第75話 閑話 千修教
【ホルスカイト共和国 首都サーラスティー】
夜の帳の下りた街を、にやけた顔の男が歩いていた。
その笑みは、あまりいやらしさを感じさせないが、いかにも軽薄。
酔客の声や女の嬌声に溢れた繁華街を、軽い足取りで歩く。
男が歩いていると、道端に立った女が声をかけてくる。
「お兄さーん、遊んでいかなーい。」
「お兄さん格好いいから、たっぷりサービスしちゃう。」
「ははは、ありがとう。また今度ね。」
愛想良くあしらい、男は迷いなく道を進む。
そうして、一軒の酒場の前で立ち止まった。
そこは酒場ではあるが、二階より上に宿泊できる部屋がある。
薄っぺらい笑みを張りつけた男は、酒場の中に入っていった。
酒場の中は、そこそこの客の入りだ。
男が空いているテーブルに腰を下ろすと、エプロンをした中年の女が注文を取りに来た。
「何か、重いのがいいな。あ、火酒以外でね。」
「それなら樹酒の十一年物があるけど…………値が張るよ?」
「そいつをボトルで。あと、軽く摘まむ物を。これで足りるかい?」
そう言って男は、大銀貨を数枚テーブルに置く。
中年女は大銀貨を三枚取ると、テーブルを離れた。
届けられた酒瓶から、グラスに指二本分の樹酒を注ぐ。
一息に飲み干すと、一緒に届けられたチーズを口に放り込んだ。
「ふぅーーっ……。」
そうして何杯か樹酒を飲み、男はにやけた顔を壁際に向ける。
そこには、酒場の客からのご指名を待っている女たちがいた。
男はしばらく女たちを眺めていたが、結局は呼ぶことはせずに、静かに酒を楽しんだ。
そうして男が酒を飲んでいると、向かいに女が座った。
先程まではいなかった女だ。
「久しぶりじゃない、チェラートン。呼んでくれないなんて、冷たいんじゃない。」
「ヤスティーニ。いたのかい? さっきまでいなかったと思うんだけど。」
「ふふ……ちょっと支度に手間取っちゃって。遊んで行ってくれるんでしょう?」
「もちろん。」
そう言ってチェラートンが立ち上がると、女が小間使いを呼ぶ。
チェラートンの飲んでいた酒やグラス、ツマミを運ぶように命じると、チェラートンの腕に抱きついた。
そうして、イチャイチャとしながら階段を上がる。
女は五階まで上がると、小間使いからお盆を受け取り、下がらせる。
小間使いが階段を下りるのを確認して、お盆をチェラートンに押し付けた。
「じゃ、終わったら声かけて。」
「ああ。いつもありがとう、ヤスティーニ。」
女がドアを開けると、チェラートンは部屋に入った。
その部屋はベッドとテーブルだけの、シンプルな部屋だった。
テーブルには、如何にも官吏っぽい、シャツのボタンをきっちり留めた堅苦しい男が座っていた。
「チェラートン様。急に連絡が取れなくなったので心配しておりました。」
男は慌てたように立ち上がり、チェラートンの全身を素早くチェックする。
チェラートンの立ち姿から、特に怪我などはなさそうだと安堵の息をつく。
「子供じゃないんだ。そんなことでいちいち狼狽えるな。」
チェラートンは男の向かいに座ると、背後を確認する。
ヤスティーニは部屋のドアを閉めると、そのまま隣の部屋に行ったようだ。
「チェラートン様、一体何があったのですか。収容所が……。」
「潰されているのは、こっちでも把握しているんだな?」
「はい。詳細は確認中ですが、どうやら警備に就いていた部隊は皆殺しになっている、と。」
男の言葉に、チェラートンは頷く。
「収容所を襲ったのは、リコという傭兵だ。」
「傭兵、ですか。」
「ああ。もう少し、スカウトの目を養った方がいいんじゃないか? リコは、数人の傭兵だけであの収容所を壊滅してみせた。たった一晩で、二つの収容所をな。」
チェラートンからもたらされた報告に、男は息を飲む。
その話が本当なら、非常に有用な戦力だ。
ただし、敵に回れば、これほど厄介な存在もいない。
引き込めるならば、引き込んでおいた方がいい人材といえる。
緊迫した隣国との関係を考えれば、今のような時期は、特に。
「調査だけのつもりだったけど、なかなか面白いことになりそうだと思ってね。接触してみたんだ。」
「チェラートン様は、そのリコという傭兵のことをご存じなのですか?」
「ああ、知っている。今のところ、帝国に仇なすような存在ではないな。そもそも、彼が拠点としているのは、帝国だからね。」
「帝国の傭兵が、なぜ共和国の収容所を……。」
男は、表情を渋くし、考え込む。
チェラートンはグラスに樹酒を注ぎ、ちびりと舐めた。
「なぜも何も、傭兵が行動を起こしたんだ。理由は明白じゃないか。」
「…………依頼が、あった?」
「それ以外に、何があるって。」
「それは、確かに……。」
リコに依頼した者がいる。
その依頼者は、共和国に敵意を持っているのだろう。
そして、リコは帝国に属している。
ならば、自ずと答えは見えてくるというものだ。
「帝国軍か、軍務省あたりの上層部に、今回の絵を描いた者がいるんじゃないのか?」
「そんなはずはありません! そもそも、あの収容所に関わることはさぃ――――。」
ガンッ!
男の言葉を遮るように、チェラートンがグラスでテーブルを叩いた。
その音に驚き、男はビクリと身体を震わせる。
「…………口の軽い男は、好きじゃないな。」
「も、申し訳ありません。」
男は、テーブルに額をぶつけんばかりに、頭を下げた。
そんな男を冷たい目で眺めながら、チェラートンは手に零れた樹酒を舐める。
「かなり危険な仕事だ。僕ならどんなに金を積まれても、まず断るだろうな。」
チェラートンはグラスの中の樹酒を飲み干し、大きく息を吐き出す。
調査程度であれば、引き受ける。
気乗りはしなくても。
実際、そうしてチェラートンは引き受けることになったのだ。
しかし、収容所を潰すとなれば、調査などとは比較にならないほどに危険なものになる。
「彼自身、ドワーフと繋がりがあったらしい。…………確かに、何年か前に彼とドワーフが接触しているのは、僕も見たことがある。その時に、何かあったのかもしれないな。」
「ドワーフとの繋がり……ですか。」
「まあ、普通はその程度のことで動くことはない。個人的な理由で、こんな危険な仕事を受ける馬鹿はいないさ。彼の後ろに何者かがいるのは間違いないだろう。」
「どこからの指示か、確かめるよう報告書に書いておきます。」
男の言葉に、チェラートンは頷く。
「彼の協力者に、メッジス、ウラコーという傭兵もいた。あと、ホーマーという司祭。彼らには、教会の指名手配がかかっている。」
「教会の? 何をやったんですか?」
普通、教会が指名手配するようなことはない。
チェラートンに言われても、男にはまったく見当がつかなかった。
「本人たちが言うには、冤罪らしいけど……。実際のところは僕も知らないさ。魔王崇拝がどうとか、そんな容疑のようだが……。」
「魔王崇拝? では、教会に伝えますか?」
「そこまでしてやる義理はないさ。それに、僕が見た限りじゃ、以前と特に変わったようにも思えない。放っておいていい。」
「分かりました。」
チェラートンはチーズを齧り、他に伝えることはないか考える。
そうして、一つ思い出す。
「そうそう、修王国の国境に、共和国軍の部隊の死体が転がってるはずだ。」
「修王国の、国境……ですか?」
「ああ。場所的に、あそこはすでに修王国側のはずだ。そんな所に共和国軍の死体。…………それを、修王国が知ったら?」
「大問題になりますね。」
現在、共和国と修王国は、微妙な駆け引きの最中のはずだ。
そこに、この爆弾を放り込んでやったらどうなるか。
「すでに片付けられている可能性もあるけど、痕跡が残ってる可能性もある。修王国に教えてやれ。」
「分かりました。」
そうしてチェラートンは、酒瓶を掴むと、そのまま呷った。
流し込まれた酒の熱さに、やや顔をしかめる。
ぷはぁーーっ、と大きく息を吐き出し、口元を拭う。
「調査対象が無くなったんだ。これで、もう僕に用はないだろ?」
「あ、いえ、チェラートン様。それについては本国の――――。」
「冗談じゃない。確認だけで二カ月以上もかかるじゃないか。いい加減、解放してくれ。」
そう言うと、チェラートンは椅子を鳴らして立ち上がる。
今回はどうしても断れずに、引き受けることになった。
だが、本当ならこんなつまらない仕事は受けたくなかったのだ。
「し、しかし、それではお父上が――――!」
「だから、仕事は片付けたじゃないか。親父のことを持ち出すな。酒が不味くなる。」
そう言ってチェラートンは、男の襟首を掴み、ドアまで引っ張る。
「お、お待ちください、チェラートン様!?」
「待たない。じゃあ、親父によろしく。もう呼ぶなって、よく言っておいてくれよ?」
「チェラートンさ――――!」
バタンとドアを閉め、男を部屋から追い出すと、チェラートンはそっと息をつく。
そうして、ベッドに行くとゴロンと横になった。
すぐにヤスティーニが入って来て、ベッドに寝転がるチェラートンと、テーブルを見る。
「話は終わった?」
「ああ……。」
女はテーブルに着くと、チェラートンの使っていたグラスに樹酒を注ぐ。
香りを楽しみ、ちびりと舐める。
「どうする? 遊んでいく?」
「いや、いい。疲れてるんだ。寝かせてくれ。」
「あ、そ。」
女は冷えた目でチェラートンを一瞥し、グラスを呷る。
「…………つまらない男。」
その呟きは、静かな部屋に思いのほか響いた。
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【ロズテアーダ修王国 聖都アーズズ】
アウズ大陸の南西を広く支配する大国、ロズテアーダ修王国。
千修教という、厳しい戒律と修行を課す宗教を国教としている。
政教が一致した統治システムを採用し、千修教での位階が、そのまま国家でも重要な役職を兼務することになる。
位階の頂点を『修王』と言い、厳しい修行を修めた者が王として、国家の舵取りを行う。
これは帝国の皇帝と、アウズ教の総大主教を足したような役割に相当する。
修王の下に『大修』という位階があり、こちらも厳しい修行を修めた者が就く。
大修は帝国で言えば大臣や将軍、アウズ教で言えば大主教にあたる。
更に下に『修理』『修地』『修地補』という位階があるが、これはアウズ教で言うところの『主教』『司祭』『補祭』に相当する。
千修教の修行に終わりはなく、それは修王とて同じである。
一応はすべての修行は定められたものなので、すべてを修めれば終わりと言えなくもない。
だが、修行を怠れば心身は衰え、修王としての務めを果たせなくなる。
何より、すべての修行を修めた者は、過去を含めて一人もいない。
そのため、修王と言えど修行僧であり、日々の研鑽で心身を鍛え上げ、自らが修行僧たちの先頭に立つ。
もし「修王国でもっとも強いのは誰か」と尋ねれば、その答えは一つである。
子供から老人まで、あらゆる意味で「もっとも強いのは修王である」と答えるだろう。
そして、その解答は大修であっても変わらない。
現在大修の位階にある者は、全員が次期修王候補だ。
そうであっても、
『自分の方が修王に相応しい。』
『修王に、取って代わってやろう。』
などと、不遜な考えを持つ者は皆無だった。
なぜなら、千修教の修行はあくまで「修王となる資格があるかの選別」でしかないからだ。
この事実は、大修となった者にしか明かされない、秘中の秘。
千修教の修行をすべて修め、大修となって初めて、『修王としての修行』を開始する資格を得る。
ただし、この修行は自らが修王に就いた時に、初めて許される。
修王に就いていない者は、そもそも修行を行うことさえ許されないのだ。
そのため、いつ自分が修王となってもいいように、大修たちも日々研鑽を積む。
現修王が倒れた時、いつでも自分たちが代われるように。
その準備を、大修たちも怠ることは許されなかった。
千修教の聖地には、本堂よりもさらに先に、奥の院がある。
そこは、修王と大修しか入ることの許されない修行場があった。
その古い石造りの建物に、老人の苦し気な呻き声が響いていた。
「……ぐぅ……ぐぅぅううおおおぉぉぉおおおっ……!」
老人は石畳に蹲り、全身を震わせ、苦しみに耐えていた。
鍛え上げられた肉体は、全身が真っ赤に染まり、滝のように汗が流れる。
そんな老人を、十六人の大修たちが見守っていた。
「ふぅぅんんんんーーーーーーーーーっ……!!!」
老人は一際大きく呻くと、握った拳を石畳に押しつける。
震えるほどに握られた拳が石畳に押し付けられるたび、ミシミシ……とヒビが走っていく。
老人の身体から、湯気が昇り始める。
蒸発した汗が、湯気となり立ち昇っていた。
「修王、猊下……。」
老人を見守っていた大修の一人が、呟く。
あまりに痛ましい姿に、思わず顔を背けてしまう。
「しっかり見ろ。猊下の修行から目を逸らすなど、侮辱しているのか?」
隣に立った、険しい顔の男に注意され、再び視線を老人に戻す。
この、石畳に蹲り呻いている老人こそ、現在の修王その人だった。
修王は、今まさに『修王としての修行』の真っ最中だった。
あの修王が蹲り、必死に苦しみに耐える修行など、どれほどの苦痛なのか。
想像すらつかなかった。
しばらく蹲って耐えていた修王だが、やがて呻き声が止まった。
だが、満身創痍なのか、立ち上がることもできないようだ。
「よし、水をかけろ!」
先程注意してきた男が、後ろに置いていた桶を手にした。
百を優に超える桶には、水が入れられている。
男の合図に、集まった大修たちは各々で桶を手にし、一斉に修王にかけ始めた。
バシャーッバシャッバシャーーッ!!!
全方向から、絶え間なく水がかけられる。
石造りの建物に、煩いくらいに水音が反響する。
そうして次々に水がかけられるが、一人の大修が「待て」と合図すると、水をかけるのは中止された。
シューーー……。
修王の身体からは、変わらず湯気が昇っている。
かけられた水すら、即座に蒸発しているのだ。
湯気以外にも、立ち昇る“何か”が見える。
それは、様々な色をしたオーラだ。
修王の全身を包むオーラは、湯気と同様に立ち昇り、霧散していく。
「フゥーーーーーーーーーーーーーーー……ッ。」
修王は大きく息を吐き出しながら、ゆっくりと身体を起こす。
その姿に、数人の大修が跪き、涙を流した。
「修王猊下……!」
「ああ、猊下……っ!」
「……つ、ついに!」
大修たちは次々に跪くと、修王の偉業に唇を震わせ、涙を流す。
「猊下っ……、とうとうやりましたなっ!」
修王が立ち上がると、すでに全身が乾いていた。
赤く染まっていた肌は、少しだけ落ち着いていたが、まだ全身の熱が引いたわけではない。
「……滝に行く。」
そう言い残し、修王は建物の出口に向かった。
修王の言葉に一人の大修が頷き、指示を飛ばす。
「お前たち、私とともに御伴せよ。こちらの片付けはお前たちに任せる。」
「「「はっ!」」」
一人の大修の指示で、修王に付き従う者と、修行場の片付けをする者に分かれる。
大修たちはみな、興奮を感じているようで、顔が紅潮していた。
修王の修行。
千修教には、その名の通り千にもなる厳しい戒律と修行がある。
そして、これらをすべて修めた者だけが大修となり、修王となる資格を得る。
だが、千修教の修行は二段階あり、本番はここからだった。
修王にも、実に千もの修行が課せられるのだ。
この、修王の修行のすべてを修めた者は、過去にもいない。
これまでの修王は、多くても九百二十ほどの修行を修めたところで、退位した。
少ない者では、八百にも満たない。
千修教の修行をすべて修め、大修となり、もっとも優れていると修王に選出された者でさえ、そこまでが限界だった。
それほどまでに、修王としての修行は過酷なのだ。
理由はいくつかある。
そもそも、即位する者がある程度若くないと、修行に耐えられないし、残された時間が限られている。
過酷な修行を毎日一つずつ修めていくなど、現実的な話ではない。
しっかりと準備をしてから挑まなくては、命を落としかねないのだ。
実際、そうした例は過去にあり、あまりの修行の厳しさに正気を失ってしまった修王もいたと記録されている。
若くないと時間が確保できないが、だからと言って、若ければ良いというものでもない。
若過ぎては、やはり精神力が未熟と言わざるを得ない。
苦しい修行に耐えかね、精神に異常をきたした例がある以上、円熟した精神力が必要だ。
強靭な肉体に、強靭な精神。
この両方を兼ね備えた者でなければ、修王としての務めを果たすことはできない。
第百三代修王、クベイトス。
齢七十を越えてなお、修王の修行を修め続ける傑物。
七百四十年近い歴史を持つネプストル帝国の皇帝が、現在のシグフリッドで四十七代目。
しかし、六百三十年にも満たないロズテアーダ修王国の修王が、すでに三桁に達する代替わりを数えている。
この事実が、修王としての修行が、如何に過酷かを物語っていた。
過去には、九百二十ほどの修行を修めたところで退位した修王が、これまでの最高記録だ。
だが、現修王クベイトスはこの記録を大幅に塗り替えた。
先程の修行により、これでクベイトスが修めた修行は九百九十八。
実に、残り二つというところまで、クベイトスは辿り着いたのだ。
この事実を、一般に広く伝えることはできない。
そもそも、この修王の修行の存在自体を、秘密にしているからだ。
しかし、おそらく市井の者たちも、何か感じるものがあるのだろう。
修王として、クベイトスはかつてないほどに尊敬を集め、みながクベイトスの治世を祝福していた。
奥の院からほど近い場所に、三十メートルほどの滝がある。
クベイトスは滝に打たれながら、自らの内で暴れる“力”を鎮めていた。
クベイトスが滝に打たれていると、六人ほどの大修も横に並んだ。
そうしてクベイトスに倣い、一緒に滝に打たれる。
クベイトスが力を鎮めるために滝に打たれているとすれば、大修たちは自らの興奮を鎮めるため、と言えた。
彼らから伝わる気配に、クベイトスの偉業をともに喜んでくれているのが分かった。
しばらく滝に打たれ、昂っていた気が落ち着くと、クベイトスは滝を出た。
大修たちも滝を出ると、水に濡れた身体を拭き、衣服を着替える。
そうして、本堂に場所を移した。
クベイトスが会議室に入ると、付き従っていた大修たちも、各々に定められた場所に立つ。
「修王猊下。九百九十八個目の修行の完遂。おめでとうございます。」
「「「おめでとうございます。」」」
一人の大修が祝辞を述べると、他の大修たちが声を揃えて続く。
中には感極まり、涙を零す者もいた。
クベイトスは黙って頷くと、席に着いた。
それを見て、大修たちも席に着く。
現在、大修の位階にある者は、三十人を超える。
しかし、聖都アーズズにいる大修は十六人だけだった。
他の大修たちは、地方を任されているため、聖都を離れている。
つまり、聖都にいる大修たちは、全員が集められたことになる。
これは、修王の修行を見守ることが、大修たちにとってもっとも重要な務めの一つだからだ。
修王の修行を見守り、どれほど過酷な修行によって、修王国を守護しているかを理解する。
そして、いつか自分が修王となった時のために、先の修王たちの献身を目に焼き付けておくのだ。
クベイトスは、七十を超えているとは思えない、力の籠った声で宣言する。
「次の修行は、一カ月後に行う。」
その宣言に、会議室にどよめきが起こった。
「一カ月……?」
「し、しかし、さすがにそれは……。」
動揺する大修たちの中で、先程祝辞を述べた大修が立ち上がる。
「猊下。さすがに一カ月後は……。お身体への負担が大き過ぎるのではないかと、愚考いたします。」
その意見を聞き、クベイトスが軽く手を挙げる。
一瞬で会議室が静かになった。
「懸念はもっともだが、私に残された時間はそう多くあるまい。できれば、一気に持っていきたいのだ。」
「猊下! そのようなことをおっしゃらないでください!」
一人の大修が声を上げると、みなが賛同するように頷いた。
しかし、厳然たる事実として、クベイトスはすでに七十を超える高齢だ。
残された時間が短いというのは、動かし難い事実だった。
クベイトスが軽く手で制すると、大修たちが口を噤む。
「先に伝えていた通り、最後の修行はすぐには行えん。残念だが、その目途も立っていない。しかし、だからこそ万全の状態で待つ必要がある。来月、九百九十九個目の修行を行い、最後の修行に備えなければならない。いつ、その時が来てもいいようにな。」
クベイトスの覚悟に、大修たちは息を飲む。
クベイトスは、本気で修王の修行のすべてを完遂する覚悟なのだ。
ついに――――成る。
百人以上もの修王が成し得なかった偉業が、ついに達成される時が来た。
そんな予感に、大修たちはみな、自らの高揚に身体が震えるのを止めることができなかった。
クベイトスは大修たちに細々とした指示を出し、会議を終えた。
共和国の不心得者どもが、いつも通り何か騒いでいるらしいが、修王国としての対応に変更はない。
修王国内の少々のトラブルなど、大修たちでは判断のつかない問題にも、対応の方針を指示する。
そうして一人、本堂の横にある庭に立った。
草木が茂り、花々が咲き誇る。
蝶が舞い、虫たちの声が聞こえる。
空を見上げると、青空に雲が流れるのが見えた。
「…………困ったものだ。どこをほっつき歩いているのか。」
クベイトスは、独りごちた。
七年前、クベイトスは修行の最中に命を落としかけたことがある。
最後の、千個目の修行とは、その一度は失敗した修行のことだった。
修王の修業とは、すべてが危険なものではあるが、それは普通の人ならばだ。
少なくとも、千修教の戒律と修行のすべてを修めた大修たちならば、八百までは問題なく修めることができるだろう。
中にはその八百にも届かなかった修王もいたようだが、余程弛んでいたのか、運がなかったのか。
クベイトス自身は、八百ほどの修行を、修王に即位してものの数年で修めた。
一日で、二つを修めたこともある。
しかし、残りの二百が本当に厳しい。
この二百に、すでに三十年近くかけている。
月に一つ二つのペースで修められたものもあるが、最近では三カ月から半年も間をあけることもあった。
だが、ついに九百九十八までを修めた。
残りの二つのうち、次の修行はおそらく問題ない。
問題は、最後に残った一つだ。
一度は死にかけた修行に、再び挑戦しなくてはならない。
自らのうちに、無意識に高まっていく力に気づき、クベイトスは眉間に皺を寄せる。
そうして力を抑え込もうとするが、どうにも収まりが悪い。
どうやら、いよいよ偉業の達成に手が届くと、自分でも興奮しているようだ。
「未熟なり……。」
己さえ律せぬとは、我ながら呆れる思いだった。
それでも、長きに渡る修行の成就を目前に、昂ってしまうのは仕方がないだろう。
クベイトスは、静かに一歩を踏み出した。
庭の中ほどまで進み、目を閉じると、ゆっくり大きく息を吸い込む。
そして――――。
「フンッッッ!!!!!!!!!!」
僅かに、力を籠める。
内に渦巻く力を、僅かに解放する。
バキバキバキッ……!
ゴシャッガラガラガラ……ッ!
クベイトスから解き放たれた力に、近くにあった木が数本薙ぎ倒され、岩が砕けて崩れる。
ただ立っていただけの場所が、僅かに沈んだ。
「ふぅぅううーーーーーーー…………っ。」
そうして、ゆっくりと息を吐き出す。
目を開き、空を仰ぐ。
「…………早く戻れ、オーゼスツイド」
聞く者のいないクベイトスの呟きが、静寂を取り戻した庭に消えていった。
【後書き】
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
第七章はこれにて完結です。
次回から第八章となります。
今月に入ってから雪が降ったり、春一番が吹いたりと、大忙しですね。
寒暖差が身に沁みます……。
皆様も、お身体には気をつけてお過ごしください。
いきなり告知をブッ込み大変恐縮ですが、3月15日よりリウトの初作品である「神様なんか信じてないけど、【神の奇跡】はぶん回す」の書籍版の第一巻が、ついに発売となります。
お近くの書店でお見かけの際は、是非お手に取っていただけると幸いです。
特典SSを配布する書店など、分かり次第『活動報告』にて報告していくつもりです。
よろしければ、そちらもチェックしてみてください。
日々妄想…………創作活動を頑張っております。
これからもどうか、応援をよろしくお願いいたします。
リウト銃士




