【倒せない龍】vs封印の審判者・聖光龍カルディア
ソルシア中央区画。かつてノクスがいた大広間。壁画のノクスが笑っている場所。
その上空に──いた。
白い龍。
全長百メートル超。グラオザームが漆黒なら、この龍は純白。翼が四枚。全身から聖光が放射されている。空を見上げるだけで、目が焼けそうだった。
【封印の審判者・聖光龍カルディア Lv??? HP:???】
レベル不明。HP不明。──最終レイドボスの門番と同じ表示。
「また、桁が壊れてるやつか……」
ゼクスが呟いた。
龍の足元に──【中央の楔】がある。地面に突き刺さった巨大な光の柱。五本の中で最も太く、最も明るい。ソルシア全土の封印を束ねる中枢。
「あの楔を抜くぞ、それが目標だ。龍を倒すことじゃない」トワが言った。
「でも、あの龍が楔を守っているんですよね? 楔に近づくには、龍を倒さないと」と、タマキ。
「いいや、排除する必要はない。──抑えればいいんだ」
五人が配置についた。
トワが【果ての道標】を構えた。影銀形態。──だが、光が強すぎて影銀の色が薄い。セレスの月光がなければ維持できない。
カルディアが──動いた。
翼が一閃。光の衝撃波が大広間に走る。壁画が──ノクスの壁画が揺れた。
五人が散開。トワとゼクスが前方から接近し、アストレアが右翼、タマキが後方、セレスが上空。
トワの影銀の剣がカルディアの前脚に触れた。
52,000。──通る。だが、カルディアのHPゲージは微動だにしない。桁が違う。
ゼクスが影から短剣を突き立てる。
48,000。──やはり、ゲージが動かない。
「どれだけHPがあるんだ、この化け物は!?」
アストレアの聖剣が龍の翼を斬った。──光属性同士。ダメージは通るが、軽減される。
HPバーは、全く動かない。
「聖属性が効きにくい……! 同じ光同士だからか!」
カルディアが口を開いた。聖光のブレス。白い光が大広間を埋め尽くす。
セレスの月光が全力で防いだ。銀色と金色が衝突し、光の壁ができる。
「みんな、セレスのうしろに!」
五人がセレスの【月光の影】に退避。ブレスが通過する。大広間の床が──白く焼けた。
攻撃が通り過ぎた後、トワが再びカルディアに斬りかかった。三連斬。影銀の刃が龍の胸を抉る。
52,000──52,000──52,000。
カルディアのHPが──
──回復した。
【聖光龍カルディア:HP自動回復──封印の楔が健在である限り、HPは無限に回復します】
「無限回復!?」タマキが叫んだ。
「倒しても意味がない……いや、そもそも倒せないということか」ゼクスが舌打ちした。
「最初から言っただろ、龍を倒すことが目的じゃない、楔を抜くことだ。──アストレア!」
「はい!」
「楔に近づけるか」
「分かりません……ですが、やってみます!」
アストレアが楔に向かって駆けた。しかし、カルディアが翼で遮った。龍の巨体が楔と五人の間に立ちはだかる。
「通さない……! この龍、楔を守ることだけに特化している!」
「なら──龍を楔から引き離す必要がある」
トワは【見聞録】でカルディアの行動パターンを解析した。
──攻撃パターンは六種。だが全てが「楔を守る」ことを軸にしている。楔から離れない。楔に近づく者を排除する。逆に言えば──楔から離れた者には、追撃しない。
「こいつは楔から離れない。楔の半径五十メートルが行動範囲だ。──引き離すのは無理だ」
「じゃあどうするんだ」ゼクスが聞いた。
冬夜は、カルディアを見上げた。百メートルの白い龍、四枚の翼、聖光のブレス、無限回復。
正攻法では無理だ。倒せない。引き離せない。楔に近づけない。
──だが。
「一つだけ方法がある……龍の行動パターンに干渉する方法が」
「記憶干渉か」ゼクスが察した。
「ああ。──だが、あの龍のパターンは複雑すぎる。今回の戦闘で三回の記憶干渉では足りない。三回使っても、最大で六秒の硬直しか作れないんだ」
「六秒で……楔を抜けるか?」
アストレアが首を振った。
「六秒では、祈りが間に合いません。私の祈りがなければ、楔を守る【光】を書き換えることはできない。西の楔では、数分かかりました。中央はさらに強い。最低でも……一分は必要です」
六秒では足りない。一分必要。──五十四秒足りない。
「トワさん。わたしに考えがあります」
タマキの声だった。
「わたしの【陽光のポーション】──状態異常を全て治す薬です。でもトワさんの【道具通】で効果が倍になります」
「ああ。それをどう使うつもりだ?」
「カルディアの無限回復は『封印の楔からのエネルギー供給』に依存しています。楔と龍の間を──白い光の柱が繋いでいるのが見えますか? あの光が、【常時回復バフ】を龍に送り込んでいます」
冬夜は目を凝らした。確かに──楔の頂上からカルディアの胸元にかけて、白い光の帯が流れている。臍の緒のように、楔と龍を繋ぐ生命線。
「つまり──楔と龍の間のエネルギーの流れを、一時的に遮断できれば」
冬夜は目を見開いた。
「龍のHP回復は──楔からの状態付与の一種。回復というより、楔が龍に【回復バフ】を常時かけ続けている状態。なら──【状態異常の解除薬】で、回復バフを剥がせるかもしれない」
「はい! 【陽光のポーション】は状態異常を全解除する薬です。バフもシステム上は状態異常の一種──龍に直接ぶつければ、無限回復が一時的に止まるかもしれません。【道具通】で効果時間が倍なら──通常十五秒のところ、三十秒」
三十秒。記憶干渉の六秒と合わせれば──三十六秒。まだ二十四秒足りない。
セレスが【覚醒形態】で口を開いた。
「わたしの銀月の揺り籠は、影を守る能力。──でも応用すれば、月光の繭で龍を包み込んで、楔と龍の間の光の経路を遮断できる。月光は光を消さないけれど、光を『曲げる』ことはできる。レンズのようにあの臍の緒を、逸らす」
光を曲げる。楔から龍への光の供給路を、月光で屈折させて逸らす。
「わたしが維持できる時間は──二十秒が限界だ」
三十秒+六秒+二十秒=五十六秒。──あと四秒足りない。
「俺が出る」
ゼクスが言った。
「影歩きの師範に教わった技がある。まだ実戦で使ったことはないが──【影縫い】。対象の影を地面に縫い止めて、四秒間完全に拘束する」
「あの龍には影がない。光の塊だ」
「普通ならな。──だがセレスの月光の下なら、龍にも影ができる。【銀月の揺り籠】が展開されている間だけ──あの龍に影が生まれる。その影を、縫い止める」
四秒。
六秒。三十秒。二十秒。四秒。
合計──六十秒。
ちょうど一分。一秒の余裕もない。
「六秒と三十秒と二十秒と四秒。──全部繋げて、一分を作る」
四人の力を、一秒の隙間もなくリレーして六十秒。その間にアストレアが楔まで走り、第四位階の祈りを捧げて封印を解く。
「わたしは、一分で【楔】を解きます。絶対に」
「信じているさ。それでも一秒でもずれたら、俺たちは終わりだ。みんな、覚悟はいいか?」
「はい」タマキが瓶を握った。
「ああ」ゼクスが短剣を構えた。
「まかせて」セレスの角が光った。
「参ります」アストレアが聖剣を抜いた。
五人が──カルディアを見上げた。
百メートルの白い龍。四枚の翼、聖光のブレス、無限回復。
──千年間、この【楔】を守り続けてきた審判者。
その全てを──六十秒で突破する。
「さあ──行くぞ!」
◇
【0秒】
トワがカルディアの正面に立った。
百メートルの白い龍が、Lv1の旅人を見据えている。聖光が集束し始める。ブレスの予備動作。あと二秒で──白い光がトワを焼き尽くす。
その二秒の間に。
「記憶干渉──!」
【見聞録】がカルディアの行動パターンに手を伸ばした。ノクスが千年かけて編み出した技。敵の行動を──書き換える。
カルディアの動きが、止まった。
ブレスを吐こうとしていた口が閉じ、集束していた聖光が霧散する。四枚の翼が硬直し、巨体が空中で固まった。
【記憶干渉:成功。硬直時間2秒】
【2秒経過】
龍の瞳に光がる。もう、硬直が解けようとしている。
「──第二撃!」
重ねがけ。硬直が延長される。龍の動きが再び止まる。関節が軋む音が大広間に響いた。
【記憶干渉:成功。累計硬直時間4秒】
冬夜の頭が──痛い。おそらく、記憶干渉の負荷だ。【Lv???】の存在のパターンに干渉するのは、通常のモンスターの比ではないのだろう。脳が焼けるような感覚を覚える。
【4秒経過】
あと二秒。最後の一撃。もう集中力が限界に近い。
「──第三撃ッ!」
全力。見聞録の出力を限界まで上げて、カルディアのパターンの核に──ノイズを叩き込んだ。
【記憶干渉:成功。累計硬直時間6秒】
【記憶干渉:使用回数制限に到達しました。以後この戦闘では使用できません】
三回分を使い切った。もう記憶干渉は使えない。
六秒。たった六秒。──だが、この六秒が、全ての起点になる。
【6秒経過】
「タマキ!!」
「──はいっ!!」
タマキが走った。
薬師が百メートルの龍の足元に向かって駆けていく。怖くないはずがない。目の前の龍はLv不明の超大型レイドボスだ。Lv1の薬師が近づいていい存在ではない。
それでも、走った。両手に【陽光のポーション】を握ったまま、一歩も止まらずに。
龍の前脚に到達。鱗に手が届く距離。瓶を──叩きつけた。
ガラスが砕ける音。金色の薬液が龍の鱗を伝い、染み込んでいく。
【道具通:ポーション効果時間×2】
【陽光のポーション発動:対象の全状態異常を解除──回復バフを含む】
【聖光龍カルディア:無限回復──停止】
龍の身体を包んでいた白い回復の光が──かき消えた。
楔と龍を繋いでいた光の帯が、一瞬だけ途切れる。
「回復が、止まりましたぁ! 三十秒!!」
硬直が解けたカルディアが──咆哮した。
凄まじい衝撃波。タマキが吹き飛ばされる。
「タマキ!」
トワが飛び出してタマキを受け止めた。二人で地面を転がる。タマキは無事──HPが大きく削れているが、致命傷ではない。
「だ、大丈夫です……! 薬は──効いてます!!」
タマキが自分に回復をかけながら立ち上がった。手が震えているが、目は前を向いている。
その間に、アストレアが走り出していた。
龍の脇を抜け、楔に向かって一直線に。白銀の鎧が光の中を駆ける。
カルディアが、アストレアに気づいた。楔に近づく者を排除する。それが、この龍の存在理由。
翼が振り下ろされる。アストレアを叩き潰そうとする──
トワとゼクスが、同時に飛び出した。
トワが影銀の剣で翼の一撃を受け止める。膝が地面にめり込む。重い。百メートルの龍の全力。ATK15,000のトワでも──
「ゼクス!」
「わかっている!」
ゼクスが影から飛び出し、龍のもう一方の翼に短剣を突き刺した。気を引く。龍の注意を──アストレアから、二人に向ける。
【15秒経過。回復バフ停止中。残り21秒】
アストレアが楔に到達した。聖剣ルミナスを地面に突き刺す。両手を組む。
「第四位階──【解く祈り】!!」
金色の光がアストレアの身体から溢れ、楔に流れ込んでいく。封印の白い光と、解放の金の光がぶつかり合う。楔が軋む。
【20秒経過。回復バフ停止中。残り16秒】
カルディアが暴れている。トワとゼクスが全力で押さえるが、百メートルの龍を二人では限界がある。
龍の尾が大広間の壁を叩き壊した。瓦礫が降る。壁画が──ノクスの壁画が、崩れかける。
「壁画が──!」
トワが一瞬だけ振り返った。ノクスの笑顔が、ひび割れている。
だが……いいや、違う。今は、前だけを見ろ。
【30秒経過。回復バフ停止中。残り6秒】
カルディアの身体に、白い光が戻り始めた。楔からの供給路が修復されようとしている。ポーションの効果が切れかけている。
「あと六秒! ポーションがもう──!」タマキが叫んだ。
「セレス!!」
セレスが、全力で吼えた。
「──銀月の揺り籠ッ!!」
覚醒形態の巨大な白銀の鹿。その角から、銀色の月光が爆発するように放たれた。
月光が龍を包み込む。銀色の繭。楔から龍へ向かう白い光の帯が──月光のレンズに触れ、屈折し、逸れた。光の供給路が──曲がった。龍に届かなくなった。
【36秒経過。月光屈折による供給路遮断──開始】
【聖光龍カルディア:エネルギー供給──遮断】
「供給路を遮断した! 二十秒──もたせる!」
セレスは大きな成果をもたらしたが、その代償は大きかった。
角が軋んでいる、翼が震えている。全力の月光を二十秒間維持するのは、セレスの限界を超えている。
【40秒経過。月光屈折継続中。残り16秒】
「セレス──! 大丈夫か!」
「だいじょう、ぶ──」
セレスは覚醒形態のまま、たとえ言葉がおぼつかなくとも、力の全てを月光に注ぎ込む。
「もた、せる。ぜったい──もた、せる──!」
【45秒経過。残り11秒】
カルディアが苦しそうに身をよじった。エネルギー供給を断たれ、回復バフを剥がされ、月光の繭に包まれている。だが──まだ動いている。まだ戦える。【封印の審判者】としての使命が、今なお龍を突き動かしている。
龍が──口を開いた。ブレス。月光の繭の中から、白い聖光が漏れ出す。
「ブレスが来る! セレスの繭を、内側から!」
トワが龍の口に向かって飛んだ。影銀の剣を──龍の口の中に突き刺す。ブレスの発射を、阻害する。
龍の口が閉じる。トワごと噛み砕こうとする。
「トワ!!」セレスが叫んだ。
ゼクスが影から飛び出し、龍の顎の関節に短剣を打ち込んだ。顎が──止まった。
「トワ、今だ! 抜けろ!」
トワが龍の口から跳び退いた。全身に龍の唾液と聖光の灼熱が──だが、HPはまだある。タマキの回復が飛んできた。
【50秒経過。残り6秒】
セレスの月光が、揺れ始めた。限界が近い。銀色の光が消えかかり、繭にひびが入っている。
「セレス、あとどれくらい──」
「あと──ろく、びょう。ぎり、ぎり──」
【53秒経過。残り3秒】
「ゼクス──!」
「わかっている。──あと三秒待て。セレスの月光が残っている間に撃つ。月光が消えたら、影も消える──チャンスは、一回しかない」
ゼクスが短剣を逆手に持ち替えた。刃に影の気配が凝縮していく。ソルシアの道場で学んだ技。影歩きの師範から受け継いだ──ソルシアの暗殺術の奥義。
【55秒経過。残り1秒──月光屈折限界】
バギンッ!! セレスの月光が、砕けた。
繭が割れる。銀色の光が散る。セレスが小さな姿に戻り──力尽きてトワの肩に落ちた。
「セレス!」
「だいじょうぶ……ゼクス、いまっ……!」
月光が消える刹那──龍の足元に生まれていた影が、まだ一瞬だけ残っている。月光の残滓。消えかけの影。あと一秒で消える。
【56秒】
「──影縫い!」
ゼクスが短剣を地面に突き刺した。
消えかけの龍の影に──短剣が刺さった。影が地面に縫い止められる。
カルディアの全身が──完全に停止した。影を縫い止められた龍は、一歩も動けない。声も出せない。ブレスも吐けない。
【影縫い発動:完全拘束──持続時間4秒】
【56秒。57秒。58秒。59秒──】
四秒。
たった四秒。
最後の四秒。
アストレアの祈りが、【楔】の核に到達しようとしていた。金色の光が楔の表面を覆い尽くし、内部に浸透していく。封印の白い光が──金色に変わっていく。
楔が震えている。千年間刺さっていた楔が。千年分の封印の力が。ルミナリアが仕込んだ最後の砦が。
揺れて──軋んで──
【59秒】
ゼクスの影縫いが──限界を迎えた。短剣が地面から弾かれる。影が消える。龍が動き始める──
【60秒】
「──解けろおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
アストレアが、咆哮した。
両手が光に包まれ、聖剣ルミナスが黄金に輝き──金色の光が、【楔】を破った。
楔が。
──砕けた。
◇
【封印の楔(中央)を除去しました:5/5】
【ソルシア封印システム──全機能停止】
【──ソルシア王国の封印が、完全に解除されました──】
システムメッセージが、BCOの全プレイヤーに表示された。
表の世界にいるプレイヤーにも、裏世界にいるプレイヤーにも、ログインしている全員に。
◇
カルディアが──光に包まれた。
封印のエネルギーを失い、存在を維持できなくなっている。百メートルの白い巨体が──光の粒に分解されていく。
だがそれは、完全に消滅するわけではなかった。
鱗が、一枚ずつ光になって空に昇っていく。翼が羽のように散っていく。苦しみじゃない……解放だ。千年もの間、命令に縛られて【楔】を守り続けてきた審判者が──ようやく、解放される。
カルディアの瞳が、最後にトワを見た。
百メートルの龍と、肩に小さな妖精を乗せたLv1の旅人。
龍は声を出さなかったが、口だけを動かした。
冬夜には、それが読めた。
──『よい、旅を』
龍が──消えた。
光の粒子が天に昇り、ソルシアの空を黄金に染めた。
同時に、ソルシア全域の封印の兵が、一斉に消滅した。南も、東も、北も、西も。全ての戦場で、光の兵士たちが粒子に還っていく。
◇
空が──変わった。
裏世界ソルシアの空に──初めて、綺麗な朝日が昇った。
封印による白い光ではない。自然の太陽光。温かい、金色の朝の光。
セピア色が消え──白い侵蝕が消え──黒い侵蝕が消え──ソルシアの全土が、色を取り戻していく。
大地が緑になる。空が青になる。海が藍になる。花が咲く。鳥が鳴く。風が吹く。水が流れる。
千年間封じられていた世界が──目を覚ました。
セレスが──小さな姿のまま、トワの肩で目を開けた。全身から銀色の光が溢れている。角が少しだけ伸び、翼が広がり、尻尾が長くなっている。だが──小さいまま。手のひらサイズのまま。
「トワ。──ソルシアが、めをさました」
「ああ。お前の故郷が、蘇ったな」
「セレスのちから、もどってきてる。ぜんぶ。──でも、ちっちゃいまま」
「ちっちゃくても、セレスはそれでいい」
「うん。──トワのかたに、のれるから」
冬夜はセレスの頭を、指先でそっと撫でた。角がぽわっと光った。いつもの銀色だ。
アストレアが楔のあった場所に座り込んでいた。疲弊しきっている。聖剣ルミナスが地面に転がっている。立ち上がる力が残っていない。でも……笑っていた。泣きながら、笑っていた。
「やりました……。全部の、【楔】を……」
タマキが駆け寄って回復を飛ばした。
「アストレアさん、すごかったです! 一分ぴったりで!」
「みんなのおかげです。──六秒と三十秒と二十秒と四秒。一人では、一秒も作れなかった」
ゼクスが地面に刺した短剣を引き抜いた。刃が──折れていた。影縫いの負荷で。
「……短剣が逝った」
「ゼクスさん、剣が!」
「替えはある。ふっ──四秒で十分だったな」
アストレアが微笑んだ。
「四秒。あの四秒が、永遠に感じました。──ありがとう、ゼクスさん」
「礼はいらない。……だが、もう影縫いは使いたくないな。短剣が折れる技は、財布に響く」
「また金策だな、ゼクス」
「ええい、今はそのことを考えさせるな、鬱陶しい」
タマキが笑った。ゼクスが冗談を言ったのは、初めてかもしれない。
各エリアから報告が来た。
レナ:「南部の封印兵、全部消えた! やったの!?」
カイン:「南部、被害なし。レナが最前線で全部受けた。肩に穴が開いてるが本人は気にしていない」
レナ:「気にしてないよ!! それより中央は!?」
ミコト:「東部も消えました! 配信視聴者が……千万……信じられない……」
ハル:「北部も消えました! 旅人の集い、全員無事です! ヴェノムさんも! みんな泣いてます! わたしも泣いてます!」
ソラ:「西部、問題なし。──やったのか?」
バルト:「やったんだな。──よくやった、トワ」
オーレン:「表の世界は異常なし。……お前ら、やったのか」
冬夜はレイドチャットで──全員に伝えた。
トワ:「終わった。ソルシアの封印は──完全に解除された」
ソルシア全土では、プレイヤーたちが武器を掲げていた。旅人の集いのメンバーが抱き合って泣いている。各ギルドの戦士たちが空に向かって叫んでいる。
ミコトが──泣きながら配信を締めた。
『皆さん……ソルシア王国の封印が……完全に、解除されました──!! 千年間、封じられていた世界が……今、蘇りました……!!!』
声が何度も途切れている。泣きすぎて言葉が出てこない。
『トワさんたち五人が……中央の楔を……レナさんたちが南を……ハルちゃんたちが北を……みんなで……みんなで……やりました……!! わたしは、この瞬間を、配信できて……よかった……本当に、よかった……!』
ミコトが配信画面をソルシアの空に向けた。朝日が昇っている。
そして、あの言葉で締めた。
『皆さん──よい旅を──!』
コメント欄も、またあの言葉で埋まった。
> よい旅を
> よい旅を
> よい旅を
> よい旅を
> よい旅を
――その頃、トワは壁画を見ていた。
カルディアの咆哮で瓦礫が落ち、ひびが入りかけていたノクスの壁画。──壊れ切ってはいなかった。封印が解けた瞬間に、壁画もまた修復されたのだ。
ノクスが笑っている。旅人の姿で、世界を歩いている。いつもの笑み。
だが今日は──少しだけ。
泣いているようにも見えた。
面白いと思っていただけたら、ブクマ・評価・感想・リアクションなど、お願いします!




