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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第八章 住人の消えた村

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第81話 オーラ




「リコォ! 逃げろおっ!!!」


 メッジスが叫ぶ。

 強張り、がくがくと震えるだけの腕に力を籠める。

 しかし、自分の身体だというのに、まったく言うことを利かなかった。


 そうして、頭上から迫る木に気がつく。

 強張る身体を必死に動かそうとするが、ぶるぶると震えるだけ。


 バッ!


 その時、何かが俺の上に覆い被さった。


 ズドオオォォオオオーーーーンンンッッッ!!!


 凄まじい重量が叩きつけられ、衝撃音が辺りに響き渡る。

 そして、その音は俺の耳にも届いていた。


(…………?)


 なぜ、俺は意識がある?

 恐るおそる、覆い被さったものを見ると、そこにはあり得ない光景があった。


 レインだ。

 レインが、俺の上に覆い被さり、振り下ろされた木を防いでいた。


「…………な……に、やっ……て……?」


 あんな木が振り下ろされたら、いくら覆い被さったって一緒に潰されるだけだ。

 そう思うが、レインは衝撃のすべてを受け止め、潰れることなく耐えていた。


「くぅぅうう……っ。……大、丈夫、リコ……?」


 レインが、苦し気に確認してくる。

 それは、こっちのセリフだ。


「リコ様! レイン様ぁあ!」

「くそがあっ! てめえぇぇえええっ!」


 完全に、木に潰されたようにしか見えないため、ベリローゼやウラコーの悲痛な叫びが聞こえてくる。


 メキメキメキ……ッ! ブゥゥゥウウンンンッ!!!


 俺を叩き潰そうとした木がどかされ、再び振り回される。


「ホーマーッ! リコとレインをっ!」

「くっ!? 邪魔すんな!」


 戦闘が再開し、繰り出される木を躱しながら、何とかホーマーがこちらに向かおうとする。

 しかし、その動きは大柄な男にも伝わってしまったようで、行かせまいと邪魔をした。


 俺は、覆い被さったままのレインを見た。

 レインは苦し気な表情をしているが、それでも倒れ込むようなことはなかった。

 そうしてレインを見ていると、不思議なオーラのようなものが見えた。


(赤い、オーラ……?)


 レインの身体を包む、薄っすらとした、赤。


(何だ、これは……?)


 不思議なことが次々に起こり、考えがまとまらない。

 とはいえ、今優先すべきはただ一つ。――――生き残る。


 できれば大柄な男を生け捕りにしたいところだが、もはやそんなことも言っていられない。

 とにかく、今は生き残ることを第一に考えなくてはならない。


 だが、俺はまだ思うように身体を動かせず、起き上がることもままならない状態だった。

 しかし、レインはあんな木の下敷きになったにも関わらず、何とか動けるようだ。

 ゆっくりと身体を起こすと、俺を抱えて広場の端に移動した。


「……すま……い、レ……ン…………助……った。」


 しゃべろうとするが、口が上手く動かない。

 それでも、何とか言いたいことは伝わったのか、レインは微笑む。


「当たり前のことなんだから。気にしないで。」

「から……だ……、何……と、も……ない?」


 俺がそう聞くと、レインは軽く頷く。


「鍛えてるもの。平気よ。」


 そう、あっけらかんと答える。

 いや、あれは鍛えてるとか、そんなレベルの話じゃ……。


 いつの間にか、レインを包んでいた赤いオーラが消えていた。

 元々、かなり薄っすらとしたものだったので、目の前にいなければ気づかなかっただろうが。


 レインはそっと俺を地面に下ろすと、木に寄りかからせる。

 魔法具の袋から予備の(ソード)を取り出すと、盾を構え、そこで待機した。

 俺が動けないため、ここに留まって護るつもりなのだろう。


(……情けない。)


 まさか、本当にレインに護られる日が来るとは。

 だが、レインが防いでくれなければ、叩きつけられた木に潰されていたのは事実。

 これは、準騎士から正騎士に引き上げる日も、そう遠くはなさそうだ。


 しかし、まだ危機的な状況が続いているのも、また事実。

 あの、極端に広い攻撃範囲(リーチ)に、全員が苦労させられていた。


 たとえ包囲して、全方向から攻撃しても、木を振り回されて終わり。

 十五メートルほどの距離を詰める前に、木で薙ぎ払われてしまう。

 見ている限りは、さっきからその繰り返しだった。


 メッジスとウラコーが投げ両刃(スローイングダガー)を投げるが、これも有効とは言えない。

 多少の傷を与えてはいるが、有効打にはなっていなかった。


(あの力…………おそらく【怪力(ハーキュリアン)】だな。)


 以前、自分の中に不思議な力があると気づいた時、そんな【加護(かご)】もあると耳にしたことがある。

 俺の持つ【戦意高揚(イレイション )】も体力や膂力をアップさせる効果があるが、本来の効果は戦う意志を奮い立たせるものだ。


 しかし、【怪力(ハーキュリアン)】は違う。

 この【加護(かご)】の効果は、人間離れした超人的な力を授けることにある。

 力が強くなるだけなので、便利そうな【加護(かご)】だとは思ったが、恐ろしいと思ったことはなかった。

 ただ力任せに振り回すだけの【怪力(ハーキュリアン)】など、【加速(アクセラレーション)】があれば、どうとでもなると思ってしまうのは仕方がないだろう。

 だが、実際に対峙すると、その脅威度は俺の想像を遥かに超えていた。

 自分が【加護(かご)】を使用できなくなり、猶更そのことを実感する。


(どうやって倒すかな……。)


 足手まといのままでいるのは、我慢ならない。

 身体が動かないのだから、せめて頭脳労働で貢献しよう。


 今、大柄な男を包囲している中では、一番ベリローゼが素早い。

 それでも、反撃を警戒して思い切っては踏み込めないでいた。


(ベリローゼが突っ込めるだけの、隙を作り出してやるのがベターか。)


 俺は腰のナイフを抜こうとして、身体を(よじ)る。

 だが、まだ身体が言うことを利かなかった。

 俺は、何とか声を振り絞る。


「レイ……ン。」


 そうしてレインを呼ぶと、レインは警戒したままこちらを向く。


「ナ……イフ、取っ……。」


 何のことか分からず、レインが訝し気な表情になる。


「早……く。」


 そう言うと、レインが俺の前でしゃがみ込む。


「ナイフ? 腰に着けてるのを、取ればいいの?」


 俺が頷くと、レインが俺の腰に腕を回し、ナイフを抜いた。


「ピ、イ……。」


 囁くような声でピイを呼ぶ。

 だが、不思議とピイはすぐにやって来た。


「う、え……落と……。」

「ピイ!」


 最低限の指示さえできないが、ピイは元気に鳴いた。

 レインが地面にナイフを置くと、ピイはナイフの柄の上に乗る。

 そうして、しっかりと柄を掴んだ。


「行くわよ。ピイちゃん。」

「ピッ!」


 レインがピイを両手で持ち上げると、そのまま上に放り投げる。

 ピイは、やや大振りなナイフを掴んだまま、翼を大きく羽ばたかせて空を昇った。

 細かい説明ができず、若干の不安を覚える。

 それでも、不思議と上手くいくような気がした。


「メ……ジス、あ……しに……投げ……」

「メッジスさんたちに、足に投げさせるの? ダガーを?」


 レインの確認に、小さく頷く。

 レインはその場で振り返り、声を張り上げた。


「メッジスさん! ウラコーさん! 足を狙ってダガーを投げてください!」

「お、おう!」

「分かった!」


 レインの指示に、すぐにメッジスとウラコーが頷いた。


 大柄な男は、あんな木を振り回しながら、意外に素早く木を操る。

 その動きを支えているのは、足腰だ。

 足を止めれば、必ず大きな隙が生まれる。

 そのことを理解し、メッジスたちはレインの指示通りに、投げ両刃(スローイングダガー)で足を狙い始めた。

 とはいえ、この作戦は大柄な男にも丸聞こえである。


「クッ……小癪な。」


 それでも、これまで余裕そうだった大柄な男が、初めて顔をしかめた。

 足を狙われる攻撃を嫌い、メッジスとウラコーを中心に、攻撃を組み立て始める。

 投げ両刃(スローイングダガー)を投げる余裕を奪うためだ。

 しかし、それはベリローゼやカンザロスへの攻撃が減ることを意味する。


 カンザロスはホーマーを庇っているため、それでも攻撃には参加しにくい。

 一方のベリローゼは、これで反撃の準備が整う。


「ピ……イ、やれ……。」


 俺は寄りかかった木に頭をコツンとつけ、空を見上げて、呟く。

 ピイの()()を信じ、大柄な男に視線を向けた。


 サクッ……!


 その瞬間、大柄の男の右肩にナイフが突き刺さった。

 ピイが空から落とした、俺のナイフだ。

 ピイは上空から急下降し、ギリギリの高さからナイフを落とした。

 大柄の男を狙って。


「グゥゥゥウッ……!?」


 大柄の男が、呻く。

 肩を襲った、突然の衝撃。

 前触れもなく、いきなり突き刺さったナイフ。

 何が起こったのか、理解が追いつかないはずだ。


 俺がメッジスとウラコーに足を狙わせたのは、大柄の男の動きを牽制するため。

 足を負傷して動きが鈍れば、長期戦ではこちらが圧倒的に有利になるからだ。

 だが、これは本命の作戦から目を逸らせるための布石。

 足を執拗に狙うのは理に適っているため、大柄の男もそれ以上は深読みできない。

 何より、足への攻撃を躱す、防ぐのに、精一杯になる。

 そうして意識を下に向けさせ、空から迫るピイを気づかせないようにした。


「い……け。」


 俺は、吐息のように呟く。


「フッッッ!!!」


 大柄の男の動きが止まった瞬間、気合いとともに、ベリローゼが一気に距離を詰める。

 この隙を、戦闘メイドのベリローゼが見逃すはずがなかった。

 大柄の男は、迫るベリローゼに気づくが、右肩が上がらない。

 深々と刺さったナイフが、それを許さなかった。

 ドワーフ製のナイフだ。斬れ味は折り紙つき。

 右腕を思うように動かせず、ベリローゼの攻撃を潰すことができなかった。


 ザシュッ!


 そうして、ベリローゼのナイフが、大柄の男の喉を斬り裂いた。

 ベリローゼの持つナイフも、ドワーフ製。

 大振りのナイフが、完全に喉を裂いていた。


「グッ……! ア……ブゥ……ブフフゥゥ……。」


 大柄の男は呻きながら喉を押さえるが、その呻きもすぐに途絶える。

 斬り裂いた喉から空気が漏れ、呻くこともできなくなったからだ。

 指の間から流れる血が、泡立つ。


 ズズン……ッ!


 大柄の男は木を手放し、左手で懐を探る。

 おそらく回復薬(ポーション)を探しているのだろう。

 しかし、その手ごとベリローゼがナイフを突き刺し、胸に縫い付けた。

 大柄の男は動かない右腕を何とか動かそうとするが、その前にベリローゼが腹を蹴とばす。

 よろめきながら大柄の男は何歩か後退るが、結局はそのまま仰向けに倒れた。


「リコ様っ!」


 ベリローゼは大柄の男に構わず、慌てた様子で俺の方に振り向いた。







 ドクンッッッ!!!


 その時、再び心臓が跳ねた。

 視界がモノクロとなり、ブラーがかかる。


(また……?)


 本日二度目の白昼夢だ。

 俺は、一歩一歩、広場の中央に向かう。

 ただし、俺の意思で指一本動かせないのは変わらない。

 相変わらず、この白昼夢の間は、視界が勝手に動く。


 そうして、俺の方に駆け出そうとしていたベリローゼの横を通り過ぎる。

 ベリローゼの動きは、止まっているようだった。


(さっきの白昼夢でも思ったが…………まるで時間が止まってるみたいだな。)


 そんな不自然な世界で、俺の視界だけが動く。


 俺は、大柄な男の傍らに立った。

 大柄な男は、まだ絶命はしていないようだ。

 だが、喉が裂かれ、血が溢れ出している。

 ナイフによって手を縫い付けられているため、もはや放っておいてもすぐに息絶えるだろう。


 大柄の男の横にしゃがむ。

 大柄の男の身体から、何か薄っすらとしたオーラのようなものが出ていることに気づく。


(…………魂?)


 そんなものが存在するのか知らないが、何かが出ているのが見える。

 これまで、いくつも死体も死にかけも見てきたが、こんなのは初めて見る。


 男に向けて手を伸ばすと、そのオーラがするっと大柄な男から抜け出た。

 そうして、俺の手に吸い込まれていった。


 いや、その手は俺の手ではない。

 白く、しなやかな指。

 重力レンズに向けた手と同じだ。







 いつの間にか、視界が元に戻る。

 俺は木に寄りかかったまま、目を瞬かせた。


「リコ! やったわ!」


 レインが喜色満面に振り返る。

 苦労した大柄な男を倒し、喜んでいるのだ。

 そんなレインの向こうに、こちらに向かって駆け出すベリローゼが見えた。


「あ、ああ……。」


 だが、すでに俺の心に大柄の男のことはなく、先程の白昼夢に思考が移っていた。


(何だったんだ、あれは……?)


 二度の白昼夢。

 見慣れない手。

 大柄の男から漏れ出ていた、オーラ。

 そして、そのオーラを吸い取っていたように、俺には見えた。


「リコ様っ!」


 ベリローゼが駆けつけ、俺の身体をペタペタと触ってくる。


「どこかにお怪我は!? お身体に、痛い所はありませんか!?」


 必死の形相で心配するベリローゼに、つい苦笑してしまう。

 その手を、押し留める。


「そう心配するな、ベリローゼ。レインのおかげで、かすり傷一つ無いよ。」

「そう……ですか。」


 ベリローゼが、深い、深い溜息をつく。

 まあ、あんな木に叩き潰されたと思えば、心配するなという方が無理な話だ。


 それに、実際は俺はかすり傷だらけだ。

 木に潰されたからじゃない。

 その前に、【加速(アクセラレーション)】が不発になった際、思いっきりスッ転んだからだ。


「レイン様、ありがとうございます。レイン様も、どこかお怪我は?」

「私も大丈夫よ、ベリーちゃん。リコも、さっきより調子が良くなってきたみたい。」

「ん? 俺?」


 レインは俺の横にしゃがみ込むと、じっと顔を覗き込む。


「さっきは、話をするのもままならなかったけど……。今は普通に話せてるわ。手も、動くようになったし。」

「あ……そういえば。」


 レインに言われ、俺は自分の両手をまじまじと見た。

 腕を動かし、身体を捻り、といろいろ確かめる。

 うん、違和感はない。


 そこに、ピイが空から戻って来た。

 地面に下りたピイが、ちょんちょん、と軽く飛び跳ねながら近づいてくる。


「ピイ、よくやったぞ。」

「ピイ!」


 俺が腕を伸ばすと、ピイがぴょんと手の中に収まる。


「よーし、よしよしよしよしっ。よーしよしよしよしよしっ。」


 俺はピイを膝の上に乗せると、これでもか、と頭や身体を撫でまくった。







「【治癒(ヒーリング)】。」


 大柄な男に(とど)めを刺し、メッジスたちが俺の所にやって来た。

 広場に落ちていたレインの(ソード)と、大柄な男に刺さっていた俺とベリローゼのナイフも回収してきてくれる。

 そうして、ホーマーが俺とレインに【治癒(ヒーリング)】を使ってくれた。


「一体、何がどうなってんだ? 死ぬだろ、普通。」


 ウラコーが俺とレインを交互に見て、呟く。


「うちのレインは鍛え方が違うからな。軟弱者のウラコーと一緒にしないでもらえるか?」

「……多分、俺でも死ぬぞ。あれは。」


 カンザロスが、呆れたように言う。

 まあ、普通は死ぬよな。

 俺もそう思う。


(だけど、そこを突っ込まれても、メリットはなさそうだ。)


 あの時、何が起こったか。

 じっくりと話し合いたいが、メッジスたちがいては言えないことも多々ある。

 ここは一旦話を打ち切り、体制を整えたい。

 俺が立ち上がろうとすると、ベリローゼに手で押さえられた。


「何だよ、ベリローゼ。」

「まだ、無理をされるのは良くありません。」

「いや、もう大丈夫だって。それに、いつまでもこんな所にいるわけにはいかないだろ?」


 俺がそう言うと、ベリローゼが俺に背中を向ける。


「お乗りください。」

「は? ………………え?」


 何言ってんだ?

 俺がぽかんとした顔になると、実に楽しそうにメッジスが同意した。


「そうだな! リコはここんとこ、調子が良くないみたいだし。無理は良くないな!」

「はあ? もう普通に動け――――。」

「いーや、無理は良くないぞぉ? 自分じゃ自分の顔色も分かんねえだろ? まだまだ本調子じゃなさそうだ!」


 そんなことを、ニヤニヤしながらウラコーが言い出す。

 絶対、面白がってんだろ!


「ふざけんな! 俺は――――!」

「まあまあ、いいじゃねえか! えーと、何だったっけ? 確か、バリケードだったか?」

「そうそう、たまには素直になっとけって、この子狐ちゃんはよぉ。」


 そうして、メッジスとウラコーが両側から俺を持ち上げ、ベリローゼの背中に乗せる。

 何気に、レインまで手伝ってた。

 つーか、バリケードって何だ!?

 デリケートだ、馬鹿野郎!


「おいっ、あのなぁ!」

「はいはい、撤収ぅ~。」

「ほら、暴れんなって。危ねえから。」


 全員が結託し、俺はベリローゼにおんぶされることになった。


「山道を、ベリローゼに背負わせたまま行く気か!? 危ないし、ベリローゼの負担が――――。」

「問題ありません。…………坊ちゃまが静かにしていてくだされば、ですが。」


 く……っ!

 これでは、俺が我が儘を言ってるみたいじゃないか。

 メッジスとウラコーが「ぼっちゃま……」と呟き、気まずそうに俯いた。

 肩が震えてるんだよ、どちくしょーめっ!


 ホーマーが横に来ると、にっこりと微笑む。


「人の好意を無下にするのは、良くありませんよ? リコ君が最近調子を崩していたのは事実なんですから、こんな時くらいは、ね。」


 さすが、アウズ教の元司祭。

 実に、司祭っぽいことを言いやがる。

 くそが……。


 そうして俺は、ベリローゼにおんぶされて下山するという、非常に屈辱的な事態になった。

 ダウビッドが作り出したと思われる、不自然に発生していた霧はすでに消えている。


 しかし、ここで一つの問題が持ち上がった。

 問題が持ち上がったというか、俺の中で、の話ではあるのだが。

 それは「このままこの土地に留まるべきかどうか」という問題だ。


 この土地は何かおかしい、というのはすでに分かっている。

 そのため、俺の中に選択肢ができたのだ。

 つまり――――できるだけ早く、この地を離脱する。


 選択肢のうちの一つは、素直に下山することだ。

 今いるのは、山道に入って三時間ほど登った場所。

 ここから山を下り、今日中に村まで戻る。

 そうして、翌日に南東方面に一日進み、この土地から出る。

 ごく普通に考えれば、明日の夕方には出られる。

 急げば、もう少し早く出られるだろう。


 だが、この土地をもっとも早く出れるのは、もう一つの選択肢かもしれない。

 それは、今いる山を越えるというルートだ。


 ヌスポの街から住人の消えた村に向かう時、俺が迂回を選んだ、街道の分岐点。

 あの分岐点から村までが、二日とされている。

 俺たちが村から半日で山道に辿り着いたことを考慮すれば、残りの道程は一日半だ。

 だが、これは普通に行けば、という条件での話。

 急げば、もっと早く街道まで行くことができるだろう。

 更に言えば、すでに三時間ほど山道を登った場所に俺たちはいる。

 この山を越えるのが、時間的にはもっとも早くこの土地を離れられるのだ。

 ただし、この山は山崩れを起こしていた、という点にも留意する必要がある。

 そして、もう一つ……。


(ダウビッドは山を登ったのか、それとも下りたのか……。)


 魔王振興会の会頭ダウビッドが、どっちに向かったのか分からない。

 カンザロスは、魔王振興会の連中は上から来た、と言っていた。

 来た道を引き返していれば、上に向かっただろう。

 だが、それだって予想でしかない。

 連中の拠点でも分かれば、そちらに向かったと考えることができる。

 しかし、そもそも連中はどこかに出掛けていて、この場所にはその帰り道に寄った、とも考えられるのだ。

 そうなれば、下りた方向でダウビッドとその仲間たちが待ち構えている可能性もある。

 単純に考えて、二分の一の確率で、ダウビッドの向かった方向に俺たちも向かうことになる。


 それらの考えを、俺はみんなに伝えた。

 山を下りて引き返すのもアリだが、おそらく早いのは山越えかな、と。

 この土地を離れるというだけでなく、ヌスポの街に戻ることまで考えるなら、山越えルートの方が圧倒的に近道だ。

 おそらく、九~十日くらいは早く帰れるだろう。


 これらを伝えると、みんなは「山を越えよう」という結論を出した。

 カンザロスは下りた方がいいと考えたようだが、それにも大した根拠はない。


「どっちに行っても、待ち構えている可能性はある。できれば広く戦える平地の方が有難いが……。」


 ということのようだ。

 それでも、条件は相手も同じ。

 然程強く主張したいわけでもないようで、すぐに意見を引っ込めた。


 何より、レインとベリローゼが強く山越えを主張したからではあるが。

 二人は、この土地に来てから俺の調子が良くないことに懸念を抱いていた。

 そのため、一刻も早くこの土地を離れたいと考えているようだ。


 俺はみんなの意見を聞き、山越えルートを選んだ。


「まあ…………そもそも、土砂崩れで通れなくなってる可能性もなくはないけどな。一応、通れそうだって話ではあるが、今がどうなってるかは分からん。」

「その時はその時だろ? ちゃんとした理由がありゃ、諦めもつくってもんだ。」


 俺が土砂崩れで道が封鎖されているリスクを伝えると、ウラコーが首を掻きながら答える。


 こうして、俺たちは山を登り始めるのだった。





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