六つの光
あの後、ルーナは直ぐ眠りに落ちて、トワたちがずっと傍で見守っていた。
――ルーナが目覚めるのに、しばらく時間がかかった。
千年間闇に浸されていた身体は、すぐには回復しない。タマキの回復とハルの滋養薬で少しずつ、精霊本来の力を取り戻していく。
やがてルーナは無事に目を覚ますが、ルーナは、セレスのそばを離れなかった。
怖かったのか、セレスの手を握ったまま、びくびくしている。
「……まだ、闇の夢を見る。冷たくて、暗くて、何も見えなくて……」
「だいじょうぶ。セレスがいるから。もう、ひとりじゃないよ」
ルーナがトワを見つめた。
「あなたが……セレスの契約者……?」
「トワだ」
「トワ……セレスの記憶の中で、たくさん見た。あなたが歩いている姿を。七千時間、歩き続けた旅人」
「セレスの記憶を見たのか?」
「【記憶干渉】で書き込まれた時──セレスの記憶が全部流れ込んできた。あなたとセレスの旅の記憶が。──だから、わたしはあなたのことを、千年前から知っているような気がする」
不思議な表現だったが、嘘ではないのだろう。
「トワ。──わたしを、助けてくれてありがとう」
「礼はセレスに言え。お前を呼んだのはセレスだ」
「セレスには言った、何度も。──でも、あなたにも言いたい。【記憶干渉】がなければわたしは、自分の名前すら思い出せなかった」
ルーナが、トワの手に触れた。小さな手。冷たい。まだ闇の名残がある。
「わたしは──夜の精霊。あなたの旅に、わたしも加えてくれますか」
「加えるも何も、セレスの仲間は俺の仲間だ」
セレスが即座に反応した。
「トワ。ルーナは、セレスのともだち。でも──トワのかたは、セレスのばしょ」
「わかっている」
「ルーナは……かたはダメ。べつのばしょ」
ルーナがあははっと苦笑いした。
「わたしは夜の精霊。──影の中にいるのが落ち着く。あなたの足元の影に、いてもいい?」
セレスが肩の上。ルーナが影の中。月と夜、それぞれの居場所がある。
「好きにしろ」
ルーナがトワの影の中に溶け込んだ。足元の影が、少しだけ濃くなった。
「ルーナ。かげのなかで、おやつたべられる?」
「食べられるよ。影の中は暗いけど、わたしの領域だから」
「じゃあ、おやつはわたす」
「ありがとう、セレス」
セレスがトワの肩の上から、影の中のルーナにクッキーを落とした。影の中に吸い込まれていく。
「……おいしい」
影の中から声が聞こえた。
「よかった。──トワ、ルーナ、おやつたべた。なかま、ごーかく」
そして無事、セレスの審査をクリアした。
◇
ルーナが仲間になったことで、新しい力が解放された。
【夜の精霊ルーナが契約者の影に宿りました】
【新たな精霊能力が解放されます】
【「夜帳の衣」:契約者に夜の加護を付与。闇属性攻撃への耐性+80%。闇の侵蝕を無効化】
【「星見の瞳」:夜の精霊の知覚。闇の中でも視覚を維持。深淵の存在を感知可能】
「闇耐性と深淵の感知──!」
ハルは興奮を隠せなかった。
「これ、闇への対策じゃないですか!」
そして──もう一つ。
【最終武器「果ての道標」に新たな形態が解放されました】
【夜銀形態:夜属性付与。闇属性への特効ダメージ。影銀形態の派生形態】
【──夜は闇ではない。夜は闇の中にあっても消えない。月が照らし、星が輝き、影が生まれる場所。それが夜──】
夜銀形態。影銀の派生種。
冬夜は──【果ての道標】を握った。
いい旅だった、ではない。夜銀形態の覚醒ワードは──
「おかえり、ルーナ」
【果ての道標】が──変色した。影銀の暗い銀ではない。もっと深い色。紺色に近い銀。夜空の色。星の光が刃の中をちらちらと流れている。
「きれい……」
タマキが息を呑んだ。
「影銀とは違う。──夜の色だ」
ゼクスが見つめている。
試し斬り。地面に残っていた闇の染みに──夜銀の刃を振り下ろした。
闇が──散った。浄化薬でも月光でも消えなかった闇が、夜銀の一刃で散った。
「闇が──消えた!?」
「夜は闇を消す。──夜が来れば、月が昇り、星が光り、影が生まれる。闇は夜の中では存在できない」
闇を消す力。光でも影でも消せなかった闇を──夜の力が消す。
◇
ルーナの覚醒。夜銀形態の解放。──そして、ソルシアに残っていた闇の染みを、一つずつ夜銀で浄化しながら歩いた。
未踏エリアが塗り替えられていく。96%。97%。98%。99%──
ソルシアの最深部。闇の穴があった場所。ルーナが解放されたことで、穴は閉じていた。闇の源を断つには深淵そのものに行く必要があるが、ソルシアの地表に開いていた穴は、ルーナが正気に戻ったことで塞がったのだ。
最後の一歩を踏み出した。
【ソルシア王国踏破率:100.0%】
【表の世界踏破率:100.0%】
【BCO全エリア踏破率:100.0%──達成】
表の世界とソルシア。二つの世界を合わせた全踏破。
だが──踏破率の表示の下に、もう一行あった。
【???踏破率:0.0%】
深淵。第三の層。まだ見ぬ世界の底。だが──それは恐らく、聖王国の先で見れる景色だろう。
全踏破の瞬間──始まりの町の光の神殿が、完全に起動した。
蓮からメッセージ。
オーレン:「トワ! 光の神殿の扉が──完全に開いた! 中から光が溢れてる! プレイヤーが大量に集まってきてるぞ!」
冬夜はセレスの星渡りで始まりの町に飛んだ。
光の神殿。扉が全開になっている。中から──白い光ではなく、金色の光が溢れている。温かい光。
中に入った。あの白い空間──だが、前回とは違った。
空間の中央に──門が形成されていた。巨大な光のアーチ。楔の門に似ているが、色が違う。白ではなく、金色。
門の前に──システムメッセージ。
【全エリア踏破条件──達成】
【聖王国ルミナリアへの門が開放されます】
【聖王カレンがあなたを待っています】
そして──カレンの声。
「旅人。──ソルシアを全て歩いたか」
「ああ」
「【闇】にも、手を出したようだな」
「約束通り、精霊を救った。あの闇からな」
「……見ていた、光の眼で。お前が精霊に記憶を書き込んだ瞬間を。仲間と共に闇を押し返した瞬間を」
「それで?」
「あの旅人は──一人で闇に触れて、飲まれた。お前は仲間と共に闇に触れて──精霊を救った。同じことをして、違う結果を出した」
カレンはしばし沈黙してから、
「来い、旅人。ルミナリアに。──わたしと、話をしよう」
門が──開いた。
金色の光の向こうに、白い世界が広がっている。
聖王国ルミナリア。
セレスが肩の上で、トワの襟を握った。
ルーナは足元の影の中で、待っている。
「トワ、いこう。さいごのたび」
「最後じゃない。──新しい旅だ」
「うん、あたらしいたび」
トワは門に向かって、歩き出した。
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