〈星渡りの海〉
大型アップデート当日。
ログインすると、始まりの町の掲示板が更新されていた。
【BCO ver3.0「新大陸・星渡りの海の彼方」──本日実装】
【港町マリスタより探索船が出航します。乗船は全プレイヤーに開放されています】
始まりの町から港町マリスタへは、転送ゲートで一瞬。
しかし、港に着いた瞬間、人の多さに面食らった。
ざっと見ただけでも――プレイヤーが百万人以上いる。
港の桟橋にぎっしりと。大型アップデート初日。全サーバーのプレイヤーが殺到している。
「すごい人……!」タマキが圧倒されていた。
「最終レイドの時以来の人数だな」ゼクスが人混みを見渡した。
港には巨大な帆船が停泊していた。白い帆に金色の紋章。──BCOの世界に、今日から「船」が実装された。
【探索船「ステラ号」──新大陸アストラムへの定期便。乗船無料。出航まであと30分】
「船だ……! 本物の船!」ハルが目を輝かせている。
「VRの船って、どんな感じなんだろう」
「乗ればわかる。──行くぞ」
桟橋でチケットを受け取り、タラップを昇る。甲板に出ると、海が広がっていた。
セレスが肩の上で海を見つめていた。
「トワ。うみ、ひろい」
「ああ、ひろいな」
「うみのむこうに、なにがあるの?」
「行ってみないとわからない」
「いってみないと、わからないのが、たびだよね」
「そうだ、それが旅だ」
ルーナが影の中からそっと声を出した。
「海の上って……影が揺れる。波で……ちょっと、落ち着かない」
「ルーナは船酔いするのか?」
「精霊は酔わない……と思う。たぶん」
「もし酔ったら教えてください。酔い止め薬を買ってある」
「ありがと……トワ」
「トワ、セレスにも、おやつ」
「これはおやつじゃなくて、酔い止め薬だぞ」
「だめ。たべてみないと、わからない」
セレスはきらきらとした目で酔い止め薬を飲んだ。
よっぽど苦かったのか、すごい形相になっていたが、トワは見ないことにした。
◇
出航。汽笛が鳴り、船がゆっくりと港を離れた。千人以上のプレイヤーを乗せた巨大帆船が、海原に出ていく。
甲板から港町マリスタが遠ざかっていく。表の世界の陸地が、小さくなっていく。
「うわ──本当に離れてく……」タマキが手すりにしがみついている。
「船酔い、大丈夫か」
「大丈夫です。薬師なので、自分用の酔い止め持ってます」
「用意がいいな」
「自分の薬は自分で作る、マーサさんの教えです」
航海は思ったより快適だった。VRの体感システムが海風を再現し、潮の匂いがする。甲板で他のプレイヤーと話したり、船内の食堂でNPCの料理を食べたりできる。
しかし――海にもモンスターがいた。
突然船体が揺れた。大きな揺れ。波ではない。
「何だ──!?」
海面が割れた。巨大な魚……いや、鯨のような生物。全身が淡く光っている。星のような光点が身体中に散らばっている。
【星海鯨 Lv90 HP:200,000 非敵対モンスター】
「非敵対──!? 攻撃してこないのか!」
「モンスターなのに非敵対──野生動物か?」
星海鯨が船の横を泳いでいく。巨体が海面を割って、星のような光が水しぶきの中できらめく。
「きれい……」タマキが息を呑んだ。
「星の光が身体に散らばってる。──これが、新大陸の属性か?」ゼクスが目を細めた。
トワが見聞録を起動した。星海鯨を解析。
──反応がおかしい。光属性でも影属性でも闇属性でも夜属性でもない。見聞録の属性分類に──該当するものがない。
「見聞録が──属性を判定できない。既存の分類に当てはまらない」
「新属性か?」
「おそらく。──これが、新大陸の力だ」
セレスが星海鯨を見つめていた。角がぴくぴく動いている。
「トワ。あのくじらの光──あったかくも、つめたくもない。ひかりでも、かげでも、よるでも、やみでもない。──なんだろう、これ」
「わからない」
「わからないの、ひさしぶり。──わくわくする」
「ああ、俺もだ」
星海鯨が潮を吹いた。星の光みたいな水柱が、虹のように空に架かった。星の虹。
甲板のプレイヤー全員がスクリーンショットを撮っていた。
「すげえ……」
「新大陸の海、こんな演出あるのか」
「BCOの運営、景色だけは天才だな」
「景色だけじゃないだろ。ゲーム全体が天才だ」
まだ見ぬ新エリアに、プレイヤーたち全員が旨を高鳴らせていた。




