第82話 情報共有は大事です
俺たちが山越えのルートを選んだ翌日。
昼になる前には、街道の分岐点まで戻ることができた。
山道自体は土砂崩れの直撃を受けた場所はなかったが、移動の途中で土砂崩れの跡らしい場所を見かけることはあった。
離れた場所なので山道には影響はないが、確かにこの山は少々危険な状態のようだ。
魔王振興会の会頭、ダウビッドの襲撃も警戒し、俺たちは夜間も移動を続けた。
夜間の移動はそれだけで危険な行動ではあるが、山道がそれなりに整備された道だったため、こうした無茶ができた。
ダウビッドや土砂崩れのことを考えると、一刻も早く山を抜けるのがもっともリスクが低い。
そう判断し、仮眠のために少し長めの休憩を取ったくらいで、強行軍で山越えを果たした。
そうして現在、俺たちは街道沿いの町に来ていた。
かなりの強行軍で踏破したため、さすがにみんな体力の限界だった。
ホーマーは山を越えるところまでは何とかついて来たが、そこでギブアップ。
カンザロスに背負ってもらい、近くの町に入った。
ちなみに、俺がベリローゼにおんぶされていたのは、移動を始めてから最初の休憩までだ。
その後もみんなはおんぶさせようとしたが、俺が全力で拒否した。
力いっぱい抵抗する俺を見て、「それだけ元気があれば……」と納得してもらえた。
だから大丈夫だって言ったのに。
町に着くと、即行で宿屋に向かい、泥のように眠る。
宿屋には初めから二泊することにして、ゆっくりと身体を休める方針を採った。
「それじゃ、あの時あったことを二人にも伝えておく。」
ゆっくり休み、しっかり食べ、心身をリフレッシュさせたところで、俺はレインとベリローゼにも情報共有することにした。
俺はベッドの上で胡坐をかき、テーブルに着いた二人を見る。
ピイは隣のベッドの上で日向ぼっこをしながら、気持ち良さそうに昼寝をしていた。
それはさておき、最初の異変は力を失った土地だ。
俺にはそれが、まるで死んだようだ、と感じられたことをそのまま伝える。
その影響がなぜか俺にもおよび、体調を崩すことになった。
体調を崩した日、気を失うように眠った時に夢を見た。
何かを塞げ、と言う声が聞こえた。
何かが、漏れてしまうために。
「それで…………あの広場で見えた『穴』が、そのことだと思ったのね?」
レインの確認に、俺は曖昧に頷く。
「んー……、そこについては、ちょっと微妙だな。直感的には、それを穴のように思ったのは確かだ。でも、すぐに夢と結びつけたっけな……?」
あまり自信がない。
俺は腕を組んで、あの重力レンズのような『穴』を見た時のことを考える。
「一番驚いたのは、みんなにはあれが見えていないことだったな。あんな変な物があるのに、誰も気づいてなくて。」
「確かに、随分と驚かれた様子でした。それで、私に『分からない』ことを確認したのですね?」
ベリローゼに、俺は頷く。
「広場の中央に、でっかい重力レンズみたいなものがあるのに、何で見えないんだ、って。それが、ちょっと信じられなかったな。後から、どうやら【災厄】によって見えてるっぽいことには気づいたが。」
「…………じゅうりょく、れんず?」
聞き慣れない単語に、レインが首を傾げる。
しかし、俺はそれを華麗にスルーした。
「そうそう、そう言えば夢を見た後に【災厄】が変化したようにも感じた。俺が目を覚ました後、不寝番を代わったろ?」
「はい。」
「あの時、周囲の気配を探っていたら、これまで感じたことのないものを感じるようになった。」
俺がそう言うと、レインが頷く。
「次の日の朝、リコは迷わずあの山に向かったものね。山の麓に着いたら、あそこに何かありそう、って言ってたし。」
「リコ様は、その穴のようなものを感じ取っていたのですね。」
俺は後ろ手をつき、天井を見る。
「何て言えばいいのか……。感覚的な話なんで、説明は難しいんだが。」
あっちに何かある、あそこにありそう、と胸がざわつくというか、下腹が疼くというか。
何とも不思議な、落ち着かない感じではあった。
「まあ、それで山の中の何かを探しに向かったわけだが……。」
「それで見つけたのが、その穴だった、と。」
「そうだ。でも、そもそも俺は、何でそれを穴だと思ったのか。よくよく観察している時には、不思議に感じたよ。」
穴、と言えば、普通は『窪んでいる』『貫通している』ような状態を指す。
レンズのような物を見て、それを「穴が空いてる」と思う者はいないだろう。
「……でも、その穴からは、“何か”が漏れていた。」
「何か……?」
「それが何か。それは、俺にもはっきりは分からないんだ。ただ、それはカルダノ男爵領の因果を乱していたものや、リベルバースの塔で感じた“力”の流れと同じもののようだった。」
これまでのところ、ほとんどすべてが俺の中の感覚の話でしかない。
二人にはさっぱり分からない話のはずだが、それでも二人は真剣に話の内容を飲み込もうとする。
「リコ様の【加護】を介して見えている力と、同種のもの……。」
「あの土地では、因果とかって言うのも、見えないのよね……?」
それは独り言のようなものだろう。
二人は一生懸命に、自分では感じることのできない謎現象を受け入れようとしていた。
そんな二人に、俺は声をかける。
「懸命に考えているところ悪いが、ここまではただの前提の話なんだ。」
「前提、ですか?」
「ああ、二人に共有したい話の本番はここからだ。」
俺がそう言うと、レインとベリローゼは戸惑った表情で顔を見合わせる。
ここまでだって、二人にはわけが分からないだろう。
ところが、ここからはもっとわけが分からない話になる。
「俺が穴を調べている時、白昼夢を見た。」
「……白昼夢?」
レインが眉を寄せ、尋ねる。
「俺は、この白昼夢をこれまでに二回見ている。一度は、ベリローゼと初めて行った仕事の時。山賊の頭領を倒した直後だ。」
ベリローゼを見ると、ベリローゼは真剣な目で俺を見つめていた。
「二度目は、リベルバースの塔。鰐に乗った老人の化け物と戦っている最中だ。」
「どんな内容だったの?」
レインにそう聞かれるが、俺は肩を竦める。
「そうだな…………場所については、そのまま同じ場所だ。そこを、勝手に歩いて行く感じだ。自分の意思とは関係なく、勝手に身体が動く。山賊の時は、頭領の方に。リベルバースでは、最上階にあった祭壇に向かった。」
「そこでは、何を?」
ベリローゼが確認してくるが、俺は首を振った。
「何って言うか、手を伸ばしてる感じだった。地面に倒れている頭領や、祭壇に飾ってあった杖に。」
「手を、伸ばす……。」
レインはそう呟くと、腕を組んで小難しい顔になる。
「まあ、それはいいんだ。それらはあくまで、これまであった白昼夢の話だから。今回の白昼夢とは別だ。」
そうして、俺は今回の白昼夢のことを二人に話した。
重力レンズのようなものに伸ばされた手。
それは、俺の手ではなかった。
白く、しなやかな指。
おそらく、あの手は女性のものではないだろうか。
だが、直後に白昼夢の内容が一変した。
どす黒い瘴気を纏う、醜い手。
禍々しい、長く鋭い爪を持った悪魔のような手だった。
視界に映った周りの木々や地面から、灰のようなものが舞っていた。
まるで、風に吹かれて流されるように。
そして、怨嗟。
耳元で囁かれる、地の底から響くような、声。
延々と聞かされ続けた「よくも……っ」という声は、今も耳にこびりついているような気がした。
「そんなのを、三時間くらい聞かされていた気がするよ。」
「三時間も?」
レインが、眉間に皺を寄せて、渋い顔をする。
そんなのを延々と聞かされ続けるところを、想像してしまったのだろう。
「ああ。でも、実際の時間はおそらく一瞬だろう。あの広場で俺が倒れた時、三時間も突っ立てたか?」
「確かに、そんなことはありませんでしたね……。」
ベリローゼが頬に手を当て、俯く。
あの時のことを、思い出しているのだろう。
「その後は、カンザロスとホーマーが近づいてくることにベリローゼが気づき、魔王振興会が現れた。」
取り巻きの連中は黙ったままだったが、意外にも会頭だというダウビッドは普通に話しに応じてきた。
「魔王振興会……? なんか、変な人だったよね、あの人。」
レインがダウビッドのことを、そう評す。
俺は苦笑して、身体を起こした。
「会ったばかりの俺をいきなり勧誘してきたのには、ちと驚いたけどな。」
「あれはおそらく、土地の異常に気づいたリコ様だからでしょう。」
そう言うベリローゼに、俺は一つ需要なことを伝えることにした。
「魔王振興会は、正式には四つ葉魔王振興会というらしいんだ。おそらくだが、四つ葉使用人協会と何らかの繋がりがあると思う。」
「…………四つ葉。」
ベリローゼの呟きに、俺は頷く。
「悪いが、魔王振興会や使用人協会のことは他言無用でな。メッジスやウラコーに何か聞かれても、『自分たちは知らない』と言えばいい。」
「伝えなくていいの? 協力してもらうなら、伝えておいた方がいいんじゃないかしら。」
「そもそもが、協力してもらう気なんかなかったんだよ。今回は、あいつらが勝手について来ただけだ。」
「そう言えば、そうでしたね。」
レインとベリローゼが、苦笑する。
「まあ、ついて来られて迷惑だった、とは…………一応は言わないでおく。…………いろいろ、面倒ではあったけど。」
「助かったって、素直に言えばいいじゃない。」
微妙な顔をする俺を、レインが窘める。
「いいんだよ。とにかく、四つ葉は何かやばいネタに繋がることらしいんでな。俺も、そこまで詳しくは知らないんだ。」
以前マシークに聞いた時、はっきりとは教えてもらえなかった。
これは、そろそろ問い質す頃合いかもしれない。
その時、バサバサバサッと羽ばたく音がして、ピイが俺の膝の上に乗って来た。
「何だ、昼寝はもう終わりか?」
「ピイ。」
まん丸の身体を撫でてやると、ピイが鳴いた。
「喉が渇いたのかもしれませんね。今、お水を用意します。」
「ほら、ピイちゃん。じゃがいもがあるわよ。」
レインが魔法具の袋からじゃがいもを取り出すと、ピイが再び羽ばたこうとする。
俺は、そんなピイを抱きすくめて押さえつけた。
「うらっ、行かせるか!」
「ピイピイッ、ピイピイッ!」
放せ、とでも抗議するように、ピイが翼をばたつかせながら鳴く。
「もう、リコ! 意地悪しないの!」
レインに怒られ、俺は仕方なくピイを放した。
ピイは必死に羽ばたき、テーブルに移る。
「こんなに羽がぼさぼさになっちゃって……。はいピイちゃん、どうぞ。」
そう言ってレインはじゃがいもを差し出すと、反対の手でピイの身体を撫でる。
シャクシャクとじゃがいもを啄むピイの羽が、撫でられることで整えられた。
ベリローゼがピイ用のコップに水を入れると、ピイの横にそっと置く。
「少し、休憩にするか。」
「それでは、お茶を用意しましょう。」
俺が休憩を提案すると、ベリローゼが席を立ち、部屋を出て行く。
もしかして、宿屋の厨房でお湯をもらうのか?
(そこまでしなくても良くない?)
とも思うが、まあベリローゼが折角気を利かせてくれているのだ。
断るのも悪い。
そうして、俺たちはベリローゼの淹れてくれたハーブティーを楽しみ、しばしリラックスするのだった。
休憩を終え、話を再開する。
懲りずに膝の上に乗るピイの身体を撫でながら、俺はさっきの続きを話す。
「えーと、どこまで話したっけな。魔王振興会と四つ葉を話したから……。次はダウビッドか。」
「自分のことを、会頭って言ってたわよね。」
「そう言えば、話をしていて急に態度が変わりましたね。確か、リコ様がどこかの領地のことを言った時だと思います。」
ベリローゼに言われ、俺も思い出す。
「そうだった。俺はカルダノ男爵領とタネル子爵領のことを言ったんだ。前に話した、レインの借金の原因だ。」
俺がそう言うと、レインが少しだけ表情を渋くする。
「そのことと、魔王振興会が何か関係があるのですか?」
「レインと見つけた森の中の施設で、俺は黒衣の男を見ているんだよ。恰好だけを言えば、魔王振興会の連中と同じだ。」
「あの森の中の建物に、いたの?」
レインが、驚いたように聞いてくる。
「そういや、あの建物のことはレインにも言ってなかったな。【災厄】で潰す細工をした後、木に登って中を少し覗いてみたんだ。」
「中では、何を……?」
ベリローゼの問いに、俺は首を振る。
「覗いた窓が、廊下にあるやつだったみたいでな。ぶっちゃけ何やってたかはさっぱり見えなかった。」
その時のことを説明していて、ふと思い出す。
「そうだ……それで、俺が覗いてるとこを見られたんだ。んで、追っかけられた。」
「あの、顔が血だらけで戻って来た時ね……。」
雑草で切れまくって、俺の顔を見たレインが悲鳴を上げたんだった。
懐かしいなあ。
「それはいいとして、…………俺は一人の男に見られた。黒衣の男に。」
確か、不景気そうな顔をしていたような憶えがある。
「ダウビッドが急に態度を変えた時、『あの時の』とか言ってなかったっけ?」
「言ってた。俺も、それは少し気になっていたんだ。」
レインの言葉に、俺も同意した。
ベリローゼが、真剣な表情になる。
「その時に見た黒衣の男が、もしかしてダウビッドですか……?」
だが、俺は首を振る
「…………正直に言えば、分からない。」
頭をがりがりと掻き、軽く息をついた。
「さすがに、三年以上も前にちょっと見かけただけの奴だしな。……だけど、少なくとも建物で見かけた奴には、あんな大きな火傷なんかなかった。さすがに、顔半分も火傷した顔なら、細かいことはともかくそれを忘れることはないさ。」
「それは……、確かにそうですね。」
ベリローゼは、視線を落とし考え込む。
「俺は、あの施設に隕石を落としたんだ。建物やその付近にいれば、生き残っているはずがない。ただ、たまたま施設を離れていた、とかなら生き残っている可能性はあるな。」
「………………は?」
「隕石……、ですか?」
そう言えば、【災厄】を使って「何かをやっていた施設を壊滅させた」とは教えていたが、どうやったかまでは言ってなかったな。
ぽかんとした顔のレインとベリローゼに、思わず苦笑してしまう。
「まあ、それはいい。過去の話だからな。問題は、ダウビッドが『霧を出した』ということだ。」
「え、えぇー……?」
「ちょっと、流すには大き過ぎる気がするのですが……。」
レインとベリローゼは、どうやら俺の「隕石を落とした」という部分が気になるようだ。
だが、今重要なのはそこじゃない。
だめだぞ、何が重要かをきちんと見極め、もっとしっかり切り替えができないと!
「うっさい、話を続けさせろ。とにかく、ダウビッドは自分が逃走するために霧を発生させた。俺の【災厄】でも似たようなことはできると思うから、もしかしたらダウビッドは【災厄】に似た【加護】を持っているのかもしれない。」
俺が強権を発動して無理矢理に話を進めると、レインとベリローゼが顔を見合わせる。
「だけど、俺の【災厄】とは違うと、はっきり言える根拠がある。」
「根拠?」
俺は、そう呟くレインに頷いた。
「あの土地では、俺は【災厄】を発動できなかった。そもそも、因果を見つけられなかったからな。」
「…………な、なるほど。」
「厳密には、【災厄】自体は動いていた。だから山にある異変、穴のことには気づいた。だけど、災害を引き起こすために必要な因果については、まともに見つけられなかったんだ。」
「リコ様では難しい場所でも、ダウビッドは霧を出した、ということですね……。」
「そういうことになる。だから、似た結果を起こすことのできる【加護】だと、俺は睨んだ。ただ、災害を起こすためのプロセスというか、メカニズムには違いがある。そう、俺は予想している。」
俺が予想を伝えると、ベリローゼが肩を落とす。
「……正直に言いますと、私にはもはや、何がなにやら。」
「安心して、ベリーちゃん。私もだから。」
「安心して、じゃねえよ。ちゃんと理解しろ。」
「無茶言わないでよぉ……。」
【災厄】のことを理解しろ、と言う俺に、レインが泣きそうな顔になる。
まあ、これは仕方ない。
だが……。
「だめだ。二人はこれらについて、しっかりと把握する必要がある。」
俺が声を落とし、真剣な表情で言うと、二人は戸惑ったような顔になる。
「…………これは、俺の弱点に繋がる話だ。」
そう言うと、二人はハッとして姿勢を正す。
「俺は、あの土地ではたびたび体調を崩し、まともに動けなくなった。…………それも、戦闘の最中に、だ。」
村に着いた日も体調を崩したが、移動中の体調不良ならそこまで大きな問題ではない。
しかし、戦闘の最中に動けなくなるという、致命的な弱点まで発覚した。
俺をフォローする役目であるレインとベリローゼは、このことをしっかりと把握しておく必要があるのだ。
「広場で戦闘になった時、俺はダウビッドを追ったが、霧が出て追跡を断念することになった。そうして広場まで戻ると、みんなが【怪力】と思われる【加護】持ちに苦労していた。それで俺は、【加速】を使ってさっさと倒そうとしたんだ。」
そこで俺は、一呼吸置いた。
ピイを撫でていた手を止め、あの時のことを思い出す。
「俺はあの時、【加速】を発動した。だが……。」
「…………急に、動けなくなっちゃったのよね?」
レインの確認に、頷く。
「その前にも、俺は【加速】を発動している。ダウビッドを追う時、【怪力】持ちが前を塞いだのを躱すために。」
「その時は、ちゃんと使えたのですね?」
「ああ、使えた。これまでも【加速】を連続で発動することは何度もやってるが…………あんなことは、初めてだった。」
俺が吐息のように呟くと、レインとベリローゼも沈痛な面持ちになる。
「今後も、ああしたことが起こる可能性がある。だから二人は、それを知っておかなくてはならない。」
「うん……。」
「はい。」
二人は唇を引き結び、しっかりと頷く。
それを見て、俺は力なく微笑む。
「ただ、俺はその原因があの土地にあると思っている。死んだ土地。力を失った、出涸らしのような土地だ。あの環境が、おそらく俺の持つ【加護】に悪影響を与えた。」
【災厄】を介して感じ取れる感覚が、不快なものだった。
【加速】を使おうとして、身体が動かなくなった。
【戦意高揚】は発動していたが、身体が動かなくなった時に解除されてしまった。
これらの理由に、あの土地が関係していると考えるのは、そうおかしなことではないだろう。
今のところ、はっきりしていない要因があるため断言できないが、ああした土地が他にもあれば要注意というわけだ。
俺は再びピイを撫で、その羽の感触を楽しむ。
ほんとにふわふわで、肌触りがいいんだよな、ピイの身体って。
「それと、動けなかった俺が、急に動けるようになった理由だが……。」
「何か、あるの?」
レインが訝し気に尋ねる。
「おそらくだが……、俺はその直前にも白昼夢を見ている。その時は、あの【怪力】持ちの男の所に歩いて行ったんだ。ベリローゼの横を通り過ぎてな。」
「……………………。」
ベリローゼを見ると、眉間に皺を寄せて、難しい顔をしていた。
自分の横を通り過ぎたと言われ、複雑なものがあるのだろう。
「男の横にしゃがみ込み、手を伸ばした感覚がある。…………そう言えば、その時『オーラ』のようなものを見たな。」
「オーラ……ですか?」
ベリローゼの呟きに、俺は頷く。
「そのオーラが、手に吸い込まれたように見えた。今考えると、それも何かの“力”のようなものだったのかもしれない。」
「力……。」
レインが、軽く首を傾げる。
そう考えると、あの動けなくなった状態は、ある種のガス欠みたいなものだろうか。
「土地に、力がない……そんな場所で【加護】を連発したため、俺の中の何かの力が底を尽いた……? そう考えると、補充されたから動けるようになった、と考えることもできるな……。いや、でも、そもそも吸い込まれたように見えたってだけで、本当にそうだと決まったわけじゃないし……。」
「あの、リコ……?」
ブツブツと、一人で考え込み始めた俺に、レインが声をかける。
「ああ、悪い…………あっ!?」
その時、ふと思い出す。
「そう言えば、俺の【加護】が増えてたんだった!」
「【加護】が……。」
「……増えた?」
いきなり話が飛び、レインとベリローゼは頭の上に「?」をいくつも浮かべる。
「思い通りに使えないし、一回しか使えなかったから忘れてたけど、俺は【隠蔽】を持ってる。」
「えっ? ……【隠蔽】ですか?」
ベリローゼは心底驚いているようで、目を見開いた。
「リベルバースの塔で鰐の魔物と戦ってる時、なぜか発動した。魔物も、一緒に攻略していたメッジスたちも、全員が俺を見失ってたんだ。俺からは、みんなが丸見えなのに。」
使おうとして使ったわけではないし、それからもまったく【隠蔽】の【加護】を感じることができないため、すっかり忘れていた。
「……てことは、もしかして【怪力】の【加護】もゲットしたか?」
そう思って自分の中の【加護】を確認するが、特に感じるものはなかった。
いつも通り【加速】と【戦意高揚】と【災厄】は感じることができるが、【隠蔽】と【怪力】は無い。
「どういうこと……?」
そう、レインが聞いてくるが、俺にも分からん。
ただ、肩を竦めるしかできない。
「そうだ、オーラといえば、レインにもオーラが見えたぞ。」
「えっ、私!?」
話があっちこっちに飛び、こんがらがった時に、急に自分に話が振られた。
レインは目を丸くして、びっくりした顔になる。
「俺を庇ってくれた時だ。薄っすらとしたものだけど、赤いオーラがレインを包んでいるのが見えた。」
「赤い、オーラ……。」
レインは、まじまじと自分の両手を見る。
当然ながら、今はそんなものはない。
「あんな木に叩き潰されて、無事であるはずがない。普通ならな。」
「レイン様も、何らかの【加護】を得られている可能性がある、と?」
「可能性っていうか、持ってるのは間違いないだろう。そうでなきゃ、今ここに、俺とレインがいるはずがない。」
思い通りに使えないというだけで、持っているのは確定だ。
まぐれでも発動したからこそ、俺たちは無事だった。
「元々、【加護】ってのは後天性のものなんだ。生まれつきってのは、話としては聞いたことがないな。……まあ、絶対いないとは言わないが。」
ある日突然、何かの力に目覚める。
俺が訓練中に【加護】の力に気づいたように、急に不思議な力に気づくというのは、そう珍しい話じゃないようだ。
……いや、そもそも【加護】持ち自体が珍しい存在ではあるのだけど。
俺は、ピイの首を掻きながら考える。
あの村に向かった目的は、住人が消えた原因を究明することだ。
それはおそらく、ティシヤ王国の滅びた理由にも繋がると考えたからだ。
そう言う意味では、今回の結果はほぼ空振りで終わったと言える。
だが……。
「……よく分からんことが多すぎて、何から片付けりゃいいのか見当もつかない。けど、明らかなこともある。」
「明らかなこと?」
不思議そうな顔をするレインを、真っ直ぐに見る。
「住人の消えた村。以前から目撃されていた、魔王振興会。そして、力を失った土地。」
そこで、俺は逡巡する。
これは、まったくの見当違いではないはずだ。
「何かの力が漏れ出す、穴。その穴の場所に現れた、魔王振興会。間違いなく、魔王振興会はこの件に深く関わっている。」
俺がそう言うと、レインとベリローゼが頷く。
何一つ、証拠などない。
あくまで、状況証拠というだけ。
だが、俺は確信していた。
「住人の消えた原因を作ったのは、魔王振興会だ。それ自体が目的なのか、他の目的による副次的な結果なのかは分からないがな。」
魔王振興会こそが、核心。
俺は知らず知らずのうちに、震えるほどに拳を握り締めてしまうのだった。




