勝った後
勝った。
PvPランキング一位を、3.2秒で倒した。BCO史上最大の番狂わせだと、フォーラムでは騒がれているだろう。
だが──冬夜の胸の中には、思ったほどの高揚がなかった。
嬉しくないわけではない。ゼクスの先制攻撃をかわせた時、確かに手応えはあった。煙幕の中で温度センサーだけを頼りにゼクスを見つけた瞬間、血が沸くような感覚があった。
だが、それだけだ。
レイドでグラオザームを倒した時も同じだった。フォルセイドを倒した時も。倒した瞬間は確かに手応えがあるが、その後に残るのは──空白。
何かが、足りない。
勝利は、旅の途中の出来事に過ぎない。通過点であって、目的地ではない。
──俺は何を探しているんだろう。
その問いが、初めて明確に浮かんだ。
これまでは考える必要がなかった。「まだ歩いていない場所がある」。それだけで足が動いた。だが今、ふと思う。全ての場所を歩き終えた時、自分は何を感じるのだろう。
スマホが鳴った。蓮からだ。
『お前、勝ったんだって? すげえじゃん! フォーラム見たかよ! お前の煙幕戦法の解説スレが五十個くらい立ってるぞ!』
「見てない」
『お前、勝った後もいつも通りだな。もう少し喜んだらどうだ?』
「……嬉しくないわけじゃない。ただ──」
『ただ?』
「勝っても、景色が変わらなかった」
蓮が電話の向こうで黙った。
『……お前、たまに詩人みたいなこと言うよな』
「そういうつもりじゃない」
『わかってるよ。──景色が変わる場所を探してるんだろ? お前はいつもそうだ。新しいエリアを見つけた時だけ、テンション上がるもんな』
「……そうかもしれない」
『じゃあ歩き続けるしかないな。お前にとっての「新しい場所」がどこかにあるはずだ。──ゲームの中か、外かは知らないけど』
電話を切った。
──ゲームの外。
蓮の言葉が、妙に引っかかった。
◇
大学。三限の比較文化論。
教室に入ると、いつもの席に宮瀬が座っていた。冬夜が近づくと、宮瀬が顔を上げた。
「久坂くん、おはよう。──なんか今日、顔色よくない? 大丈夫?」
「大丈夫だ。寝不足なだけだ」
「ゲーム?」
「……まあ」
「無茶しないでよ。ご飯ちゃんと食べてる?」
「カップ麺を食べている」
「それはご飯じゃないよ!」
宮瀬が呆れた顔をした。
「今度、ちゃんとしたご飯食べなよ。食堂のご飯とか。もし良かったら一緒に食べよ? 一人でカップ麺より、誰かとご飯の方がいいでしょ」
「……一人でも別に」
「いいから。明日のお昼、食堂ね。定食おごるから」
「おごられる理由がない」
「ノートのお礼。まだちゃんとしてなかったし」
冬夜は断る理由を考えたが、見つからなかった。
「……わかった」
「やった!」
宮瀬が嬉しそうに笑った。
冬夜はノートを開いて講義の準備を始めた。ペンを持つ手が、一瞬だけ止まった。
──さっき、宮瀬の笑顔を見た時。
ほんの少しだけ、景色が変わった気がした。
気のせいだろう。




