《七つの色》
ログアウトした。
夜の部屋で、窓の外には星が見える。
スマホが鳴った、宮瀬からだ。
『久坂くん、お疲れさま』
『ああ、宮瀬もお疲れさま』
『今日のあの泉、すごかったね』
『タマキの九千回分の調合が映ってたな』
『わたしの人生、薬ばっかりだった。改めて見ると笑っちゃう』
『笑うところじゃないだろう。あの薬がなかったら誰も、世界の根に来られなかった』
『……ありがと。久坂くんにそう言われると、やっぱり嬉しい』
少しだけ間を置いてから、タマキは聞いた。
『明日、みんな来るんだよね』
『ああ、ゼクスとアストレアとハルとダリオ。昔のメンバーだ』
『久坂くんがゲームの中で人を呼ぶの、珍しいよね。今まで、あんまりなかったのに』
『グランの忠告だ。一人で行くなと言っていたからな』
『グランさんの忠告もあるけど……久坂くん自身が、みんなに来てほしいって思ったんでしょ』
『まあ……否定はしないが……』
『ふふっ……素直だね』
『素直じゃない。本当のことを、わざわざ否定しないだけだ』
『同じことだよ。……おやすみ、久坂くん。明日、わたしも頑張るね。虹の調合の素材、集めないと』
『虹の調合?』
『七色の素材で作る最強の薬。ナギさんから聞いた話と、根の天蓋の構造を考えると、あの七色の光の場所に素材があるんだって。まだ行ってないけど』
『七色の光の場所。花の台地の奥にあったな』
『明日、行ってみましょう』
『ああ。おやすみ』
『おやすみ』
◇
翌日、ログイン。根の天蓋。
花の台地に、仲間たちが揃っていた。
ゼクスは暗殺者のフードを被ったまま、根の天蓋の光を浴びている。
「来たか」
「呼んだら行くと言っただろう」
アストレアが聖剣を腰に差して、花畑を見ていた。
「きれいな場所ですね。……こんな場所が、ゲームの中にあるなんて」
「アストレアさん、さっきから三回目ですよ、それ」ハルが手帳にメモしながら言った。
「だって、本当にきれいなんです……」
「そうですね。わたしも、この景色は忘れられそうにありません。……ところで」
ハルがトワの方に振り返った。
「師匠! この場所の正式名称は、『根の天蓋』で合ってますか!」
「合ってる。あと師匠じゃなくて、トワだぞ」
「師匠! 根の天蓋、全部記録しますからね!」
ダリオは花畑の真ん中で仁王立ちしていた。
「うおーーー! 地下に花畑がある! 海の底にも、こんな場所があったらいいのに!」
「だから、お前は声がでかいんだ」
「花畑で声を抑える理由はないだろ!」
「声を上げる理由もないんじゃないか?」
「理由はある! 綺麗だからだ!」
レクトは壁面で根釣りをしていた。壁に向かって釣りをする姿が、もう完全に様になってる。
「レクト。お前は、釣り以外のことはしないのか」
「しますよ。でも今、ここで釣れる素材が良すぎて止められないんです」
そうこうしているうちに、全員が揃った。
トワ、タマキ、グラン、セレス、ルーナ、メブキ、ゼクス、アストレア、ハル、ダリオ、レクト。人間七人、精霊三体、渡空魚十八匹。大所帯だ。
「行き先は決まっているのか」
ゼクスが聞いた。
「いや、まずは探索から始めないといけない。一人目の旅人までは、そう遠くないだろうが……油断はできない」
「じゃあ、手分けしてこのエリアを探索するか?」
「――いや、その必要はない」
ヒトミがトワたちの会話に割って入った。
「目的地は決まっている。『七色の庭』に行けばいい」
「『七色の庭』?」
「根の天蓋の奥にある場所だ。天蓋から降り注ぐ虹色の光が七つの色に分かれているエリアがある。各区画には【番人】がいるらしい、味方にする必要がある」
「それは、誰から聞いたんだ?」
「カガリだ。一人目の旅人が、そう言っていたと」
どうやらヒトミはカガリと接触してきたらしい。
「番人を、倒すのか」
ダリオが拳を鳴らした。
「倒すんじゃない、味方にする。この世界では、力で解決しないことが多い」
「力で解決しないのか。海の男としては物足りないな」
「力は使うかもしれない。でも倒すんじゃなくて、認めてもらう形になると思う」
「認めてもらう戦い。……いいな、そういうのは嫌いじゃない」
◇
花の台地を抜けて、奥に進んだ。『鏡根の泉』を通り過ぎて、さらに奥。
根の天蓋の光が変わった。
白い虹色だった光が、七つの色に分かれ始めた。地面に色の帯が投影されている。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。虹の七色がそれぞれ別の区画を照らしている。
七色の庭だ。
各区画は、明確に分かれていた。赤い光に満ちた区画。青い光に満ちた区画。色ごとに生えている植物も違う。赤い結晶。青い花。緑の苔。黄色い草。藍色のきのこ。紫の蔦。橙色の石。
「タマキ。この七色の素材が、虹の調合に使えるのか」
「間違いないです。七色のエネルギーが、分離した状態で素材になってる……全部集めれば、虹の調合ができるはず」
「ただし、各区画に番人がいるんだろう。素材を取るには、番人の許可がいるはずだ」
まず、赤の区画に入った。
赤い光。赤い結晶が地面から生えている。空気が熱い。
奥に何かがいた。
人型だが、根守とは違う。身体が赤い結晶でできている。二メートルほどの高さ。目が赤い炎のように燃えている。
近づくと、番人が動いた。こちらを向いた。
「止まれ」
まるで獣が唸るような声。見るからに、短気そうだ。
「ここは、赤の領域だ。入りたければ、力を見せろ」
「力を、見せる?」
「お前たちの中で、最も多く戦った者が前に出ろ。わたしは『戦いの色』だ。戦いの深さを見る」
【赤の番人が「試し」を提示しました】
【条件:最も多くの戦闘経験を持つ者が、赤の番人と一対一で手合わせすること】
【勝敗は問わない。戦いの質が試されます】
「一対一。勝敗は問わない――戦いの質」
ゼクスが前に出た。
「俺だ。戦闘回数なら、間違いなく俺が一番多い」
「具体的な戦闘回数は?」
「四万は超えている」
「四万……」レクトが呟いた。「俺の釣り回数と同じくらいだな」
「方向性が違いすぎるだろ」
ゼクスがフードを取った。根脈共鳴のボーナスが表示される。
【ゼクスの根脈共鳴ボーナス】
【総戦闘回数:41,200回 → ATK+412、クリティカル率+206%】
「ATKプラス412……」
タマキが目を丸くした。
「トワさんより三倍以上高いです」
「暗殺者は戦闘回数が多い。一日に何十回も戦う職業だからな」
ゼクスが赤の番人の前に立った。影の中から短剣を抜いた。
「やろう」
赤の番人が愉快そうに笑った。
「いい目をしている……来い!」
戦闘のBGMが流れると、いよいよ戦いが始まった。
ゼクスの姿が消えた。
影潜り。
赤の番人の背後に現れて、短剣を振る。
――番人が腕で受けた。赤い結晶が、火花を散らす。
速い……連撃を浴びせつつも、手を読ませないように、ゼクスは番人の周囲から奇襲をかけ続けている。
影に潜って、出て、斬って、また潜る。
番人は真正面から受け続けている。力と力のぶつかり合いじゃない、技と技の応酬だ。
十秒、二十秒、三十秒。
ゼクスが一瞬止まった。番人も止まった。
「……十分だ」番人が腕を下ろした。「四万もの戦い……全てがその身体に刻まれている。お前の影には、四万の敵が眠っていると言えよう」
「それは、褒め言葉か……?」
「褒め言葉だ。――赤の領域を通ることを許す、素材を持っていけ」
【赤の番人が味方になりました!】
【赤の区画の素材「炎晶石」を採取可能になりました】
「ゼクスさん、かっこよかったですよ……!」
アストレアが拍手していた。
「影潜りの連撃、久しぶりに見ました。あんなに速かったんですか」
ハルも驚きを露わにしていた。
「ゼクス。ありがとう」
「感謝されるようなことはしてない。お前風に言うのなら、戦っただけだぞ」
「お前の口癖もトワさんと同じだな」レクトが笑った。「やってるだけだ系」
「実際に、やってるだけだ」
「ほら」
赤の区画の素材をタマキが採取した。
炎晶石、赤い結晶の欠片、七色の一つ目。
残り六色、六体の番人。
セレスがメブキを抱えて、次の区画を覗き込んでいた。
「つぎ、あおいところ」
「青の番人は、どんなやつだろうな」
「しずかなひとだといいな。セレス、うるさいのはにがて」
「お前が言うのか?」
「セレスはしずか。しずかなせんぱい」
メブキが双葉をぴこぴこさせて何か言いたそうにしていたが、やめた。
後輩は空気を読むらしい。




