ソルシアの空の下で
ソルシアの封印が解除されてから三日が経った。
裏世界は──もう「裏世界」ではなかった。封印が消えたことで、ソルシアは表の世界と同じ地位のエリアとして正式に統合された。表の世界からソルシアへの転送ゲートが各地に設置され、全てのプレイヤーが自由に行き来できるようになった。
ソルシアの街は──賑わっていた。
旅人だけでなく、剣士、魔法使い、僧侶、弓使い、聖騎士、暗殺者──あらゆる職業のプレイヤーが街を歩いている。NPCの商人たちが露店を開いて、酒場で冒険者たちが酒を交わして、図書館で古代の本を読む者だっている。
冬夜はソルシアの王宮の屋上に座っていた。ソルシア全土が見渡せる場所。セレスが膝の上で丸くなっている。
「トワ。ソルシア、にぎやか」
「ああ」
「むかしのソルシアみたい。──ううん、むかしよりにぎやか。いろんなしょくぎょーのひとが、あるいてる」
「ノクスに見せたかったな」
「うん。──ノクス、みてるよ。きっと。へきがのなかから」
壁画のノクスは、今日も笑っている。
◇
土曜日。現実世界。
冬夜と宮瀬が、大学近くのカフェにいた。いつもの窓際の席。
「ソルシアの、完全攻略おめでとう」
宮瀬がコーヒーカップを掲げた。
「完全攻略じゃない。ソルシアの封印が解けただけだ」
「でも、大きな区切りでしょ? 千年間封じられてた世界を蘇らせたんだよ。──すごいことだよ」
「俺だけの力じゃないさ」
「知ってる、みんなの力だよね。──でも、歩き始めたのは久坂くんだよ」
宮瀬がコーヒーを飲んだ。
「ねえ。わたしの浄化薬、役に立ったでしょ」
「もちろん、役立ったぞ。宮瀬がいなければ、楔に近づけなかった。最後のカルディア戦も、宮瀬のポーションが三十秒を作った」
「えへへ。薬師……やっててよかった」
「ああ。──それもこれも、宮瀬のおかげだ。宮瀬には、感謝してもし切れないな」
宮瀬の頬が、少し赤くなった。
「久坂くん、最近そういうこと普通に言うようになったよね。前は絶対言わなかったのに」
「成長したんだろ」
「ゲームの中だけじゃなくて?」
「ゲームの外でも、誰かさんのおかげでな」
宮瀬が口元を緩めた。見るからに嬉しそうだった。
「ねえ久坂くん。──ソルシアが蘇って、これからどうするの?」
「ソルシアの探索はまだ続く。復元されたエリアにも、まだ行っていない場所がある。それに──」
「それに?」
「──新しい場所が、見えてきた。まだ行ったことのない場所が」
冬夜は、窓の外を見た。何か言うべき言葉を探しているような、そんな素振り。
「宮瀬」
「なに?」
「一つだけ、言いたいことがあるんだ」
宮瀬のコーヒーカップを運ぶ手が、ぴたりと止まった。
「えっと……なに?」
「ずっと考えていた。オフ会の帰りに──『いつか違う言葉が見つかるかもしれない』と言っただろう」
「うん。覚えてる、忘れてないよ」
「それがいま、見つかったんだ」
宮瀬は息を詰めた。
彼の言葉に集中して、そして冬夜が選び抜いた言葉とは――。
「お前は──俺の、仲間だ」
「……え?」
「もう友人じゃなくて、仲間だ。一緒に歩いている。ゲームの中でも、現実でも。──俺の隣を歩いてくれている人を、友人とは呼ばないだろう」
……なんとも言えない沈黙。
宮瀬の顔の硬直が緩み、じとーっとした目つきに変わると、今度は頬を膨らませ始めた。
「ねえ、久坂くん……もしかして、それだけ?」
「それだけとは、どういう意味だ?」
宮瀬は「はあぁ~」と額に手を当てた。
分かってはいたが、やはり彼には、まだそういうのは早いらしい。
「仲間……仲間、かぁ……」
宮瀬の微妙な顔。物足りないような……でも、友人以上になって嬉しいような、残念なような。
「久坂くん──仲間って、セレスちゃんも、ミコトさんも、ハルちゃんも、ゼクスさんも、みんな仲間だよね」
「ああ、そうだな」
「わたしも、みんなと同じ『仲間』?」
「同じ……ではない」
ぱちくちと、宮瀬がまばたきをした。
「同じでは、ない?」
「俺もよく分からないが……宮瀬は、特別な仲間だ。ゲームの外にいる、唯一の……現実で俺の隣を歩いてくれている、唯一の仲間だと……そう思う」
「……ずるい。久坂くん、ずるいよ」
「何がだ?」
「仲間って言いながら……特別とか、唯一とか付けるの、ずるいよ」
「事実を述べたまでだ」
「そうやって簡単に言っちゃうところも、一番ずるいんだよ……」
宮瀬はもじもじとしながら、でも冬夜の顔を見つめる。
「……もう少し、待ってていい? わたしも──言葉を、探してるの。久坂くんに返す言葉を」
「もちろん、急がなくていい」
「久坂くんが七千時間歩いて言葉を見つけたんだから……わたしも、もう少し歩かないと」
「ああ、いつまでも待っているさ」
「いつまでも、ね」
「どうした?」
「ううん、なんでも」
二人でコーヒーを飲んだ。
ソルシアは蘇り、言葉も見つかった。それでも旅は、まだまだ続いている。




