第64話 いつかの誓い
帝都ラジブールから二週間ほどをかけて、俺たちはルースオマの街に帰ってきた。
「それじゃ、いつも通りな。」
「ピイ!」
街の入り口に差し掛かり、俺はピイを空に放つ。
そうして、ルースオマに滞在する時にいつも泊まる宿屋にチェックイン。
部屋に入ると、すぐにベリローゼが窓を開けた。
窓が開けられると、ピイが窓から入ってくる。
ピイは部屋の天井をぐるっと一回りすると、俺の左肩に止まった。
「お帰り、ピイちゃん。」
「ピイ!」
レインがピイの首を掻いてやると、気持ち良さそうに首を伸ばす。
最近は、こうしてチェックインの時にピイを空で待機させるようにしていた。
というのも、
「動物を連れ込むのは、ちょっと……。」
と、帝都から戻る道中で、ピイを入れることを嫌がる宿屋があったからだ。
以前の、怪我をして飛べなかった時は文句を言われることはなかったが、あの時は「怪我をした鳥を保護した」と言えた。
翼に包帯を巻いたりしていたので、宿屋の主人も痛々しいピイの姿に同情してくれた。
しかし、元気に飛び回るピイは、どう見てもペットでしかない。
包帯を巻いて偽装することもできるが、それも面倒だ。
もしピイが主人にバレても、「窓を開けたら勝手に部屋に入ってきた」と言い逃れる所存である。
まあ、誤魔化しきれず宿を追い出されたら、別の宿を探せばいいだけだし。
宿屋では、俺たちは一つの部屋で過ごすようになった。
以前は、シングルとツインを一部屋ずつ取っていた。
だが、今はツインの部屋を一.五倍の値段を払う形で、三人分の宿を確保している。
なぜかと言うと、レインとベリローゼが難色を示したからだ。
ティシヤの王城に籠っている時はお互いに日課もあり、そこまで警戒しないのだが、ティシヤを出ると二人は常に警戒をするようになった。
そうすると、俺がシングルの部屋に一人で泊まると都合が悪いというわけだ。
「自分の身くらい自分で守るが?」
と言っているのだが、二人は俺の家臣になったという意識が強い。
レインは騎士として。ベリローゼは女中として。
主を求めていたのだ。
なので、三人で一部屋を使うようになったわけだが、そうすると少々困ったことが起きる。
宿代が跳ね上がるのだ。
俺たちが選ぶ宿屋は、やや安宿寄りのランクだ。
そうした宿屋には、シングルとツインはあっても、トリプルはない。
四~五人用の大きな部屋になってしまうのだ。
そうなると当然宿代が高いので、俺たちはツインの部屋に三人分の宿代を払って泊まれるよう、毎回交渉している。
こうしたちょっとした交渉も、レインやベリローゼにやらせるようにして、二人の社会勉強の教材にしていた。
中には大きな部屋に泊めさせたいために、ごねる宿屋もあるのだ。
まあ、宿屋からすれば、ごねてるのは俺たちの方だろうけど。
素直に大部屋に泊っておけよ、と。
それでも、ツインの部屋で三人分の料金を取れるのだから、宿屋としてもそう悪い交渉でもない。
基本的には、スムーズに交渉がまとまる。
そして、この世界の宿屋に、エキストラベッドなどない。
当たり前の話だが、シングルのベッドが二つ並んでいるだけなのだ。
そのため俺が一つのベッドを使い、レインとベリローゼは窮屈そうに二人で一つのベッドを使っている。
それが嫌なら、俺にシングルの部屋を確保すればいいだけ。
二人が自分たちで考えた上で現在の形にしているため、俺もそこは好きにやらせていた。
とりあえず宿も確保し、俺たちはいつもの食堂に向かった。
情報屋ギルドとコンタクトを取るための食堂だ。
「…………普通に混んでるな。」
「まあ、時間が時間だしね。」
俺たちがルースオマに着いたのは、夕方。
普通に書き入れ時のため、奥の衝立も片付けられていた。
「どうしましょうか。また、改めて来ますか?」
「いや、いいだろ。顔を出せば、俺が繋ぎたがっていると伝わるだろうし。夕食を済ませよう。」
食堂の中ほどに空いてるテーブルを見つけ、そこに座る。
さすがに混雑している時間帯にピイを入れるのは迷惑になるので、屋根の上で待機させる。
宿に戻ったら、豆とじゃがいもを与えればいい。
ピイは雑食性のようで、何でも食べる。
しかも、乾燥した豆でも、生のじゃがいもでも全然いけるので、非常に楽だ。
ただ、量だけは結構食べるので、そこだけが難点ではある。
単純な量だけで言えば、おそらく俺の食べる量とあまり変わりないと思う。
そうして俺たちは、肉を中心にがっつり注文した。
普段の食事は本当に豆とじゃがいもばっかりなので、店で食べる時はどうしても肉がメインになってしまう。
燻製肉は高いし、生肉では日持ちしない。
そのため、少量の燻製肉をストックしておくものの、スープの具の一つとして使うくらいが関の山だった。
肉を食った、と実感できるのは、こうして店で食べる時くらいだ。
「少し、稼ぐことも考えないとなあ。」
フリカデレという、ハンバーグもどきをもっしゃもっしゃと頬張り、金策を考える。
挽肉を平べったくして焼いた物だが、正直ぼそぼそだ。
玉ねぎを入れたり、つなぎを入れたりしない、本当にただ肉を丸めて平べったくしただけの物。
ハンバーグというよりは、ハンバーガーのパティを分厚くしたような食べ物である。
そこに固いパンを千切り、しょっぱい酢と何かの油を混ぜたようなソースに付けて、口に放り込む。
意外なことに、こうして食べると結構いけるのだ。
それぞれを単体で食べることもできるが、合わせることで「あれ? 意外に美味いんじゃね?」となる。
そうして頬張っていると、レインが真剣な顔をして聞いてくる。
「どうする? ルースオマで仕事を探す? それとも、ビゼットに戻る?」
「ビゼットよりは、こちらの方が依頼は多いと思います。」
レインとベリローゼの意見に、俺は黙って耳を傾ける。
というか、もぐもぐと咀嚼しているため、返事ができない。
「しばらく……戻るつもりはないのよね? そうすると、わざわざビゼットまで行くこともないのかな。」
「そうですね。明日にでも、傭兵ギルドに行って仕事を探してみましょう。それでいいですか。」
ティシヤに、という名称を出さず、しばらくは戻らない方針を確認するレイン。
それならば、ルースオマで仕事を探そうと、最終確認をベリローゼが求めてくる。
俺はごくりと、口の中の物を飲み見込むと、水をがぶがぶ飲む。
味はいいのだが、どうにも喉が渇くな、これは。
「……基本はそれでいいが、一つ忘れないようにな。」
「一つ?」
「忘れないように、と言うと? 何でしょうか。」
俺は、一応の留意事項伝えるため、少し声を落とす。
騒がしい店内なので、普通に話してても誰にも聞かれはしないだろうけど。
「エザルバ子爵領の南は、もう辺境伯領だ。その辺境伯領には何がある?」
「…………国境。」
「共和国、ですね。」
俺の言いたいことをすぐに察し、二人が真剣な表情になる。
現在、帝国と共和国は戦争準備状態なのだ。
それも、いつ開戦してもおかしくないほど、緊迫した状態。
「いつ戦端が開いてもおかしくない。それを留意した上で、今後の活動方針を考えるように。」
俺がそう言うと、レインとベリローゼが顔を見合わせ、再度考え始める。
それぞれが、どうするべきかを自分なりに考えていた。
この二年間で変わったことの一つ。
俺は、こうして二人に考えることをさせていた。
これまでは割と、俺の独断であーするこーすると、決めることが多かった。
勿論、それぞれの意見を参考にすることはあるが。
以前のレインは、ただ自分の希望を言うだけ。
ベリローゼは、一歩引いて俺たちに合わせるだけ。
そうではなく、俺たちにとって最善は何か、を念頭に置くように訓練しているのだ。
最終的に決定するのは俺だし、場合によっては鶴の一声でひっくり返すこともある。
だが、それでもいい。
常に二人が『俺たち三人にとっての最善』を考えるように、普段から訓練をさせていた。
主の命令だけ聞いていればいい。
確かに、家臣に求められる忠実さは大事だ。
しかし、そんなのは多くの家臣がいるならば、だ。
それぞれで役割分担できるならば、そうした「命令にただ従うだけ」の忠実な家臣も必要だろう。
ところが、少ない家臣がイエスマンだけでは、すべての判断と決定を俺が下す必要がある。
それでもいいと言えばいいのだが、俺はレインとベリローゼに、もう一段上の役割を求めた。
それぞれに考えさせ、それぞれに意見を出させる。
そうしてそれらの意見に対しての俺の考えを伝え、俺が何を考え、何を好み、どう選択するのか。
一つひとつ理由を説明するようにしていた。
俺は二人が考えている間に、パンを手に取る。
そこにフリカデレを乗せ、ソースをかけた。
付け合わせの野菜も乗せ、もう一つパンを乗せて完成である。
「ちょっと不格好だけど……。」
そうして俺は即席のハンバーガーもどきを両手で持つと、大きく口を開けてかぶりついた。
やっぱり、ちょっとぼそぼそしているが、味は悪くない。
いや、結構美味しい。
もう少しジューシーになるようにしてやれば、意外と売れるんじゃないか、これ。
「…………何、してるの?」
俺がもしゃもしゃとハンバーガーもどきを食べていると、レインが不思議そうに尋ねる。
「気にするな。いちいち切ったりするのが面倒だから、かぶりつけるようにしただけだ。あーん……もぐもぐ。」
フリカデレを二枚に重ねれば、ワンパウンダーも作れるな、これなら。
もぐもぐと咀嚼しながら、スライスチーズと玉ねぎも欲しいなあ、などと考える。
そんな、普段とはちょっと変わった夕食だった。
食堂から宿屋に戻り、ピイのお食事タイム。
テーブルの上のピイは、俺が手に持ったじゃがいもを啄み、ご満悦である。
「……リコ様。」
そうしてくつろいでいると、ベリローゼがやや緊張した声で俺を呼んだ。
宿屋なので、廊下を人が行き来することは普通にある。
だが、今廊下にある気配は、俺たちの部屋の前で止まった。
レインがドアの前に立ち、ベリローゼが俺の前につく。
俺はこの気配の相手に見当がついているので、そのままピイの食事を続けた。
コンコン。
部屋のドアがノックされるが、レインとベリローゼは警戒を解かない。
部屋の外の気配は動かず、少し間を置いて声をかけてきた。
「俺だ。今平気か。」
「ああ、わざわざ悪いな。レイン、開けてやってくれ。」
レインが剣にかけていた手を下ろすと、ドアの鍵を開ける。
ドアが開くと、部屋に入ってきたのはマシークだった。
「もう戻ってきたんだな。ほとんどトンボ帰りだったんじゃないのか。」
「まあ、大した用事でもなかったからな。」
俺はマシークに席を勧めると、ベリローゼにピイとじゃがいもを渡す。
レインは黙ってドアの前に立ち、ベリローゼが俺の後ろについた。
ちなみに、ベリローゼはキリッとした顔で俺の後ろに立っているが、ピイの食事を引き継ぎ、じゃがいもを食べさせている。
そんなベリローゼを、少し羨ましそうにレインが見ていた。
マシークは二人の動きに一瞬視線を向けるが、何も言わない。
そうして、にっこりと笑顔を浮かべた。
「まず、これを先に返しておこう。思った以上に精緻な地図で、上層部も驚いていたよ。」
マシークが言いながら取り出したのは、貸し出していた大きな地図。
俺が帝都と往復している間に、きっちり複製できたようだ。
俺は受け取った地図を一枚一枚、慎重に確認した。
実のところ、これらの地図には、俺が付け加えた目印が入っている。
地図の裏面にサラッと描いた分かりやすい目印と、もう一つ別の、表面にバレないように付けた印だ。
元々若干の汚れなどもあるため、どれが俺の付けた目印か、見ただけでは分からないだろう。
そうして俺がすべての地図の目印を確認すると、マシークが苦笑する。
「そんなに慎重にならなくても、すり替えたりしないが?」
「分かってるさ。それをはっきりさせるために確認しているんだ。……変に疑われたままじゃ、そっちも気分が良くないだろう?」
すり替えられたかも、なんて変に疑い、疑われていては、お互い気持ち良くお付き合いができなくなる。
そうしたことを防ぐための、礼儀のようなものだ。
すべての地図を確認し、俺は一つ頷く。
「確かに。」
「それは良かった。」
地図を魔法具の袋に仕舞うと、俺は早速マシークの言っていたことを尋ねる。
「それで? まずは、って言ってたな。何かあるのか?」
足を組み、そう話を振ってやると、マシークはやや真剣な面持ちになって頷いた。
「いくつ情報が流れてきた。お前さんの興味のありそうなのがな。」
「聞かせてもらおうか。」
俺が先を促すと、マシークが最初に開示したのは、帝都での変事だ。
「何でも、帝都で大逆未遂事件があったらしい。いくら無許可とはいえ、湖に船を出すだけで大逆と看做すのはどうかと思うが、結構な騒ぎが起きたようだ。」
「…………へえ。」
俺はすんとなって、その話を流す。
もう忘れたいんだよ、そのことは……。
「帝都に行っていたんだから、この話は聞いているか?」
「まあ、聞いてはいるけど。……別に興味はないな。」
マシークは微妙な顔になり、軽く肩を竦める。
「変わってんな。今は、みんなこの話で持ち切りだってのに。何でも、五十年振りくらいのことらしいぞ。」
「あ、そう……。」
徹頭徹尾、興味ナッシングの態度を貫く。
そこを掘り下げられても、ロクなことにならないからな。
「じゃあ、こっちは興味あるだろ。」
そう言ってマシークが開示したのは、教会の介入だった。
「何でも、この件について総大主教に御神託があったらしい。帝都に魔王の力を感じる、この大逆未遂は魔王の手先の仕業に違いない、と。」
「……………………は?」
そのとんでもな言いがかりに、俺は思わずぽかんとなる。
(いやいやいや、いい加減にしとけよ、教会! 何が魔王の手先じゃ、ぼけ!)
やらかした本人からすると、あほ言うなや、という感じだ。
…………が、それを俺が否定しても「何で違うって知ってるんだ?」という話にしかならない。
俺はやれやれ……といった感じに首を振る。
「本当に好き放題言ってんのな、教会は。魔王関連じゃ、誰も否定する材料なんか持ってるわけないし。言いたい放題じゃねーか。」
「お前は、教会のこの話を信じない?」
「前にも聞いただろ? 教会って、何かありそうじゃねって。誰も証拠を出せないのをいいことに、吹いてるだけなんじゃねーの?」
「何のために?」
「知らないけどさ。信者集めに使えるとでも思ってんじゃないか?」
ふむ……と、マシークが少し考える。
「確かに、魔王の復活ともなれば、みんながこぞって教会を頼るだろう。信者じゃなくてもな。教会には魔王討伐の実績がある。実際に動いたのは帝国を中心とする各国の首脳たちだが、教会の働きかけから始まっているわけだしな。」
「オランジェスやヨッテンソームで、布教や改宗を熱心にやってんだろ? タイミングが良すぎる。信者獲得を加速するためのダシに使われてんじゃないのか?」
俺がそう言うと、マシークが何度か頷いた。
「ありえそうな話ではあるな。一つの見方としては面白い。」
そこで、マシークが苦笑する。
「しかし、お前は本当にアウズ教徒か? そこまで教会を疑うなんて……。」
「教会だからって、何でも正しいわけじゃないだろ? 御神託とやらだって、どこまで本当のことか。」
「お前は総大主教も疑ってるのか!?」
「当たり前だ。会ったことも話したこともないんだぜ。むしろ、何でみんなそこまで信じるんだよ? 俺からすれば、そっちの方が不思議なくらいだ。」
俺のあまりの暴言に、マシークが大変苦し気な表情になった。
そんなマシークを指さし、俺は絶対的な事実を突きつける。
「教えを否定するつもりはない。ただ、人が介する以上、そこに恣意が紛れることは不可避だ。違うか?」
実際は、教えとやらもロクに知らないけどな。
アウズ教徒であることを否定してしまうと、帝国ではかなり生きづらいので、アウズ教徒のフリはしておいた方がいい。
「まあ、言いたいことは分かる。解釈の違いで、教会内部で対立するようなことも無かったわけじゃないからな。」
どうやら、教会も一枚岩というわけではないようだ。
巨大宗教なら、宗派くらいはあっても不思議はないしな。
だが、そこでマシークは真剣な表情で俺を見た。
「……あまり、他で言わない方がいいぞ。お前の信仰は、少々過激だ。受け止めようによっては――――。」
「忠告に感謝する。心配しなくても、他では言わないよ。」
マシークには、俺が魔王関連の情報を集めていることや、魔王信奉者の動向を気にしていることを、すでに知られている。
少々変わった信仰との向き合い方をしている、くらいには思われているだろう。
そこでマシークが一つ咳払いし、少し話を変える。
「その教会絡みで、帝国軍に再編が行われるらしい。」
「帝国軍? 教会絡みで?」
帝国軍と教会に、何か繋がりがあるのだろうか。
「ヨッテンソームは反帝国の感情が渦巻いてるからな。治安に不安があっちゃ、布教に専念できない。総大主教が治安活動を強化しろと、皇帝陛下に直訴したようだ。」
「それ…………飲んだのか?」
「ああ。それで帝国軍の一部を再編し、ヨッテンソームに送るらしい。」
皇帝、教会の言いなりやんけ!
「まじか…………まあ、魔王領に討伐隊を送ったのも、教会が言ったからって話だしな。……もしかして、皇帝陛下って教会に甘々?」
「信仰する心が篤い、とは言われているな。」
「それさ、帝国軍の連中はどう思ってるわけ?」
「当然、快くは思っていないようだ。陛下に対してではなく、陛下をいいように使う総大主教に対してだが。……今のところは軍の上層部が上手く兵士たちを宥めているようだが、その上層部だって面白くはないだろうな。」
帝国軍の中には、教会に対しての不満が燻っているらしい。
しかし、帝国軍を預かる将軍たちは兵士からの信頼があるらしく、何とか宥めているそうだ。
それにしても……。
「よく、それだけの情報がぽんぽん流れてきたな。俺たちが帝都を発ったのは、騒ぎの起こった次の日だぞ?」
そして俺たちは、真っ直ぐにルースオマに歩いてきた。
普通の噂の流れ方ではない。
「言ったろ? 今、この話で持ち切りなんだ。どんどん更新もされて、錯綜する情報を整理するのも大変なくらいだ。」
情報屋ギルドの通常の情報伝達だけでなく、様々な所から、様々な関連情報が飛び込んでくる。
ガセネタに警戒して裏取りを進めているが、とにかく界隈は大騒ぎらしい。
「それでも、ルースオマは帝都から割と離れているからな。ある程度しっかりと裏取りされた情報だけが来る。……帝都周辺のギルドの連中は、それこそ寝る間もないほどに忙しいだろうよ。」
そう、マシークは疲れた顔をして言う。
あまり情報が押し寄せてきては、流れてくる情報を憶えるだけでも大変なのかもしれない。
「……それと、最近になってちょっと毛色の違った情報が手に入った。」
「毛色の違う?」
「ああ、ホルスカイト共和国の情報だ。」
「共和国……。」
なぜ、共和国の情報が手に入ったんだ?
街道は軍が封鎖しているという話だったが、少しは流れがあるのだろうか。
それとも、正規のルート以外に共和国と行き来できる?
「それはどんな情報だ。」
「共和国の戦力に関わる情報だな。帝国が戦力を整えている以上、向こうも当然戦力を整えている。……それによって、思った以上に帝国は苦戦するかもしれないって、そんな情報が流れてきたんだ。」
共和国の戦力に関わる情報とは。
平時ならともかく、戦争準備に入っている今の段階では、かなり機密に近い情報だろう。
よくもまあ、そんな情報を手に入れたものだ。
「その、戦力に関わる情報ってのは、具体的にどんな情報なんだ?」
具体的な内容を促すと、マシークがやや厳しい顔になった。
「どうやら、共和国はドワーフ族の武器や防具を調達しているらしい。」
「ドワーフの、武器……?」
確認するように呟くと、マシークが重く頷く。
「ドワーフ族の作る武器や防具は、とにかく質がいい。職人として腕がいいのもあるんだが、人では扱いの難しい鉱石なんかも材料にしていて、これがとにかく厄介だ。」
同じ技量の兵士なら、当然ながら質のいい武器防具を手にしている方が有利だ。
人の作った剣なら鎧で止まっていた斬撃が、ドワーフの剣では止まらない。
人の作った鎧なら貫けるはずが、ドワーフの鎧なら止まる。
そうしたことが起きるほど、その品質には差があるらしい。
(……まあ、それは俺も実感してるしな。)
俺自身、ドワーフ族のドドナッツォの作った短剣を譲ってもらい、使っている。
その切れ味の確かさは、人の作る剣を陵駕すると思う。
マシークの話を聞き、俺は足を組み替え、そっと息をついた。
「ドワーフ族は、共和国についたか……。」
まともにぶつかり合えば、共和国に勝ち目は無い。
二年前にオランジェスとヨッテンソームを手に入れ、帝国の一強状態になってしまった。
おそらく裏ではロズテアーダ修王国も共和国についているだろうが、どうやらドワーフ族も共和国支援に回ったようだ。
反帝国の勢力を結集しないと、もはや帝国に対抗することは難しい。
それほどまでに、帝国は強大になってしまった。
だが、俺の呟きにマシークが眉を寄せて、訝し気になる。
「ドワーフ族が共和国につく……? 何を言っているんだ? それとも、何か情報を掴んでるのか?」
「ん?」
帝国一強に対抗しようとか、そういう話じゃないのか?
「ドワーフ族は、確か独自の信仰を持ってるって話だよな? 帝国が共和国を落とせば、いずれ大陸は完全に帝国が支配するようになる。それはつまり、アウズ教が大陸で唯一の宗教になることを意味する。それを嫌って、ドワーフ族が共和国に協力。そういうことじゃないのか?」
俺が、考えていたことを伝えると、マシークが一瞬ぽかんとする。
そうして「なるほど、なるほど……」と小さく呟いた。
「お前の言うことも、確かに筋は通るな。……だが、大事な視点が抜けている。」
「大事な視点?」
「ああ、ドワーフ族の協力なんか、共和国は求めてやしないってことだ。」
「はあ……? いや、だってさ、さっき言ってただろ。『ドワーフ族の武器防具を調達』してるって。」
「ああ、そうだな。」
「だったら……――――っ!?」
そこまで言って、俺も気づく。
協力など得ずとも、武器防具を調達する方法。
「奪ってる……? 若しくは、無理矢理作らせてるのか?」
「その通りだ。共和国は、ドワーフの集落の一つを襲撃し、職人たちを捕まえたらしい。」
そうして捕まえたドワーフたちに、無理矢理、武器や防具を作らせているのだと言う。
ドクンッ!
その時、心臓に何かが刺さったかのように、鋭い痛みが胸を貫く。
それと同時に、怒りが脳天を突き抜ける。
「リコッ!?」
「リ、リコ様っ!?」
「ピイピイッ!」
突然膨れ上がった俺の怒気に、レインやベリローゼが焦ったような声を上げる。
俺は無意識に胸を押さえ、心臓を抉り出さんとばかりに、爪を立てた。
「ウグ……グググゥ……ッ……!!!」
「お、おい!? 大丈夫か!」
胸を押さえ、テーブルに突然倒れ込んだ俺を見て、マシークが焦る。
「ピイ! ピイ!」
バサバサバサッと、倒れ込んだ俺の前にピイが下り立つ。
テーブルに突っ伏した俺の横に、レインとベリローゼもやってくる。
二人は俺をベッドに移そうとするが、俺はその手を押し留めた。
「…………もう……、大丈夫だ。心配するな。」
「リコ……。」
まるで心筋梗塞でも起こしたような感じだが、すでに胸の痛みはない。
まあ、これはあくまで想像でしかないけど。
心筋梗塞なんて、経験したことないし。
俺はゆっくりと身体を起こすと背もたれに寄りかかり、はぁー……と息をつく。
「二人とも戻れ。マシークも、まあ座ってくれ。」
「おいおい……本当に大丈夫かよ?」
「ああ、平気だ。」
たぶんな。
ただ、本当に胸の痛みは無くなった。
俺は額に浮かんだ脂汗を拭い、話の続きを確認する。
「話の途中だったな。分かっている範囲でいい。詳しい内容を教えてくれ。」
「それはいいが……。」
「こんなの持病の癪だ。気にするな。」
「持病……? しゃくって……何だ、それは?」
俺は時代劇なんかでよく耳にした『持病の癪』だと、適当なことを言って流す。
ちなみにこの『癪』というのは、胸部や腹部に起こる痛みのことを指す、らしい。
原因は様々だが、とにかく慢性的に続く胸や腹の痛みはすべて癪と呼んでいたそうだ。
うん、適当やね。
マシークは、俺の様子を心配半分、呆れ半分といった感じで窺うが、とりあえず詳しい内容を話してくれた。
それによると、ドワーフ族の集落の一つが共和国にあったらしい。
この集落は少し大きく、三十~四十人くらいの鍛冶職人がいたという。
ドワーフ族と人族はあまり交流を持たないが、まったく交流しないかと言えば、そんなことはない。
ドワーフたちは、作った武器や装飾品などを人族の商人に売り、それで酒や食料を買ったりしていた。
この襲撃された集落では剣や槍も少量作っていたが、主に装飾品を作っていたらしい。
ドワーフの作る武器や装飾品は、超のつく高級品だ。
その品質は素晴らしく、武器ならば強靭で扱いやすく、装飾品ならば繊細で美しい。
元の世界の神話では、神々の秘宝や武器のいくつかは、ドワーフたちが作ったとされる話もあるくらいだ。
共和国の連中は、このドワーフの武器に目をつけた。
数では圧倒的劣勢に立たされた共和国が、質でこの差を少しでも埋めようというわけだ。
「何でも、集落を襲った時にドワーフたちの家族を人質に取ったらしい。このため、鍛冶職人たちは連中に逆らえないんだ。」
「…………くそが……っ。」
マシークの話す胸糞の悪い経緯に、俺は思わず吐き捨てた。
そうして、睨みつけるようにマシークを見る。
「……情報屋ギルドは、どうやってその情報を入手したんだ? 共和国とは行き来が禁止されているだろう?」
これまでもマシークは、ちょいちょい共和国内の情報を伝えてきた。
教会が現在、共和国内での布教活動に苦労しているらしい、とか。
俺にとっては大した情報ではないので、これまでは深く突っ込むことはしなかったが。
しかし、事情が変わった。
俺が共和国の情報の入手方法を聞くと、マシークは一度目を閉じ、考える。
それから、そっと息を吐き出す。
「まあ、お前ならいいか。これも、知ってる奴なら知ってるしな。」
そう呟き、マシークが帝国と共和国の行き来の方法を教えてくれた。
「そう難しい話じゃない。南にある辺境伯領は、共和国と国境を接しているな?」
「ああ、かなり広い範囲で接しているんだろう? 一部は山脈があって行き来できないようだが。」
この山脈を西にずっと行くと、フレイムロープ退治の依頼を受けたソバルバイジャン伯爵領の、採掘場のある山にも続いている。
「その山脈から行き来しているだけさ。普通はわざわざ通りにくい山道を使いはしないが、今は街道が封鎖されているからな。」
山脈を行き来できないと言っても、一部に低い山もある。
そうした比較的低い山の並んだ地帯があり、徒歩なら通行は可能だという。
「地図を出してくれ。」
マシークが、先程返却した地図を出すように言った
俺が辺境伯領周辺の地図を取り出すと、一点を指さす。
「この辺りが、比較的通りやすいらしい。ただ、それは辺境伯も分かっているから、領主軍を巡回させている。」
同じ辺境伯領内だが、街道のある平地は帝国軍が封鎖し、こちらからの行き来は難しいらしい。
しかし、この山脈の封鎖は辺境伯に任せていて、そこに穴があるということだった。
「領主軍じゃ、さすがに完全に塞ぐことなんかできない。堂々と通れるわけじゃないが、まあ山だからな。見通しは利かないし、いくらでも身を潜ませる場所はある。」
このルートを使えば、今でも共和国に行くことは可能。
具体的な手段が分かったことで、俺は選択を迫られた。
(……ドドナッツォ。)
ほんの一時、話をしただけの関係だった。
それでも、俺のことを人族の初めての友人と言ってくれた。
特別な存在だと。
そして、地下水道を流され、川で倒れていた俺やレインを助けてくれた。
武器を失ったと知ると、貴重な武器も譲ってくれた。
(あの時の、誓い。ドドナッツォに救われた恩を、今返すよ。)
人族とあまり交流をもたない、ドワーフ族。
再び、ドドナッツォと再会できるか分からなかった。
だから俺は、一つの誓いを立てたのだ。
(――――いつか必ず、ドワーフ族の力になる。今こそ、あの誓いを果たそう。)
氷上樹と、リシャルド・シシア・ド・ティシヤの名にかけて誓った。
これを反故にすることは、自分自身を裏切ることに等しい。
俺が俺であるために、それだけは絶対に受け入れられない。
覚悟を決めると、俺はマシークに一つ尋ねた。
「ちょっと、情報屋ギルドのスタンスについて確認したいんだが……。」
「スタンス……?」
「ああ、共和国の情報屋ギルドは、共和国の犬か? マシークは、特に帝国に肩入れしている感じはしないが。」
俺が、犬と表現したことで、マシークが絶句する。
「お前っ……何を!?」
俺が冷えた目でマシークを見つめると、ごくり……と喉を鳴らした
「…………何考えてんのか、俺にも読めたぜ。相変わらず、怖い物知らずだな、お前。」
俺はそれには答えず、軽く肩を竦める。
マシークは難しい顔をしてやや俯き、少し考えているようだった。
だが、すぐに顔を上げて、真っ直ぐに俺を見た。
「たく……そんなことを面と向かって共和国の連中に言わなかっただけマシか。まじで半殺しにされるぞ。」
「そんなことはどうでもいい。それより、どうなんだ? 共和国に弓引く行動を、共和国の情報屋ギルドは容認するか?」
「正直、微妙な線だ……。別に、評議会に取り込まれているわけじゃないが、それでも反帝国の感情を持つ者がギルド内にいないわけじゃない。そういう意味じゃ、俺だってそうさ。帝国を転覆させようとする奴がいたら、どう対応するかは相手次第、状況次第だろう。」
独立した組織であることは間違いないが、それでも自分たちが暮らす国にはそれなりに愛着がある。
それを壊そうとする奴がいれば、よく思わないのは誰でもそうだろう。
「各国にある情報屋ギルドは、一応それぞれで独立した組織だ。提携を結び、連携を取ったりはしているがな。共和国の例で言えば、評議会の情報を入手するのに、評議員と親しくしている者もいる。ギルドとしては中立でも、そこに所属している個人個人は……。」
「……面白く思わない者もいるか。」
俺も、別に共和国を引っ繰り返そうなんて考えているわけじゃない。
それでも、今ドワーフたちを解放することは、帝国に利する行為だ。
開戦が間近に迫った時期に、装備の強化を妨害するのだから。
マシークは、共和国に行ったら接触するべき情報屋ギルドの人物を教えてくれた。
この人は帝国の情報屋ギルドから送り込んでいる人物で、共和国に不都合な情報でも仕入れられるだろうということだった。
明日までにその人物宛の手紙を用意しようと言い残し、マシークは帰って行った。
マシークが帰った後、俺はレインとベリローゼに命じた。
「仕事を探す予定はキャンセルだ。ホルスカイト共和国に向かう。」
「ドワーフ族の救出ね。」
レインの言葉に、俺は頷いた。
ベリローゼは、なぜドワーフに俺とレインがこだわるのか、理解できない様子だった。
ドドナッツォと会ったのは、まだベリローゼと出会う前だし、これは無理のないことだろう。
「俺とレインは、前にドワーフ族の男に命を救われたことがあるんだ。その時に、俺は誓った。いつかドワーフ族の力になる、と。付き合わせて悪いが、俺はこの誓いを果たさなくてはならない。」
俺がそう明言すると、レインが頷く。
「ドドナッツォさんに会えるかは分からないけど、こんな話を聞いちゃったら、知らない振りはしたくないわ。」
「今回ばかりは、再会しないことを祈っておこう。再会するってことは、捕えられたドワーフの中にドドナッツォがいるってことだからな。」
「確かにそうね。…………ドドナッツォさんに、そんな目に遭ってて欲しくないわ。」
ベリローゼも、俺がドワーフ族にこだわる理由が分かり、頷いた。
「リコ様とレイン様の恩人ならば、私にとっても恩人です。その、ドドナッツォという方がいるかは分かりませんが、代わりにドワーフ族に恩を返すという考えは素晴らしいと思います。」
「ピイ!」
ベリローゼの意見に、ピイも声を上げた。
俺はベリローゼに抱えられたピイに腕を伸ばし、受け取る。
「お前もそう思うか?」
「ピイ!」
頭を撫でながら聞くと、もう一度ピイが鳴いた。
こうして俺たちは、捕らわれたドワーフたちを救出するために、共和国行きを決めるのだった。
【後書き】
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
第六章はこれにて完結です。
次回から第七章となります。
小説を書いていて、一番難しいこと。
自分が書いているくせに、自分の思い通りに話が進まないこと。(草
不思議ですよねえ。
何で思い通りに書けないのでしょう?
リウトがプロットも無しに、思いつきを書いてるからなんですけど。
一応、書き始める前に、どんな内容を盛り込もうか考えてメモってはいるんですけどね。
たびたび、あらぬ方向に話が進んだり、書き始めた頃には考えてもいなかった新要素が入ってしまったりします。
まあ、それが楽しいんですけど。(おい
どう収拾をつけるか、オラわくわくしてきたぞ。
さて、今後の展開が作者にも読めない本作(前作も?)ですが、これからもお付き合いいただければ幸いです。
それでは、次章もよろしくお願いします。
リウト銃士




