《七本目の道》
七本目の通路の入口は、他の六つとは明らかに違っていた。
根が歪んでいる。六つの通路の根はきれいに編み込まれているが、七本目だけ根が捻じれて、ところどころ枯れている。金色の根脈の光が途切れ途切れで、暗い場所と明るい場所がまだらになっている。
「ここだけ様子が違いますね」
タマキが根に触れた。
「根が冷たい……他の通路は温かかったのに」
「七本目の柱の心臓が止まっているからだ」
ヒトミが通路の入口に立っていた。
「心臓が止まると、根にエネルギーが流れなくなる。根が枯れ始める」
「枯れたら、どうなるんだ」
「柱が倒れる。柱が倒れれば、その上に乗っている世界も倒れる。七本のうち一本が折れるだけで、三つの世界全てに影響が出る」
「あの人が力を吸い続けている限り、この柱は持たない、ということか」
「そうだ、だから急いだ方がいい。最近、この通路に異変が起きている」
「異変?」
「根が歪んだ場所から、おかしなものが出てくるようになった。名前のない存在だが、原初獣とは違う。根そのものが歪んで生まれた存在だ。……わたしたちでは対処できない」
根が歪んで生まれた存在。
根守は「見る」ために生まれた存在であって、戦う力はない。
「行ってくる」
「気をつけろ。あの通路の中では、見聞録のセンサーはほとんど使えない。一人目の力の源に近すぎる」
「わかっている」
◇
通路に入った。トワ、タマキ、グラン、セレス、ルーナ。渡空魚は通路が狭すぎて入れないので、広場で待機。
入った瞬間、見聞録がノイズまみれになった。
センサー五種のうち三つが完全に死んでる。
残り二つもノイズまみれで使いものにならない。
「センサーがほぼ死んでる。自分の直感を信じて進むしかないな」
トワは足の裏に集中した。
根の脈動を読む――枯れた根と生きた根で振動のパターンが違う。枯れた根は硬い、生きた根は柔らかい。柔らかい方を踏んでいけば、道がある。
「トワさん、何も見えないんですけど、どっちに行けば」
「右、三歩先に分岐がある。左は枯れてるから、右に行こう」
「この暗闇の中で、見えてるんですか!?」
「見えてないが、足の裏で読んでる」
グランが裸足で歩いている。グランも足の裏で地面を読めるらしい。
「トワ。この先、空気が動いている。広い場所がある」
「俺も感じてる。二十メートル先くらいだ」
行き着くと、広い場所に出た。通路が開けて、ドーム状の空間になっている。七本目の柱の心臓があるはずの場所。
だが心臓の前に——何かがいた。
根の塊。
人の形をしていない。根が絡み合って、球体のような形を作っている。直径三メートル。枯れた根と生きた根が混在していて、ちぎれた根脈から金色の光が漏れている。
「あれが、ヒトミの言っていた異変か」
根の塊が——動いた。こちらを向いた。目がないから、向いた、という表現が正しいかわからない。
でも、こちらを認識しているのは間違いない。
トワは見聞録のセンサーでスキャンしようとしたが、ノイズだらけで何も読めない。
「センサーが使えない。……分析不可だ」
「姿固定薬は……形が変わるタイプじゃないから意味がないですね」
タマキが鞄を漁りながら言った。
トワも、どうしたものかと考え込んでいたその矢先――、
根の塊が、トワに向けて触手のように伸びきた。恐ろしく速い。
トワは横に跳んだ。根の触手が地面を砕いた。直撃すれば即死級の威力だろう。
すかさず【果ての道標】を剣に切り替えて斬った。根を一本断ち切ったが……すぐに新しい根が生えて再生してきた。
「切っても再生する……弱点がわからないと倒せないが、ここではセンサーが使えない」
「トワさん。あの力はどうですか」
あの力とは【片鱗】――《全てを見る力》のことだ。
【片鱗モード】は十秒しか持たないが、十秒あれば、弱点の位置を把握できる。
――トワはモードを切り替えた。
根の塊の内部が見える。絡み合った根の中心に、一つだけ色の違う根がある。他は枯れかけているのに、その一本だけが金色に光っている。――心臓の柱から直接伸びている根。本体はあそこだ。あの一本を断てば、他の根に再生する力が供給されなくなる。
位置は中心。地面から二メートルの高さ。根の塊の外殻を二層貫通した先。
構造は全部把握した。
視界に砂嵐が入り始めた。情報量が限界に近づいている。
通常のセンサーに戻した。もう弱点の位置はわかっている。
「中心に――金色の根が一本ある。地面から二メートル、外殻を二層抜いた先だ」
「二層抜く……トワさん、突破できますか」
「槍でいく」
【果ての道標】を槍に切り替えた。白銀形態の最大リーチ。
根の塊が触手を振り回している。
タマキが薬瓶を投げた――『写空の戦薬』ATK1.5倍。
「バフ、入りました!」
トワは走った。触手を二本躱して、根の塊の正面に入る。
突いた。
槍が外殻の一層目を貫通した。――硬いが、通った。
さらに押し込んだ。二層目はもっと硬い。根が槍を締めつけ、引き抜こうとしてくる。
だが、更に押し込むと――金色の根に届いた。槍の穂先が金色の根を断ち切った。
金色の根が切れたことで、エネルギーの供給が途絶える。
根の塊が崩れていく。枯れた根がぱらぱらと落ちていく。三メートルの球体が、ただの枯れ枝の山になった。
「倒した……」
「トワさん。【片鱗】の力、何秒使いましたか?」
「三秒だ」
「三秒で弱点の位置と構造を全部把握して、通常に戻してから突破したんですか」
「弱点がわかれば、あとは刺すだけだ」
「刺すだけって言いますけど、外殻二層を貫通する力がおかしいんですよ」
「写空の戦薬のおかげだ」
「ATK1.5倍で、どうにかなる外殻じゃなかったと思いますけど」
「原初の歩法のボーナスが乗ってる。世界の根に入ってから十五キロ以上歩いたから、ATKが+150以上だ」
「歩いただけで+150……ですか」
セレスが根の塊の残骸をつついていた。枯れた木の根で、つんつん。
「しんでる?」
「死んでる」
「かわいそう」
「こいつから襲ってきたんだぞ」
「でも、かわいそう。ねっこだもん。ねっこはわるくない。ねっこがくるしくて、あばれただけ」
「……万獣の時と同じか」
「おなじ。くるしいからあばれる。なまえがないからくるしい。……でも、このこは、もうしんじゃった」
セレスが残骸に手を当てた。角がぽわっと光った。枯れた根に、微かに月光が染み込んでいく。弔いのようだった。
「セレス。何してるんだ」
「おやすみ、っていった」
「……そうか」
タマキが残骸の中から何かを拾い上げた。
金色の根の断片……トワの槍で切られた根の欠片。
「この根の断片、素材になりそうです。金色の根脈のエネルギーが、まだ残ってます」
「持っていってくれ、タマキの調合に使えるかもしれない」
「はい。……あっ」
タマキの鞄の中で、硝子蛙が狂ったように光っていた。
「硝子蛙が、こんなに光るの初めて見ました。この素材、とんでもない品質ってことですよ」
「レクトに見せたら悔しがるだろうな。これは釣れない素材だ」
「ええ、根っこは釣れないですね」
◇
根の塊を倒した先に、七本目の柱の心臓があった。
――止まっていた。
他の六つは金色に脈動していたが、七本目は色が褪せている。
そしてその向こうに——通路がまだ続いていた。心臓の裏側に、さらに奥へ続く道がある。
「あの先に……一人目の旅人がいる」
トワはグランの顔をみつめた。
「今から行くか?」
「いや……今日は、やめておこう」
「やめる?」
「心臓が止まっている。この心臓を何とかしないと、先に行っても一人目の旅人と話す余裕がない。崩壊が進んでいる柱の下で対話するのは危険だ」
「心臓を動かす方法はあるのか」
「わからない……ヒトミに聞いてみよう」
広場に戻ると、ヒトミが待っていた。
「根の歪みを倒したか」
「倒した。片鱗の力で弱点を見つけてな」
「三秒で、ですよ」と、タマキが付け加えた。
「三秒か。あの人なら一瞬で見えたが、三秒でも十分だ」
「それは褒めてるのか、けなしてるのか」
「褒めている。三秒あれば、世界を変えることは可能だからな」
トワは話を本筋に戻した。
「七本目の心臓が止まっている。動かす方法はあるか」
「あるが——代償がある」
「代償?」
「心臓を動かすには、根脈にエネルギーを注ぐ必要がある。わたしたち根守の力では足りない。旅人の力が要る。それも——二人の旅人の力が」
トワとグラン。三人目と二人目。
「二人で根脈にエネルギーを注げば、心臓が動くのか」
「動くが、注いだ分だけ二人の力が減る。一時的に弱くなる。その状態で一人目に会うことになる」
「弱くなった状態で、一人目と対話するのか」
「ああ。心臓を動かすか、動かさずに崩壊の中で対話するか。どちらかを選べ」
グランがトワを見た。
「トワ。どうする」
「心臓を動かす。崩壊の中で話しても、まともな対話にならない」
「同感だな」
「なら、すぐにでも動かしにいきたいところだが——」
「待て」ヒトミが遮った。「心臓を動かすには、二人の旅人の力だけでは足りない。世界の根全体の根脈を共鳴させる必要がある」
「根脈を……共鳴させる必要がある?」
「言っただろう、七本の柱の心臓は繋がっている。六つが動いている状態で、七本目にエネルギーを注いでも安定しない。六つの心臓との接続を強化してからでないと、注いだ力が漏れ出す」
「接続を強化するには?」
「世界の根を歩け。もっと歩け。根脈の流れを知り、六つの心臓の間にある脈道をたどって、根の全体を把握しろ。そうすれば、根脈の流れを安定させる方法がわかる」
「つまり、世界の根をもっと探索しろ、ということか」
「そういうことだ。この場所にはお前たちがまだ知らないものがたくさんある。急いで一人目に会いに行っても、準備不足で何もできない。……あの人のところに行くのは、この場所の全てを知ってからでも遅くはない」
グランは杖を突いて考え込んでいた。
「……ヒトミの意見は正しい。急いで失敗するよりかは、準備してから行く方がいいはずだ」
「もちろん、わたしはいつも正しい。四つ目で見ているから、二つ目の者より二倍正しい」
「おい……目の数で正しさが決まるのか?」
「ふふっ、冗談だ」
「根守も冗談を言うんだな」
「だてに光の届かない場所で引きこもっていないさ」
「なるほど、自虐ネタも扱えると」
ヒトミがにやりを口角を崩す。トワも思わず緊張が和らいだ。
「じゃあ、グラン。もう少しこの場所を歩いてもいいか?」
「もちろんだとも。あの旅人に会うのは、世界の根を知ってからでも遅くない」
セレスが二人の間からひょこっと顔を出した。
「でも、むりはきんもつ。きゅーけーも、だいじ」
「ありがとう、セレス。まだ疲れてはいないが、疲れたら休憩を入れる」
「つかれたら、セレスがこもりうた、うたってあげる」
「子守唄?」
「うん。おやすみのうた。はなのなまえをうたうの」
「花の名前を歌う子守唄か。……聞いてみたいな」
「じゃあ、うたう」
おもむろにセレスが歌い始めた。
写空花。陽華。守苔。星の根。原初の世界でトワたちが名前をつけたものの名前を、一つずつ歌っていく。メロディは即興でも、きれいだった。名前を歌にすると、きれいになるんだと初めて知った。
グランが目を閉じていた。
タマキも目を閉じていた。鞄の中で硝子蛙がけろけろ鳴いていたが、セレスの歌が始まると静かになった。蛙にも子守唄は効くらしい。
渡空魚は金色に光りながら、セレスの歌に合わせてゆらゆら泳いでいる。
名前の子守唄。
まだ先がある。世界の根には、まだ知らないものがたくさんある。
急がなくていい。歩けばいい。いつもそうだった。




