「ごちそうさまでした」と呟いた。




    ◇




 ハルが走ってきた。息を切らしている。



「すみません、遅れました! 電車を乗り間違えて……!」


「ハルちゃん、前回のオフ会でも乗り間違えてなかった?」ミコトが笑った。


「方向音痴は治りません……! ゲームの中では見聞録があるから迷わないんですけど、現実にはセンサーがなくて……あっ、師匠! じゃなくて、えっと……久坂さん! 桜、きれいですね!」


「俺もきれいだと思う」


「あ……素直に言った。珍しい」蓮がビールを飲みながら言った。


「桜がきれいなのは事実だろ」


「久坂くん、事実って言葉が好きだよね」宮瀬が隣で笑っている。


「事実は好きだ。何よりも信頼できるからな」


「じゃあ聞くけど、わたしのこと好きなのも事実?」


「…………」


「あ、黙った」


「事実だが、公共の場で言うことじゃない」


「言った! 言いましたよ今! 蓮くん聞いた!?」


「聞いたし、録音してるぞ。再生するか?」


「するな」


 他愛ない話をしていると、ゲーム組が合流した。


 岸田ゼクス篠原アストレア海野ダリオ。レクトは用事で来られなかったが、チャットで「花見の写真送ってください!」と連絡が来ていた。


 篠原が重箱を持ってきた。中身は煮物と和菓子。丁寧に詰められている。



「篠原さん、料理上手なんですね」宮瀬が覗き込んだ。


「いえ、経理部の先輩に教わりまして……。エクセルの合間に、煮物を作るのが趣味なんです」


「エクセルと煮物の聖騎士……」蓮が言った。


「その呼び方はやめてください……!」



 ダリオが日本酒の一升瓶を掲げた。



「花見には日本酒だ! 海の男は陸でも飲むぜ!」


「声がでかい」岸田が言った。


「花見は声がでかくていい場所だろう!」


「まあ……確かに」


「言いくるめられるなよ、ゼクス」と、トワ。


「反論すると、いちいちでかいのが飛んでくるからな」


「それはまあ……否めないが……」



 宮瀬がお弁当が出した。


 おにぎり、唐揚げ、卵焼き、ミニトマト、ブロッコリー。彩りと栄養のバランスが良い。



「宮瀬さんのお弁当だ……美味しそう!」ミコトが言った。


「冬夜の分、別の容器に入ってるぞ。見ろ、あれ」蓮が指差した。


 冬夜の分だけ、別のタッパーに入っている。蓋にマスキングテープで「久坂くん」と書いてある。丁寧にハート付きで。




「宮瀬……このハートは何だ」


「デコレーションだよ」


「お弁当にデコレーションはいるのか……?」


「お弁当だからいるんじゃないよ。久坂くんだから、いるの」


「……」


「あっ、黙った」


「おいおいそこのお二人さん、公の場であまりいちゃつかないでもらえる?」


「蓮……お前はこれが、いちゃついているように見えるのか?」


「見えるな」


「見えるぞ」


「見えますね」


「見えます」



 宮瀬、ゼクス、ハル、ミコトが同時に言った。


 トワは言い返す言葉が浮かばず、唐揚げに箸を伸ばした。




    ◇




 食事が進む中で、話題がゲームの話に移った。



「で、みんなアプデの話はしないのか。楽土の章」蓮が切り出した。


「蓮くん、やっぱり気になるんだ」宮瀬が言った。


「気にならないわけがない。『世界の端に新エリア』って、どういうことだ。マップの外側に何か作ったのか?」


「詳細は実装日に公開って書いてありましたよね。何があるか全然わかんないです」ハルが言った。


「賭技っていう新システムが気になるな」ダリオが唐揚げを食べながら言った。「俺たちは何を賭けるんだ……経験値とか、レベルとか?」


「リスクがあるのなら、賭けなければいいだけだろ」冬夜が言った。


「久坂さんはLv1だから、賭けるものがないですよね」ミコトが言った。


「ああ、俺は何もない」


「ある意味、一番安全じゃないですか」


「安全かどうかは行ってみないとわからない。ただ、Lv1なら失うものがないだろうな」


「失うものがない人間が一番強いってのは、ゲームでも現実でも同じか」


 蓮が考え込むように言った。


「いや、俺にも失うものはあるぞ。現にいま、お前たちがいるだろ」



 さらっと出た言葉に、テーブルが一瞬静かになった。



「……お前さ」蓮が缶を置いた。「そういうことを花見でさらっと言うの、ずるくないか」


「ずるい?」


「美味い酒が、もっと美味くなる」


「それは良かったじゃないか」


「良くないだろ……目頭が熱い。ったく、花見で泣かせるな」


「泣いてないだろう。というか……なぜこんなことで泣くんだ」


「幼馴染みだからだよ。あのネトゲ廃人兼引きこもりだったお前が、俺たちのことをそう思ってくれてる日が来るなんて、夢にも思わねえだろ」


「……そうだな。みんなで花見ができるなんて、あの頃は想像もできなかった」


「よし、もう一杯飲むぞ! お前のせいだからな!」



 蓮がビールを開けた。冬夜はウーロン茶を飲んだ。桜の花びらがシートの上に落ちてきた。




    ◇




 夕方。人が減り始めた。


 ダリオと篠原と岸田は先に帰った。ダリオが「次は島で会おうぜ!」と叫びながら去っていった。


 ハルとミコトが並んで歩いている。



「ミコトちゃん。受験勉強、始めた?」


「始めたよ。英語がやばい」


「わたしも数学がやばい」


「お互い頑張ろう。来年、同じ大学行けたらいいな」


「行こ、絶対!」



 二人が手を振って帰っていくと、蓮が最後のビールを飲み干した。



「さて……俺もそろそろ帰る。長編の原稿が待ってるからな」


「進捗はどうだ? 進んでるのか?」


「心配すんなよ、四章まで書いたぜ。来月、編集者に見せるんだ」


「そうか……頑張れ」


「お前もな。それじゃあ、また島で」



 蓮も去った。


 冬夜と宮瀬が二人っきり。レジャーシートを畳みながら、桜を見上げている。



「ねえねえ、久坂くん」


「何だ?」


「今日、楽しかった?」


「ああ」


「即答……珍しい」


「楽しかったものは、楽しかったと言えるようになった。……宮瀬のおかげだ」


 宮瀬が少し笑って、それからシートを畳む手を止めた。


「ねえ、常世島に行く前にさ。前に約束したでしょ、デート」


「覚えている。宮瀬に『どこでも行く』と言った」


「言った。だから、どこでも行こうよ。場所は、久坂くんが選んで」


 冬夜は考えた。しばらく黙って、桜を見ていた。


「……海」


「海?」


「前に一度、二月に見に行った。寒かったが、良かった。今度は……暖かい時期に」


 宮瀬が目を丸くした。


「覚えてるんだ、あの時のこと」


「ああ、覚えている」


「久坂くんが覚えてるのは知ってるけど、自分から言ってくれるのが嬉しい」


「それと、今度は俺が計画を立ててみたい」


「……え?」


「何だ?」


「久坂くんが……デートプランを?」


「そんなに変か」


 宮瀬が両手でバスケットを抱え直した。口元が緩んでいる。抑えようとして、抑えきれていない。


「変じゃない。変じゃないよ。ただ……すごく、嬉しい」


「期待するな。俺は……そういうのが苦手だ。うまく出来るか分からない」


「大丈夫だよ、どんな内容でもいいから。本当に、とっても楽しみにしてる!」


「いや、楽しみにしないでくれ……」


「楽しみにしてる!」


「……好きにしろ」




 桜が舞っている。夕日が沈んでいく。春の風が暖かい。



 来月は常世島。その前に、海。



 ゲームでも現実でも、次の場所が決まっている。



 悪くない春だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても、読んでて暖かいです。 もう少しで最新話に追いついてしまうのが、嬉しくてちょっとさみしいです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ