第20話 悲劇を喜劇に
僕は、パソコンの前で報告書を纏めながら、昨夜の杜嵜の話を思い返していた。
あの後に続いた杜嵜の話には、南条の父親は認知する事はなく、杜嵜 新が瑠衣の母親と結婚したという。
戸籍上、父親は杜嵜 新であり、認知されなかった事で、南条の父親が本当の父親だという事は当人たちしか分からない事だ。
そしてその後に緋色が生まれた。
その生活も緋色が二歳の頃に終わりを迎えた。
瑠衣が母親に、緋色が父親にと姉弟が別れてしまったのも、そういった事情があったからなのだろう。
本当に……複雑な事情だ。
だけど、それが浮き彫りにする事で、それぞれの自分の立場をはっきりさせたかったのかもしれない。
九埜の事も。
九埜は、杜嵜 新と南条の父親が隠してきたその事実を、本当は表に出したかったんじゃないかと思う。
亮二さんがその時受けていた彼女の依頼を邪魔したのは、杜嵜 新の意向を実行した九埜の事実だが、素行の悪い探偵でいる事に自分自身納得したものがあったんだ。それが杜嵜を思っての行動でもあった……杜嵜が真実を知る事を避けたかったのかもしれない。それはきっと、杜嵜 新も同じだった……その思いを理解したからこその行動だったと、僕は思いたい。
神崎 瑠衣も南条 幸一も、僕たちが確証を得る前に答えが出ていたのだろう、だからこそ神崎 瑠衣は南条の顧問弁護士になり、南条もまたそれを納得し、理解した。
彼らはもうそんな隠し事はやめて欲しいと、父親たちに知らせたかったのだろう。その為にも第三者である僕たちを頼ったんだ。
僕にしても、依頼内容を変更したのは九埜が何を守ろうと、隠そうと、それでも知って欲しい事があるんだと思ったからだ。
それがこの依頼の結果に結びつく事をなんとなく感じていた。
『アブ・ジン・スキー』に『サンダー・クラップ』
地震に雷鳴……あれが九埜の本心だと分かったから。
「出来たか? ユウ」
「……亮二さん。うん、出来たよ」
僕は報告書を纏め終え、席を立った。
その日の夕方、僕は亮二さんと共に、神崎 瑠衣に全てを報告した。
彼女は驚く事も、悲しい顔をする事もなく、落ち着いた様子で最後まで聞いてくれた。
「これで……依頼は終了ね。ありがとう、探偵さん」
笑みを見せてそう言い、事務所を後にしていく彼女の姿は颯爽としていた。
彼女は、自分がやるべき事をやると僕たちに話してくれたように、弁護士として南条と接する事を僕たちに話してくれた。南条も仕事上の付き合いと、彼女の実績を認めての事だ。
姉弟である事はこの案件に関わった者たちだけが知っている事で、守秘義務は守られる。
一度膨らんだ感情を抑える事は難しいだろう。だけど、何も知らないままの方がよかったとは、やはり言えない。はっきりと知ったからこそ、これからの道を惑わされる事なく、自信を持って踏み出せると彼女は言ってくれた。
法廷に持ち込む案件だったというのも、南条の父親が事実を話さなかった時の事を考えての事だろう。まあ、それがどんな形で戦おうとしていたかは、聞く必要もない。
彼女から聞いた訳ではないが、おそらく彼女は母親から父親が杜嵜 新ではないと聞いていたんじゃないだろうか。それが誰とは伝えられなくとも。
「亮二、ユウ。依頼が終わったところで、飲みに行かないか?」
タイミングを見計らったように淳史さんが現れ、そう言った。
「圭介さん、今夜は貸切にしてくれるってさ」
「貸切? なんで? 依頼が終わったからって別に……仕事が終わった後にはいつも普通に行ってるじゃん」
そう聞く僕に、亮二さんは聞いていたのだろう、淳史さんと顔を見合わせるとニッと笑い合った。
圭介さんの店に行くと、亮二さんと淳史さんが顔を見合わせて笑った意味が分かった。
店に入るとオーナーは勿論、瞭良さんと杜嵜 緋色、早水さんがいた。
僕はテーブル席に着こうとした。
「ユウ。キミはこっち」
圭介さんがカウンターの中から僕を呼んだ。
「え?」
なんでと驚く僕に、淳史さんが背中を押す。
「行けって、ユウ。バーテンダーだろ?」
「だから、僕は探偵だって!」
「いいからいいから」
「ちょっ……淳史さん! もう、自分で行くから押さないでよ!」
淳史さんに背中を押され、僕はカウンターの中に入った。
「はい、ユウ」
圭介さんが僕の前にボトルを置いた。
「圭介さん……これ……」
僕の前に置いたのは、亮二さんがいつも飲んでいるウォッカのボトルだ。
僕の目線が亮二さんへと動く。
亮二さんは、テーブル席に座り、肩肘をテーブルにつくと、期待するような目で僕を見つめた。
『心が渇き過ぎちまった。ただの水じゃ足りないんだ』
圭介さんが僕に言う。
「ユウ。キミがコレに色を入れてあげたらいいんじゃない?」
……ウォッカに……色を……。
亮二さんは、ウォッカしか飲まない。だけど一度だけ、ウォッカベースのマティーニを飲んでくれた。でも、それに色はなかったんだ。
あの時、僕はウォッカをストレートで出すのを避けたかっただけで、それでも亮二さんが飲んでくれるようにとウォッカ・マティーニを選んだんだ。オリーブを入れなかったのも、出来るだけ透明感を保つ為だった。
僕は、ウォッカのボトルを少し見つめた後、グラスを手に取った。
選んだグラスはオールド・ファッションド・グラス。
氷を入れると材料を注ぎ入れ、グラスに差し込むようにマドラーをそっと添えた。
カウンターを出て亮二さんの元へと運ぶ。
「どうぞ。『ブラック・ルシアン』です」
テーブルに置いたグラスを見た後、亮二さんは言葉を求めるように僕を見た。
「よろしければ、混ぜてお飲み下さい」
僕がそう答えると、亮二さんはグラスに目線を戻す。
プースカフェスタイルという訳ではないが、僕はリキュールを先にグラスに注ぎ、ウォッカをその上に注いで敢えて混ぜなかった。
グラス一杯に入れた氷で、急激に混ざり合う事はない。
ブラックと言うだけに、使ったのはコーヒーリキュール。甘さと苦さがウォッカの強さを和らげる、口当たりのいいカクテルだ。
亮二さんはマドラーに手を伸ばすと、そっと混ぜる。
一口飲むと、亮二さんはグラスをテーブルに戻したが、グラスから手を離しはしなかった。
「ユウ……やっぱり……」
目線を落とす亮二さんの様子に、僕は小さく息を飲む。
……ダメだったかな……。
「お前は向いてるよ」
亮二さんは再びグラスを口に運び、もう一口飲むと僕を振り向き、ニヤリと笑みを見せて言った。
「『バーテンダー』に」
揶揄うようにそう言った亮二さんのその言葉に、どんな意味が込められているかは亮二さんのその笑みで分かる事だった。
僕は、笑みを返すと頷いた。
小さくもありがとうと呟く彼は、僕が作ったそのカクテルを飲み干した。




