《封印を解く》
翌朝。──正確には、ルーナの夜が明けた後の朝。
聖都に昼が戻った。
【イベントを進行可能です。聖王カレンが待っています】
イベントのクールタイムも終わり、トワは彼の元へ急いだ。
大聖堂の書斎では、カレンが待っていた。
昨夜タマキが作った光砂のスープを飲み、エリーのパンを食べ、カレンの顔色が少しだけよくなっていた。千年ぶりの料理は、栄養満点だったようだ。
しかし、机の上のパンが二個になっていた。昨日は一個だったのに。
「カレン。パンが増えているぞ」
「エリーの店に、買いに行った」
「いつの間に?」
「早朝。お前たちがログインする前にな。──千年ぶりに並んだぞ、行列に」
「聖王が、行列に並ぶのか?」
「王はやめた、ただのカレンだ。行列にも並ぶさ」
セレスが肩の上から、パンをじーっと見つめている。
「トワ。パンふえてる。──セレスのぶん?」
「おいやめろ、お前のぶんじゃない」
「でも、ふえてる、パンパンパン」
「増えていても、お前のぶんじゃないぞ」
「カレン。そのパン、セレスにくれる?」
「……いいぞ」
「トワよりやさしい。──カレン、にばんめにすき」
「一番目は誰だ」
「トワ」
「即答か」
セレスがパンを齧りながら、カレンの膝の上に飛び乗った。カレンが困惑している。
「おい、わたしの膝に乗るのか」
「カレンのひざ、トワのひざより、ひろい。すわりやすい」
「トワの膝が狭いのか」
「せまい。トワはやせすぎ」
「……余計なお世話だ」
ゼクスが「精霊に体型を批判される旅人」と呟いた。
トワは聞こえないふりをした。
◇
「さあ……昨日の話の続きだ」カレンが切り出した。「わたしがやるべきことが──一つある」
「聖都の【記憶封印】の解除か」
「ああ。──住人の記憶を戻す。わたしが千年前に奪ったものを、返す時が来たのだ」
「一人でできるのか」
「千年前のわたしならできた。しかし、今のわたしは……力が衰えている。千年間、【闇】に力を吸われ続けていた」
カレンが自分の手を見つめた。光の魔力が──微かにしか感じられない。
かつて聖王と呼ばれた力の……残りかす。
「手伝いが要る。──具体的には、三つの力が必要だ」
アストレアが立ち上がった。
「第四位階の祈り。──私の光で、カレンの封印術を補助できます」
「ああ。お前の祈りは、わたしと同じ系譜だ。わたしの弱った力を、お前が補う」
トワが続いた。
「記憶干渉の第三段階。──封印の下に眠っている記憶を、引き上げる」
「記憶干渉──ノクスの技か。お前がそれを持っているとは──ノクスめ、先見の明があるな」
「最後の一つは?」
「薬だ。──封印を解いた直後のNPCは、記憶が一気に戻るショックで混乱する。それを安定させる薬が必要だ」
タマキが瓶を掲げた。
「わたしの出番ですね。──記憶の安定剤。精霊の滋養薬の応用で作れます」
「流石、話が早いな」
「トワさんの横で、ずっと見てましたから。何が必要かは──だいたいわかります」
カレンが三人を見回した。聖騎士、旅人、薬師。──かつてのカレンの旅と同じ構成。
「聖騎士が祈り、旅人が記憶を書き戻し、薬師が安定させる。──昔のわたしたちと、同じだ」
「あの……わたしは何をすれば」ハルが手を挙げた。
「お前は?」
「導師、旅人の上位職です!」
「導師か。封印解除には直接関わらないが、NPCの周囲の環境を整える役目がある。封印を解いた直後のNPCが暴れないように、周囲の安定化を図るんだ」
「つまり、見守り係ですか」
「見守り係……まあ、そうとも言えるが」
「了解です。──あと、暴れたら杖で殴って止めます」
「おいまて、NPCを杖で殴るな」
「冗談です」
「冗談に聞こえなかったぞ」ゼクスが言った。
「ゼクスさんはどうするんですか?」
「俺は──待機だ。影が使えるこの聖都の夜に、何か起きた時のための保険だ」
「つまり、見守り係ですか」
「見守り係と一緒にするな。──保険だ」
「保険って、何もしなくていい可能性があるってことですよね」
「……」
「ゼクスさんとわたし、実質同じポジションですよね」
「違う。──断じて違うぞ」
タマキが横で笑いを堪えている。アストレアが「まあまあ」と仲裁に入った。
「話を本筋に戻すが――」
トワが手を叩いて仕切り直した。
「俺たちとカレンたちは、同じじゃない。お前たちは三人だった。──俺たちは、もっといる」
「もっと……というと?」
「聖都のプレイヤー、全員だ。──友好度レイドの時と同じように、全員でNPCの封印を解く」
「全員で──?」
「お前一人で封じた記憶を──大勢で、返す。一人ずつ、名前を呼んで」
カレンが言葉を失った。
「一人で背負わなくていい。お前が千年前にやったことの後始末は──俺たちが一緒にやる。それが、旅の仲間だ」
「旅の……仲間」
トワがアイテムストレージから──古い手紙を取り出した。
「ヴィアの手紙を預かっている」
地下室で見つけた、ヴィアからカレンへの手紙だ。
カレンが手紙を受け取った。──手が、震えている。
開いた。読んだ。
「『いつか誰かが──お前を止めてくれることを願って』」
カレンが手紙を──胸に押し当てた。
「ヴィア。──来たよ。お前の言った『誰か』が」
手紙を握りしめたまま──立ち上がった。
「行こう。──聖都に出る。住人の記憶を──返しに」
千年ぶりに、聖王カレンが大聖堂の外に出る。
扉を開けた。白い光──ではなく、朝の光が差し込んだ。温かい。
カレンが一歩、踏み出した。
「外の空気は──こんなに暖かかったのか」
「ああ。──歩こう、カレン。お前の街を」
「わたしの……街」
聖都ルクスの大通りに──旅人の服を着た聖王が、歩いて出てきた。




