第80話 会頭、ダウビッド
ドサッ……。
「ピイッ!」
「リコッ!?」
「リコ様っ!」
突然倒れ込んだ俺に、レインとベリローゼが慌てて駆け寄る。
ピイは俺の肩から下り、羽をバタつかせて鳴いた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」
「どうしたの、リコ!?」
「大丈夫ですか、リコ様!」
レインが、慌てて俺を抱き起こす。
ベリローゼは周囲を見回し、異変を探す。
突然倒れた俺を、何者かの攻撃によると考えたからだろう。
「だ、大丈夫だ……。」
「ぜんぜん大丈夫じゃないわよ!」
俺の気休めの言葉を、レインが即座に否定する。
「どうした?」
「何があった?」
メッジスとウラコーも、周囲を警戒しながら、こっちにやって来る。
俺は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
そうして、何とか笑顔を作る。
「本当に何でもないんだ。ちょっと、立ち眩みがな。」
「立ち眩みだぁ?」
俺の言い訳に、如何にも胡散臭そうな顔で、ウラコーが呟く。
メッジスが俺の前にしゃがみ、顔を覗き込む。
「この間も、体調を崩していたな。」
「……ああ、デリケートなんだ、これでも。」
「デリケート……。」
メッジスは目を閉じ、渋い顔になった。
……が、何も言わずに立ち上がる。
「まあ、何でもいい。無理しないで休んでおけ。」
「いや、本当に大丈夫だ。ちょっと疲れただけさ。」
俺はそう言うと、軽く気合を入れて立ち上がった。
疲れている。
これは、嘘じゃない。
俺は、心底疲れていた。
謎の白昼夢現象は、まあいつものことだ。
いつも、と言えるほど頻繁にあるわけじゃないが、それ自体はどうということはない。
問題は、その白昼夢の内容だった。
不気味な、瘴気を纏った手。
風に流される、灰のような物。
そして、延々と繰り返された怨嗟の声。
今回の白昼夢は、そんなのが数時間は続いていたのだ。
とはいえ、おそらくそれは、俺が数時間ほどの時間に感じたというだけの話。
実際の時間は、白昼夢の前に、レインと軽く会話を交わした直後だろう。
あの、聞いているだけで頭がおかしくなりそうな怨嗟の声を、延々と聞かされ続けた。
誰だって精神的に疲弊し、思わず座り込んだりするってものだ。
俺は振り返り、重力レンズのあった辺りを見た。
どういうわけか、あの白昼夢の最中に、重力レンズが徐々に小さくなった。
そして、完全に消えたところで、俺は白昼夢から解放されたのだ。
(何だったんだ、あれは……。)
俺はもう一度ゆっくり息を吸い、吐き出す。
(『よくも』、か。)
何か、相当な恨みがあるような感じだった。
しかし、『誰が』『誰に』向けて恨んでいるのかは、分からなかった。
そもそも、あの白昼夢は何だ?
どうも、あれはただの白昼夢ではないのかもしれない。
もっとも、ただの白昼夢なんてものがあるのかは知らないが。
そんなことを考えていると、ベリローゼが明らかに警戒したように動く。
俺たちがやって来た、獣道の方を向いて身構えた。
「何か、来ます!」
大きくはないが、鋭い警告の声に、全員が咄嗟に身構える。
茂みの向こうから姿を現したのは、カンザロスとホーマーだった。
カンザロスは後ろを警戒した様子で、こちらにやって来た。
「不味いぞ。例の、変な連中がこっちにやって来る。十人以上だ。」
カンザロスとホーマーは、身を隠しながら俺たちが戻るのを待った。
しかし、怪しげな連中が山の上の方からやって来て、この脇道に入って来た。
交戦することも考えたが、ホーマーを守って十人以上を相手にするのは分が悪い。
そう判断して、俺たちと合流することを選択したと言う。
カンザロスを先頭に、メッジスとウラコーも前に出る。
レインとベリローゼは俺を庇うように立ち、ホーマーは焦った様子で俺の所に来た。
「ピイ、しばらく空にいろ。多分、戦闘になる。」
俺は地面にいたピイを拾うと、左腕に掴まらせる。
そうして、いつものように腕を払い、ピイを飛び立たせた。
その時、茂みの向こうから黒衣の集団が姿を現した。
(……ひぃ……ふぅ……みぃ……よぉ………………十一か。)
次々と姿を現す、黒衣の連中を数える。
総勢、十一人の集団だ。
黒衣の集団は、黙って俺たちと対峙した。
真っ黒のローブを全員が身につけ、フードを目深に被っているため、顔は確認できない。
腰布にナイフを着けているが、防具の類は見当たらなかった。
「ベリローゼ。これで全部か?」
「はい。気配を探れるのは、これですべてです。」
ベリローゼですら気配を探れないような奴は、そうそういない。
厄介な【隠蔽】持ちの気配さえ捉えた、ベリローゼの気配察知だ。
油断は良くないが、これで全部と考えて問題ないだろう。
広く、こちらを半包囲するように展開するが、その動きはどうにもぎこちない。
何より、全員がナイフやダガーのような、小物しか持っていないのだ。
武装した傭兵相手に、敵うと思っているのだろうか?
正面に立つ男が、こちらに尋ねる。
「何を、やっている?」
俺はそれには答えず、ただじっとその男を見た。
(……火傷?)
フードの影になり、よく見えないが、顔の右半分が爛れているようだった。
顔の爛れた男は、詰まらなそうに鼻を鳴らし、命令を発する。
「ゴロツキどもに用はない。さっさと始末――――。」
「お前ら、魔王振興会だろ?」
俺がそう言うと、半包囲していた連中が、僅かに動揺する。
顔の爛れた男が、俺を見る。
「…………なるほど。ただのゴロツキじゃないようだな。我々に何か用か?」
意外にも、顔の爛れた男は話を聞く気があるらしい。
レインとベリローゼが、心配そうに俺を窺う。
だが、俺はいくつか聞いてみることにした。
「土地を枯らして、何がしたいんだ?」
「ほぉ……そのことに気づいたのか。」
俺がこの地に入ってから感じたことを尋ねてみると、顔の爛れた男が感心したように呟いた。
そうして、しっかりと頷く。
「大したものだ。だが、それはあくまで結果的にそうなる、というだけのこと。」
「結果的に?」
「そうだ。」
顔の爛れた男は、大仰に両手を広げ、空を見上げる。
「我らの目的は、常にただ一つ。その目的のために、土地の力を空に還す。それだけのこと。」
「魔王のために、か。」
どうやら、黒衣の集団のやっていることは、土地にある力とやらを空に還す、ということらしい。
「そもそも、何で魔王に力を還すんだ?」
「それが自然なことだからだ。」
「自然……?」
いや、やってることは思いっきり不自然じゃね?
わざわざ土地の力を奪っているのだから。
「お前たちの言う魔王って、ラーナーだよな?」
「無論。」
「ラーナーって、もう討伐されたじゃん。」
俺がそう言うと、顔の爛れた男がわなわなと口を歪める。
はっきりと、嫌悪と怒気を気配に纏った。
「道理を知らぬ愚か者どもがぁぁぁああっっっ! ラーナー様をぉぉぉおおおおっっっ!!!」
顔の爛れた男が空を仰ぎ、叫ぶ。
その、あまりの豹変ぶりに、取り巻きの黒衣の連中さえも身体をビクつかせた。
「あんま、刺激するなよ……。」
ウラコーが、小声で注意してくる。
とはいえ、こんなチャンスは滅多にない。
できるだけ、多くの情報を得たいと思う。
叫ぶことで肺の中の空気をすべて吐き出したのか、顔の爛れた男が荒い呼吸を繰り返していた。
「土地の力を還すのは、ラーナーのため。ラーナーを復活させるために、お前らはあちこちうろついてんのか?」
俺がそう尋ねると、顔の爛れた男が口の端を上げた。
「…………復活、ではない。ラーナー様はやられはしない。」
「やられてない?」
「そうだ。この世界こそ、その証左!」
「何を……言っている?」
この世界が、魔王ラーナーがやられていない証拠?
「多少は物を知っているようだが、まだそこには至っていないか。…………実に惜しい。」
顔の爛れた男は、フードを取る。
その顔の右半分は、やはり火傷でも負ったかのように爛れていた。
「だが、なかなかに見どころがある。世界の真実に興味はないかね? いや、興味があるはずだ。だからこそ、土地のことにも気づいた。ここにいることこそが、それを証明している。」
顔の爛れた男がにこやかに、且つ実にフレンドリーに勧誘してくる。
メッジスとウラコーが肩を落とし、げんなりしているのが後ろ姿からも分かった。
「我々の活動に興味があるから、独自に調べたのだろう? そうでなければ、『魔王振興会』という名称を知ることさえない。違うか?」
「まあ、確かに興味はあるかな。でも、よく分からん奴に誘われたって、はい分かりました、とは言えないだろ。」
「ふむ、それもまた道理か。よかろう。」
そう言うと、顔の爛れた男が前に進み出る。
他の黒衣の連中は、やや慌てているような感じだった。
「私は、ダウビッドという。魔王振興会の、会頭を務めている。」
「会頭自ら足を運んでいるのか。」
「当然だ。我らは、世界の自然な姿を目指している。魔王様のために精勤するのもまた、人としての自然な姿だ。」
ダウビッドと名乗った男は、とても清々しい目をして言った。
俺は、そのダウビッドの姿に、却ってブラック臭を感じてしまう。
お給料とかどうなってんのかね?
まさか、やりがい搾取とかじゃないよな?
このまま潜り込んで調べるのも手だが、会頭が目の前にいるのなら、もっと手っ取り早い方法もある。
まあ、平和主義者である俺は、可能な限り穏便に話し合いたいと思う。
「近くの村の住人が消えた、って話を聞いたんだが?」
俺はお試しで、核心に踏み込んでみる。
だが、ダウビッドは笑みを張りつけたまま答えない。
魔王振興会には関係がないのか。
それとも、とぼけているのか。
俺は、もう一つお試しを投げてみる。
「帝国の、カルダノ男爵領とタネル子爵領が日照りで苦しんでいたよな? あそこにも、魔王振興会がいたはずだ。」
俺がそう言うと、ダウビッドの眉がピクリと動いた。
微笑んでいた表情が、徐々に訝しむものに変わっていく。
「………………………………ッ! お前、あの時のっ!?」
ハッとした表情になり、ダウビッドが焼け爛れた顔の右側を押さえた。
(あの時……?)
ダウビッドの言葉の意味が分からず、俺は眉を寄せる。
しかし、どうやらここが地雷だったらしい。
ダウビッドが険しい表情で俺を睨みつけた。
「こいつらを皆殺しにしろっ!!!」
そう叫ぶと、ダウビッドが後ろに下がる。
ダウビッドの命令を合図に、黒衣の集団が一斉に襲いかかってきた。
(残念。ここまでか。)
俺は平和主義者を心の奥底に仕舞い込み、傭兵として対処することにした。
「そいつらは任せた。俺はまだ、会頭とおしゃべりがし足りないんだ。」
「リコ、待って!」
襲い掛かる黒衣の連中の間を縫い、乱戦の中、俺はダウビッドに迫った。
しかし、大柄な男が立ちはだかる。
俺は短剣を一閃し、その大柄な男の腕を斬り落とそうとした。
ガキーーーーーーーンッ!
だが、信じられないことに、その男は俺の短剣を殴った。
殴って、弾き返したのだ。
「なっ!?」
驚きと、弾き返された衝撃で、一瞬動きが止まってしまう。
そこに、更に男の拳が迫った。
(くっそ! こんなの相手にしてられっか! 【加速】ッ!)
俺は【加速】を発動し、ギリギリでその手を掻い潜る。
躱しながら確認すると、男の手にはゴツいナックルダスター、所謂メリケンサックが着けられていた。
(ナックルダスターで俺の短剣を防いだだとっ!? ふざけやがって!)
俺は横っ飛びし、何とか攻撃を躱した。
スローモーションの世界が、いつも以上にもどかしく感じるが、止まることなくダウビッドを追う。
だが、ダウビッドの逃走した道は、獣道のような狭い茂み。
このまま【加速】を発動して突っ込むには、所々に飛び出している小枝が致命的だった。
(雑草くらいなら、まだ何とかなるんだが……!)
小枝でも、引っ掻ければ深い傷を負ってしまう。
仕方なく俺は、【加速】を解除し、代わりに【戦意高揚】を発動してダウビッドを追った。
「んなろ……意外にすばしっこいな!」
先を走るダウビッドの後ろ姿を捉えるが、茂みに邪魔され、度々見失ってしまう。
そうして獣道を進んで行き、異変に気づいた。
霧が出てきたのだ。
「こんな時にっ!」
俺は【災厄】を発動し、霧を飛ばすため、風に関わる因果に干渉しようとした。
(…………ちっ。)
そうして因果を探そうとして、思い出す。
この土地では、因果を見つけられないことを。
瞬く間に濃霧が立ち込め、追跡を断念せざるを得なくなった。
あまりにタイミングの良すぎる、不自然な霧の出方に、俺は一つの可能性を考える。
(もしもこの霧が、ダウビッドによるものだとしたら……。)
逃走のために、自らの意思で霧を発生させたのだとしたら?
(俺の【災厄】と同じか。…………若しくは、似た効果を引き出させる【加護】持ちか。)
なかなかに厄介な奴だ。
しかも、この場所では俺は【災厄】を使えない。
それなのに、ダウビッドは使ってみせた。
似た効果かもしれないが、発動のための条件が違うようだ。
俺は追跡を諦め、立ち止まる。
この霧では、空からピイに追跡させるのも無理だろう。
(魔王振興会の会頭、顔の右半分に火傷を負ったダウビッド、か。)
俺は先程の話を思い出しながら、みんながいるであろう広場に引き返した。
「…………皆殺しにしちゃわないように、急いで戻るか。」
ダウビッドを取り逃し、他の連中まで皆殺しになってしまっては、お話し相手がいなくなってしまう。
「頼むから、一人くらいは生かしておいてくれよ。」
そんなことを呟き、俺は獣道を急いで戻るのだった。
俺が広場に戻ると、地面には黒衣の連中がいくつも転がっていた。
だが、俺の願いが天に通じたのか、連中のうちの一人は、元気に生きていてくれた。
ただし、その状況は俺の予想とは、大分かけ離れていたが。
ブウウゥゥゥンンンッッッ!!!
黒衣を纏った大柄な男が、十五メートルはありそうな木を抱えて振り回していた。
茂った葉を撒き散らし、地面に転がる黒衣の連中を掃くように。
みんなは、迂闊に近づくことができず、その木を躱すのが精一杯だ。
「何だ、そりゃ……。」
その、あり得ない光景に、俺は目を瞬かせる。
木を振り回している男は、俺の短剣を弾き返した大柄な男だった。
バキィ!
「キャアアッ!」
躱しそびれたレインが、木に弾き飛ばされる。
俺は、ゴロゴロと転がるレインに駆け寄ると、抱え起こした。
「大丈夫か、レイン。」
魔法具の袋から回復薬を取り出し、レインにかけてやる。
レインは頭を一つ振ると、すぐに立ち上がった。
「リコ、無事だったのね。」
「ああ、こっちはな。まあ、ダウビッドとかいう奴は逃がしちまったけど。」
俺がそう言うと、レインが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。こっちは、私たちだけで何とかしようと思ったのだけど……。」
「いや、気にするな。むしろ、連中が皆殺しになってやしないか、心配していたくらいだ。」
結果的には、今の状況は上々と言えた。
まあ、あくまで次善の中では、だけど。
「ぐおおおぉぉぉおおおおぅぅっ!!!」
雄叫びの方に視線を向けると、大柄な男の振り回す木を、カンザロスが何とか大剣で受け止めていた。
カンザロスは、ホーマーを庇いながら、防戦一方になっている。
ベリローゼやメッジス、ウラコーたちも、何とか大柄な男に迫ろうとするが苦戦していた。
あんなでかい木を振り回している割に、大柄な男は素早く攻撃を繰り出す。
まるで大剣か斧槍を操っているかのようだった。
「あいつ、生け捕りにするぞ。」
俺がそう言うと、レインが頷く。
(【加速】!)
ドクンッと心臓が跳ね、水色に視界が染まる。
そうして一歩を踏み出した時、突然身体が強張った。
「ぐっふぅ……!?」
「リコッ!?」
俺は踏ん張ることもできず、踏み出した勢いそのままに地面を転がった。
(なんっ、だ……これ!?)
心臓が早鐘を打ち、強張った身体がまったく動かなくなる。
キィーーンッと耳鳴りがして、ドクドクと頭に血が上っていく感じを覚える。
「がっ……くぅ……っ!」
呻くことしかできず、起き上がろうと腕に力を入れても、ぶるぶる震えるだけ。
「リコォ! 逃げろおっ!!!」
メッジスの声に、目だけで状況を把握しようとする。
上から振り下ろさる木に気づき、俺は目を見開く。
バッ!
何かが俺の上に覆い被さり、視界が塞がれる。
ズドオオォォオオオーーーーンンンッッッ!!!
そうして、俺の姿を覆い隠すように、木がたたきつけられるのだった。




