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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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《あの人の目》



 五本目の心臓を見に行く前に、ヒトミに聞いた。


「五本目はあんたたち『根守』の記憶だと聞いたが、見てもいいか」


「構わない。だが——覚悟はしておけ」


「覚悟?」


「わたしたちの記憶は、あの人の目を通して世界を見た記憶だ。あの人の目で見ると、世界は——普通とは違って見える」


 ヒトミの四つの目が光った。


「わたしたちはあの人の目から生まれた。あの人が見たものが、わたしたちになった。だから、わたしたちの記憶を見るということは——あの人の目で世界を見るということだ」




    ◇




 五本目の通路。他の通路より狭い。根が密集していて、身体を横にしないと通れない場所がある。


 セレスが肩の上でぺたんこになっていた。


「せまい」


「我慢しろ」


「セレス、つぶれる」


「潰れない。精霊は物理的に潰れない」


「きもちてきに、つぶれる」


「気持ち的には頑張れ」



 タマキは鞄が引っかかって苦戦していた。硝子蛙がけろけろ文句を言っている。渡空魚は狭い通路に入れないので、広場で待っている。



 十五分ほど通路を進むと、開けた。



 五本目の柱の心臓。他の心臓と違い、結晶が球体ではなかった。人の形をしていた。ヒトミに似た形の結晶。四つの目がある。


 手を触れた。




    ◇




 根守の視点。


 世界の根の中にいる。暗いが、全て見える。


 根守の目は人間の目とは違う。色ではなく「構造」が見える。物質の成り立ちが見える。岩の結晶構造、水の分子配列、根のエネルギーの流れ――全てが透けて見える。



 X線みたいなものだ。表面だけでなく、中身が見える目。


 この目で——上を見た。世界の根から、上の世界を見上げた。


 三枚に分かれた世界の、構造が見える。


 表の世界、ソルシアの記憶、深淵の沈殿層――全部が透けて見えている。


 そして一人の旅人が、根守の目の前に座っていた。




「お前の目は、わたしの目と同じだ」


 根守が生まれた瞬間の記憶。一人目の旅人が世界の根で「見る」力を使い続けた結果、その力が根に染み込んで、根から「見る」存在が生まれた。それが根守。


 一人目の力の分身。見るために生まれた存在。


 だから名前に「ヒトミ」とつけた。自分と同じ目を持つ者に。


 そして、一人目は根守たちに言った。



「上で待っている者がいる。裸足で歩く旅人だ。あの人が来たら、教えてやってくれ。わたしがここにいることを」


「帰らないのですか」


「帰れない。まだ見終わっていない。全部見るまで帰れない」


「全部見るのは、不可能では……」


「不可能かもしれない。だが——見たいんだ」




    ◇




 トワは手を離した。


「……笑ってた」


「え……笑ってた、ですか?」タマキが聞いた。


「一人目の旅人は、根守の記憶の中で笑ってた。深淵の底で……楽しそうに」


「楽しそうに……?」


「苦しんでるわけじゃないんだ。囚われてるわけでもない。見ることが好きで、楽しくて、笑いながら見続けてる」



 ヒトミが通路の入口に立っていた。広場から歩いてきたのか、それとも最初からいたのか。



「見たか」


「見た。あんたたちは一人目の力から生まれた。見るために生まれた存在だ」


「そうだ、わたしたちはあの人の目の欠片だ。だから、あの人のことがわかる。あの人は——楽しんでいるんだ、今も」


「楽しんでる人を、帰す必要があるのか?」



 自分で言って、少し引っかかった。



「ある」


 ヒトミが即答した。


「楽しんでいるからといって、正しいとは限らない。あの人は楽しいかもしれないが、上で待っている者は楽しくない。世界は分かれたまま、深淵は暗くなり続けている。あの人が見続ける限り、力が吸われ続ける」


「七本目の柱の心臓が止まっている理由か」


「そうだ、あの人が力を使いすぎている。いずれ、七本全ての心臓が止まる。そうなれば——世界が崩壊する」



 楽しいから見続けている。でもそのせいで世界が壊れかけている。本人に悪意はない。ただ好きなことをしているだけだ。


 でも、その好きなことをしているだけの人に、やめろと言わなければならない時がきた。



「六本目を見ろ」ヒトミが言った。「あの人自身の記憶だ。あの人が何を見ているか、わかるはずだ」




    ◇



 六本目の通路。


 ここだけ空気が違った。


 根脈の光が濃い……足を踏み入れた瞬間、見聞録が反応した。


 反応、というか——暴れた。


 センサーがノイズだらけになった。


 五種全部、視覚も、聴覚も、振動も、温度も、魔力感知も、全部が激しくブレている。



「見聞録が——暴走している?」


 トワが画面を見た。


「ノイズがすごいな、何も読み取れない」


「近いんだ……見聞録の源に。一人目の旅人の力に」



 センサーが全部死んでいる、これでは見聞録に頼れない。


 通路のどこに、何があるのか、方向感覚さえも分からない。


 だが——根の振動は感じ取れる。温度の変化も、空気の流れも感じられる。


 通路の奥には、柱の心臓がある。足に伝わる脈動が強くなっている方に歩けばいい。


 近づくと、見聞録の暴走がさらに激しくなった。ノイズの中に——映像が混じっている。見聞録のデータベースが勝手に開いて、これまでの旅の記録が、ランダムに再生される。



「トワさん、大丈夫ですか」


「大丈夫だ。見聞録が勝手に動いてるだけで、身体には影響ない」



 通路の奥まで辿り着き、心臓に手を触れた。




    ◇




 一人目の旅人の目で——世界を見た。



 全てが見えた。



 原初の世界の草、鏡の湖の水の一つ一つ、結晶の森の木の構造、空の虹色の光、風の流れのパターン、土の中の根の網目……。



 全部が同時に見えている。情報量が膨大すぎて、人間の脳では処理できない量。


 これが——一人目の旅人の「見る力」。


 そしてトワの見聞録は、この力の断片だと、体感で理解した。


 見聞録のセンサー五種は、この「全てを見る力」を五つに分割して、人間が使えるサイズにしたもの。視覚、聴覚、振動、温度、魔力感知。五つに分けて、処理可能な量にしている。


 数千時間使い込んだ見聞録は、元の力に近づいている。だから世界の根で暴走する。元の力と共鳴して本来の見聞録に戻ろうとしている。




【見聞録の由来が判明しました】

【見聞録は「一人目の旅人」の観察能力の断片です】

【旅人クラスの初期スキルとして、全プレイヤーに配布されていました】

【あなたの見聞録は、およそ1万時間の使用により、原初の力に最も近い状態です】




 手を離した。


 画面からノイズの砂嵐が消えて、視界が金色に光っている。



【条件達成につき、旅人クラスの隠しスキルが解放されます】



 その瞬間、見聞録というスキルが大きく変わった。


 見聞録のスキル説明の欄に、新しいUIが追加されている。


『切替可能』と出ている……試しに、見聞録のモードを切り替えてみた。



 すると……見えている世界が、一瞬で変わった。



 この部屋から十メートル先に根守が二人いる。二十メートル先にタマキの硝子蛙がけろけろ鳴いている。五十メートル先に、レクトが釣り糸を垂らしている。



 見聞録のセンサーとは違う。


『調べる』力じゃなく、『見る』力だ。調べなくても、ただ見えている。


 一人目の『全てを見る力』の片鱗――。


 しかし、十秒ほどで、視界が悪くなった。


 情報量が、多すぎる。視界が情報に埋め尽くされて、やがて砂嵐のように見えなくなった。


 一人目の『全てを見る力』の片鱗。通常の見聞録と切り替えて使えるが、長くは持たない。


 これは短時間限定の、『全てを見る力』だ。




【見聞録が変質しました】

【一人目の旅人の力との共鳴により、新たな能力が発現しました】

【『全てを見る力』の片鱗:近距離(半径約50m)の物体・生物・エネルギーの位置と状態を、センサーを介さず直接知覚できます】

【この能力は見聞録の暴走と引き換えに発現しました。通常のセンサー機能は不安定なままです】



「トワさん。今のシステムメッセージ——」


「ああ……見た」


「見聞録が一人目の旅人の力……旅人クラスの初期スキルは、彼の遺産だったんですね」


 セレスが肩の上で角を光らせていた。


「トワ。じゃあ、トワのめは、あのひとのめみたいなものなの?」


「見聞録は……そうだな。俺が見ている景色は、あの人が見ていたものかもしれない」


「じゃあ——トワのめと、あのひとのめは、おなじなの」


「だいたい、そういうことになるな」


「めがふたつ。……ヒトミさんは、めがよっつ」


「数の話ではないんだが」


「トワはふたつ、ヒトミはよっつ。ヒトミのかち」


「勝ち負けの話でもないんだが」


「でも、セレスのめは、ふたつ。トワとおなじ」


「それは……同じだな」


「じゃあ、おなじぶんだけ、みえるね」


「ああ、同じだけ見える」


「よかった。セレス、トワとおなじがいい」


「……ああ、そうだな」



 タマキは顎に手をやって考え込んでいる。



「見聞録が彼の遺産で……ここに来ることで、彼の力の【片鱗】が目覚めた。でも、それを使うと、見聞録が不安定になるんですよね」


「どうやら、切り替えて使えるようだ。普段はセンサー五種。ここぞって時に【片鱗モード】に切り替えれば、壁の向こうすら見ることができる。レクトが今、あっちで釣り糸を垂らしてるのも見えるぞ」


「ここからですか!? 五十メートルは離れてますよ」


「ただし、十秒くらいで視界が情報に埋まって使えなくなる。短時間限定だ」


「十秒……でもトワさんなら、十秒で十分ですよね。五秒で龍の中に飛び込んだ人ですから」


「一人目のところに行った時——この力がどうなるか、気になるな」


「いずれ辿り着きますよ。——見聞録がどうなっても、わたしの薬と、セレスちゃんの月光と、ルーナちゃんの影がありますから」


「あとおさかな」


「ええ、お魚さんもいますね」




 それからトワたちは広場に戻った。



 レクトが根釣りで、脈動石を七個釣り上げていた。もはや鉱物の釣り堀だ。



「トワさん、おかえりなさい。……なんか、顔色悪くないですか」


「見聞録が暴走した」


「暴走——大丈夫ですか!?」


「大丈夫だ。見聞録の正体がわかった」


「正体?」


「見聞録とは、一人目の旅人の力の断片。旅人クラスの見聞録は、あの人の遺産だったんだ」



 レクトが釣り竿を下ろした。



「これは……まだ、フォーラムに書かない方がいいですよね」


「俺は止めないから、好きにしろ」


「いや、これは書きません。トワさんに関する大事なお話ですから、トワさんが公開したい時に」


「……ありがとう」



 七本目の柱の心臓。止まっている心臓。その先に、一人目の旅人がいる。


 六つの記憶で全てがわかった。あとは——行くだけだ。



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