光の神殿
月曜日の夜。ログイン。
始まりの町・リベルタ。いつもの噴水広場にいつものNPCたち──だが、町の様子がいつもと違った。
プレイヤーが大量に集まっている。全員が、広場の奥を見上げている。
白い神殿。始まりの町で最も高い場所にある、純白の石造りの建造物。二年間、扉が閉ざされたまま、ただの背景オブジェクトだと思われていた場所。
──光っていた。
白い光が神殿から放たれている。一定感覚で光は放出されている、まるで心臓の鼓動のように。
「トワ! これ、いつからだ!?」
蓮が駆けつけてきた。
「三十分前からだ。ソルシアの封印が完全に解除されてから……突然、光り始めたらしい」
冬夜は神殿を見上げた。
あの白さ。ソルシアの温かみとは違う、冷たい白。封印の光に似た白さ。──以前、この町で感じた唯一の違和感が、いま確信に変わった。
この神殿は、ソルシアの遺産ではない。ルミナリアの遺産だ。
「トワ。しんでん、ひかってる」
セレスがトワの肩の上でちっちゃくなっていた。
「このひかり──しってる。ソルシアを、ふういんしたときの──」
「ああ……ルミナリアの光だ」
この騒ぎに、配信者のミコトが駆けつけてきた。もちろん、配信開始済みだ。
『緊急配信です! 始まりの町の光の神殿に異変が発生しています! 果たしてこれは、この前のソルシアの封印解除と、何か関係があるのでしょうか──!?』
配信の視聴者数が、あっという間に百万を超えた。BCOの全プレイヤーが注目している。
仲間たちも直ぐに駆けつけてきた。
多くのプレイヤーが集う中で、冬夜は神殿の扉の前に立った。二年間、閉ざされていた扉。
──開いていた。
白い光が扉の隙間から漏れ出している。
「入るのか?」ゼクスが横に立った。
「入る」
「一人でか」
「まずは、確認だけだ。何があるか分からない──お前たちは外で待っていてくれ」
セレスが肩にしがみついた。
「セレスもいく」
「セレス──」
「ダメ、っていっても、いく。トワのそばにいるって、やくそくした」
冬夜は──うなずいた。
二人で、扉をくぐった。
◇
中は、白い空間だった。
旅人の最終試練と似ているが、違う。あの時は「何もない白」だった。ここは「何かがある白」。
空間の中央に、光の球体が浮かんでいた。テニスボールほどの大きさ。
小さいが、存在感が半端じゃない。
光の球体から──声が、聞こえた。
『──封印が、解かれた』
重く響く声……男でも女でもない、あるいは──どちらでもある。
「お前は──」
「聖王カレン。──ルミナリアの王。ソルシアを封じた者。お前たちが言う──【罪人】だ」
罪人、と自分で言った。
そんなこと、自分たちは一言も口にしていないのに。
「千年の間、封印を維持してきた。だが──お前が解いたのだな、旅人」
冬夜は光の球体を見つめた。これがルミナリアの聖王。
「話がしたい、と言ったのはお前か」
「ああ。──だが、今はまだ、その時ではない。封印が解けたことで、わたしと、この神殿の接続が不安定になっている。長くは話せないが、一つだけ伝えておく」
「なんだ」
「ルミナリアへの道は、この神殿の奥にある。そして開くには──条件がある」
「条件?」
「お前が、ソルシアの全てを歩き終えること。表の世界と、ソルシア。二つの世界の全てを踏破した時、門は開く」
二つの世界の全踏破。表の世界は100%達成済み。ソルシアは封印が解けたばかりで、まだ全域を歩けていない。
「ソルシアを全て歩いた者だけが、ルミナリアに来る資格がある。──お前なら、できるだろう。七千時間歩いてきた、旅人ならな」
威圧するような声にも、トワは怯むことなく前に出た。
「聖女の──伝言を預かっている」
「……聖女? まさか、あの……西の楔の……お前が、彼女を知っているのか?」
「ああ。彼女は──お前に伝えてほしいと言っていた。『怒っていない』と。千年経って……ソルシアの記憶のおかげで、自分の祈りを取り戻せた、と」
長い沈黙の後、聖王のため息だけが盛れた。
そして、
「……そうか……分かった。最後に、旅人よ。必ず……ルミナリアに来い。このわたしと、話をしよう」
それだけを言い残して、光の球体が消えた。
白い空間が暗くなっていく。神殿が静まり返る。
「トワ。カレンのこえ……ちょっぴり、かなしそうだった」
「ああ──かなしそうだったな」
「わるいひと、じゃないのかな」
「わからないが、聖女も言っていた。『悪人ではない。怖かっただけだ』と」
「こわいだけで、せかいをふういんしたひと」
「恐怖は人を間違った方に動かす。──俺たちは、その間違いを正しに行くんだ」
「うん。──トワといっしょに、いく」
冬夜は神殿を出た。
外ではミコトが配信を続け、数千人のプレイヤーが神殿を見上げている。
『トワさんが光の神殿から出てきました! ──何があったんですか!?』
冬夜はマイクをオンにした。
「『聖王カレン』と──話をした」
ざわめき。配信のコメント欄は類を見ない勢いで流れていた。
「『聖王国ルミナリアへの道』は、この神殿の奥にある。でも──今はまだ開かない。ソルシアの全てを歩き終えた時に、門が開く。だから、俺は歩く。ソルシアの全てを、そしてルミナリアに行く」
コメント欄が沸き立った。
> 聖王国ルミナリア……!
> おいおいおい、なんだよそれ……まだこの世界には秘密があるのか!?
> ソルシア全踏破が条件──また歩くのか、トワは
> カレンと話したのか!?
> いやいや、カレンって誰だよ!
> 知らないのか? 裏世界のソルシアを封印した、黒幕だって話だぜ
> やべーやつじゃん
> 鳥肌立ってきた
> 本当に、そんなやばい敵がいるところに殴り込みにいくのか?
> 相手が何だろうと、歩くのがトワだろ
> 聖王国編、来る……!
冬夜は噴水広場のベンチに座った。セレスが膝の上に降りてくる。
「トワ。あたらしいたび、はじまる?」
「ああ──まだまだ歩いていない場所がある、行こう」
「うん。──よいたびを、だよ、トワ」
「よい旅を、セレス」
始まりの町の夜空に、月が浮かんでいた。




