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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第七章 ドワーフたちの救出

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第74話 出禁じゃなかった?




 遠回りに移動し、俺たちは十日ほどかけてヌスポの街に戻って来た。

 収容所でかっぱらった軍の馬は、鞍などに軍の所有であることを示す印が付けられていた。

 そのため、最初に立ち寄った町の近くで馬具を廃棄し、馬を放してやった。

 七人もの大所帯での移動は目立つため、街道では俺、レイン、ベリローゼで一組。

 カンザロスやメッジスたちで一組、と分かれて移動した。

 少し距離を空けて歩き、特に会話なども交わさず、他人の振り。

 林の中に入って野営をする時だけ、合流するような形を採った。


 メッジスとウラコーは、最初に会った時に包帯のような布で顔を隠していたが、今はフルフェイスの兜を被っている。

 ドワーフたちの作った兜だ。

 一つ目の建物のドワーフたちは武器だけを作っていたが、二つ目の建物のドワーフたちは防具も作っていた。

 カンザロスが大剣(グレートソード)を貰っていたが、軍用の魔法具の袋に仕舞われた完成品の中に、兜も入っていたってわけだ。


 そのため、現在のメッジスとウラコーは剣士スタイルの軽装に、東部だけフルフェイスという怪しい出で立ちである。

 これもある意味目立つ格好ではあるが、まあミイラ男よりはマシだろう。







 そうしてヌスポの街では、俺たちは前回来た時と同じ宿に泊まった。

 カンザロス、メッジス、ウラコー、ホーマーは貧民窟(スラム)に近い、安宿に転がり込んだ。

 基本的に、カンザロスが俺たちの宿とメッジスたちの宿を行き来し、情報の共有をする。

 メッジスたちは宿からは出てこないで、引き籠もることにした。


 さすがにヌスポのような大きい街では、アウズ教の教会がある。

 教会には手配書が回っているので、見つかるのはまずいからだ。


 ヌスポの街に着いた翌日、俺はマダム・エルミアルダに言われた、鑑定屋のターラッツォを訪ねた。

 ターラッツォの店は繁華街から少し離れており、「こんな不便な場所に誰が来るんだ?」というような場所にあった。

 まあ、鑑定屋というよりも、娼館のための仕入れがメインのようなので、客足については気にしていないのだろう。


「じゃあ、この辺で待っててくれ。…………目立たないようにな。」

「気をつけてね、リコ。」

「お気をつけて。」


 店から少し離れた場所にレインとベリローゼを待機させ、一人で向かう。

 空を見上げると白い鳥(ピイ)もいて、俺が入って行った建物に止まることになっている。

 離れて見ているレインたちにも、分かりやすい目印として。


 ボロい建物に入ると、狭い店内にはカウンターしかなかった。

 しかし、建物自体はそこそこの大きさがあるので、カウンターの奥が相当に広いのだろう。

 カーテンで仕切られているので、見ることはできないが。


 店内は無人で、カウンターにテーブルベルが置かれていた。

 チリンチリーンと軽く鳴らしてやると、カーテンを除けて、でかい五十過ぎのムキムキマッチョ親父が現れる。

 タンクトップ一枚の、そのパンプアップした身体に、思わず目を瞬かせる。


「……………………鑑定屋、って聞いてきたんだけど。」

「それ以外の何に見えるんだ?」


 トレーニングジム?

 むしろ、鑑定屋には絶対に見えない。

 だが、俺はにやりと口の端を上げた。


「仕上がってんねえ。キレッキレじゃないの。」


 俺が大胸筋や三角筋を見ながら言うと、男の胸がポヨンと跳ねた。


「…………分かるのか?」

「あんまり詳しくはないけどな。背中はどんな感じ?」


 俺の言葉に、男が素直に応じる。

 言ってもいないのに、バックダブルバイセップスのポーズを決める。


「いいねいいねー。でも、もうちょっと後ろに反った方が、それぞれの筋肉のラインが綺麗に出るかな?」

「…………こうか?」

「そうそう、いいよー。知り合いにもいい筋肉してるのがいるけど、脂肪も乗っててさ。絞ってはいないんだよなあ。」


 カンザロスも相当に鍛えている感じだが、やはり傭兵では絞り過ぎるとスタミナが落ちる。

 瞬間の爆発力は絞ることで上げられるが、持続力は落ちていきやすい。

 この辺のバランスは、何を目的とするかでどうしても変わってきてしまうところだ。

 あ、マラソン選手はまた別な。

 あれは特殊な例なんで。


 そうして、俺は時間を忘れてマッチョ親父と筋肉談義に興じた。

 しばらく盛り上がっていると、ここに来た目的を思い出す。


「そうだ、これ。」


 そう言って、俺は魔法具の袋から指輪を取り出す。

 情報屋ギルドの上客であることを示す指輪だ。

 それを見て、マッチョ親父が驚いた顔をし、胸がポヨンと跳ねる。


「…………お前、名前は?」

「リコだ。もしかして、貴方がターラッツォさん? マダムから聞いてる?」


 俺がそう言うと、ターラッツォが頷く。


「とんでもない奴だ、と主人(マダム)が怒っていたらしいが……。そう悪い奴には見えんな。」


 どうやら、時間を忘れて語り合ったことが、俺への理解を深めてくれたらしい。

 つーか、あれはエルミアルダが悪いだろ!


「主人(マダム)から、顔を出したらすぐに連れて来いと言われてる。」

「へ? もう娼館(あそこ)には来るなって言われてるんだけど。」

「最初はそのつもりだったようだが、しばらくして追加の指示が来た。何か、直接聞きたいことがあるらしい。」


 聞きたいこと?

 出禁を解除してまで?

 よく分からない事態になったが、エルミアルダと直接話ができるなら、こちらとしても有難い。


「悪い、ちょっとだけ待ってもらえるか? 仲間が近くで待機してるんだ。」


 そう言って俺は、紙とペンを借りてメモを書く。

 予定を変更して、エルミアルダに会いに行くことをささっと書くと、外に出た。


「ピイ、これを届けてくれ。」


 俺が軽く呼びかけると、すぐにピイが下りてきた。

 肩に止まったピイにメモを咥えさせ、すぐに飛び立たせる。


「お待たせ。これで大丈夫だ。」

「裏から行く。入って来てくれ。」


 ターラッツォが入り口を閉めて、カウンターの奥に行く。

 俺もカウンターの中に入り、後をついて行った。

 奥にはテーブルや棚が並び、様々な物が整理されて置かれていた。

 品の良さそうな置き物が多いか?


 建物の裏に出ると幌付きの荷馬車があり、娼館に納品の際には、いつもこれで行っているらしい。


「馬を連れてくる。荷台に乗っててくれ。」

「分かった。」


 素直に荷台に乗り込むと、ターラッツォが荷馬車に馬を繋ぎ、御者台へ。


「荷馬車(こいつ)で裏口から入れば、出入りの商人にしか見えない。」

「なるほどね。」


 俺の姿を周囲の人に見られないで済むため、連れて来い、というのが可能なようだ。

 そういえば、馬車で来いみたいなことは言われた気がする。


 すぐに馬車が出発し、俺は荷台で小さくなっておく。

 幌が付いているので周りからは見えないだろうが、念のためだ。

 大人しく乗っていると、二十分ほどで娼館に着いた。


 裏口の門番にターラッツォが何事か伝えると、すんなり門が開けられる。

 建物の裏口に着くと、俺は荷台を下りた。

 ターラッツォと一緒に建物に入ると、一階の部屋に案内される。


「ちょっとここで待っててくれ。話を通してくる。」

「分かった。」


 俺だけ部屋に入り、ターラッツォはそのままどこかに行ってしまった。

 仕方なく、部屋に置いてあるソファーに腰掛ける。

 以前に通された部屋よりは、この部屋は普通だ。普通の応接室。

 キャビネットには酒も置いてあり、もしかしたら娼館の客も通される部屋かもしれない。


 俺は意識して、あの悪(・)魔(・)の(・)飲(・)み(・)物(・)のことを忘れる。

 匂いやら何やらを思い出しそうになるのを、あえて違うことに意識を向けることで、抑え込む。

 そうしてしばらく自分との戦いを繰り広げていると、老執事のツフワースが迎えに来た。


「お待たせしました、リコ様。主人(マダム)がお会いになります。」


 俺はソファーから立ち上がると、ツフワースの後ろをついて行く。


「どういう風の吹き回し? 来るなって言ったり、すぐ連れて来いって言ったり。」

「その辺りは、主人(マダム)から説明があると思いますので、私の方からは何とも……。」


 ダメ元で聞いてみたが、やはり答えてはもらえなかった。

 やれやれ……と軽く肩を竦めて歩き、三階へ。

 前回と同じ、廊下の中ほどの部屋の前でツフワースが立ち止まる。

 ノックをすると、「入りなさい」とエルミアルダの声が聞こえてきた。


 部屋の中には、ターラッツォもいた。

 エルミアルダがソファーに座り、ターラッツォが後ろに立っている。

 エルミアルダは、相変わらず体の線の出やすい、ぴっちりとした服で色気を纏う。

 ターラッツォは俺が部屋に入ると、胸の筋肉を交互にポヨンポヨンさせた。

 …………何やってんだ馬鹿野郎、笑わせんじゃねーよ!


 ツフワースに案内され、俺もソファーの横に立つ。


「堅苦しい挨拶はいいわ。座って。」

「……失礼します。」


 エルミアルダは、明らかに不機嫌だ。

 足を組み直し、煩わしそうに艶のあるピンクの髪を掻き上げる。

 一体、どんな話が出てくるやら。


「坊やは、身分を証明する物は何かある?」

「身分? 傭兵ギルドの登録証くらいはあるが……。」


 この世界では、基本的に身分証なんてものはほとんどない。

 そのため、何も無いよりは……とギルドの登録証などで代用することが良くある。


 普通は、国外に出る時は『出国許可証』を取得し、それが国外での身分証になるのだけど。

 密入国した俺が、そんな物を持っているわけがなかった。


「登録証(それ)を、共和国(ホルスカイト)に入ってから、誰かに見せて?」

「いや、特には……。普通はそこまで確認されることはないしな。」

「そう……。」


 エルミアルダが、ほっと息をつく。


「坊やのこと、少し調べさせてもらったわ。」

「まあ、当然だろうな。」


 帝国の情報屋ギルドからの紹介状を持ってはいたが、独自に調査するくらいのことは普通だろう。

 用心深そうなエルミアルダなら、やらないわけがない。


「共和国の情報屋ギルドに、坊やに関する情報があったわ。」

「え……?」


 共和国の情報屋ギルドに?

 少々予想外の話に、俺は考え込む。


(…………俺が、共和国に関わったことなんてあったか?)


 若しくは、共和国が注目する“何か”に、関わったことがあっただろうか。

 そこまで考え、一つ思い浮かぶ。

 ヨッテンソーム王国の砦だ。


 大条約破棄の、引き金となった戦争。

 その最初の最初は、ヨッテンソームにあった砦を落としたことから始まる。

 ヨッテンソームは共和国と共謀し、オランジェス王国を追い込んでいた。

 この、オランジェスを取り込む計画を崩した一穴をあえて挙げるなら、それはヨッテンソームの砦攻略から、と言えるだろう。


 エルミアルダは目を細め、じっと俺を見つめる。


「坊やは……ルースオマ周辺で、商会の荷を襲っていた山賊を退治したわよね?」

「…………は?」


 しかし、エルミアルダの話した内容は、俺の予想とはまったく違うものだった。


「坊やの仕事じゃなかった?」

「あ、いや……確かに、そんな仕事をやった憶えはある。」


 確か、ベリローゼと初めて会った時にやったのが、山賊退治だ。

 もっとも、最初は山賊のアジトを探すだけのつもりだったのだが。

 山賊たちにとって都合の悪いことに気づいてしまった俺たちは、追われることになった。


「ちょっと待ってくれ。何でそんな仕事が、共和国の情報屋ギルドに伝わっているんだ? こう言っちゃなんだが、あんな仕事はいくらでもあるだろう? それを、帝国ならともかく、共和国の情報屋ギルドが持ってるなんて。」

「そうね。普通は、こんな仕事には誰も注目しないわ。少してこずっていた山賊を、どこかの傭兵が退治した。それだけの仕事だもの。」


 エルミアルダの言う通りだ。

 だが、そこに共和国の情報屋ギルドが注目したという事実を重ねることで、これまで見えていなかったものが見えてくる。


「…………共和国の、人間なのか? あの山賊に…………指示を出してた奴は。」


 まったく動きを見せず、未だに掴めなかった山賊の黒幕。

 山賊が持つには不釣り合いな精緻な地図を貸し与え、荷を襲わせていた依頼者(クライアント)。

 俺の予想に、エルミアルダが口の端を上げた。


「半分は当たりね。」

「半分?」


 どういうことだ?


「本当なら、こんなこと教えてやる義理はないのだけど。上からは、なるべく協力しろって言われているから教えてあげるわ。」


 そう言って、エルミアルダが足を組み替える。


「あの山賊を使ってたのは、評議会よ。」

「評議会? 評議会って、共和国の?」


 俺がそう言うと、エルミアルダが頷く。


「何で、共和国の評議会があんな山賊を……。」


 さっぱり意味が分からず、俺はぼふっとソファーに寄りかかった。

 ターラッツォの胸が、ポヨンと跳ねた。

 ……だから、真面目な話してる時に遊んでんじゃねーよ、馬鹿野郎。


「共和国の人間って意味では、確かにその通りよ。でも、厳密には人間じゃない。評議会という組織が、あの山賊を使った。使う必要があった。」

「評議会という、組織……。」


 俺が混乱しているのが楽しいのか、エルミアルダが満足そうに微笑む。


「答えが知りたい?」

「是非、ご教授願いたいね。」


 俺は身体を起こし、少し前のめりになる。

 そうして、さっさと話せ、と圧をかけるように真剣な目を向ける。


「数年前から、共和国ではちょっと困った『お薬』が出回っていたのよ。吸うと気持ちよーくなっちゃうやつね。」

「それって……。」


 麻薬?

 この世界で何と言うのか分からないが、その薬は中毒性が高く、常習すると他に何もしたくなくなるらしい。

 スラム街などに、無気力な中毒者(ジャンキー)が出始めた。


「少量ならそこまでではないし、まだ蔓延というほどではないのだけど、徐々に社会に浸透していってね。評議会では、この薬のことがちょっとした問題になっていたの。」

「その薬が、あの山賊とどう繋がるんだ?」

「そんなの、言わなくても分かるでしょ?」


 エルミアルダにそう言われ、俺は考える。


「出所が、あの襲っていた商会?」

「残念。そこまで明確に出所が分かっていれば、あんなに派手にやることはなかったの。」


 薬が、どうやらネプストル帝国から流れてくるらしいことを突き止めた評議会は、さらに調査を進めた。

 しかし、完全には出所を押さえることができなかった。


「これまでの流通経路を調べ、帝国から共和国に荷を送っていた、いくつかの商会が浮かび上がった。」

「それで、荷を襲っていたのか……掻っ攫った荷を検め、薬が隠されていないか徹底的に洗った。」

「山賊たちがやっていたのは、怪しげな荷を調査班に引き渡すところまでね。」

「だから、奪った荷がなかったのか……。」


 黒幕に引き渡しているのかもしれないとは思ったが、調査が目的だったとは。


「ところが、怪しい商会の荷を浚っても、肝心の薬が出てこない。そのうち、襲う荷馬車を特定の商会に限定せず、幅広く、まったく違うパターンで選び出すようになった。ロクな根拠も無しにね。」

「無茶苦茶だな。で、成果は?」


 俺がそう聞いてみても、エルミアルダはとても楽しそうな笑みを浮かべるだけだった。

 当然の如く、空振りだったのだろうけど、何でエルミアルダ(こいつ)はこんなに楽しそうなんだ?


「そうして、派手に暴れた山賊は退治された。評議会がもっとも懸念したのは、山賊の首領が口を割っていないか。その一点よ。」


 山賊の首領は、共和国軍の騎士だったらしい。

 特殊な【加護】を持った有用な騎士だが、素行が非常に悪かった。

 正規軍の中では、規律を乱す行動ばかりのため問題が多かった。

 そこで、特殊な作戦に投入し、自由な裁量を与えた。

 やることをきちんとやっていれば、あとは自由にしろ、と。


 あの【隠蔽(ハイディング)】という【加護】があれば、そうそうやられることはない。

 そう考えての抜擢だったが、その【加護】持ちがやられてしまった。

 この事実に、評議会は肝を冷やした。

 評議会が何よりも怖れたのは、山賊と評議会の繋がりの露見だ。

 しかし、やられはしたが生きて捕えられたわけではない。

 そのことが分かると、この作戦の担当者は胸を撫で下ろした、というわけだ。


 評議会からすれば、素行不良の騎士が殺されようが、どうでも良かった。

 そして、貸していた地図も、それは同じだ。

 だから、山賊を退治した傭兵団に、報復しようなどとは微塵も考えなかった。


「傭兵団、『暁の脳筋団』の団長レイン。そして、団員のリコ。二人の名前が共和国の情報屋ギルドによって評議会に報告された。まあ、どちらも然して珍しい名前ではないし。ただ名乗っても、注意を向けられることはないわ。」


 そう言いながらも、エルミアルダの目が鋭いものになる。


「でも、帝国の傭兵という情報と紐づけられれば、話は別。悪いことは言わないわ。帝国に戻るまでは、帝国で活動する傭兵であることは黙っていた方がいいわね。」


 エルミアルダの話を聞き、俺は内心で冷や汗をかいていた。

 ドワーフたちの解放が済んだら、傭兵の仕事を探そうと思っていたのだ。

 もちろん帝国に戻ってからのつもりだが、荷馬車の護衛などで丁度いい仕事があれば、共和国内の移動でも依頼を受けるのもアリかと考えていた。

 その際、傭兵の登録証を見せる必要が出てくる。

 今は情勢的に微妙なため、帝国での登録証を出さず、新人として受けようかとも考えていたが。


(しっかし、薬の出所を探ってたのか……。悪いことをしたかな?)


 そう思わなくもないが、手段が滅茶苦茶だったのも確かだ。

 荷馬車を襲う山賊と聞けば、退治一択しかない。

 あんな手段を容認している時点で、評議会も同罪と言えた。


「それで? 薬の方は、今はどうなんだ?」

「多少はマシになったみたいね。今は、帝国との国境は封鎖しているから。」


 とはいえ、完全に止まったわけではないようだ。

 俺たちが密入国したように、街道以外に密輸するルートがあるのだろう。

 今では、ヨッテンソームやオランジェスも帝国だ。

 帝国と国境を接する場所が多すぎて、とてもすべてを防ぎきれないのだろう。


 そうして、エルミアルダがソファーに寄りかかる。


「それで? ターラッツォの所に顔を出したのなら、坊やも何か用があったのではなくて?」

「ああ、帝国の情報屋ギルドとコンタクトを取って欲しいんだ。」


 俺がそう言うと、エルミアルダが露骨に嫌そうな顔になる。


「面倒ねえ……。わざわざ情報を仕入れるの?」

「マダム・エルミアルダがすでに掴んでいるなら、それで十分なんだけど。多分、これは興味ないだろうから。」

「どんな情報?」

「教会。」


 俺がそう言うと、エルミアルダが眉をぴくりと動かす。


「……………………やめておきなさい。」

「前も、ルースオマの情報屋ギルドの人に言われたよ。」


 マシークにも忠告をされていたが、あの頃とは少々事情も変わってきた。


「今回、ドワーフの解放で手を借りた連中への報酬なんだ。やばいネタだろうと、これは引くわけにはいかないんだ。」


 エルミアルダは一度目を閉じ、そうして溜息をつく。


「教会の、どんな情報が欲しいの?」

「指名手配されている、魔王信奉者(サタニスト)について。」

「魔王信奉者(サタニスト)……?」

「ああ。」


 エルミアルダの呟きに、俺は頷く。


「現在、魔王信奉者として指名手配されているメッジス、ウラコー、ホーマーの三名は魔王信奉者じゃない。」

「知り合いなの?」

「ああ、以前一緒に仕事をしてる。魔王信奉者どころか、むしろ熱心なアウズ教の信者だ。」


 俺は、リベルバースの塔のことや、メッジスたちから聞いた、いきなり捕縛されたという話を伝えた。


「尋問では、まったく話を聞こうとしなかったらしい。」

「そりゃ、口ではいくらでも誤魔化せるし。当然ね。」

「そうかしれないが、危険なリベルバースの仕事を完遂したメンバーだ。命懸けで手に入れてきた象徴(シンボル)を偽物と断じ、言い分も聞かずに魔王信奉者として指名手配した。俺は、これは仕組まれたんじゃないかと思ってる。」

「仕組まれた? …………誰によ?」


 エルミアルダの問いに、俺は首を振る。


「それを、調べて欲しいんだ。象徴(シンボル)を偽物と断定した根拠は何だ? 誰も見たことのない象徴(シンボル)を、なぜ偽物だと分かった? あの三人だと断定した根拠は? もし仮に、三人が象徴(シンボル)をちょろまかしたとしても、それが何で魔王信奉者なんて話になるんだ? 小金を稼ぐためだってあり得るだろう?」


 俺がそう言うと、エルミアルダが俯いて考え込む。

 苦り切った顔でしばらく考えていると、ゆっくりと視線を上げた。


「………………期待はしないでちょうだい。問い合わせてはみるけど、白紙で返ってくる可能性の方が高いわ。」

「それは仕方ないと思ってる。でも、もし間違いなら、何とかしてやりたいと思うんだ。」

「そう……。」


 俺は、エルミアルダに一つ聞いてみた。


「なあ、何で情報屋ギルドはそんなに教会を怖れているんだ?」

「ちっ……!」


 俺がそう聞くと、露骨にエルミアルダが舌打ちした。

 すっげーしかめっ面(つら)!


「そんなに聞かれたくないことなのか?」

「当然でしょ!?」


 エルミアルダは盛大に溜息をついた。


「あれだけの巨大組織。それも、信仰の度合いなんて誰にも見えないわ。はっきり言えば、私たちの懐にも、どれだけの虫が潜んでいるか分からないのよ。」


 一言で信者だと言っても、信仰の篤さは人それぞれ。

 ギルドへの忠誠と、教義への忠誠。

 どちらが勝っているかなど、本人にしか分からないのだ。

 本気で情報屋ギルドが教会に反目するスタンスを採れば、どれだけの裏切者が出るか。

 信仰とは、それほどに恐ろしい『毒』だとエルミアルダが言い放つ。


「いいのか、そんなこと言って。」


 そう、俺はツフワースとターラッツォを見る。


「娼館(ここ)にいるのは大丈夫。もしダメなら、諦めがつくくらいには信を置いているわ。」


 エルミアルダの言葉に、ツフワースは頷き、ターラッツォは大胸筋で答えた。

 だから、それやめろって。


 しかし、用心深いエルミアルダが、そこまで信用するとは。

 まあ、そうした者たちで固めているからこそ、敵地で拠点を作るような危険な任務を達成できたのだろうけど。


 それはそれとして、俺は一つ用事を片付けることにした。

 きょう娼館(ここ)に来るまではなかった、新たにできた用事だ。


「もう一つ、頼みたいことがあるんだけど。」

「まだあるの?」


 エルミアルダが、本当に嫌そうな顔になる。


「これは、そっちにも利がありそうなことなんだけどな。」


 そう言って、俺は魔法具の袋から剣(ソード)を取り出す。

 武器を取り出したことで、ツフワースとターラッツォが一瞬警戒したのが分かった。


 俺は、ドワーフの作った武器や防具の、一部売却を考えていた。

 ただ、慌てて売ることもないかと考え、売却する分の選定もまだ終わっていない。

 しかし、先程の話で少々事情が変わってしまった。

 元々共和国にいる間は、帝国の傭兵であることを隠して仕事を受けようかと思っていたが、それもしばらくは自重した方がいいかもしれない。

 そのため、少しまとまった金額を現金化する必要ができてしまった。

 本当に金が尽きてから慌てて叩き売るくらいなら、早めに少し売って、余裕をもっておきたい。


「丁度鑑定屋もいることだし、買い取りを頼みたい。ドワーフ製だ。」

「収容所から盗ってきたの? 手癖の悪いこと。」


 そう言いつつ、エルミアルダは後ろのターラッツォに目配せする。

 ターラッツォは俺から剣(ソード)を受け取ると、鞘から抜いた。


「ほぉ……。」


 剣身を見て、溜息をもらす。

 ソファーから離れると、軽く振ってみる。


「かなり上等な剣(ソード)だと思うが、どうだ?」

「ああ、悪くない。……ただ、ドワーフ製にしてはいまいちだ。」

「そりゃしょうがない。嫌々作らされてた物だからな。」

「…………確かに。」


 ターラッツォは剣(ソード)を鞘に収めると、エルミアルダを見る。


「今、うちの連中が使っている物よりは、遥かに上等な剣(ソード)と言えます。」

「そう。貴方ならいくらで引き取る?」

「四百、といったところでしょうか。」


 ターラッツォが、買い取り価格を提示する。

 だが、そこで俺は声を上げた。


「おいおい、ドワーフ製の剣(ソード)を、たった四百万だって? 冗談はよしてくれ。」


 そう言って、俺はターラッツォに手を差しだす。


「マダム・エルミアルダにはこれからも世話になると思って、優先して話を持ってきたんだ。けど、買い叩かれるなら他に持って行くさ。」


 先程思いついたエルミアルダへの売却を、恩着せがましく言ってみる。


 俺はターラッツォから剣(ソード)を受け取り、魔法具の袋に仕舞う。

 エルミアルダは顎に手を添え、少し考える。

 ターラッツォに視線を向けると、再度尋ねた。


「今使っている剣(もの)より、上等なのね?」

「それは間違いありません。」

「そう……。」


 やや細められた、鋭い目を俺に向ける。


「分かったわ。四百五十。これ以上は出せない。」

「ふーむ……。ちと不満はあるが…………まあ、いいか。マダムには面倒をかけるしな。」


 そう言って、俺は魔法具の袋に再度手を入れる。

 そうして剣(ソード)を取り出した。

 ただし、先程の剣とは違う、も(・)う(・)少(・)し(・)質(・)の(・)良(・)さ(・)そ(・)う(・)な(・)剣(・)を(・)。


「おっと間違えた。…………まあ、いっか。」


 そう言って、にやりと口の端を上げる。


「あと三本ほど売りたいと思っているんだけどさ。さっきのが四百五十だとしたら、こ(・)っ(・)ち(・)は(・)い(・)く(・)ら(・)で(・)買(・)い(・)取(・)っ(・)て(・)く(・)れ(・)る(・)?」


 俺がそう言うと、エルミアルダの額に血管が浮き上がった。


 この、クソガキ……。

 エルミアルダの顔には、そう書いてあった。





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