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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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グランがいない



 この日BCOにログインしたプレイヤーは、ある異変に気づいていた。



    ◇



 BCO公式フォーラム。午前十時。


 ——「始まりの町のグランの扉が消えてるんだが」

 ——「は?」

 ——「マジで消えてる。いつもの場所に扉がない、壁だけだ」

 ——「バグか?」

 ——「運営に報告した方がいいんじゃないか」

 ——「待て……グランの姿もない。扉だけじゃなくて、NPC自体がいなくなってる」

 ——「BCO開始から三年間、一度も動かなかったNPCが消えた?」

 ——「他のNPCは全員いる。グランだけ消えてる」

 ——「何これ。イベント? バグ?」


 三十分でスレッドが千レスを超えた。


 ——「旅人職のプレイヤー集合。グランの扉が消えたってことは、旅人専用クエストに影響あるかもしれない」

 ——「影響あったぞ。グランから受注するクエストが全部『NPC不在』で受けられない」

 ——「まずいぞ。初心者の旅人がグランから羅針盤もらえなくなる」

 ——「ストーリーは個別だから初心者は大丈夫だろ」

 ——「あっ、そうか……中途半端に進めてる俺とかが影響あるのか」

 ——「旅人の羅針盤って……ああ、トワが原初の世界で使ってたやつか」

 ——「トワに聞けよ。あいつが何か知ってるだろ」

 ——「トワは原初の世界にいるはず。誰か行ける奴いないか」



    ◇



 トワは知らなかった。


 星渡りで原初の世界に来て、グランと一緒に歩いていた。フォーラムは見ていない。始まりの町がどうなっているかも知らない。


 グランと一緒に未踏エリアを歩いていた。


 星降りの高台の裏手、まだ誰も足を踏み入れていない場所。


 グランが裸足で草を踏むと、草が揺れて、道ができる。トワの光の足跡とは違う。草が左右に分かれて、自然な小道になる。



「グラン。あんたが歩くと道ができるな。俺のとは違う道だ」


「わたしの足跡は『場所を作る』力があるが、お前さんの足跡は『道を示す』力……昔もそうだったな。あの人が道を示して、わたしが場所を作った」



 草が分かれた先に、新しい景色があった。


 花畑。


 一面の花畑が、グランが歩いた瞬間に出現した。さっきまで何もなかった草原に、透明な花が一斉に咲いた。写空花に似ているが、もっと大きい。色がある。虹色ではなく——金色。



「この花、グランさんが歩いたから咲いたんですか」タマキが目を丸くしていた。


「昔、ここに花畑があった。わたしが歩くと、昔あったものが戻ってくる」


「昔あったものが、戻る——」



 グランの足跡は、失われた景色を復元する力を持っている。何千年も前の原初の世界の姿が、グランが歩くたびに蘇る。




【隠しエリア「記憶の花畑」が出現しました!】

【このエリアはグランの足跡によって復元されました】

【エリア踏破率:5/7 → 6/7】




「エリアが増えた……グランが歩くだけで」


「歩くだけで世界が変わるのは、お前と同じだろう」


「俺は足跡が光るだけだぞ、花畑は咲かない」


「咲かなくても、道はできる。同じことだ」



 花畑の中を歩いた。金色の花が膝の高さまで咲いている。花粉が光の粒になって空気中を漂っている。息を吸うと、甘い匂い。


 タマキが膝をついて花を見ていた。



「この花……写空花の上位種みたいです。成分構造が似てるけど、純度が桁違い。グランさんの力で復元されたから、何千年前の状態のまま咲いてるんです」


「名前はあるか?」


「ないです。分析率は……あ、もう始まってる」



 タマキが花に触れているだけで分析率が上がっていく。写空花の命名経験がデータベースにあるから、上位種の分析が速い。



【名前のない花(上位種):分析率62%……78%……91%……100%】



「早い。もうタマキの分析速度は俺と変わらないな」


「写空花を命名した経験があるからですよ。同系統は速いんです」


 タマキが入力した。



陽華(ようか)

【命名が完了しました!】

【命名者:タマキ】

【性質が確定しました:花粉に強力な治癒効果。吸入するだけでHPが緩やかに回復します】



「吸うだけでHP回復……! この花畑にいるだけで、全員が回復し続けますよ!」


 命名数十六。もう十五を超えていた。



    ◇



 花畑を歩いていると、声が聞こえた。


「トワさーーーん!!」


 レクトだった。息を切らして走ってきた。〈白霧の進軍〉のメンバーが五人ほどついてきている。


「レクト。どうした」


「どうしたじゃないですよ! 始まりの町のグランさんが消えたんです! 扉ごと! フォーラムが大騒ぎで——」


 レクトがグランを見た。


 足が止まった。


「……え」


「……グラン、さん?」


「おい……グランさんが、なぜここに——?」



 目に見えて動揺するプレイヤーたち。



「おや、また新しい旅人たちか」グランが杖をついたまま微笑んだ。


「グランさんが、原初の世界にいる——? 始まりの町から、ここに……?」


「始まりの町には用がなくなったからな、こっちに来たんだ」


「用がなくなったって——三年間、ずっとあそこにいたじゃないですか——!」


「三年じゃない。何千年だ」


「何千年——」



 レクトのメンバーが固まっている。始まりの町の動かないNPCが、原初の世界で裸足で歩いている。しかもトワの横で普通に会話している。



「トワさん。これ……どういう状況ですか」


 レクトが聞いた。


「グランは二人目の旅人だ。原初の世界を最初に歩いた二人のうちの一人。ここが本来の場所だ」


「二人目の……旅人……」


「メインクエストに関わるNPCだ。一人目の旅人を迎えに行くのに、グランが必要になる」



 レクトが座り込んだ。情報量が多すぎたらしい。



「ちょっと……整理させてください。グランさんが二人目の旅人で、始まりの町から原初の世界に来て、トワさんと一緒に一人目の旅人を迎えに行く。……合ってますか」


「合ってる」


「合ってるのか……」


 レクトのメンバーの一人がすでにフォーラムに書き込んでいた。


 ——「速報。グラン、原初の世界にいた」

 ——「は?」

 ——「トワさんの横にいる。裸足で歩いてる」

 ——「裸足?」

 ——「グランが二人目の旅人だった」

 ——「二人目の旅人——石碑の? 壁画の?」

 ——「そう。トワさんが三人目で、グランが二人目。一人目を迎えに行くらしい」

 ——「ちょっと待って、情報量が多い」

 ——「グランが歩いた場所に花畑が出現してる。何千年前の景色が復元されるらしい」

 ——「何言ってるかわからない」

 ——「俺もわからない。でも目の前で起きてる」



 グランがフォーラムの騒ぎを知ってか知らずか、花畑を歩き続けていた。通った場所に次々と新しい花が咲いていく。



「グランさん。始まりの町でプレイヤーが困ってるらしいですよ。旅人の依頼が受けられなくなって」


「ああ。……すまないな。だが、戻る気はない」


「依頼の受注先はどうなるんですか?」


「そのうち、何とかなるだろう。わたしが一人いなくなったくらいで止まるものではないはずだ」



 NPCが運営に丸投げした。前代未聞だった。



「あと、グランさんが歩くと花畑が出てくるんですけど、他のプレイヤーが入ってもいいですか」


「好きにしろ。花は誰のものでもない」


「ありがとうございます! ……トワさん、グランさんの足跡もマップにしていいですか!」


「グランに聞け。俺の足跡じゃない」


「グランさん、足跡マップに——」


「好きにしろ」


「ありがとうございます!」


 レクトたちが走っていった。花畑の探索と、フォーラムへの報告に。



    ◇



 グランとトワとタマキだけになった。


 花畑の奥に、小さな丘があった。丘の上に石がある。平たい石。座れる石。


 精霊の泉のそばにあった石と同じだ。グランが座っていた石だ。



「ここにも座る場所があったのか」


「あちこちに作った。座って待つのが、わたしの旅だったからな」


「いくつ作ったんだ」


「覚えていない。百か、二百か。……全部に座って、全部で待った」



 タマキが花畑の花を摘んでいた。陽華の花びらを瓶に詰めている。治癒効果のある花粉を保存するために。


 セレスが花畑で転がっていた。花粉まみれになって金色に光っている。渡空魚が花の上をぱたぱた泳いでいる。花粉が舞い上がる。きれいだが、くしゃみが出そうな光景だった。



「トワ」グランが言った。


「何だ?」


「あと一つだ」


「あと一つ?」


「踏破していないエリアが、あと一つ。……【世界の根】だ」


「世界の根――七本の柱の根元、穴の先か」


「ああ……そこにあの人がいる。……そこに行けば、全てが終わる」


「終わる、か」


「いや、終わるのではないな——始まるのかもしれない。何千年も止まっていたものが、やっと動き出すのだからな」



 風が吹いて、金色の花粉が舞い上がった。



「準備ができたら、言ってくれ。わたしはいつでも行ける。何千年も待ったんだ。もう一日二日は誤差のようなものだ」


「……明日、とは言わない。でも——近いうちに」


「ああ……近いうちに」



 花畑に座って、二人で空を見ていた。虹色の空に、金色の花粉が漂っている。


 セレスが花粉まみれでくしゃみした。ちゅん。小さいくしゃみだった。



「セレス、花粉症か」


「かふんしょーじゃない。はなに、はながはいった」


「それを花粉症と言うんだ」


「ちがう。はなに、はなだから。はなはな」


「……はなはな?」


「ほら、トワも、はなはな」


「やらない」


「ダメ、はなはな」


「絶対に、やらない」


「じゃあ、ぱたぱた」


「それもダメだ」


「むー……トワ、さいきんけち」


「けちでいい。はなはなとぱたぱたより、けちの方がましだ」


 

 グランが笑っていた。何千年ぶりに誰かと一緒に座っているような顔だった。



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