《それぞれの試し》
青の区画に入った。
青い光、ひんやりとした空気。足元には青い花が咲いている。
音がない、風もない、完全な静寂だ。
「しずか」セレスが小声で言った。「ここ、セレスのくちも、しずかにしたくなる」
珍しくセレスが声を落としている。この空気がそうさせるのかもしれない。
開けた空間にいくと、青の番人がいた。赤の番人が結晶でできていたのに対して、青の番人は水でできている。人の形をした水。透明で、中に青い光が流れている。赤の番人より一回り小さい。
青の番人は、座っていた。
「来たか」
番人は、声も静かだった。水が流れるような声。
「ここは青の色、知の領域だ。最も多くの知識を集めた者が前に出ろ」
【青の番人が「試し」を提示しました】
【条件:最も多くの情報を収集した者が、青の番人の問いに答えること】
【正解は求めない。知識の深さが試されます】
「情報を収集した者。……ハル」
「はい!」ハルが手帳を握りしめて前に出た。
「お前がBCOで一番記録を取ってきただろう。実況スレの管理人かつ、膨大な記録も取っている」
「でもわたし、戦闘は弱いですよ」
「戦闘じゃない。知識だ」
「分かりました……やってみます!」
ハルが青の番人の前に立った。
「問おう、人間よ。この世界の名前は、何か」
「……原初の世界です」
「その世界の住人の数は?」
「命名されたNPCが……マル、ナギ。命名された生き物が渡空魚、写空花、原初獣、虹翅蝶、瑠璃灯虫、万獣、守苔、星の根、硝子蛙、陽華。素材が原初水、精泉水、星見の雫。根守がヒトミ、カガリ。精霊がメブキ。合計十九の命名された存在がいます」
「正確だ。なかなかどうして、悪くない」
「頑張って覚えてきました。旅を導く、導師なので」
「では、もう一つ――この世界を歩き続けた旅人は、何人いる?」
「三人です。一人目の旅人、二人目の旅人グラン、三人目の旅人トワ」
「その三人の違いは何か」
ハルが少し黙った。手帳を開かなかった。自分の言葉で答えようとしている。
「一人目は『見る旅人』。全てを見たいと思って、一人で、遠い場所に降りた。二人目のグランさんは『触れる旅人』。場所を作り、場所を守り、何千年も待ち続けた。三人目の、トワさんは……」
ハルがトワを見つめた。
「両方です。見ることも、触れることも、全部やる人。でも一人目と違うのは、一人で行かないところ。みんなを連れて歩く旅人です」
少しの間、静寂が続いた。
青の番人は、笑っていた。水の顔に波紋が走っている。
「いい答えだ。知識だけではない……理解がある。いいだろう、青の領域を通ることを許す」
【青の番人が味方になりました!】
【青の区画の素材「静水晶」を採取可能になりました】
「ハル、すごい」
セレスが手をパチパチした。
「わたしは、あまり戦闘は得意じゃないですけど……記録なら負けません」
「いや、記録も立派な力だぞ」
「師匠にそう言われると……あ、師匠はダメなんでしたっけ」
「まあ……もうどっちでもいい」
「じゃあ師匠で」
「……好きにしてくれ」
「はい、師匠!」
◇
緑の区画。
辺りには苔と蔦が広がっている。空気が湿っていて、植物の匂いが濃い。
緑の番人は苔でできていた。丸くて背が低い……地面に座っているのか立っているのかわからない。
眠そうなのか、目を閉じたり開いたりしている。
「……ん。来たか。……眠い」
どうやら本当に眠そうだ。
「ここは緑の領域。……命の色だ。最も多くのものを……育てた者が……前に……」
その途中で、寝た。
番人が……寝た……。
「おい、あいつ寝たぞ」ダリオが呆れた。
「叩き起こしましょうか?」アストレアが聖剣に手をかけた。
「待て……聖剣で起こすのはやめろ」
セレスがメブキを連れて番人に近づいた。
番人の鼻先で、メブキがくるくる回った。双葉がぴこぴこ。
番人が片目を開けた。
「……ん。根の精霊か? ……久しぶりに根の匂いがする。……いい匂いだ」
「おきた」
「起きてない。……半分寝てる。……試しの続き。最も多くのものを育てた者が前に出ろ」
【緑の番人が「試し」を提示しました】
【条件:最も多くの生命を育てた者が、緑の番人に薬を飲ませること】
【薬の効果は問わない。薬に込められた心が試されます】
「薬を飲ませる。――タマキ」
「はい」
タマキが前に出て、鞄を開けた。
薬瓶がずらりと並んでいる。どれを飲ませるか。
一番効果が高い薬? 一番レアな薬?
いや……違う。この試しでは、『薬に込められた心』が試されている。
タマキが取り出したのは、ナギから最初にもらったレシピで作った薬だった。
『原初の息吹』――原初の世界に来て最初に作った回復薬。
一番地味で、一番基本的な薬。
「どうぞ、これを」
「……ん? もっと強い薬があるだろう」
「あります。でもこれが、わたしが原初の世界で最初に作った薬です。ナギさんに教わった調合法で、原初水を使って。……一番心がこもってるのは、たぶんこれです」
番人が薬を受け取った。苔の手で瓶を持って、一口飲んだ。
「…………」
番人の苔が、鮮やかな緑色になった。枯れかけていた苔が、瑞々しくなっていく。
「……うまい。初めて……うまい薬を飲んだ」
「初めて……」
「最後に薬を飲ませてくれたのは……あの人だ。一人目の旅人、あの人が作った薬は……まずかった。見る目はあったが……薬の才能はなかった」
一人目の旅人は薬が下手だったらしい。
見る力に全振りしていたから当然かもしれない。
「お前の薬は……あの人の百倍うまい。緑の領域を……通ることを……許す」
緑の番人は、許可を出した後に寝た。
【緑の番人が味方になりました!】
【緑の区画の素材「命苔」を採取可能になりました】
「タマキさんの薬で、苔が生き返ったみたいでしたね」
アストレアが感心していた。
「薬師冥利に尽きます。……でも一人目の旅人、薬が下手だったんですね」
「見る力に全振りしてたからだろう。料理も下手そうだな」
「全部見えるのに味付けが下手ってちょっと面白いですね」
◇
黄の区画。
この部屋は黄色い光に満たされていて、暖かい。
黄の番人は草でできていた。細長く、背が高い。
番人までの距離は遠い。部屋の入口から、百メートル以上はあるだろうか。
「ここは黄の領域。旅の色だ。最も遠くまで歩いた者が前に出ろ」
【黄の番人が「試し」を提示しました】
【条件:最も長い距離を歩いた者が、黄の番人と共に歩くこと】
【距離は問われません。歩く姿勢が試されます】
全員がトワを見た。
「人選は……言うまでもないですね」レクトが笑った。
トワが前に出た。
番人は何も言わない。トワも口を開かない。
番人が一歩を踏み出すと、それに合わせてトワも踏み出した。
一分、二分、三分……。
番人の歩き方が変わった。最初はゆっくりだったのが、少しずつ速くなっている。
トワに合わせている。トワの歩幅に、トワの速度に。
五分歩くと、番人が止まった。
「人間よ。お前の歩いた距離を、教えてくれるか」
「測ったことはないが、二万八千キロ以上はあるそうだ」
「……二万八千キロ」
「そうだ」
「お前の足には、二万八千キロが刻まれている。足取りは軽いが、一歩が重い——いい足だ」
「いい足かどうかはわからない、歩くことだけはやめない」
「歩いてきただけ……ふふっ、それでいい。――黄の領域を通ることを許す」
【黄の番人が味方になりました!】
【黄の区画の素材「陽歩石」を採取可能になりました】
「一緒に歩いただけで認められた……さすがに、トワは格が違うな」
ダリオが唸った。
「大げさな、本当に歩いてきただけだぞ」
「それを三回目ですよ、トワさん」タマキが笑った。
「本当のことだからしょうがないだろ」
これで、四色目まで終わった。
赤、青、緑、黄。
残り三色……橙、藍、紫。
セレスがメブキの手を引いて、次の区画を覗いていた。
「つぎ、だいだい」
「橙の番人は、どんな試しだろうな」
「だいだいってなにいろ?」
「みかんみたいな色だ」
「みかん! セレス、みかんすき」
「みかんの話はしてないんだが……」
「でも、みかんすき。トワもすきでしょ」
「嫌いじゃないが、今は関係ない」
「かんけいある。だいだいいろ、みかんいろ。おなじ」
「……同じだな。確かに」
メブキがくるくるした。みかんの話で盛り上がる先輩を見て楽しいのか、ただ回りたいだけなのか。
後輩の本音は先輩にもわからないようだった。




