《熾天使》
下層。トワ、セレス、ルーナ、ゼクス。
通路を降りていくと、構造が変わった。綺麗な石造りではなく有機的な曲面で、壁が脈動している。
「大聖堂の管理システムは建物と一体化している。──この壁の鼓動が、システムの心臓だ」
「気味が悪いな。ダンジョンの壁が脈打つゲームは、初めてだ」ゼクスが壁から手を離した。
「セレスも、きもちわるい」
「セレスは、さっきまでおやつ食べてたよね?」
「ううん、ルーナ。きもちわるいのとおやつは、べつ」
ドーム状の空間に出た。天井が高い。闘技場のような──だが、ここは自然にできた空洞ではない。大聖堂の臓器のような場所だ。
中央に──いた。
天使。
六枚の翼を持つ、巨大な光の天使。全長二十メートル。身体が半透明で、内部に光のエネルギーが渦巻いている。顔は──ない。のっぺらぼうの光の仮面。
画面に赤い警告枠が表示された。
【!WARNING!】
【大聖堂最終防衛兵器──検知】
【聖光の熾天使セラフ Lv??? HP:???】
【推奨パーティ人数:20人以上】
【推奨平均レベル:Lv95以上】
「推奨二十人以上──!? 俺たち、二人だぞ」ゼクスが目を剥いた。
「四人。セレスもルーナもいる」
「精霊を数に入れるな」
「セレスはトワのいちぶ」
「……なら仕方ないか」
「トワ、俺は親バカを見ている気分だぞ」
セラフが──口のない顔から声を発した。
「侵入者を確認。排除シーケンスを実行します」
機械的な声。感情がない。NPCですらない。純粋なシステムの防衛兵器。
「これは、話が通じるタイプじゃなさそうだな」
「まずはパターンを読む。──見聞録」
【見聞録】を全力起動。セラフの構造を解析する。
画面にトワの視界を示すHUDが表示された。見聞録の解析モード。セラフの身体に、色分けされたオーバーレイが重なる。
【見聞録──解析結果】
【翼:6枚。それぞれ独立した攻撃ユニット】
【第一翼:光線型(直線ビーム)】
【第二翼:拡散型(広範囲散弾)】
【第三翼:追尾型(ホーミング弾)】
【第四翼:近接型(光の鞭)】
【第五翼:防御型(シールド展開)】
【第六翼:回復型(自己修復)】
【弱点:各翼の付け根──関節部】
【推奨戦術:翼を個別に破壊し、本体を露出させる】
「六枚の翼がそれぞれ別の機能を持っている。──全部切り落とせば、本体にダメージが通る」
「六枚を二人で? 一枚につき、何秒だ?」
セレスが覚醒形態になった。月光を展開──だがセラフの光量は、セレスの月光を超えている。天使を覆う月光の繭が、今回は薄い。
「セレス、月光はどれくらい保つ」
「……にふんが、げんかい」
「二分で六枚。──一枚二十秒か」ゼクスが短剣を抜いた。「行けなくはない。──影が使えればな」
「影は使えない。この光の中では──」
「わかっている。物理でやる」
「──行くぞ」
セラフの六枚の翼が、同時に展開した。
◇
【戦闘開始──聖光の熾天使セラフ】
画面にボス戦用のUIが展開された。画面上部にセラフのHPバー──だがHPの数値は「???」のまま。画面左に翼の状態を示すアイコンが六つ並ぶ。全て白く光っている。
第一翼が──光った。直線ビーム。
白い光線がドームの端から端まで貫通する。石の壁に直径一メートルの穴が開いた。
「まずい――!」
トワが横に跳んで回避。直後に第二翼が拡散弾を撒く。小さな光の弾が数十発、扇状に広がる。
回避不能の密度。──だが弾速は遅い。走って弾幕の隙間を縫える。
「第三翼──追尾弾、来るぞ!」
光の球が五つ、トワを追ってくる。曲がる。追いかけてくる。
「追尾弾は、壁にぶつければ消える!」
柱の陰に飛び込む。追尾弾が柱に激突して消滅。だが柱が砕けた。遮蔽物が減っていく。
画面左のアイコンの第一翼が──点滅した。チャージ完了の合図。次のビームが来る。
「ゼクス! 第一翼──直線ビームが来る! チャージ完了のアイコンが光った!」
「ああ、言われなくても見えている!」
ゼクスがビームの発射と同時に第一翼の横に回り込んだ。ビームは直線にしか撃てない。発射中は翼が固定される──その隙に、翼の付け根に短剣を突き立てた。
【第一翼:損傷──78%】
画面左のアイコンにダメージゲージが表示された。一撃では落ちない。あと二、三撃。
「硬い──!」
「トワ、こっちに来い! 第一翼に集中する!
」
トワが槍に切り替えて突進。第一翼の付け根に──槍を突き刺した。
【第一翼:損傷──96%】
もう一撃。剣に切り替えて──三連斬。
【第一翼:破壊】
画面左のアイコンが一つ──暗くなった。翼が光の粒子になって散る。残り五枚。
「一枚目──! 経過時間は?」
画面右上に、セレスの月光の残り時間がカウントダウンで表示されていた。
【銀月の揺り籠:残り1分42秒】
「一枚に十八秒か。──ギリギリだ」
第四翼──近接型の光の鞭が、地面を叩いた。衝撃波でトワが吹き飛ばされる。
【トワ HP:360/360 → 85/360】
「HP一撃で八割削れた──!?」
「ルーナ! 夜帳の衣の防御は!」
「……ごめん……この光の中では……衣が維持できない……」
ルーナの闇耐性バフが機能していない。セラフの光量が夜の加護を上回っている。
セレスの月光の繭が──トワを包んだ。繭の中でHPの自然回復が始まる。だが繭を維持するほど──月光の残り時間が減る。
【銀月の揺り籠:残り1分28秒】
「回復に使うと時間が減る──トレードオフか」
「だいじょうぶ。──はやく、やって」
トワが繭から飛び出し、第二翼にはりついた。拡散弾を発射する翼の──付け根を三連斬。
【第二翼:損傷──52%】
ゼクスが第三翼に張り付いている。追尾弾を発射する翼は──動きが複雑で、付け根が狙いにくい。
「この翼、うねうね動いて当たらない──!」
「パターンを読め! 追尾弾を発射した直後に〇・五秒の硬直がある!」
「お前の見聞録は相変わらず便利だな──!」
追尾弾発射。硬直。ゼクスの短剣が付け根を抉る。
【第三翼:損傷──89%】
【銀月の揺り籠:残り1分05秒】
第二翼と第三翼を──ほぼ同時に破壊。
【第二翼:破壊】
【第三翼:破壊】
画面左のアイコンが三つ暗くなった。残り三枚。
「半分切った──! 残り一分──三枚!」
だがセラフが、戦い方を変えた。残りの三翼のうち、第五翼(防御型)が前面に出る。光のシールドが本体を覆った。
【第五翼:シールド展開中──シールド破壊まで本体への接近不可】
「あいつ、防御体勢に入ったぞ! シールドが邪魔で、翼の付け根に近づけない!」
「セレス! 月光でシールドを曲げられるか!」
「やってみる!」
セレスの月光が──シールドに向かって放たれた。月光は光を曲げるレンズになる。シールドの一部が屈折し──隙間ができた。
【銀月の揺り籠:残り48秒──月光をシールド干渉に転用中】
「繭が消える──! トワ、急いで──!」
月光の繭が消えた。セレスの全ての力が、シールドの干渉に使われている。防御がなくなった。
トワとゼクスが──シールドの隙間から飛び込んだ。
内側に入れば翼の付け根が見える。第四翼(近接型)と第六翼(回復型)。
「回復翼を先に落とす──!」
第六翼に飛びつき、三連斬。回復翼は防御力が低い。
【第六翼:破壊】
自己修復が止まった。ここまでに受けた翼へのダメージが──回復しなくなる。
「ゼクス! 第四翼──!」
ゼクスが第四翼の鞭を掻い潜り、付け根に短剣を突き刺した。鞭がゼクスの腕をかすめる。
ゼクスのHPが、六割飛ぶ。エンドコンテンツの防具や装備を揃えて、このダメージだ。
「っ──! 痛いな、こいつ──!」
だが、止まらない。短剣を捻り、抉り、引き裂く。
【第四翼:破壊】
残り一枚。第五翼。──シールド翼。
【銀月の揺り籠:残り22秒】
シールドを展開していた第五翼が、セレスの月光干渉で不安定になっている。今なら。
トワが弓に切り替えた。至近距離で、翼の付け根の関節部に矢を放つ。一射。二射。三射。全弾が同じ場所に、重なるように突き刺さる。
【第五翼:損傷──92%】
剣に切り替え。──最後の一撃。
【第五翼:破壊】
【──全翼破壊──】
【聖光の熾天使セラフ:本体露出】
画面左の六つのアイコンが全て暗くなった。セラフの本体──光の核が、剥き出しになっている。
【銀月の揺り籠:残り8秒】
「八秒──! 本体を叩く──!」
トワとゼクスがセラフの核に飛びかかった。同時攻撃。
──核に触れた瞬間。
トワの手に──冷たい何かが走った。
「っ──!?」
冷たい。──【闇】の冷たさ。
セラフの光の核の内側に、黒い点がある。小さな、針の先ほどの──【闇】。
画面に新しい表示が出た。
【!ALERT!】
【セラフの核に異常なエネルギー体を検知】
【属性:不明──「闇」に類似】
【このエネルギー体がセラフの暴走の原因です】
「【闇】──!? セラフの中に、【闇】があるのか!」ゼクスが叫んだ。
「こいつの暴走は──カレンのせいじゃない。セレスが言っていたとおり、【闇】がシステムに食い込んで──国の制御を奪っていたんだ!」
セラフが──再起動を始めた。翼が再生していく。
全てを呑み込み書き換える、【闇】のエネルギーで。
【聖光の熾天使セラフ:翼再生中──】
【再生速度:15秒で全翼復元】
「十五秒で全部生え直す──!? そんなの、倒した意味がないだろ!」
「【闇】が核にある限り、何度でも再生する。──【闇】を破るしかない」
闇。光でも影でも消せない。だが──
「夜なら──消せる」
ルーナの声。影の中から。弱々しいが──確かな声。
「でも──この光の中では、夜を展開できない……」
「セレス。──あと何秒残ってる」
【銀月の揺り籠:残り3秒】
「さん、びょう……」
三秒。三秒の月光で──トワの足元だけ影を作る。ルーナが活動できる最小限の影。
「三秒でいい。ルーナ──手だけ出せるか」
「……やる」
セレスが最後の月光を、トワの足元に集中させた。
光の中に──手のひらサイズの影が生まれた。
ルーナが影から、手だけを出した。紫の小さな手。
「トワ──わたしの手を──核に──」
トワがルーナの手を掬い上げ──再生中のセラフの核に、押し付けた。
紫の光が──核に浸透した。【闇】の点に触れる。
夜が──闇を飲んだ。
【セラフ核内の闇のエネルギー体──消滅】
【セラフの異常再生──停止】
セラフの翼の再生が途中で止まった。光の身体がゆっくりと分解されていく。
【大聖堂最終防衛兵器・聖光の熾天使セラフ──機能停止】
【大聖堂管理システム──正常化中──】
セラフが──消えた。
ドーム状の空間が、静かになった。壁の脈動は……もう聞こえない。穏やかになっている。大聖堂の心臓が、落ち着いていく。
「……終わったのか」ゼクスが短剣を鞘に納めた。
「ああ。──システムの暴走は止まった。これでもう、俺たちを襲ってこないはずだ」
セレスが覚醒形態から小さい姿に戻り、トワの肩にぽすんと落ちた。
トワは頑張った二人の精霊をねぎらいながら、更に奥へと進んでいった。
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