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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第六章 兄と妹

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第63話 閑話 帝国の将軍たち




【ネプストル帝国 帝都ラジブール】


 皇帝の居城、水晶城(クリスタルキャッスル)。

 一人の騎士が、皇帝の居室を退出すると、振り返る。

 カッと踵を鳴らし力強く敬礼すると、豪奢なドアが近衛騎士によって閉められた。


 退出してきた騎士は、ドアが閉ざされた後も、しばらく敬礼を解かなかった。

 込み上げる怒りに動けなかったのだ。

 引き結んだ唇は震え、力を籠め過ぎた手が震えた。

 何かに八つ当たりするような、粗野な振る舞いをするつもりはないが、ここが皇帝の居城でなければ柱か壁を殴ってしまっていたかもしれない。

 騎士は強く目を閉じ、俯く。

 敬礼していた手は、いつしか握り拳となる。


「閣下……。」


 警備の近衛騎士が、騎士を気遣う。

 閣下と呼ばれた騎士は拳を下ろすと、近衛騎士に謝罪した。


「……済まない。何でもない。」


 そうしてマントを翻し、廊下を戻る。







 騎士の名は、ディガードル。

 帝国軍の、すべての将兵を束ねる将軍である。


 短く刈り込んだ、深緑の髪。やや赤みを帯びた茶色の瞳。

 その恵まれた体躯は、堂々とした風格を纏う。

 五十を過ぎてなお、帝国最強の呼び声高い猛将である。


 ディガードルは宰相に呼び出され、一週間前に起きた大逆未遂事件の捜査の進捗を、皇帝陛下に報告に来ていた。

 しかし、実際は成果無し。

 己の不甲斐なさを、ただ恥じ入るだけの報告であった。







 ディガードルは水晶城(クリスタルキャッスル)を出ると、エントランス前に停められていた馬車に乗り込んだ。

 同乗する護衛の騎士も乗り込むと、馬車はすぐに出発し、北に延びる橋を渡る。

 水晶城のある島と、帝都の街を繋ぐ唯一の橋だ。


 島と行き来するには、二つの手段がある。

 一つがこの橋。

 帝都の北区と繋ぐ橋であり、陸路はこの橋だけ。

 島の入り口は跳ね橋となっており、橋を上げると、完全に陸路は断たれる仕組みになっている。


 もう一つが、船だ。

 島には港があり、主に物資の搬入に利用される。

 別に軍港もあり、帝都にある帝国軍の駐屯地から直接行き来が可能になっていた。


 だが、ディガードルはほとんど船を利用しない。

 はっきりと言ってしまえば、あまり船が好きではないからだ。

 不安定な足場が、特に気に入らなかった。


 ディガードルが城に向かう場合、護衛を含めても少人数での移動となる。

 そうなると、当然小さな船を使うべきだろう。

 だが、小さな船では特に足場が不安定なのは言うまでもない。

 ある程度の大きさを備えた、しっかりとした船を出すことも可能だが、船は大きくなれば大きくなるほど人手が必要になる。

 緊急時ならばともかく、報告に登城するためだけに、そんな大きな船を出すのは気が引ける。

 しかも、馬車を使おうと船を使おうと、かかる時間にそれほど差は無いのだ。

 ならば、気兼ねなく使える馬車を選ぶのは、自明というものだろう。


 馬車は橋を渡ると、北区を東に向かう。

 帝都の北区と東区の境に、軍の駐屯地があるからだ。

 他にも帝都には軍の駐屯地や関連施設はあるが、帝国軍本部があるのが、この北区にある駐屯地だった。


 馬車は駐屯地に入ると、そのまま進み、本部の建物の前につけた。

 馬車に同乗していた護衛が先に下り、ディガードルがそれに続く。

 ディガードルは一度建物を見上げると、意識して姿勢を正し、自らの執務室に向かった。


 長い廊下を進んでいると、執務室の前に三人の騎士が立っていた。

 三人の騎士はディガードルに気づくと、その場で敬礼する。

 ディガードルは微かに顔をしかめると、そっと息をつく。


 そうして、騎士たちの前を素通りして執務室に入った。

 三人の騎士もディガードルに続いて執務室に入ると、執務机の前で整列し、再び敬礼した。


「揃いも揃って、何をやっている。」


 ディガードルは鎧を外しながら、騎士たちに声をかけた。

 帝国軍の八人の将軍のうち、半数がこの部屋に集まったことになる。

 招集などかけていないのに、だ。







 帝国軍の将軍は、八人。

 そのうちの一人が、魔王領方面の封鎖に就いていた。


 そして、三人がホルスカイト共和国方面の封鎖に就いている。

 三人はそれぞれ、帝国内の辺境伯領、オランジェス王国、旧ヨッテンソーム地域の、共和国との国境に派遣されていた。

 ちなみに、オランジェス王国、旧ヨッテンソーム地域に派遣されている将軍たちは、両地域の治安維持も同時に担っている。


 残りの四人がこの部屋に集まっている訳だが、勿論それぞれに就いている任務があった。

 ディガードルを除く三人のうち、一人は帝都の護りを担当している。

 そのため、帝都にいても不思議は無いし、帝国軍本部に来ることもよくあることだ。


 しかし、他の二人は帝国の東と西に配置され、各地方に睨みを効かせる役割を負っていた。

 その、地方の重(・)し(・)の役割を放り投げ、帝都に集まった二人の将軍。

 ワスゲイドとミリーミに尋ねる。


「……さて、それでは言い訳を聞こうか。貴様ら、任務を放り出し、何をやっている?」


 ディガードルは椅子に座ると、敬礼する二人をジロリと睨(ね)め上げる。

 並みの者なら震えあがる、低く、底冷えする声。

 だが、長年付き合ってきた二人の将軍は、悪びれもせず答える。


「無論、陛下に万が一があってはならぬ、と馳せ参じました。ディガードル様。」


 ワスゲイドは四十代半ばの、やや髪の乱れた、身だしなみのいい加減な男。

 敬礼を解くと、無精ひげをじょりじょりと撫でた。


 ワスゲイドの隣に立つ、若い女性も敬礼を解くと、ディガードルに答える。

 僅かに顔にかかったセミロングの髪を、優雅な所作で背中に流しながら。


「大逆未遂が起こったと聞き、急ぎ参上しました。」


 ミリーミは、まだ二十代の前半かというほどの若さ。

 八人しかいない将軍の中で、女性はミリーミだけ。

 それも、二十代という若さで将軍職に就いているのも、ミリーミだけだった。


 どれほどディガードルが凄もうと、この二人には通じない。

 ワスゲイドは、かつてディガードルと同じ騎士団に所属していた先輩後輩で、二十年来の付き合いだ。

 共に酒を飲み、少々飲み過ぎた日には、酒場で他の酔っぱらいと喧嘩騒ぎを起こしたこともあった。


「その、みっともない顔のままでいるように。」


 当時の上官に回復薬(ポーション)の使用を禁じられ、青痣だらけの顔で共に訓練をした仲である。


 そして、ミリーミにとってディガードルは師であり、父のような存在だ。

 幼少より剣技に優れ、その才を見出されたミリーミは、ディガードルの下に預けられた。

 ディガードルが本気で怒っているか、ただのポーズか。

 そんなのは気配だけで分かる。


 そんな二人の様子に、ディガードルは軽く首を振り、もう一人の将軍に視線を向ける。

 この場に集まった将軍の、最後の一人はニスティモという。


 ニスティモは、ディガードルよりもいくつか年上の五十代半ばだ。

 そして、このニスティモこそ帝都の治安を預かる将軍であり、今回の事件の一番の当事者だ。

 ディガードルの視線を受け、ニスティモは困ったように禿げ上がった頭を撫でた。


「私の方から、経緯は説明したのだが……。例(・)の(・)件(・)が気になると、聞かなくてな。」


 そう言って、片眉を上げた。

 ニスティモの話に、ディガードルは大きく息を吐くと、椅子の背もたれに背中を預けた。







 大逆未遂事件。

 一週間前に起きた、湖に許可なく船を出した事件のことだ。


 皇帝の居城のある島は城壁に囲まれ、実際は船で直接乗り込むことは不可能。

 物資搬入用の港や、軍港はあるが、当然厳重に警備を行っている。


 だが、何百年か前の築城当時は、まだ城壁が無かったし、港も無かった。

 また湖も、この地に住む者が自由に利用できた。

 そのため、島に侵入しようとすれば可能だったのは確かだ。


 湖に許可なく船を出せば、城に侵入しようとした看做す。

 城に許可なく侵入する者は、皇帝に害意ありと看做す。

 この法律は、そんな時代に作られた。


 この法を施行した当時、元々住んでいた民は湖に自由に船を出し、魚を捕ったりしていた。

 それが、ある日突然禁じられたのだ。


 反発もあるし、実際に何度となく許可なく湖に船が出された。

 その都度、苛烈な捜査で犯人を見つけ出し、大逆未遂として処刑してきた。

 こうした対応が民の強い反発を呼ぶのは当然だが、それ以上の苛烈さで取り締まり、厳格に法を執行していった。

 いつしか「湖に船を出してはいけない」という法が民にも浸透し、こうしたことは起こらなくなっていた。


 実際、この無許可の船による大逆未遂事件というのは、五十年以上起こっていなかったのだ。

 現在では大袈裟な対応と思わなくもないが、法は撤廃されていない。

 ならば、その犯人を捕らえなくてはならない。


 しかし…………捕らえられなかった。

 兵士も騎士も、何度となく賊の姿を見ている。

 まるで子供のように小柄だったという話だが、身体能力の高さから、特殊な訓練を受けている可能性が高そうだった。


 実に三千人を超える兵士を投入して追いかけたが、西区から北区に移動した辺りで行方を晦ませた。

 陽が落ち、夜闇に紛れられたのが痛恨と言える。

 夜を徹し、その後も動員できる兵士のすべてを投じて捜索したが、ついぞ賊を見つけることができなかった。


 まんまと賊を取り逃がしてしまったわけだが、これについては仕方ない。

 帝都の治安を任されたニスティモ、そして帝国軍全体を取り仕切るディガードルが責任を取れば良い。

 最終報告書と一緒に始末書も提出し、宰相コルエーの嫌味に恐縮していれば済む話だ。

 捜査自体は継続するが、完全に行方を晦まされては、もはや見つけ出すのは困難だろう。


 現在も法が撤廃されずに残っているため、大逆未遂事件として扱うが、湖に船を出したくらいで城に侵入することは現実的には不可能だ。

 それを分かっていながら法をそのままにしているのは、民に湖を自由にさせないため。

 もはや、法の目的が変わっているのだ。


 なので、賊を取り逃したこと自体は、ディガードルもニスティモも仕方のないことと考えていた。

 重要なのは、城に侵入されたわけではない、ということ。

 本当に皇帝陛下に刃を向けたならば、草の根を分けてでも探し出すが、賊はすぐに船を湖岸に着けて逃亡した。


 むしろ、これを機会に「湖に許可なく船を出した者は、皇帝に害意あると看做す」という法を撤廃してもらいたいとディガードルは考えていた。

 残念ながら、皇帝陛下も、宰相のコルエーにも、その考えはないようだが。


 そして、現在ディガードルとニスティモがもっとも頭を痛めているのが、教会の介入だ。

 ニスティモの言った例(・)の(・)件(・)というのは、この教会の介入を指している。


 昨日、突然総大主教自ら帝都に乗り込んできた。

 そうして、皇帝陛下に非常に厄介な進言を行ったのだ。


 魔王復活の兆し。


 今回の大逆未遂事件を聞きつけた総大主教が、そんなことを言いだしたらしい。

 一年ほど前から、帝都でそんな噂が流れ始めたのは確かだ。

 魔王の復活を目論む、不埒な輩がいるらしい。

 この噂が、教会が意図して流したものなのかは分からない。

 しかし、今回の事件とこの噂を関連付け、こんな主張を展開し始めた。


「魔王の力を帝都より感じると、御神託がありました。この大逆未遂は、魔王ラーナーに関わる者による仕業と見るべきです。」


 ディガードルらが賊を取り逃がしたことで、教会に介入する口実を与えてしまったのだ。


 以前より、教会は帝国に口を挟んできた。

 まだ幼かった皇帝陛下につけ入り、帝国軍を動かしてきた。

 宰相コルエーがある程度は抑えていたが、陛下が応じてしまえば、強硬に否とは言えない。

 その最たるものが、六年前の魔王討伐だ。


 魔王がいかなる者かは分からないが、魔王領に封じ込めることには成功していた。

 無理に討伐隊などを送り込む必要はなかったのだ。

 しかし、教会の強硬な主張に陛下が応じてしまい、討伐隊を組織することになった。

 その結果どうなったか。

 貴重な【加護】持ちを二十人以上も失うという、最悪かつ重大な結果を招いた。


 魔王は討伐されたと教会は大喜びだが、帝国、特に帝国軍にとっては大打撃だ。

 そんな大損害を帝国に与えておきながら、今度は「魔王復活の兆し」である。

 いくらアウズ教を信仰しているとは言え、総大主教のこの主張に腸(はらわた)が煮えくり返るのは、ディガードルだけではないだろう。

 これだけが理由ではないが、先程宰相からこうした教会の話を伝えられ、込み上げる怒りを抑えるのに苦労していたのだ。







 ディガードルは背もたれに寄りかかると、ニスティモ、ワスゲイド、ミリーミを順に見る。

 そうして腕を組むと、口を開いた。


「お前たちが気にすることではない。」

「ディガードル様。教会(れんちゅう)が何と言ってきたのか教えてください。」


 話を打ち切ろうとするディガードルに、ミリーミが食い下がる。

 すでにミリーミもワスゲイドも、総大主教が皇帝陛下に何事かを吹き込んだらしいという話は、ニスティモから聞いていた。

 その上で、今日ディガードルを城に呼び出したため、どんな話があったのかを聞きに来たのだ。


 勿論、賊の捜索の件が一番の目的だったが、それならわざわざ呼び出すことはない。

 進展があれば言われずとも報告に行くし、進展が無くても定期的に報告を行っている。

 それを待たず、わざわざ呼び出したことに、二人は懸念を抱いていた。


(…………これは、誤魔化せんか。)


 何より、この二人に関わることも含まれる。

 ディガードルはしばし考えると、先程皇帝陛下から下った勅の内容を伝えることにした。


「陛下より、軍の再編を命じられた。」

「軍の、再編ですか?」


 ワスゲイドの呟きに、ディガードルは頷いた。


「旧ヨッテンソーム地域に増派せよ、と仰せだ。彼の地の治安活動を強化するそうだ。」

「ヨッテンソーム? 何かありましたか?」


 ミリーミは、ディガードルから伝えられた命令の内容を聞き、嫌な予感を覚えた。

 すでにヨッテンソームには代官が置かれ、一軍も派遣している。

 この地域には帝国に反感を抱く者も多いが、今のところ目立った問題は起こっていなかった。

 しかし、ミリーミの知り得る情報は、少々古い。

 最近、何事か変事でも起きたか、と考えたのだ。


 ディガードルは、先程宰相より伝えられた軍の再編の理由を思い出し、再び怒りが込み上げてくるのを感じた。

 そのディガードルの怒気を敏感に察知し、三人の将軍たちは表情を引き締める。


「教会の布教活動に不安があるため、教会周辺の治安活動を強化するためだ。」

「……っ! 馬鹿な!?」


 ディガードルから飛び出した、あまりに馬鹿馬鹿しい理由に、ワスゲイドが声を荒げた。


「あの総大主教(ぼうず)めっ! 我らをロバか何かと勘違いしているのか!?」


 アウズ教の布教活動のために、帝国軍を動かせと言ってきたと知り、ワスゲイドが吐き捨てる。

 ニスティモはそんなワスゲイドを一瞥し、困ったように禿げた頭を撫でた。


「ディガードル様、それはあまりにも……、あんまりではありませんか? なぜ、帝国軍の兵が教会ごときに顎で使われねばならんのでしょう。」


 ニスティモのその言葉に、ミリーミも頷く。

 ミリーミは何かを言ったりはしなかったが、不満がその表情にありありと浮かんでいた。

 三人の将軍たちの思いはもっともだ。

 何より、それを一番に感じているのはディガードル自身なのだ。

 しかし、すでに命(めい)は下った。

 ならば、ディガードルたちに否はない。


 ディガードルは組んでいた腕を解くと、執務机に両肘をつく。

 そうしてやや身体を乗り出すと、三人の将軍たちを困ったように見た。


「一応、それっぽい理由はある。少しでも多くの者にアウズ教への改宗を進めることが、間接的にではあるが魔王の力を弱めることに繋がるということだ。」


 帝国ではアウズ教を国教と定め、実際に国民の多くが信仰している。

 ディガードルもあまり熱心とは言えないが、アウズ教徒だ。

 おそらく、ここにいる三人の将軍たちもそうだろう。


 そのアウズ教の神は、唯一神のヤーム・ラユだ。

 信者が増え、信仰が篤くなれば篤くなるほど、当然ながら神の力は増す。

 魔王は強大な力を持っているかもしれないが、神ほどではない。

 おかげで魔王領に封じ込めていたし、六年前には倒すこともできた。

 まあ、実際は倒しきれなかった、ということかもしれないが。

 だからこそ、今「魔王復活の兆し」などと言う話が持ち上がっている。


 帝国軍は長年魔王領を封じていたが、自分たちの力だけでこれを成し得たとは思っていない。

 そこまで不遜な考えを持つ者は、さすがにいない。

 多くの者が、神の力添えがあればこそ、と思っていることだろう。


 しかし、神=教会かと言えば、当然ながら答えはノーだ。

 教会とは、あくまで神の教えを広めるための組織で、神そのものではない。

 現総大主教は『預言者』として名高く、そのためすべての総大主教の言葉を「神の言葉」のように扱う者もいるが、それは間違いだ。


 冷静に考えればそうなるのだが、これを口に出せば教会に破門されかねない。

 それほどまでに、現総大主教のヤイヒムは人気が高く、絶大な権威を持っていた。


 そして、ディガードルたちからすると非常に残念なことだが、皇帝陛下シグフリッドもやや教会に寄り過ぎているように思える。

 宰相のコルエーは上手く中立を保つスタンスでいるが、たびたびシグフリッドの命令で教会に便宜を図っているようだった。

 おそらく今回の軍の再編も、その結果であろう。


 怒りの治まらないワスゲイドが、顔をしかめ、舌打ちする。


「チッ……! 陛下の篤信をいいことに、連中め! 驕っているのか!」

「腹立たしいのは確かだが……そう言ってやるな、ワスゲイド。」


 ニスティモが、怒り心頭のワスゲイドを宥めた。


「教会の言い分にも一理ある。それに、我らも教会の力を利用していた部分はある。」


 旧ヨッテンソーム地域で、これまで大きな問題が起きなかった理由には、教会の協力もあったのは確かだ。

 教会が改宗を進め、民心を慰撫したからこそ、反乱などを実行に移させないで済んだ。

 何より、露骨に千修教徒と差別を行うことで、自ら進んで教会に協力する者も多くいた。

 そうした者の中には反乱計画を教会に密告し、未然に防ぐことができたという事例が、この二年間に数回あったのだ。


「教会が広く展開することで、我ら帝国の支配も容易になる。…………教会とはそうやって、長年持ちつ持たれつでやってきた。」

「しかし……っ!」


 ワスゲイドは抑えきれない怒りに拳を握り、歯を食いしばる。

 帝国が教会を利用するのは、当然だ。

 しかし、教会に帝国が利用されるなど、我慢ならない。


 ワスゲイドの様子に苦笑すつつ、ミリーミがディガードルに尋ねる。


「具体的にどのように再編するか。陛下より何か指示はあったのですか。」

「いや、さすがにそこまでは仰られなかった。委細任せると仰せだ。」


 あれこれ細々とした指示まで出なかったらしい。

 いくら教会に寛大な皇帝陛下でも、帝国軍の将軍たちを蔑(ないがし)ろにするようなことはしなかった。

 そのことに安堵し、ミリーミが頷く。


「それでは、具体的にどのように軍を再編するのか。ディガードル様のお考えをお聞きしてもよろしいですか?」


 そうミリーミに問われ、ディガードルは目を閉じる。

 城から戻る車中でも考えていた案を、頭の中で確認した。

 そうして、ニスティモに視線を送る。


「帝都の兵に変更は無い。先日のこともある。帝都の人手を削るのは得策ではないだろう。」

「ご配慮、感謝します。」


 ニスティモは、麾下の軍は動かさないで済むと聞き、軽く頭を下げる。

 しかし、それを聞き、微妙な表情になるのはワスゲイドとミリーミだ。

 この言い方では、確実に二人の預かる軍から兵を捻出することになるだろう。


 ディガードルは、ワスゲイドとミリーミを見ると、命令を伝える。


「ワスゲイド、ミリーミ。二人は麾下の兵のうち、一万を旧ヨッテンソーム地域に送れ。」

「一万……。」


 その命令を聞き、二人は表情を強張らせる。

 二人の麾下の軍は、およそ十万。

 一割もの兵を送り出さねばならない。

 当然ながら、これだけの兵を一カ所に集めているわけではない。

 担当する地域に広く展開している。

 かなり大掛かりに手を入れなければ、一万もの兵を捻出するのは無理だった。


「ディガードル様、よろしいですか?」


 ワスゲイドが表情を引き締め、一つの確認を行う。


「魔王領方面の軍は?」

「そっちも、帝都同様に動かせん。教会からも、そこは減らさないように釘を差されたようだ。」

「チッ……!」


 派兵の要請のみならず、軍の再編の内容にまで口を出してくるとは。

 ワスゲイドは再び、怒りに拳を握る。


「オランジェスからも、三万ほどを送るようにするつもりだ。あそこは王家が帝国に入ったから、王国軍も協力的だ。対共和国のために一軍を置いているが、王国軍に要請すれば穴埋めも可能だろう。」


 オランジェス王国に関しては、王国軍がいるため、国内の治安活動はほとんど任せていた。

 恭順したからと信用し過ぎるわけにはいかないが、今は反乱などを然程警戒する必要が無い。

 そもそも現在のオランジェス王国は、食料などで帝国に依存した状態になっている。

 独立を企てたところで、すぐに干上がるのが目に見えていた。


 ニスティモが天井を見上げ、頭の中でディガードルの計画を描く。

 そうして、やや鋭い目でディガードルに視線を向ける。


「合計、五万……。すべて、ヨッテンソーム駐留軍に編入しますか?」


 元々派遣していた一軍、十万の兵。

 これに追加で五万もの兵を編入すると、合計で十五万にもなる。

 一人の将に預けるには、少々多すぎる数だ。


 ニスティモの懸念を察し、ワスゲイドとミリーミも鋭い視線をディガードルに向けた。

 三人の将軍たちの視線を受け、ディガードルがそっと息をつく。


「貴様らの懸念ももっともだが、そう心配することもあるまい。単純に少し手勢が増えただけで、どうにかなると思うような間抜けは将の中にいない。」


 大きな武力を持つ以上、同じ帝国の将であろうと警戒するのは当然だ。

 勿論、信頼はしている。

 しかし同時に、お互いを警戒し合うことも忘れてはいない。


「何より、私とニスティモが帝都から動かんのだ。万が一も起こらん。」


 帝都及びその周辺の治安活動を担当するニスティモの軍。

 そして、帝都周辺の皇帝の直轄領を主に担当するディガードルの軍。

 帝国の中心だけでも二十万の兵がいるのだ。

 必要ならば、ワスゲイドとミリーミの軍も帝都方面の護りに就けることができる。

 そんな、帝都防衛戦という事態さえ、絵空事とも言えるほどに盤石の体制を敷いていた。


 そこでガリガリと頭を掻き、ワスゲイドがぼやく。


「まあ、帝都の方はそれでいいでしょうが…………しかし、一万か。サボってる奴がそんなにいるかな。」


 そんな愚にもつかない愚痴に、ディガードルとニスティモが苦笑する。

 サボってる奴が一万いれば、そいつらを丸ごと送りつけてやれば済む。

 当然ながら、そんなにもサボっている奴がいるわけもなく、将軍として自前の軍をやりくりしなくてはならない。


 帝国軍では、最小の部隊単位は小隊だ。これがおよそ十人の兵を基本とする。

 十個の小隊を集め、中隊を作る。中隊はおよそ百人ほどの兵となる。

 十個の中隊が集まり、大隊を編成する。つまり、大隊は千人ほどの兵だ。

 この大隊を三~五個で運用し、連隊としている。

 連隊を二十個以上集めたものを軍と呼称し、ワスゲイドら将軍が預かっている。


 つまり、一万の兵をヨッテンソームに送り出すには、最低でも二個連隊を臨時で編成しなくてはならない。

 それだけの人数をかき集めるのだから、軍全体からかき集めてくるしかない。

 今ある連隊をただ送り出しては、その連隊が就いていた任務を誰が引き継ぐのか、という問題があるからだ。

 そして何より、一割もの人員を減らしながら、これまで通り任務をこなす必要がある。

 ワスゲイドでなくとも、頭が痛くなるというものだ。


 ニスティモが同情の籠った目で、ワスゲイドに声をかける。


「中々に面倒なことだが、陛下からのご下命だ。やるしかあるまい?」


 ニスティモの慰めるような声が、ワスゲイドの気分をさらに落ち込ませた。

 ミリーミも、諦めたように肩を落とす。

 そんなニスティモに、ディガードルが片眉を上げて言う。


「人のことを心配している場合ではないぞ、ニスティモ。」

「…………は?」


 何やら不穏なものを感じ、ニスティモが訝し気にディガードルを見る。


「大逆未遂の賊の捜索を、引き続き行わねばならん。宰相殿から、賊の可能性から『子供を排除するな』との意見があった。」

「………………………………それは、つまり?」


 嫌な予感に顔を引き攣らせるニスティモに、ディガードルは溜息交じりに話しを続ける。


「賊の特徴は金髪か赤毛。それと、青髪か紺色の髪だったな。」

「え、ええ……その通りです。」


 執務室の空気が変わり、ワスゲイドとミリーミが顔を見合わせる。


「今日から、賊の被疑者に子供も含める。」

「帝都の、子供をですか?」

「そうだ。」

「すべて、ですか?」

「そうだ。」


 帝都に住む、そんな髪色の子供が何人いると思っているのか。

 それに、報告で聞く賊の身のこなしを考えれば、その辺の子供に不可能なことは明らかだ。

 だからこそ、ニスティモらは他国の工作員の線で捜査を行っていた。


 しかも、子供相手に…………兵士たちが取り調べ?

 ニスティモの頭の中に、強面の兵士に迫られ、号泣する子供の姿が浮かんだ。

 そんな自分の想像に、ニスティモの顔がサァー……と青褪める。


「……ほ、本気で取り調べるのですか!? 相手は子供ですよ!?」

「だが、子供のような容姿だったのだろう?」

「それはそうですが……!」


 これは、子供たちの親から、凄まじい数の抗議が殺到しそうだ。

 ワスゲイドとミリーミは、自分たちの苦労も忘れ、顔色を失ったニスティモに同情の目を向けるのだった。







■■■■■■







【ネプストル帝国 街道沿いの森林】


 夜の森は、闇に沈む。

 生い茂った葉に月明かりが遮られ、僅かな光しか届かないからだ。


 そんな森の奥に、焚き火の明かりがあった。

 焚き火に当たっているのは、一人の青年。

 青年の傍らには、一人の少女がいた。


 少女は横になり、眠っている。

 そんな少女を見ながら、青年が優しく微笑む。


 帝都を出て十日。

 セステバランとピューリは、街道を南に移動した。

 少々ややこしい事態になり帝都を出たが、行く当てがあるわけではない。

 それでも、久しぶりの自由にセステバランの心は弾むようだった。


 この旅も、先々に不安が無いと言えば、嘘になる。

 資金面は、今のところは問題ない。

 モルマバからの給金を貯めていたし、ピューリもスったお金を貯めていた。

 しばらくは気ままに旅をしても、困ることはない。

 だが、決して資金が豊富というわけではなかった。

 一週間や一カ月と、期間の区切られた旅であれば、問題はないだろう。

 しかし、この生活が数カ月と続けば、さすがに心許なくなってくる。


 そして、一番の問題。

 どこに行くか、丸っきり決めていないのだ。

 とりあえず南に行けば、ホルスカイト共和国に行くことはできる。

 ところが、今はその共和国に行くための街道が封鎖されているらしい。

 自分で見たわけではないが、そう言われている。

 そうなると、また帝国内のどこかで、ひっそりと暮らすことにするか?


「……それもいいかもね。」


 二年前までは、そうしてピューリと二人で暮らしていたのだ。

 ごく普通の生活に憧れ、ピューリのためにもその方が良いと思い、帝都までやってきた。

 しかし、普通の生活というのは退屈で、窮屈なものだった。

 何事も経験と思い頑張ってみたが、何よりピューリがそんな生活を望んでいないことがよく分かった。


「これから、どうしようか……。」


 左腕の包帯を摩りながら、セステバランは呟く。

 パチパチ……と、炎に爆ぜる薪を眺めながら考える。


「ピューリの好きにさせようかな。」


 帝都では、随分と我慢をさせてしまった。

 これからは、もっとピューリの自由にさせてあげるべきだろう。

 セステバランは手を伸ばすと、傍らのピューリの頭をそっと撫でる。


「…………ん……んん……。」


 ピューリが煩わしそうに身動(みじろ)ぎする様子を、くすくすと笑いながら眺めた。

 セステバランは視線を焚き火に戻すと、揺らめく炎を見る。


「……約束は、守るよ。」


 そうして、それまでの優し気な目からはがらりと変わり、鋭い目つきで呟く。


「ピューリだけは、守る。絶対に。」


 セステバランの決意の籠った呟きは、誰に聞かれることもなく、森の闇に消えていった。





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