「3.2秒」
BCO初の公式PvPエキシビションマッチ。
観戦者数八万人。外部視聴者五十万人。ミコトが配信を担当している。
『両選手、フィールドに入りました! PvPランキング一位・ゼクス選手と、Lv1旅人・トワ選手です!』
コメント欄が騒然としている。
> きたきたきたきた
> 世紀の一戦
> トワさん大丈夫かな……
> PvP経験ゼロなんでしょ?
> Lv1のHP120でPvPとか正気か
ゼクスがフードを下ろした。銀髪の男。冷たい目つき。
「来たか。逃げなかったのは評価してやろう」
トワはこの日初めて、ボイスチャットを開いた。
「……逃げる理由がない」
コメント欄が爆発した。
> 声!!!!!
> トワの声初めて聞いた!!!!
> 低っ、かっこいい……
>俺もあんなセリフ言ってみてえな……
>やめとけやめとけ、俺たちじゃ三下の雑魚にしかならねえよ
>もう決めた。俺は一生トワさまについていくぞ
ゼクスが短剣を抜いた。
「ルールは単純だ。HP全損で決着。時間制限なし。──始めよう」
【PvPエキシビションマッチ開始 ── カウントダウン 3…2…1…】
【START】
ゼクスが消えた。
暗殺者スキル──【影潜り】。姿と音を完全に消すステルス。【見聞録】のセンサーすら反応しない。
0.2秒。
何も見えない。何も聞こえない。
だが──トワは動いていた。
STARTの表示が出た瞬間、トワは前に跳ぶのではなく、その場でしゃがんだ。同時に【旅人の広域煙幕】を自分の足元に叩きつけた。
白い煙が爆発的に広がった。半径十メートルの煙幕。
0.3秒。
ゼクスの短剣がトワの頭上を薙いだ。しゃがんだ分だけ、軌道がずれた。背中を狙った一撃が、空を切る。
──読めたわけではない。かわせる確証もなかった。
だが、練習で学んだことが一つある。近接同士の先制攻撃は「立っている相手の急所」を狙う。背中か、首か、心臓。いずれも「立っている」ことが前提の攻撃だ。
ならば──しゃがめばいい。
最も原始的な回避。技術ではなく、発想。
0.4秒。
煙幕の中。ゼクスの姿は見えない。だが──煙幕はトワにとって有利だ。
【旅人の広域煙幕】の効果:使用者の位置情報をミニマップから消去する。
ゼクスの【影潜り】は、視覚・聴覚・振動を消す。だが煙幕の中ではそもそも視覚が使えない。条件が五分になる。
そして、トワには【見聞録】がある。視覚がダメでも、温度センサーが使える。
カインとの練習で気づいた【見聞録】の温度センサー。普段は使わない機能だが、フルダイブVRのアバターは体温を持つ。煙幕の中でも、温度の分布は変わらない。
センサーを切り替えた。視覚OFF、聴覚OFF。温度センサーON。
暗闇の中に、赤い影が浮かび上がった。
ゼクスの体温。自分の右斜め前、三メートル。
0.5秒。
トワが動いた。
煙幕の中から、赤い影に向かって【旅立ちの剣】を突き出す。
三連斬。
ゼクスが初めて声を上げた。
「──なっ」
6,200──6,200──6,200。
ゼクスのHPが大きく削れた。Lv90の暗殺者は攻撃力に特化しており、防御力は低い。三連斬の直撃は致命的だった。
煙幕が晴れていく。
ゼクスがよろめきながらトワを見ていた。目が見開かれている。
「馬鹿、な……煙幕の中で、どうやって……俺の位置、を……」
トワは答えなかった。
CTゼロ。二撃目の三連斬を叩き込む。
ゼクスが短剣で受けようとした。だが体勢が崩れている。一撃目のダメージと驚愕で、本来の動きができていない。
6,200──6,200──6,200。
ゼクスのHPがゼロになった。
【ゼクスのHPが0になりました】
【勝者:トワ】
試合時間──3.2秒。
◇
コロセウムが、数秒間完全に沈黙した。
そして──歓声が湧き上がった。
『勝った!! トワさんが勝ちました!! PvPランキング一位のゼクスを──3.2秒で!!』
> うおおおおおおおおお
> 勝った!!!!!
> 3.2秒!?!?
> 何が起きた? 煙幕?
> ゼクスの先制攻撃をしゃがんで避けた!?
> いや、そもそも煙幕の中でどうやって当てたんだよ
> 意味がわからん(褒め言葉)
> PvEもPvPも最強って何だよ
> この人に勝てるやつ、このゲームにいるのか?
ゼクスが立ち上がった。HPが回復し、復活する。
しばらく無言でトワを見ていた。
「……煙幕か。PvPで煙幕を使うやつは初めて見た」
トワはボイスチャットで短く答えた。
「対人戦は初めてだった。だから、自分の土俵に持ち込んだ」
「自分の土俵?」
「何も見えない場所で、何かを見つけるのは──旅人の仕事だ」
ゼクスが黙った。
数秒の沈黙の後、ゼクスはふっと鼻で笑った。
「……なるほどな。旅人の仕事、か」
ゼクスが背を向けた。
「認めよう。お前は、俺の想定の外にいた。だが──次はない。煙幕が来るとわかっていれば、対処できる」
「そうかもしれない」
「再戦を要求する。受けるか?」
「いつでも」
ゼクスがコロセウムを去った。
> ゼクスが笑った……
> あの不敗の影が笑ったぞ
> 「旅人の仕事だ」は名言すぎる
> この台詞、一生忘れない
> てかゼクスが再戦要求してるの、初めてじゃない?
> いつも一回で終わらせる人なのに
> トワがゼクスを変えたんだ




