二人の足跡
十七日目。
グランと穴の封印を解きに行くことにした。分岐点の右の道を通って、あの穴まで。
だが、今日は三人だけじゃなかった。
グランが原初の世界にいるという情報がフォーラムで広まって以来、「グランを一目見たい」「二人目の旅人に会いたい」というプレイヤーが集まってきている。分岐点のベンチの周辺に二十人ほどがたむろしていた。
「トワさん! 今日はどこ行くんですか!」
「穴の封印を解きに行く」
「封印!? ついてっていいですか!?」
「道が暗い。ルーナの影がないと見えないから、近くにいろ」
ルーナが影を広げた。藍色の光が右の道を照らす。
グランが裸足で右の道に踏み入れた。――夜の世界に、グランの足跡が刻まれ、大地が反応する。
「すげえ……草が勝手に動いてる……」
「あれがグランさんの力か。場所を作る力だって!」
「トワさんの足跡は光るけど、グランさんの足跡は草を動かすんだな」
ほどなくして、穴に着いた。
直径十メートルの暗い穴。縁に刻まれた文字。『帰ってくる。必ず帰ってくる』。
覗き込んだ。深い。底は見えない。風が吹き上げてくる。
穴の途中——穴の内壁に光の紋様が走っていた。
封印だ。降りようとしても、この紋様がある限り、降りられない。
【穴の封印:残り3/4】
【封印の解除には「二人の旅人の足跡」が必要です】
「二人の旅人の足跡……」
「わたしとお前が一緒に歩けということだ」
「どこを、歩くんだ?」
「穴の周りを。二人で、昔と同じように」
グランがトワを見た。
「昔、この穴の周りを二人で歩いたんだ。中に入る前に、二人で穴の縁を一周した。何があるかを確かめるために」
「それを再現するのか」
「二人の旅人の足跡を重ねれば、封印が解ける。……ただし」
「ただし?」
「わたしの足跡と、お前の足跡は違う。わたしの足跡は『場所を守る』力で、お前の足跡は『道を示す』力だ。二つが重なった時に何が起きるかは——やってみないとわからない」
タマキと二十人のプレイヤーが固唾を飲んで見ている。
トワとグランが穴の縁に立った。
「行くぞ」
「ああ」
一歩目を同時に踏んだ。
トワの星巡りの靴が光った。
グランの裸足が草を揺らした。
二つの足跡が——穴の縁に同時に刻まれた。
その瞬間——穴の縁が光った。
白い光が穴の縁から内壁に伝わっていく。トワとグランが歩いた場所から、光が穴の中に流れ落ちて、内壁の封印紋様を一本ずつ消していく。
「光が穴の中に——!?」
「封印の紋様が消えてるぞ!」
プレイヤーたちの声も構わず、二人は歩き続けた。穴の周りを、一歩ずつ。
光の足跡と草の波紋が重なるたびに、内壁の紋様が一本ずつ消えていく。
半周――内壁の封印紋様が半分消えた。穴の中が、少し明るくなっている。
セレスの角が光り始めた。
「トワ、トワ?」
「何か思い出したか?」
「うん……おもいだした。ここで、ふたりがあるいてた。まるくまるく、セレス、うえからみてた」
「上から?」
「セレスは、うまれたばかりで、とべたから。うえからみてた、ふたりがまるくあるくのを」
【精霊の記憶覚醒:3/7 → 4/7】
「精霊の記憶が進んだ——!」
「セレスが思い出すたびに、覚醒するのか!」
四分の三周。内壁の紋様がほとんど消えた。穴の奥まで見通せるようになってきている。
ルーナが影の中から声を出した。
「わたしも——覚えてる。この穴が開いた時。暗い風が吹いた。わたしの影が、初めて揺れた日だった」
【精霊の記憶覚醒:4/7 → 5/7】
「ルーナも——か」
「穴が開いた時、世界が変わったの。明るい場所と、暗い場所に分かれた。わたしの影は、暗い方に引っ張られた。それが——わたしが闇に堕ちた遠因かもしれない」
一周した。
内壁の封印紋様が全て消えた。穴の中が暗いまま、でも通れるようになっている。
【穴の封印が解除されました!】
【穴の封印:1/4 → 2/4 解除】
穴の中から風が吹き上げてきた。
冷たい風、深淵の風だ。
「封印が一つ解けた。……あと二つ」
「残りの封印は?」
「別の場所にあるだろう。探す必要がある」
二十人のプレイヤーが歓声を上げていた。何が起きたか正確に理解している者は少ないだろうが、目の前でシステムメッセージが流れて、封印が解けたのは見えていた。
「トワさんとグランさんが、一緒に歩いたら封印が解けたな……」
「二人の旅人の足跡を重ねるって、そういうことか」
「つまりグランさんがいないと、封印は解けないってことだよな」
「グランさんが始まりの町を出てきた理由がこれか。封印を解くために」
レクトが近づいてきた。
「トワさん。……なんか、すごいもの見ちゃいましたね」
「俺はいつも通り、歩いただけだぞ」
「歩いただけって言いますけど、BCOの三年間で初めて見ましたよ。NPCとプレイヤーが一緒に歩いて封印を解く光景なんて」
「NPCじゃない。グランは、二人目の旅人だ」
「すみません。……でもトワさん、グランさんと並んで歩いてる時、足跡の光がいつもより強かったですよ」
「強かった?」
「はい。普段の倍くらい光ってました。グランさんの力と……共鳴してるんじゃないですか」
トワは自分の足跡を見た。
確かに……光が強い。いつもは淡いのに、今日は力強く光っている。
グランの波紋と重なったから、二つの足跡が共鳴したから……?
「グラン。俺の足跡、変わったか」
「ふふっ……あの人と歩いた時と同じだ。二人の旅人が並んで歩くと、力が共鳴して強くなる」
「二人の旅人が並ぶと、か」
「一人目がいなくなって以来、わたしの足跡は弱くなった。お前と歩いて——久しぶりに、強くなった」
タマキが穴の中を覗いていた。
深淵の風――冷たいが、どこか穏やかな風だ。
「トワさん。封印があと二つに、精霊の記憶があと二つ……近づいてきましたね」
「ああ……そうだな」
「【世界の根】に行くのも、もうすぐですね」
「もうすぐだが、慌てない。その時は、直に来るだろう」
トワも穴の中を覗いた。
暗い、深い、底が見えない。でも——行ける。いや、行かなければならない。
グランも同じように穴を見下ろしていた。何千年ぶりに、この穴を見ている。あの人が通って行った穴。「帰ってくる」と言って降りていった穴。
「グラン……大丈夫か」
「大丈夫だ。——もう待つのは終わりだと、言っただろう」
「ああ、言ったな」
「迎えに行く。——お前と一緒に」
帰り道、プレイヤーたちがトワとグランの足跡を踏みながら歩いていた。
光の足跡と草の波紋が重なった道。二人の旅人が作った道を、大勢が歩いている。
足跡が道になる。道が世界になる。
原初の世界では、誰もが『旅人』になる。




