《七本目の心臓》
七本目の柱の心臓の前に、全員が集まった。
灰色の結晶には、脈動がない。他の六つの心臓は金色に光って脈打っているのに、七本目だけが色を失って止まっている。
トワは仲間たちを見渡した。
タマキ、グラン、セレス、ルーナ、メブキ、ゼクス、アストレア、ハル、ダリオ、レクト。根守のヒトミとカガリ。七色の番人たち。渡空魚が十八匹。そして野良参加のプレイヤーやギルドのプレイヤーたち。
総勢百人以上。プレイヤーとNPCと精霊と魚が一堂に会している。
ヒトミが七本目の心臓を見ていた。
「始める前に、改めて伝えておくことがある」
「何だ?」
「この心臓は、他の六つと性質が違う。六つの心臓は世界の柱を支えている——表の世界、ソルシア、深淵の三つの世界に力を送っている。だが七本目は違う。七本目は、三つの世界を繋ぐ心臓だ」
「ああ、それは前にも聞かされた」
「支えるのは六つで足りる。七本目は、分かれた三つの世界が完全にバラバラにならないように繋ぎ止めている。この心臓が止まったままなら、いずれ三つの世界は分離する。穴も通路も消え、行き来ができなくなる」
トワの足元で渡空魚がぱたぱたしていた。原初の世界と表の世界と深淵を繋ぐ存在。通路が消えたら、渡空魚たちとも会えなくなる。
「——だからこそ、この心臓を動かす意味がある。三つの世界が繋がったままであれば、落ちたものを拾いに行ける。忘れられたものを思い出しに行ける」
「つまり、失敗は許されない……ってことか」
「そういうことだ」
「心配しなくとも、十分に理解しているつもりだ。さあ――始めよう」
トワは七本目の心臓に向かって一歩を踏み出した。
ヒトミが口を開いた。
「しかし……トワよ。これまで脈動核の時は、歩行エネルギーを注いで動かしてきたが、七本目は規模が違う。このままだと、心臓を動かすのに力が足りないかもしれない」
「大丈夫――そのための、虹の雫だ」
トワはタマキの調合した虹の雫の瓶を取り出した。
「この薬は、原初の歩法のボーナスを十倍にできる。つまり、十倍のボーナスをエネルギーとして使うことができる。効果時間は五分……五分以内に、全てのエネルギーを注ぎ込むだけだ」
全員が配置についた。
トワとグランが心臓の前。七色の番人が心臓の周囲に。根守のヒトミとカガリが根に手を当てて、根脈のエネルギーを供給する態勢をとる。
アストレアが第三位階の守る祈りを展開した。何かあった時のバックアップだ。
ゼクスは影に潜った。根影で根の中を移動できる状態。何かあれば一瞬で駆けつけられる。
ダリオが通信を確認した。マリドゥスに合図を送る準備。地上の万獣にも、メブキの根の通路を通じて合図が届く手筈となっている。
ハルは手帳を構えた。全員のスキル構成や、ボーナスを含めたステータスを把握している。何かあったときに最善手を打てるようにしている。
レクトは釣り竿を構えなかった。今日は釣りの日じゃない。代わりに、釣り糸をトワの腰に結んだ。
「レクト……何をしているんだ?」
「命綱です。トワさんがエネルギーを注いでる最中に吹っ飛ばされたら、糸で引き戻します」
「釣り糸が命綱か」
「根糸で編んだ特注品です。強度は鋼鉄並み、釣人の技術を舐めないでください」
セレスはトワの肩にいる。メブキがセレスの頭にいる。ルーナが影の中で力を溜めている。渡空魚が心臓の周囲を金色に光りながら泳いでいる。
「全員、準備はいいか」
誰もが頷いた。
トワは虹の雫を飲む干す。
バフがかかり――身体が黄金色に光った。
全ステータスが跳ね上がっている。
原初の歩法のボーナスが十倍で、力が漲るような感覚が全身に走る。
トワは、七本目の心臓に手を当てた。
灰色の結晶が冷たい……脈動がない。死んだ心臓。
そこに、自身の歩行エネルギーを流し込んだ。
「反応があるな……効いてるようだ」
トワは、更に流し続けた。虹の雫のブーストで、通常の十倍の速度でエネルギーが流れ込んでいく。
だが——重い。心臓が重い。エネルギーを吸い込んでいるのに、奥が応えない。表面は反応しているが、核心部分がまだ眠っている。
「グラン。お前も手伝ってくれ」
「ああ、もちろんだとも」
グランが心臓に裸足で触れた。足の裏から「場所を守る力」が流れ込んでいく。トワの歩行エネルギーと、グランの守護エネルギーが、二つの流れになって心臓に注がれていく。
心臓が金色に光った。
灰色になっていた部分が後退していくが……まだ足りない。核心部分は灰色のままだ。
「足りない……二人だけじゃ、足りないのか?」
「いや、ここにいる全ての者を使うんだ――番人たち!」
ヒトミが叫ぶと、七色の番人が一斉に力を放った。
赤、青、緑、黄、橙、藍、紫。七色のエネルギーが心臓に流れ込んでいく。
七本目の心臓の灰色部分が、急速に消えていく。金色と七色が混ざって——虹色になっていく。
「根守のわたしたちも、手を貸すべきだ。やるぜ」
「ああ、当然!」
ヒトミとカガリが根脈からエネルギーを引き出して心臓に注いだ。カガリの池から最後のエネルギーが流れてきた。
メブキの双葉がぶわっと開いた。金色の蔦が心臓に伸びた。根脈のエネルギーを直接操って、全ての力を心臓の核心部に集中させていく。
原初の世界で出会ったNPCたち、仲間たちが全力で七本目の心臓の復活に挑んでいる。そして、
そこまでやって、ようやく――心臓が動いた。
どくん。
最初の一拍。灰色が全て消えた。心臓が金色に光った。脈動が始まった。
どくん。どくん。どくん……。
七本目の心臓が動き始めた。他の六つの心臓と同期していく。七つの脈動が一つのリズムになる。
【七本目の柱の心臓が再起動しました!】
【七本の柱の心臓が全て接続されました】
【世界の根が完全に安定しました】
【一人目の旅人への道が開かれます——】
心臓の裏側——花に覆われた通路の先にあった壁が、ゆっくりと開いていく。根が解けて、道ができていく。
観測点への道。一人目の旅人がいる場所。
プレイヤーたちが歓声を上げた。百人以上が花の台地から見守っていた。
「おい、見ろ……心臓が動いたぞ!」
「七本の柱が全部繋がった——!」
「道が開いたな、やっとだ!」
プレイヤーたちが見守る中、トワは心臓からそっと手を離した。虹の雫の効果が切れていく。身体から力が抜けていく。五分間のブーストの反動。膝が少し震えた。
だが、レクトの釣り糸が身体を支えている。
「大丈夫ですか、トワさん」
「大丈夫だ。……釣り糸、役に立ったな」
「言ったでしょう。釣人の技術は役に立つって」
グランが開いた道の先を見ていた。
暗い通路……でも、奥に光がある。金色の光だ。
「……見えるか、トワ」
「見える。奥に光がある」
「あれが……あの人だ」
「よし……行くか」
「……ああ、行こう」
セレスがトワの肩で角を光らせた。メブキが双葉をぴこぴこさせた。ルーナが影を広げた。タマキが鞄の紐を握り直した。
通路の奥には、開けた広大な空間……そこに、何かががぽつんと佇んでいる。
一人目の旅人が、そこにいる。




