次の旅路
地下墓所から聖都に戻ると、街が騒然としていた。
大型アップデートの告知を受けて、プレイヤーたちが沸き立っている。
「新大陸だって! どこから行けるんだ!?」
「表の世界の港町から、船が出るらしいぞ!」
「船!? BCOに大型船はあるけど……個人のやつって、あったっけ!?」
「ない。一応あるけど、旅人専用のやつだな」
「今度は全職業に、船が実装されるのか!」
「レベル上げしなきゃ──新大陸のモンスター何レベルだろ」
「推奨Lvとか、まだ発表されてないよな」
「トワさんが先行して情報落としてくれるだろ。いつも通り」
「トワさんに頼りすぎでは」
エリーのパン屋の前で、プレイヤーとNPCが一緒に盛り上がっている。
「エリーさん! 新大陸にも、パン屋あるかなぁ」
「さあ? でも、パンは世界中にあるものよ。きっとあるわ」
「エリーさんのパンが一番ですけどね」
「ありがとう。旅のお供に、持って行ってね」
聖都が、生き生きとしていた。NPCとプレイヤーが当たり前に会話し、情報を交換し、一緒に盛り上がる。かつての寂しい聖都は、もうどこにもない。
◇
トワはその日のうちに、始まりの町リベルタに飛んだ。確認しておきたいことがあった。
裏路地。グランの扉。
「グラン。──聞きたいことがある」
「おや、久しぶりだね……トワ。いったい、何の用だ?」
「お前の足元に──【深淵】への入口があるな」
グランが、初めて驚いた顔をした。
「お前──どこで、それを」
「アルヴァの手記に書いてあった」
「アル……待て、その名を知っているのか」
「手記の署名にあった。カレンが師匠だと教えてくれた」
グランの視線が動いた。言葉は直ぐに出ない。それだけ予想外のことだったらしい。
「カレンが……外に出たのか。大聖堂から」
「今は旅人に戻って、聖都で歴史講座をしているぞ」
「ははっ……あの子らしいな」
グランが大きな溜め息をついた。
「知っている──わたしがここにいる理由の一つだ。【深淵】の入口を見張るために、この裏路地で」
「見せてくれるか……入口を」
「見せるだけだ。入るのは、まだ早すぎる」
「わかっているさ、グラン」
グランが壁に手を触れた。壁が動いた。隠し通路。下へ続く階段。──その先に、かすかに冷たい空気が漂っている。【闇】の冷気。
トワは階段の入口に立って、下を覗いた。暗い。何も見えない。だが──そこに【ある】ことは、わかった。
【隠しエリア「始まりの裂け目」を確認しました】
【入場条件:未達成(詳細不明)】
【これ以上先には進めません。今後のアップデートをお待ちください】
「入場条件がまだ不明……そして、やはりまだ未実装エリアか」
「全ての条件が揃った時、この裂け目は開く。だが今のお前には──まだ足りないものがある」
「それは……何が足りない? 時間以外にあるのか?」
「わたしにもわからないが……歩いていれば見つかるだろう。お前はいつもそうだったはずだ」
トワはグランを見た。飄々とした老人。ずっとこの場所を守ってきた番人。
「グラン、お前も大変だったんだな」
「昔はな。……今は番人だ。世界を歩くことをやめて、ここに座っている」
「カレンと同じだな。旅人をやめた者」
「だが、カレンは旅人に戻った。わしは、まだ座っている」
「座っているのも、旅の一つだろ」
グランがにっこりと笑った。
「お前に言われると、そんな気がしてくるな」
壁が元に戻った。隠し通路が閉じる。
「よい旅を、トワ。──次の旅がどこであれ」
「ああ──行ってくる」
◇
始まりの町の噴水広場に戻ると──大型アップデートの告知板が設置されていた。金色の枠の掲示板。プレイヤーが群がっている。
【BCO ver3.0「新大陸・星渡りの海の彼方」】
【港町マリスタから出航する探索船に乗り、新大陸へ渡ることができます】
【新大陸には未知のモンスター、未知のNPC、未知の文明が存在します】
【推奨Lv:全レベル帯対応(エリアごとに異なります)】
【全プレイヤー参加可能──プレイヤーたちよ、新たな地平を目指せ】
「全レベル帯対応──! Lv1でも行けるのか!?」
「トワさん向けの仕様じゃん」
「初心者も行けるのか、優しいな」
「聖王国は敵が強すぎて、ライト層お断りだったもんな」
「なんなら、ソルシアでさえかなりきつかったぞ」
「俺は全然無理だった。ストーリーを進めようとしたけど、敵が強すぎる」
「ノクス悪い奴だと思って殴ったら、完全に敵対した。俺のストーリー詰んでる、誰か助けて」
「草」
「パーティー組んで行けば、ストーリー進行共有できるぞ。あと、ストーリー共有chに行くとか」
「いけるいける。トワさんだって、Lv1でいってただろ?」
「例外中の例外を出すなよ」
「実際のところ、トワさんがLv1で行くから、対応せざるを得なかったんじゃね」
「運営がトワさんに振り回されてる説」
セレスが告知板を見上げた。
「トワ。うみのむこう」
「ああ。──海を渡る」
「セレス、おっきなふねに、のったことない」
「俺もない。前のは、どっちかというとボートだったしな」
「じゃあ、はじめてのふね、わくわくする」
「ああ──わくわくする」
始まりの町の噴水広場。全てが始まった場所。
ここからまた、新しい旅が始まる。




