騎乗
残りの封印を探す必要がある。穴の封印はあと二つ。場所がわからない。原初の世界は広い。歩いて探すと何日もかかる。
「グラン。封印の場所に心当たりはないか」
「あるにはあるが——遠い。草原の北の端と、鏡の湖の底だ」
「北の端……万獣がいるあたりか」
「その向こうだ。歩くと半日はかかる」
半日。浸蝕度はないから時間制限はないが、効率が悪い。
セレスが肩の上から口を挟んだ。
「ばんじゅーにのればいい」
「万獣に?」
「のる。おっきいから、はやい」
万獣に騎乗するなんてことは、トワは考えたこともなかった。
「乗れるのか、あれに?」
「でも確かに、友好NPCですから、騎乗できるかもしれませんね」
タマキが言った。
「言われてみれば……友好度が出ていたのは、そういうことか」
「銀月の鹿だって、セレスちゃんの覚醒前は、騎乗可能の扱いでしたよね」
「あれは鹿だ、万獣は三十メートルだぞ」
「大きさの問題ですか?」
「大きさの問題だ」
「いいから、のる!」セレスがえっへんと主張した。「セレスはのりたい!」
「お前はいつも万獣の頭の上にいるだろう」
「それはすわってる。のるのとはちがう。ちゃんとのりたい」
座ってると乗ってるは、違う。
どこが違うのかはわからないが、セレスの中では違うらしい。
◇
万獣のところに行った。
彼はまだ、花畑の近くにいた……横になって寝ている。
渡空魚が背中の上でぱたぱたしている。平和すぎるといっても過言でないフィールドボスだ。
「おい……万獣、起きろ」
金色の目が開くと、尻尾で地面を叩いた。どすん。どすん。
「実は、頼みがある。俺たちを乗せてほしいんだが……できるか?」
万獣が首を傾げた。
言葉は……理解しているのだろうか。
「北の端まで行きたい。俺たちの足じゃあ、半日かかるそうだ」
万獣が立ち上がると、地面が揺れた。周囲のプレイヤーたちが慌てて距離を取る。
万獣がトワの前にしゃがんだ。前脚を折って、背中を低くした。
乗れ、ということらしい。
【万獣が騎乗を許可しました!】
【万獣の背中に乗ることができます(最大搭乗人数:制限なし)】
「制限なしの騎乗ペットは……初めて見たな」
「三十メートルですから、何人でも乗れそうですね」
万獣の前脚を足場にして、背中に登った。銀色の毛並みがふかふかしている。座ると安定感がある。犬の背中というより、丘の上にいる感覚に近い。
タマキが登ってきた。グランは杖をついて、ゆっくり登ってきた。
「グランさんの足、万獣も好きみたいですね」
「昔から獣には好かれた。触れるのが得意だからな」
セレスが万獣の頭の上に陣取った。角を光らせて、前方を指差した。
「しゅっぱーつ!」
「……お前が号令を出すのか?」
「セレスがせんちょー!」
「船じゃないぞ」
「じゃあ、きちょー」
「飛行機でもないぞ」
「じゃあ、なに」
「……乗客だ。全員乗客だ」
「つまんない」
「……辛辣だな」
万獣が走り出した。
速い。
地面が吹っ飛んでいく。草原が一瞬で後ろに流れていく。この巨体が全力で走ると、風圧がすさまじい。タマキが鞄を押さえている。グランの白い髪が真横に流れている。
「はやい! はやい、はやい、はやい!」
セレスが頭の上でキャーキャー言っている。
渡空魚が必死についてきている。
ぱたぱたぱたぱた。全力のぱたぱた。何匹かは置いていかれている。
「お魚さんが、おいてかれてます……!」
「問題ない、帰りに拾う」
二分で花畑を抜けた。五分で白い草原を横切った。十分で——金色の草原の北端に着いた。
半日かかると言われた距離を、十分で走り抜けた。
目的地に着くと、万獣が止まった。慣性でトワとタマキが前にずり落ちそうになった。グランだけが、微動だにしていない。何千年前にも獣に乗っていたのかもしれない。
「着いたな……」
「十分……半日の距離を……ですか」タマキが毛並みにしがみついたまま言った。
「万獣、思っていたよりも速すぎる。いや……そのためのフィールドボスだったのかもな」
万獣が振り返って、尻尾を振った。
どすん。どすん。
褒められたと思ったらしい。
◇
北の端は、草原が途切れる場所だった。
草がなくなって、岩場になる。
岩場の先には——崖だ。崖の下が深い谷になっている。でも谷の底に、光が見える。
「あの光が、封印か」
「ああ……谷の底に封印がある」グランが崖の端に立った。
「降りられるか」
「降りられる。だが——わたし一人では封印は解けない。お前が一緒に来てくれ」
「もちろん、行こう」
崖を降りた。タマキは万獣の背中で待機。セレスはトワの肩に。ルーナが影で足元を照らす。
谷の底で、岩の壁に光の紋様が走っていた。
穴の内壁と同じ紋様……封印だ。
ここにも穴がある。直径は小さくて、三メートルほど。
「ここも、二人で歩くのか」
「ああ。この穴の周りを」
穴の縁を並んで歩いた。
ここは岩場で草葉ないが、グランの裸足が岩を踏むと、岩が微かに震えた。
二つの足跡が重なる。光と振動。内壁の紋様が消えていく。
【精霊の記憶覚醒:5/7 → 6/7】
セレスが目を閉じた。
「ここのした……ふかいところに、おおきなひかりがある。あったかいひかり。ずっとまえから、ひかってる」
「一人目の旅人の光か?」
「わかんない。でも……あったかい。さみしいけど、あったかい」
寂しいけど温かい。精霊の泉の水と同じだ。冷たくて温かい。この世界のものは、いつも矛盾した感覚を持っている。名前がないから、一つの感覚に決まらない。
一周した。
【穴の封印が解除されました!】
【穴の封印:2/4 → 3/4 解除】
「あと一つ」
「鏡の湖の底だ」グランが言った。「最後の封印は——湖の底にある」
「湖の底……タマキの原初の息吹があれば潜れる」
「だが、最後の封印は、少し違う。わたしとお前だけでは、解けないかもしれない」
「違うとは、どういうことだ?」
「最後の封印は——三人分の足跡が要る」
「三人分。……一人目の旅人の足跡もいるのか」
「ああ。一人目の足跡は——見聞録の中にある。お前が数千時間かけて蓄積した見聞録のデータ。あれは一人目の旅人の足跡の残骸だ」
見聞録とは、一人目の旅人の力の断片だった……ということだろうか。
「つまり見聞録を使えば、一人目の足跡を再現できるということか」
「できるかどうかはわからない。だが——見聞録を持っている、お前にしかできない」
「俺にしか……」
「数千時間、一人目の力を使い続けた旅人は、お前だけだ」
谷の底から崖を登った。万獣の背中にタマキが座って待っていた。
硝子蛙が鞄の上でけろけろ鳴いている。
「どうでしたか?」
「封印一つ解けた。あと一つ。鏡の湖の底だ」
「湖の底……原初の息吹で潜れますね。在庫あります」
「ただし、最後の封印は三人分の足跡がいるらしい。グランと俺と——一人目の旅人の」
「一人目はいないのに、ですか?」
「見聞録で代用する。数千時間分のデータで、一人目の足跡を再現するそうだ」
「……できるんですか、そんなこと」
「やってみないとわからない」
「トワさんのいつものやつですね。やったらできた、のパターン」
「おい、まだやってないぞ」
「やったらできますよ。トワさんだから」
「それは褒められているのか、なんとも微妙だな……」
三人は万獣に乗って帰った。来た道を十分で戻る。花畑にプレイヤーたちがいたが、三十メートルの銀狼が走ってくるのを見て全員が逃げた。
「ちょっ——万獣が走ってきた!?」
「トワさんたちが乗ってるぞ——!」
「フィールドボスに騎乗してる!?」
「あれ、乗れるの!?」
「友好NPCだから、乗れるらしいぞ!」
「俺も乗りたい!」
万獣がしゃがんだ。トワたちが降りた。
プレイヤーたちが恐る恐る近づいてきた。
「あの、万獣さん……触っていいですか……」
万獣が尻尾を振った。どすん。許可の意味らしい。
プレイヤーたちが万獣の毛並みを触り始めた。「ふかふかだ」「でかい犬だ」「犬じゃないだろ」「でかい犬だよ」
セレスが万獣の頭の上で仁王立ちしていた。
「ばんじゅーは、セレスのおともだち。さわるなら、セレスのきょか、ひつよー」
「セレスちゃん、いつから万獣の管理人になったの」タマキが笑った。
「さいしょから。なまえをつけたのは、トワ。でもともだちになったのは、セレスがさき」
「友達は先着順なのか……?」
「せんちゃくじゅん。だいじ」
万獣がセレスを舌で舐めた。セレスが全身べろべろになった。
「ひゃわあああああ!」
「万獣、くしゃみはするなよ」
と行った矢先に、万獣がくしゃみした。
ぶわっ……セレスが吹き飛んだが、トワがキャッチした。
「だから、やめろと言ったのに」
「セレスはわるくない。ばんじゅーのはながむずむずしただけ」
「お前が頭の上にいるからむずむずするんだ」
「じゃあみみのなかに——」
「耳はだめだと前に言っただろう」
「けち」
「困ったらけちと言うな」
タマキが二人の微笑ましい光景を見ながら、鞄の中の薬瓶を確認していた。
鏡の湖に潜る準備――最後の封印。三人分の足跡。
あと一つ解ければ、世界の根への道が開く。




