《閉じ込められた王》
セラフの機能停止と同時に、大聖堂全体が動き始めた。今度は暴走ではない。正常な復帰シーケンス。
壁がスライドし、床が回転し──分断されていた区画が、元の位置に戻っていく。立体パズルが──解かれていく。
通路が繋がった。
向こうから──足音。走ってくる。
「トワさん──!」
タマキが先頭で走ってきた。ハルが続き、アストレアが最後尾。シロがハルの横を駆けている。
「無事ですか──!?」
「ああ、そっちは」
「騎兵三体と戦いました。ハルちゃんが指揮して、シロが馬を追い回して、わたしがバフを剥がして!」
「三人で騎兵三体か。──大したものだ」
「えへへ……死にかけましたけどね……」ハルが苦笑した。「あと、わたし杖で騎手を殴りました。物理で」
「導師の新しい戦い方だな」
「トワさんに認められたので、もうこれ公式戦法でいいですか?」
「まあ……好きにしろ」
「やった! 名付けて──【導師流・杖殴打術】、爆誕です!」
「名前がダサい」ゼクスが即座に切り捨てた。
「ゼクスさんにネーミングセンスを批判される日が来るとは思いませんでした……」
「俺のセンスは悪くない」
「【影縫い】は格好いいと思います」
「だろう?」
「おいゼクス、誇らしげにするな」
シロがトワの足元に駆け寄って尻尾を振った。
トワがシロの頭を撫でる。セレスが即座に反応した。
「トワ。セレスも、なでなで」
「後でな」
「いまがいい」
「……」
「なでなで」
「……」
「なでなで~!」
セレスの頭を撫でた。角がぽわっと光る。
ルーナが影の中から「わたしも……」と言った。トワが足元の影に指先を触れると、影の中からルーナの手がそっと出てきて、指先に触れた。
「……えへ」
影の中から小さな笑い声が聞こえた。
「ルーナちゃん、可愛い……」タマキが溶けそうな顔をしていた。
「保育園の先生の気持ちが、少しは分かった気がする」
「トワ、いま、なにかいった?」
「なにも」
トワは知らない振りをして、ルーナの手をにぎにぎした。
◇
六人が合流し、改めて聖王の回廊を進んだ。管理システムが正常化したことで、防衛機構は全て停止している。
ステンドグラスの回廊を歩く。カレンの人生の物語。──最後の絵。一人で泣いている王。
だが──ステンドグラスの後ろに、もう一枚あった。さっきの構造再編成で壁がずれた際に、隠されていた絵が露出していた。
最後の、ステンドグラス。
王が……部屋の中にいる。扉に手をかけている。開けようとしている。だが、扉の外側に……黒い影が張り付いている。
扉が──開かない。
「この絵──カレンが、閉じ込められている?」アストレアが睨んだ。
「扉の外の黒い影──【闇】だ。セラフの核にあった闇と同じ。──カレンは自分から閉じこもったんじゃない。閉じ込められていたんだ──千年間も、【闇】に」
ごくりと、誰かの息を呑む音だけが聞こえた。
「千年間──出たくても出られなくて。でも声だけは出せたから──『来い』と呼びかけていた」
「助けを……求めてたんですね……」タマキの目が赤くなった。
「でも、システムが暴走していたから、呼びかけた相手が来ても、システムが排除しようとする。──カレンは自分の城に、自分の作ったシステムで閉じ込められていた」
「そんなの──」ハルが拳を握った。「そんなの、ひどすぎますよ」
「ああ。──だからここに来た。閉じ込められた王を出してやろう。他にもまだまだ、聞かないといけないことがある」
回廊の先に扉が見えた。最後の扉、簡素な木の扉。大聖堂の壮大さとは不釣り合いな、普通の扉。
扉の外側に、黒い染みがあった。【闇】の残滓。
「ルーナ──頼む」
「……うん」
ルーナが影から手を伸ばし、扉の黒い染みに触れた。紫の光が闇を飲み込む。──染みが消えた。
扉が、軋んだ。千年ぶりに。内側から、鍵が外れる音がした。
扉の横に、小さな文字が刻まれていた。古い文字。何度も上から書き直された跡がある。千年間、同じ言葉を繰り返し刻んでいたように。
【「わたしは旅人だった。今は王だ。──だが、旅人のままでいたかった」】
ハルが、涙を堪えていた。
「この文字……千年間、刻み続けたんだ。何度も何度も。独り言みたいに……」
「トワ」セレスが肩の上で、トワの襟をぎゅっと握った。「──あけよ」
トワはアイテムストレージからエリーのパンを取り出した。
温かい。ゲームの中のアイテムに温度の概念があるかはわからない。だが、手の中が温かい気がした。エリーが「カレン王の好物だったの」と言って持たせてくれた、焼きたてのルーチェのパン。
「行くぞ」
扉を、押した。
千年間閉ざされていた扉が、開いた。




