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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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《月と夜》


 闇の精霊──よるこが、六人の前に浮いていた。



 手のひらサイズ。セレスと同じ。──でも、その小さな身体から放たれる力は、百メートルの聖光龍カルディアすら霞むほどだった。



 闇が──広がっている。



 よるこを中心に、地下空間の床が黒く染まっていく。壁が、天井が、闇が這うように空間を侵食し、石が腐り、光が吸われ、音が消えていく。



 六人の足元にも闇が迫る。靴の先が黒く染まりかけた──



「全員、動け! 地面に留まるな!」



 トワの命令で六人が飛び退いた。さっきまで立っていた場所の石畳が──黒く溶けた。溶岩のように。だが熱くはない。冷たい、凍えるほど冷たい温度。



 よるこの赤い目が──六人を見回した。


 そして──口を開いた。



「────!」



 声……といっていいものではなかった。まるで闇のように、地下空間全体が振動した。天井から瓦礫が降ってくる。壁に亀裂が走る。





【闇に堕ちた精霊「???」が咆哮しました】

【闇属性攻撃:「虚無の叫び」──範囲内の全プレイヤーにHP持続減少+全スキル精度低下】



 全員のHPが──削れ始めた。毎秒50、ただそこにいるだけで削れていく。



「HPが減っていく……! しかも、スキルの精度が……!」



 タマキが回復を飛ばすが、前より目に見えて回復スキルの効果が落ちている。




 トワが【見聞録】を起動──何も映らない。




 温度センサー:反応なし。魔力感知:反応なし。振動探知:反応なし。視覚解析:反応なし。五つのセンサー全てが、死んでいる。



「見聞録が機能しない、何一つ読めない状態だ」



「パターンが読めないなら──どうやって戦いますか!?」ハルが呼びかけた。

「戦わない、助けるんだ。まずは、攻撃を凌がないといけないが……」




 よるこが、手を振り払った。その一振りで、闇の斬撃が飛んだ。

 黒い三日月。空間を切り裂く闇の刃。

 ゼクスが影潜りで回避しようとした──影に潜った瞬間、影の中に闇が流れ込んできた。



「がッ──!!」


 ゼクスが影から弾き出された。影の中に──闇が侵入してきた。影潜りが汚染されている。



「ゼクスさん!!」すかさずタマキが回復する。

「影の中に──闇が! 影潜りが使えない! 影に潜ると、闇に飲まれる!」



 ゼクスの最大の武器が封じられた。


 アストレアが聖剣ルミナスを構えた。第四位階の光で闇を押し返そうとする。




「聖光よ──!」



 金色の光が闇に触れた。──弾かれた。聖女の白い光は同系統で上書きできたが、【闇】は光の系譜ではない。光と闇は対極だが──対極であるがゆえに、打ち消し合うだけで突破できない。



「聖属性が──通じない! 【闇】は、上書きも浄化もできない!」



 光が効かない。影も効かない。浄化薬も効かない。

 六人の戦力が──半分以下に落ちた。




「影銀形態を試す」



 トワが【果ての道標】に手をかけた。



「いい旅、だった」




【果ての道標】が影銀に変わる。暗い銀色の刃──トワはよるこの闇の斬撃を受け止めようとする。



 刃が触れた瞬間、影銀の色が黒く変わり始めた。浸食されている。影が──闇に変質させられている。



 慌てて形態を解除した。【果ての道標】が白銀に戻る。──だが柄の部分に、黒い染みが残っていた。




「ダメだ……影属性も、飲まれる。【闇】は、影すら変質させる」



 ゼクスが歯を食いしばった。



「影も光も効かない。物理で殴るか?」



 殴ってどうなる。相手は精霊だ。しかも助けるべき相手だ、HPを削ることが目的ではない。


 よるこが──二度目の波動を放った。

 今度はさっきより強い。黒い衝撃波が地下空間を埋め尽くす。



「全員わたしの後ろに!」



 アストレアが聖剣を地面に突き刺し、光の壁を展開した。金色の障壁──だが闇に触れた部分から亀裂が入っていく。




「持たない──三秒で壊れる!」



 三秒の間に、セレスが動いた。

【覚醒形態】──よるこの正面に飛び出した。




「──【銀月の揺り籠】!」



 セレスの角から、月光が放たれた。

 月光がよるこの闇に触れた。


 ──飲み込まれない。

 弾かれもしない。



 月光と闇が、衝突した。混ざるのでもなく、打ち消し合うのでもなく──共存している。光と闇は対極だが、月光と夜闇は……違う。月は夜の中で輝くもの。夜は月を消さない。月も夜を消さない。




「師匠! 月光が、闇に飲まれてません!」



「月は夜の中で輝くものだから」覚醒セレスの声が響いた。「夜を消さないし、夜にも消されない。月と夜は、ずっと一緒にいた。千年前も。──それより、ずっと前から」



 月光が闇の波動を遮った。六人のHPの持続減少が──止まった。

 セレスの月光の範囲内だけが安全地帯になっている。



 でも、安心はできない。



 よるこがセレスに向かって、闇を集中させ始めた。分散していた闇が一点に凝縮される。セレスだけを狙っている。邪魔をする存在を──排除しようとしている。



 凝縮された闇の槍。先端が針のように尖っている。月光の防御を貫通しようとする──。



「セレス、月光の維持に集中しろ! よるこの攻撃は、俺が引き受ける!」

「トワ──! でも、けんぶんろくも、かげのけんも──」

「目と勘でやる──最終試練と同じことだ!」



 冬夜は【果ての道標】を白銀のまま構えた。影銀ではない。属性なし。ただの旅人の剣。

 よるこが闇の斬撃を放つ。黒い三日月が──トワに向かって飛んでくる。

 見聞録なし。パターン読みなし。だが、七千時間の戦闘経験が身体に刻まれている。



 斬撃の軌道を──目で見て、身体で避けた。紙一重。頬の横を闇の刃が通過し、髪が数本切れた。



「避けた──目視で!?」


 ゼクスが息を呑んだ。



 二撃目、三撃目、四撃目。よるこが連続で闇の斬撃を放つ。トワが、全て避ける。見聞録がない。影銀がない。月光の加護もない。ただの旅人が──闇の精霊の攻撃を、目と七千時間の経験だけで避け続けている。




「アストレア! 俺がよるこの攻撃を引きつけている間に――セレスと二人で、闇を押し返せ!」

「承知した!!」


 アストレアが聖剣から金色の光を放った。二つの光が糸のように紡がれ、闇の侵入を押し返す。




「ありがとう、アストレア! これなら、もうすこし──がんばれる!」



 セレスの月光がよるこを包み込む。銀月の揺り籠。──だが、よるこは暴れている。繭の中で闇を爆発させ、月光を内側から破ろうとしている。



「もたせるのが限界──早く──!」

「ハル! 滋養薬を!」

「はい!!」



 ハルが走った。月光の繭の隙間から、精霊の滋養薬を投入する。セレスの繭に守られていない部分をくぐり抜けて──よるこに近づかなければならない。



 闇の余波がハルの身体をかすめた。HPが一瞬で半分削れた。



「ハル!」

「大丈夫です──! 行けます──!」



 タマキの回復が飛ぶ。HPが戻る。ハルが走り続ける。

 月光の繭の隙間に到達。薬瓶を──よるこの身体に向けて投げ入れた。


 一本目が当たった。金色の液体がよるこの身体に染み込む。

 よるこが──痙攣した。身体の中で闇と精霊の力がぶつかり合っている。黒い身体の一部に──紫の光が走った。本来の色。夜の色。



 だが闇が押し返す。紫が黒に飲まれていく。一本では足りない。




「二本目──!」


 ハルが最後の一本を投げ入れた。

 よるこの身体が激しく明滅し始めた。黒と紫。闇と夜。二つの力が内部でせめぎ合っている。


 その衝撃で──月光の繭にひびが入った。


「繭が──もたない──!」セレスが叫んだ。



 よるこの闇が爆発した。月光の繭が内側から砕け、黒い衝撃波が全方位に放たれた。

 六人が吹き飛ばされた。壁に叩きつけられる。瓦礫が降る。

 タマキが地面を転がりながら回復を連打した。自分にも。仲間にも。



「みんな、生きてる!?」タマキが大声で呼びかける。

「生きてます!」ハルが瓦礫の下から這い出す。

「問題ない」ゼクスが壁から剥がれた。

「大丈夫です!」アストレアが聖剣を杖代わりに立ち上がる。



 セレスが──小さな姿に戻っていた。覚醒形態を維持できなかった。月光の繭を砕かれたダメージで、力が途切れた。



「セレス!」



 トワがセレスを拾い上げた。小さな身体が冷たい。力を使い果たしている。



「だいじょう、ぶ……まだ、うごける……」

「ダメだ、これ以上無理するな」

「むりじゃない。──ルーナを、たすけるまで、たおれない」



 セレスの目は折れていなかった。角が微かに光っている、まだ戦える。



 よるこが宙に浮かんでいた。【滋養薬】の効果で身体に紫の筋が走っている。闇が揺らいでいる。完全に闇に戻りきっていない。──今なら、まだ間に合う。




「【記憶干渉】を使う。──第三段階」



 消された記憶を復元し、他者に書き込む力。ノクスが本当に伝えたかった、記憶干渉の真の使い方。



 だが──よるこに近づかなければ手が届かない。あの闇の中に、手を突っ込む必要がある。

 闇に触れれば変質する。カレンが言った。堕ちた旅人がそうだった。

 冬夜は──歩き出した。



「トワ! 何をするつもりだ──!?」


 ゼクスが止めようとした。



「近づく。手で触れなければ、記憶は書き込めない」

「無理だろ、闇に触れたら──」

「大丈夫だ……俺は、一人じゃない」



 歩く。闇の中を。

 足元が黒く染まる。靴が侵蝕される。足が冷たくなる。──だが、歩く。



 セレスが小さな姿のまま──トワの手の中にいた。銀色の光が微かに灯っている。月光とは呼べないほど、弱い光。




「セレス、ひかりちっちゃいけど──トワのて、てらす。──やみに、のまれないように」


 セレスの最後の力。覚醒もできない。月光も弱い。でも、二人でよるこの前に立った。

 赤い目が、トワを見ている。闇が渦巻いている。手を伸ばせば届く距離。




「セレス――記憶を、借りるぞ」




 セレスの角に指が触れた。見聞録の第三段階──記憶復元。セレスの千年分の記憶が流れ込んでくる。



 月光の下で、二人の精霊が遊んでいる。銀色の髪の妖精と、黒い髪の妖精。月と夜、笑い合っていた。追いかけっこをしている、花畑に寝転がっている、星を数えている。



「ひとつ」「ふたつ」「みっつ」



 ──二人で数える星の数。



「ねえセレス、よるのほしって、ぜんぶでいくつあるとおもう?」

「わかんない。でも、ぜんぶかぞえたい」

「じゃあ、いっしょにかぞえよう。ぜんぶ」



 涙が──冬夜の目から溢れた。ゲームの中なのに。プログラムの世界なのに。セレスの記憶は本物で、温かかった。



 トワは、闇の中に手を突っ込んだ。



 冷たい。指先から腕へ、凍えるような冷気が這い上がってくる。闇が皮膚を侵蝕しようとする。

 ──だが、セレスの光がそれを防いでいる。小さな、手のひらだけの光。



 よるこの身体に──触れた。



「記憶干渉──第三段階。記憶復元」



 セレスの記憶を──よるこに書き込む。



【記憶干渉・第三段階:対象の消失記憶を復元しています──】



 よるこの身体が――闇が激しく震え出す。異物の侵入を感じて、闇が記憶を拒絶しようとしている。



【復元中:「月光の下で遊んだ記憶」──】



 闇が反発した。記憶が押し返される。闇が、セレスの記憶を消そうとしている。



「くそ──弾かれる──!」

「トワ! あきらめないで!」



 もう一度。力を込めて、記憶を押し込む。



【復元中:「月光の下で遊んだ記憶」──書き込み完了】



 通った。一つ目の記憶が──よるこの中に届いた。



 二つ目だ。



【復元中:「一緒に星を数えた記憶」──】



 闇がさらに激しく抵抗する。冬夜の腕を侵蝕しようとする冷気が強まる。HPが削れていく。タマキが必死に回復を飛ばしている。



【復元中:「一緒に星を数えた記憶」──書き込み完了】



 二つ目が通った。よるこの目が、狂気と正気の間で揺れている。



 三つ目。最後の──名前。




【復元中:「名前を呼び合った記憶」──】



 闇が、最も激しく抵抗した。名前は存在の核、名前を取り戻されたら、闇はこの精霊を保持できなくなる。だから──全力で拒む。



 冬夜の腕が──肘まで黒く染まった。感覚が消えていく。闇に侵蝕されている。



「トワ──! うでが──!」

「トワさん! 引いてください! 腕が──!」



 セレスとタマキがそう叫んだが、それでもトワは引かない。

 ここで引いたら、二度目はない。よるこの闇は、一度拒絶した記憶を二度とは受け入れない。

 ──今しかない。



「セレス。──名前を呼べ!」

「でも……なまえをよんだら、やみが──」

「闇は応える。だが、お前が呼ぶのは闇じゃない。──闇の奥にいる、お前の親友だ」



 セレスが、息を吸った。小さな身体で。ちっちゃな肺で。

 そして──叫んだ。



「よるこ、ううん……ルーナァッ!!!!」



 名前が──響いた。

 名前を呼ぶと闇が応える──だが、同時に──闇の奥にいる「本当のルーナ」も応えた。


 よるこの胸の奥で──紫色の光が、爆発した。



 闇を、内側から。




【復元中:「名前──ルーナ」──書き込み完了】

【闇に堕ちた精霊「???」の名前が復元されました】



【──夜の精霊ルーナ──】




 システムメッセージが連続する。



【夜の精霊ルーナが覚醒します】

【闇の侵蝕を──内部から排除中──】




 よるこの──ルーナの身体から、闇が剥がれ始めた。


 外側からではない。内側から。ルーナ自身の「夜」の力が──闇を押し出している。名前を取り戻したことで、ルーナの核が再起動した。


 黒い霧が肌から浮き上がる。剥がれる。散っていく。その下から、紫色の肌が現れる。黒い髪が深い紺色に変わる。蝙蝠のような翼が、星屑を散りばめた薄い翼に。赤い目が──星のような紫の瞳に。



 冬夜の腕から、闇が消えた。ルーナの覚醒に伴って、冬夜を侵蝕していた闇も浄化された。



「せ……れす……?」



 声が聞こえた。小さくて、震えていて、怯えていて──でも、温かい。夜のように静かで、星のように微かに光っている声。



「セレス……なの……? わたし……わたし、何を……ずっと、暗くて……冷たくて……何も、見えなくて……」



 セレスが、トワの手から飛び出した。



 小さな身体で、ルーナに抱きついた。銀色の精霊と、紺色の精霊。月と夜。千年ぶりの──



「ルーナ!! おかえり……おかえりなさい!」

「セレス……ごめん……ごめんなさい……わたし、ずっと……闇の中で……みんなを……傷つけて……」

「いいの……もういいの。だから、おかえり……ルーナ」



 セレスが目を腫らしながら、トワを見つめた。



「トワ。ルーナ、かえってきた。──ありがとう」



 トワはセレスの頭を、指先でそっと撫でた。角がぽわっと光った。いつもの銀色。──隣で、ルーナの瞳もぽわっと光った。星のような紫。


 月と夜が、並んでいた。




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