「定食」
木曜日。昼。食堂。
宮瀬の向かいに座った。宮瀬は有言実行で定食を二つ注文しており、冬夜の前にも生姜焼き定食が置かれた。
「はい、どうぞ。食べて食べて」
「……ありがとう」
冬夜は生姜焼きを一口食べた。カップ麺より、明らかに美味い。当然だ。
「おいしい?」
「ああ」
「よかった。久坂くん、いっつもカップ麺とカロリーメイトでしょ。見てて心配になるよ」
「見ていたのか」
「食堂で見かけるもん。いつも窓際で一人で食べてるから、目立つんだよ」
冬夜は箸を止めた。目立つ。その言葉に、ゲーム内の自分が重なった。
「……目立つつもりはなかった」
「わかってる。だから余計に目立つんだよ。一人で静かにしてる人って、なんか気になるの」
宮瀬がお茶を飲んだ。
「ねえ、この前聞いたゲームの話。あれからちょっと調べてみたんだ。BCOっていうやつでしょ?」
冬夜の動きが止まった。
「……なぜ知っている」
「久坂くんが『VRのMMORPG、剣と魔法のファンタジー』って言ってたから、検索したら出てきた。今すごい話題になってるんだね。Lv1の旅人がどうとかって」
冬夜は黙った。
「なんか、SNSですごいバズってるよ。『PvPランキング一位を3秒で倒した旅人』とか。配信の切り抜きが回ってきて──」
「やめてくれ」
冬夜の声が、普段より少し強くなった。
宮瀬が驚いた顔をした。
「……ごめん。嫌だった?」
「嫌じゃない。ただ──ゲームの中のことと、ここでの生活は、分けておきたい」
冬夜はそれ以上説明しなかった。自分がトワであることを宮瀬に知られたくないわけではない。ただ、大学の食堂で、あの旅の話をするのは、なにか違う気がした。
宮瀬はしばらく冬夜の顔を見ていた。
「……うん。わかった。聞かないようにする」
「すまない」
「謝らないでよ。大事なことなんでしょ、久坂くんにとって」
宮瀬が笑った。今度は少し控えめな笑み。
「ゲームの話はしない。でもさ、ご飯は一緒に食べようよ。それは別にいいでしょ?」
「……別にいい」
「じゃあ、来週もね」
冬夜は生姜焼きの残りを食べた。
美味かった。一人で食べるカップ麺より、ずっと。
だが、それを口に出すのはなんとなく恥ずかしかったので、黙っておいた。
◇
夜。ログイン。
霧底の森の探索を続ける。
羅針盤が示す方角へ歩く。霧の中、【見聞録】の温度センサーと魔力感知で周囲を把握しながら進む。ゼクス戦で使った技術が、そのまま探索に活きている。
森の奥に進むにつれ、モンスターのレベルが上がっていく。Lv88の朽木兵から、Lv90の霧蟲、Lv91の苔巨人。
苔巨人との戦闘中、レナからメッセージが来た。
レナ:「トワさん! ゼクスの再戦宣言、見た?」
トワ:「まだ見ていない」
レナ:「フォーラムに出てるよ。『次は煙幕を封じる手段を用意する。逃げるなよ』だって」
トワ:「逃げない」
レナ:「かっこいい……。あのさ、今度みんなで探索しない? 回廊の奥にまだ未踏のエリアがあるんだけど」
トワ:「今は霧底の森にいる。ここが終わったら考える」
レナ:「霧底の森!? また一人で新エリア開拓してるの!? すごいなぁ……あ、ちょっと待って。カインが何か言ってる」
少し間が空いて、カインからダイレクトメッセージが来た。
カイン:「ゼクスの再戦、煙幕を封じると言っている。暗殺者には【煙散らし】という煙幕系アイテムを無効化するスキルがある。次は通用しないぞ」
冬夜は苔巨人を倒しながら考えた。
煙幕が使えないとなると、ゼクスの先制攻撃をどう凌ぐか。温度センサーと魔力感知で0.15秒まで察知速度を上げたが、煙幕による視覚条件の均一化がなければ、ゼクスの【影潜り】はさらに厄介になる。
トワ:「了解した。別の手段を考える」
カイン:「あてはあるのか?」
トワ:「ない。だが、歩いていれば見つかる」
カイン:「……お前らしいな」
霧底の森の最深部に近づいている。羅針盤の針が激しく揺れている。
霧がさらに濃くなった。温度センサーだけでは追いつかない。魔力感知を最大感度にする。
──何かが、ある。
巨大な魔力の反応。モンスターではない。構造物。
霧を抜けた先に、あの門があった。「旅人の最終試練」への入口。前回見つけた時と同じ、巨大な石造りの門。
だが今回は──門の脇に、新しい石碑が光っていた。
前回はなかった石碑だ。近づいて触れる。
【旅人の隠し技法書を発見しました】
アイテム名:【旅人の隠し技法書・第一巻】
種別:旅人専用消耗品(使い切り)。
公式説明文:旅人が歩いた道の数だけ、技がある。
効果:使用すると、旅人スキル【万象の構え】に新たな能力が追加される。
追加能力:「武器切り替え」のモーション速度が、通常の三倍になる。
武器切り替えの高速化。
現在、トワは武器を切り替える際に約0.5秒の硬直がある。剣から槍、弓から杖──どの切り替えにも0.5秒。戦闘中は大きなロスだ。
それが三倍速になると──約0.17秒。
0.17秒で武器が変わる。つまり、剣で斬った直後に弓に持ち替えて撃ち、槍に替えて突進し、杖に替えて魔法を撃てる。
──これは、ゼクス対策にもなる。
煙幕が使えなくても、武器切り替えの速度があれば、ゼクスの初撃をかわした直後に複数の武器種で反撃を叩き込める。暗殺者の弱点は持久戦。初撃さえ凌げば、多武器連撃で押し切れる可能性がある。
技法書を使用した。
【万象の構え・強化:武器切替速度3倍が追加されました】
──歩いていれば見つかる。そう言った通りになった。
旅を続けることが、そのまま答えに繋がる。いつだってそうだった。
トワは門に背を向けて、森の探索に戻った。




