《王の帰還》
聖都ルクスの大通りに、旅人の服を着た男が立っていた。
カレン、千年ぶりの外。
朝の光が──眩しいらしい。目を細めて、手を額にあてている。
「……まぶしいな。千年間、書斎の窓からしか光を見ていなかった」
「直に慣れるさ」
「お前は──まぶしくないのか」
「ここの光の荒野を歩き続けてきたからな。もう慣れた」
「ふふっ……私は千年かかっても慣れなかったぞ」
「千年は書斎にいたからだろう。外に出なければ直ぐに慣れる」
「はは……旅人らしい答えだな」
大通りを歩く。カレンの足取りがおぼつかない。ゲームのキャラクターにも関わらず、筋力が落ちているようだ。
「足がもつれるとは……情けない。千年前は、世界中を歩き回っていたのに」
「いいじゃないか、リハビリだと思え」
「リハビリか。──旅人がリハビリとはな」
セレスがトワの肩から、カレンを見ていた。
「カレン。あるくの、へた」
「……精霊よ、お前はその小さな身体で歩けるのか?」
「セレスは、トワのかたにのってるから、あるかなくていい。べんり」
「それは、歩いているとは言わないのでは……」
「トワがあるいてる。セレスはトワのいちぶ。だからセレスもあるいてる」
「……その理屈は、私には理解できないが──なるほど、お前たちの間では通用するのか」
「通用しない」トワが即答した。
「つうようしてる!」
「していない」
「してる!」
カレンが不格好に笑った。三度目の笑い。少しずつ上手くなっている。
◇
大通りを歩いていると、プレイヤーたちの視線が集まり始めた。
「あの人、誰?」
「旅人の服着てるけど……見たことない顔だ」
「NPC? プレイヤー?」
「NPCっぽい。でも、大聖堂の方から歩いてきたぞ」
カレンがトワの横を歩いている。トワは有名人だ。そのトワと並んで歩いている旅人の男──プレイヤーたちが不審に思うのは当然だった。
「ちょっと! トワさん! その人誰ですか!?」
足早に近づいてきたプレイヤーが聞いた。Lv85の剣士。聖都にいたプレイヤーだ。
「カレンだ」
「カレン? ──カレンって……え、カレン!? 聖王の!?」
「王はやめた。──ただのカレンだ」
「嘘だろ──!? カレン王が、大聖堂から出てきた──!?」
大通りがざわめき始めた。「カレン王」の名前が、どんどん広がっていく。
「カレン王だって!?」
「本物か!?」
「トワさんの横にいるのが、カレン王!?」
「旅人の服着てるじゃん」
「王冠は? 鎧は?」
「ないな。完全に旅人だ」
カレンが居心地悪そうにしている。千年間一人だった男に、大勢の視線は辛い。
「トワ──この人数は」
「聖都のプレイヤーだ。お前の記憶封印を解くために、友好度レイドをやった連中だ」
「友好度──何だ、それは?」
「気にするな、気にしなくていいことだ」
プレイヤーが一人、カレンに近づいてきた。花屋フィオナの担当プレイヤーだ。
「カレン王──あ、カレンさん。──あなたが、この街の住人の記憶を消したんですよね」
カレンが身構えた。責められると思ったのだろう。
「ああ。──わたしが消した」
「フィオナちゃんの記憶も」
「ああ……」
プレイヤーが手を差し出した。
「ありがとうございます。あなたが出てきてくれたおかげで、フィオナちゃんの記憶が戻るんですよね。ずっと──名前を思い出せないフィオナちゃんを見てるの、辛かったんで。──早く、お願いします」
カレンが目を丸くした。
「怒らないのか……?」
「怒ってもフィオナちゃんの記憶は戻りませんし。それより、早く返してくれた方が嬉しいです」
「お前たちは……合理的だな」
「ゲーマーですから」
「ゲーマー……」
カレンがトワを見た。「ゲーマーとは何だ」という目をしていた。トワは「気にするな」と目で返した。
別のプレイヤーが声をかけてきた。
「カレンさん! 旅人なんですよね!? 旅人の先輩じゃないですか! 何かアドバイスください!」
「アドバイス──? 千年間引きこもっていた男にアドバイスを求めるのか」
「引きこもりからの復帰者の方が、リアルなアドバイスくれそうじゃないですか」
「……返答に困る質問だな」
「カレンさん、強いんですか?」
「千年前は、そこそこ強かった」
「そこそこって──大聖堂の試練の五戦目、カレンさんの幻影ですよね? あれ『そこそこ』なんですか?」
「……若い頃の記録だ。今のわたしは──あれの十分の一も動けない」
「それでも、旅人としては最強クラスでは──」
「最強はそこにいる」カレンがトワを指した。
「あ、はい。──それはまあ、そうですね……」
シロがカレンの足元をうろうろしている。プレイヤーの一人がシロに気づいた。
「あ! シロだ! シロー! こっちおいで!」
シロが尻尾を振ってプレイヤーに駆け寄った。頭を撫でられて喜んでいる。
「シロ、すっかり聖都の人気者だな」ゼクスが呆れている。
「トワさんより人気あるかもしれませんよ」ハルが言った。
いまいち、トワは否定できなかった。
◇
聖都の住人たちが、カレンを見ている。
だが──誰も、カレンだとわからない。
「こんにちは! 良い天気ですね!」
すれ違う住人が、いつもの笑顔で、いつもの定型文を言った。カレンに向かって。
カレンの足が止まった。
さっきまでプレイヤーたちに囲まれて賑やかだった空気が、一瞬で冷えた。
「……こんにちは」
「良い天気ですね!」
「ああ。──良い天気だ」
住人は笑顔のまま、通り過ぎていった。王を目の前にしても、わからない。記憶が封印されているから。
カレンの表情が暗くなった。プレイヤーたちの前では平静を保っていたが、住人の笑顔を見た瞬間、堪えきれなくなったらしい。
「わたしが消したんだ。あの笑顔を。あの言葉を。──全部」
「ああ。お前が消した。──だからお前が、返す」
「……そうだな」
パン屋のエリーの前を通った。いつもの行列。プレイヤーたちがルーチェのパンを買っている。
エリーが、カレンを見た。
「いらっしゃい! パンはいかがですか?」
定型文ではなかった。友好度が高いエリーは、自分の言葉で話せる。だがカレンの顔を見ても──
「初めてのお客様ですね。──この街には、最近いらしたんですか?」
初めて。──千年間この街を治めていた王を、「初めて」と言った。
カレンが、唇を噛んだ。
「……ああ。最近来た。──久しぶりに」
「そうですか! じゃあルーチェのパン、ぜひ食べてください。この街の名物なんですよ」
「知っている。──昔から」
「昔から? 不思議なことを言うんですね」
エリーは笑っていた。カレンを知らない笑顔で。
カレンがパンを買った。二個。
「あら、二個も。お連れの方にも?」
「……一個は自分のだ。もう一個は──」カレンがセレスを見た。
セレスがトワの肩の上から、きらきらした目でカレンを見つめている。
「あの精霊にやる」
「まあ! 精霊さん、パンが好きなの?」
「すき! エリーのパン、だいすき!」
「ふふ。──ありがとう。いっぱい食べてね」
セレスがパンを受け取って、もぐもぐ齧り始めた。カレンが自分のパンも齧った。二人で並んでパンを食べている。
「カレン。──エリーのパン、おいしい?」
「おいしい」
「あした、エリーが──カレンのことおもいだしたら、もっとおいしくなるかもね」
「……そうだな」
トワはカレンの横に立った。
「明日だ。──明日、封印を解く。エリーから始める」
「……ああ」
「準備はいいか」
「千年待った。準備は十分だ……いや──十分すぎるほどだ」
◇
その夜。トワの要請を受けて、蓮がフォーラムに投稿した。
【告知】聖都の記憶封印を解除します。全プレイヤーの協力を求めます【明日実施】
──「記憶封印の解除!? やっとか!」
──「どうやって?」
──「カレン+アストレア+トワ+タマキの四人で、NPCの封印を一人ずつ解除するらしい」
──「一人ずつ!? 聖都のNPC、何人いると思ってるんだ」
──「推定百五十人以上」
──「時間かかるな……」
──「だから協力を求めてるんだろ。友好度レイドの再来だ」
──「今度は友好度じゃなくて──封印解除レイド?」
──「記憶返却レイドだろ」
──「命名センスがトワ並み」
──「それは褒め言葉じゃないぞ」
──「そういえば、カレン王が聖都に出てきてたぞ、旅人の服着て。セレスちゃんと一緒にパン食べてた」
──「聖王がパン食ってるの、絵面がシュールすぎる」
──「でもなんかよかったよ。普通の人って感じで」
──「悪い人じゃないのかな?」
──「分からんけど、楽しみだな。またみんなで協力できるのか」
──「とにかく明日だな。明日が来てみないと、なんとも言えない」




