《昼しかない国》
門をくぐった瞬間──目が焼けた。
白い……あまりにも白い。空も大地も地平線も、全てが白い光に満たされている。VRゴーグルの輝度調整が追いつかない。目を細めて、ようやく──景色が見えてきた。
砂漠だった。
白い砂の砂漠。果てしなく広がっている。空には太陽が──二つ。いや、一つの太陽が異常に明るい。影が一切ない。地面にも、自分の足元にも。
【聖王国ルミナリア・光の荒野に到達しました】
【ルミナリア踏破率:0.0%】
「トワ。──まぶしい」
セレスが肩の上で角がしなしなになっている。光が強すぎて辛そうだ。
足元の影から──ルーナの声が聞こえた。
「……ここ、明るすぎる……。わたし、影の中にいるのに……明るい……」
影がない世界では、ルーナの居場所であるトワの影も消えかけている。影が極端に薄い。
「ルーナ。大丈夫か」
「大丈夫……でも、長くは……このまま外にいたら、わたし消えちゃうかも……」
タマキが水筒を出した。
「まず水分補給しましょう。この砂漠、空気が乾燥してます。──VRゲームで喉が渇くの、初めてかも」
BCOのVR体感システムは、温度や湿度も再現する。この砂漠は熱くはないが、乾いている。光が全ての水分を蒸発させているような乾燥。
ゼクスが周囲を警戒していた。
「影がない。──俺の影潜りは使えない。この国全体がそうなら、俺は丸裸で戦うことになる」
「わたしの聖属性はここでは強化されるはずですが──」アストレアが手を見つめた。「逆に強すぎて、制御が難しい。聖光が、勝手に溢れてくる」
光の国では光が強化される。だが影が使えなくなり、ルーナが消えかけ、セレスが辛い。
──戦力のバランスが完全に変わっていた。
「歩くぞ。まず、この砂漠の全貌を把握する」
白い砂を踏みしめて歩き始めた。一歩ずつ、地図を埋めていく。
◇
三十分歩いた。砂漠は変わらない。
白い砂。白い空。白い太陽。そしてモンスターもいない。何も──
足元の砂が動いた。
「!」
砂の中から──何かが飛び出した。
白い蠍。全長一メートル。身体が半透明で、内部に光のエネルギーが脈動している。
尾の先には……光の針。
【光蠍 Lv92 HP:85,000】
「モンスターです!」
タマキの声に、全員が気を引き締める。
光蠍が尾を振り上げた。光の針から、ビームが放たれた。細い光線。トワの横を通過し、背後の砂丘を貫いた。
砂丘に──穴が開いている。直径五センチ、深い。十メートル先まで貫通している。
「なんて火力だ……! あの針、一発で岩盤をも砕くぞ!」
ゼクスが目を細めた。
冬夜は【見聞録】を起動した。──ルミナリアではスキルが正常に動作している。
光蠍のパターンを読む。攻撃は尾の針からのビーム。チャージに二秒。射程は長いが──発射後の硬直が一秒ある。
「チャージ二秒、硬直一秒。──その一秒を突く」
光蠍がチャージを開始。尾の先に光が集まる。
二秒。発射。光線がトワの左を通過する──回避済み。
硬直の一秒間に踏み込む。【果ての道標】を白銀のまま振る。三連斬。
28,000──28,000──28,000。
「通る。白銀でもダメージは入る。──ただし、光属性の相手に光属性の武器は、効率が悪い」
光蠍のHPが85,000から1,000まで減った。だが──
光蠍が身体を光らせた。自己回復。HPが30,000まで戻った。
「回復するのか!」
「光の国のモンスターは、光のエネルギーで回復する。──太陽が出ている限り、回復し続ける」
「じゃあ、夜にすればいいよ」
ルーナの声だった。足元の影から。
「わたしの力で──この場所に夜を作れる。夜になれば太陽が消える。太陽が消えれば、モンスターの回復が止まる」
「やれるか」
「範囲は狭いけど──半径五十メートルくらいなら」
「……?? 半径五十メートルで、狭いのか?」
「ここは、明るいから。普通の場所なら、全域を夜に出来るの」
「……十分だ。やってくれ!」
トワの影から、紫の光が溢れた。ルーナが影の中から力を発動している。
半径五十メートルの空間に──【夜】が訪れた。
白い砂漠の一角だけが、突然、暗くなった。空に星が浮かぶ。月が──セレスの銀月が昇る。
光蠍は弱体化した。太陽の光を失い、自己回復が止まった。
身体の光が暗くなる。動きも鈍くなっている。
「今だ!」
三連斬。今度は回復されない。光蠍のHPがゼロになり、光の粒となって消えていった。
【光蠍を討伐しました】
【ドロップ:光蠍の針(素材アイテム)】
【ドロップ:白砂の結晶(素材アイテム)】
「素材が落ちた!」タマキが拾い上げた。「光蠍の針……これ、薬の素材に使えるかも!」
ドロップアイテム。フィールドモンスター。素材集め。──ここら辺は表の世界と共通らしい。
ルーナの夜が解けて、再び白い昼に戻った。
「ルーナ。夜を作ると、隠れていたものが見えたりしないか?」
「……あ、そうかも。夜にしか見えないものが──ある。月光に照らされないと、現れないもの」
セレスが角を光らせた。
「トワ。ルーナのよるで、このへん、もういっかい、みてみよ」
もう一度、ルーナが夜を展開した。半径五十メートルの夜。
セレスが月光を放った。月光が夜の砂漠を照らす──すると。
砂丘の影に──何かが浮かび上がった。光では見えなかったもの。月光にだけ反応する──古い石碑。
「石碑だ!」
石碑には文字が刻まれている。【見聞録】が翻訳する。
【「太陽が全てを照らす時、真実は隠される。月が昇る時、隠されたものが現れる」】
「ルミナリアにも──隠された真実がある、ということか」
ゼクスが呟いた。
石碑の下に──地面が光った。砂が動き、階段が現れた。地下に続く階段。
【隠しエリア「月光のオアシス」が出現しました】
「隠しエリアだ! ──夜にしないと出てこないエリア!」
ハルがわくわくと目を開かせている。
早速、トワたちは階段を降りた。
地下に──オアシスがあった。地上の白い砂漠とは別世界だ。緑の木々。清水の泉。果物が実っている。──そして、NPCが一人いた。
老人だ。古い旅人の装備を着ている。──ルミナリアの旅人?
「おや。──客人かい。この場所に来る者は、千年ぶりだ」
「あなたは……」
「わしは、ルミナリアの旅人だった。今は……ここに隠れているがな」
NPCの名前が表示された。
【隠しNPC「老旅人ヴィア」】
【友好度:0/10】
隠しNPC。表の世界のグランと同じ──旅人にしか見つけられない存在。
「ルミナリアに、旅人がいたのか」
「昔はいた。カレンがまだ、王になる前の時代にはな……カレン自身も、旅人だった」
「なにっ……カレンが、【旅人】?」
「ああ、だがその話は長くなる。まずは座りなさい……ほら、水と果物を。この砂漠では、それが何より貴重なものだ」
ヴィアがテーブルを示した。果物と水が並んでいる。
【老旅人ヴィアと会話しました。友好度が上昇しました:0/10 → 1/10】
「トワ。──このひと、グランににてる」
セレスが小声で言った。
「ああ。──隠しNPCの旅人。グランと同じ匂いがする」
ルミナリアにも──旅人の残滓がある。カレンが全てを消したはずの国に──隠れている者がいる。
ここから、ルミナリアの探索が本格的に始まる。




