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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第四章 沈む塔

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第39話 おかしな兄妹




「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!」


 レインは満身創痍で、鳥頭(バードヘッド)と対峙していた。


 ドガッ!


 鳥頭の剛腕を躱しきれず、レインが吹き飛ばされる。


「クッ!」

「レイン様っ!?」


 吹き飛んだレインと鳥頭の間に、ベリローゼが割って入る。

 レインが体勢を整える時間を稼ぐために。


 レインは攻撃を受けはしたが、何とか直撃は避けていた。

 鉤爪を喰らわず、(ソード)で受けている。

 ただ、肉体面(フィジカル)の差は歴然であり、受け止めることができなかったために吹き飛ばされたのだ。


 俺は、レインと鳥頭を冷静に眺める。

 レインは、そろそろ限界が近い。

 これまでに回復薬(ポーション)を十本近く消費しながら、戦い続けていた。


 鳥頭の方も、万全の状態という訳ではない。

 これまでにレインがつけた無数の傷が、相当に効いている。

 動きはかなり鈍っているのだ。

 だが、レインの消耗がそれを上回り、その鈍い攻撃すら躱せなくなっているだけ。


「……諦めるか?」

「馬鹿言わないで……っ!」


 回復薬(ポーション)を飲み干したレインに問いかけると、レインは間髪入れず言い返してきた。

 その目はまだ闘志を失わず、真っ直ぐに鳥頭を睨みつけている。

 その姿に、俺は思わず口の端を上げた。


「……苦しいだろうが、それは鳥頭(むこう)も同じだ。大分弱ってる。」

「………………。」


 レインはそれには答えず、何とか呼吸を落ち着けようとしていた。

 そうして(ソード)を構え直すと、「ハアッ!」と気合を入れる。


「ベリーちゃん、ありがとう! 行くよっ!」

「はい、レイン様!」


 レインが鳥頭に突っ込むと、タイミングを合わせてベリローゼが退く。

 レインはそのまま鳥頭に突撃した。


 鳥頭は目標をベリローゼからレインに変更し、再び剛腕を繰り出す。


 ブウンッ!


 レインはその剛腕を掻い潜り、懐に潜り込んだ。


「たああぁぁぁあああああああああっっっ!!!」


 レインの突きが、鳥頭の胸に深々と突き刺さる。


 グゥゥエエエエエエエェェ…………ッ!


 心臓を貫かれた鳥頭は、断末魔の声を上げて、そのまま横倒しに倒れた。


 それを見て、俺はほっと胸を撫でおろす。

 正直、見ている方がどうにかなりそうな、かなりぎりぎりの戦いだった。

 だが、それでいい。

 そうしたギリギリのせめぎ合いこそが、人を成長させる。

 乗り越えられない壁ではなく、易々と越えられる壁でもいけない。

 そういう意味では、鳥頭の存在は、今のレインにとって丁度良い壁になってくれた。


「よくやった。」


 倒れた鳥頭の横で立ち尽くすレインに、声をかける。

 レインはゆっくりと振り向くと、そのまま崩れ落ちた。


「レ、レイン様!?」

「あはは……。だ、大丈夫、大丈夫……。」


 倒れたレインにベリローゼが駆け寄り、抱き起こした。

 どうやら気を失った訳ではないようだ。

 気が抜けるのと同時に、身体の力まで抜けてしまったらしい。

 まあ、あるよな。そういうことも。


「周りも、大分片付いたようだな。」


 まだ戦っている鳥頭もいるが、ほぼ殲滅が完了している。

 命を落としたり、深手を負った者もいるようだが、街への被害は免れたようだ。


 俺はレインの下へ歩いて行くと、笑顔を作る。


「安心しきってるところ悪いが、まだ仕事は終わってないぞ。 その様で、()()()()が来たらどうするんだ?」


 そろそろ、時間的に昼の当番は終わりだ。

 だが、まだ終わった訳じゃない。

 再び塔から魔物が現れたら、レインたちが対処しなくてはならない。

 まあ、さすがに応援を緊急召集するだろうけど。


 俺が傭兵の厳しい現実を伝えると、レインとベリローゼが顔を引き攣らせた。

 ジト目で、ベリローゼが俺を見上げる。


「…………よく、そんな意地の悪いことが思いつきますね。」

「思いつきでも、意地悪で言ってる訳でもないさ。それが現実だ。それでも対処しなくちゃならないのが、現場の務めなんだよ。」


 俺は周りを見回す。

 見事に、みんな「やりきった」という弛緩した空気が漂っていた。

 油断しすぎだろ。

 だから三流なんだよ、お前ら。


 俺は肩を竦めて、レインを見下ろす。


「ま、今日のところはいいさ。…………こんな命懸けの戦いは初めてだよな? 生き残ったことを噛み締めてろ。」


 ベリローゼのフォローがあったとは言え、こんな命を削るような戦いは、レインにとっては生まれて初めてだろう。

 魔物との戦い自体は、フレイムロープでも経験している。

 だが、フレイムロープは攻撃を多少受けても、そうそう致命傷になんかならない。

 巻きつかれ、全身を焼かれるようなことにさえならなければ、やられるような相手ではないのだ。


 しかし、鳥頭との戦いでは違う。

 一発でもいいのをもらえば、即死だ。

 致命傷さえ避ければ、俺やベリローゼがいるのでリカバリーは可能だが、もらってしまえばどうにもならない。

 そんな、きりぎりの戦いを乗り越えた意義は大きい。


 今回の襲撃で、何だかんだレインは五体の鳥頭を倒した。

 俺が介入する前に、三体。

 俺が手本を見せた鳥頭も、途中でレインに引き継ぎ、トドメを刺させた。

 そして、今倒した鳥頭は、ほぼレインだけで倒したのだ。

 ピンチの時にだけ、ベリローゼがフォローに入ったくらいで。


 俺は短剣(ショートソード)を鞘に戻しながら、石壁の門の方を向く。


「じゃ、交代までもう少し頑張れよ。俺は先に帰るから。」

「え、帰っちゃうの?」

「当たり前だ。こっちだって疲れてんだよ。」


 俺が帰ると言うと、レインが驚いたような顔になった。

 ベリローゼが、そこで初めて気づく。


「そう言えば、今日は随分と早い戻りでしたね。何かあったのですか?」


 よくぞ聞いてくれました、とばかりに俺は大袈裟に溜息をついた。


「罠にかかって、蜥蜴男(リザードマン)百体以上と戦ったんだよ。五十五階層で。」

「「ひゃく、た……!」」


 俺は返り血で汚れた服を、軽く引っ張る。

 レインとベリローゼが絶句していた。


「格子で、隊が部屋に閉じ込められてな。まじで死にかけたんだ。たまにはゆっくり休ませてくれ。」

「あ、あははは……。」


 レインが乾いた笑いを上げた。

 そうして身体に力を込めて、よろよろと立ち上がる。

 ベリローゼが、心配そうにレインを支えた。


「そんなの聞いちゃったら、このくらいでヘバってる場合じゃないわね。」

「はは…………まあ、比べるようなもんじゃないけどな。」


 それでも、レインのそんな意地を、俺は好ましく思えた。


「無理はするな。命がかかってんだから。…………でも、楽な方にばかり逃げるな。その道は、絶対にレインの望む未来には繋がってない。」

「…………うん。ありがとう、リコ。」


 俺は踵を返す。


「今日は美味い物でも食って帰って来な。俺は寝てるから、起こさないでくれ。」


 そうして、石壁の門に向かう。


「お疲れ様でした、リコ様。」

「気をつけて帰ってね、リコ。」


 俺は片手を軽く挙げ、門に歩いていった。







 門には、ホーマーがいた。

 他の隊のメンバーは見えない。

 鳥頭が粗方片付いた時点で、帰ったのだろう。


「お疲れ、ホーマー。救護の手伝いか?」


 ホーマーは【治癒(ヒーリング)】を使い切ってしまったため、今日はもう【加護】で治してはやれない。

 その代わり、回復薬(ポーション)を配ったりして、戦う傭兵たちを支援していたようだ。


「あれ、リコ君。まだ残っていたのですか?」

「同じ傭兵団の連中が、警備に配置されてるんでな。」

「そうですか。……大丈夫でしたか?」


 俺が頷くと、ホーマーもほっとした表情になった。


「それは良かったです。……今回は数が大分多かったようで、死傷者がそれなりに出てしまったので。」

「そうなのか?」


 何でも、今回の鳥頭は二十体を超えていたらしい。

 お掃除隊による間引き作戦も行っているが、過去最大の数が外に出てきたという。


(三十一階層、三十二階層はお掃除隊が巡回して討伐してんのに……。一体、どこからそんな数が現れたんだ?)


 上の階層は、俺たちが毎日通っている。

 なら、三十階層から上がってきたのだろうか?


(まあ、そう考えるのが妥当か。)


 俺がそんなことを考えていると、ホーマーが近くを通りかかった司祭らしき男に声をかける。

 どうやら、ホーマーも駐屯地に戻るらしい。


「そういや、今日はこれから特使に報告か? 大変だな。」


 こんな疲れた日に、まだムバイト主教への報告が残っているとか。

 俺なら失念していたことにして、さっさと寝るかもしれん。


「回収してきた物も預けないといけませんしね。」


 大変だな、という部分についてはコメントが無かった。

 多分、ホーマーも面倒だなあ、と思っているのだろう。


 そうして、俺とホーマーはいつものように門を潜る。

 まだ空が少し赤くなり始めたばかりなので、石壁の外は人がかなり多かった。


 いつもは、塔を出る頃には陽が落ちている。

 こんなに明るいうちに市街に出るのは、数日振りだった。


「そういや、この辺は特に混んでるんだったな。忘れてたわ。」

「いつもはそこまで人がいませんからね。」


 いつもここを通る時は、酒場が盛り上がっている時間帯であり、通りに人が溢れているような時間ではない。

 俺とホーマーは、人の間を縫って歩いた。

 ホーマーに前を歩かせ、道を確保させる。

 少々横幅のあるホーマーが通った後なら、俺が歩くのが楽になるという作戦だ。


「本当に混んでるな。」

「え、ええ……!」


 ホーマーは苦労しながら進んでいた。

 そんなホーマーの後ろを歩く俺は、涼しい顔である。


 ドン!


「おっとっと……!」


 その時、横から来た人が、俺とホーマーの間に割り込み、通り過ぎる。

 ホーマーは後ろから押されたようになって、前につんのめりかけた。


 俺とホーマーの間に割り込んできた、防塵ローブ。

 俺は咄嗟に、その見覚えのある防塵ローブを追いかけ始めた。


「ホーマーッ! 来いっ!」

「へ? リコ君!?」


 急に呼びかけられ、ホーマーが戸惑う。

 だが、俺は人混みの中で、必死に防塵ローブを見失わないように人を掻き分ける。


(クソ……【加速(アクセラレーション)】!)


 防塵ローブは、小柄ながら人混みを器用に進んだ。

 俺は低い身長も不利に働き、何度か見失いそうになった。

 そのため、時々【加速(アクセラレーション)】を発動して、何とか追いかけるのだった。







■■■■■■







「へっへぇー! これは高く売れるんじゃない?」


 薄暗い路地で、防塵ローブを羽織った女の子が、二本の短い杖(ワンド)を手にニンマリする。

 教会関係者は、共用の魔法具の袋を持っていることが多い。

 しかも警戒心が薄いので、いい鴨だった。


「……妹よ。確かに値打ちがあるのかもしれないが、どうやってそんな物をお金に替えるつもりだ?」


 男の子は布の袋を開き、中身を確認する。

 期待はしていなかったが、やはりその通りにこっちはシケていた。

 教会関係者は、現金をほとんど持たない。

 銀貨三枚なら、まだマシな方ではある。


「お兄ちゃん。ちょっと盗賊ギルドに行って、売り捌いてきてよ。」

「そんな伝手(つて)なんて持ってないぞ、妹よ!?」


 盗賊ギルド。

 主に盗品などの、表では売却の難しい物を現金化してくれるギルドだ。

 存在は噂で知っているが、実際にどこがギルドの窓口なのか。

 それを知っているのは、完全に裏社会に染まっているような者だけだろう。


「まずは、鑑定屋に見てもらうのがいいのではないか?」

「ええーっ!? わざわざ鑑定代払うのー? お金が勿体ないよ!」

「そうは言っても、物が良く分からないのでは、高く売るべきか、安く売るべきかも分からないぞ?」

「いいじゃん、高く売れば! ご利益あるよーって。」

「だから、誰が買うんだ……?」


 女の子のお気楽っぷりに、男の子が肩を落とす。

 とは言え、危険な役目を女の子が引き受けてくれているのだ。

 それを何とか現金化するのは、男の子の役目だった。


「とりあえず、鑑定はしてもらおう。それで値打ちがあれば良し。値打ちがなければ――――。」

「お前らが、短い杖(それ)の価値を知る必要はない。」


 突然かけられた声に、男の子と女の子がぎょっとする。

 そうして、声のした方に慌てて顔を向けた。







■■■■■■







 俺は防塵ローブを何度も見失いそうになりながら、それでも追跡を続けていた。

 【加速(アクセラレーション)】で一気に追いつくこともできるかもしれないが、こんな人混みで派手に使いたくないし、大立ち回りをするのも避けたかった。

 そのため、短い間隔の【加速(アクセラレーション)】を断続的に使い、防塵ローブを追いかけていた。


 防塵ローブが、人混みから狭い路地に入るのが見えた。

 俺は急いで路地に向かう。

 路地に着くと、奥で防塵ローブが右の路地に入って行くのが見えた。

 俺は見失わないように、急いで防塵ローブの入って行った曲がり角に向かった。

 そうして、何度か角を曲がり追いかけていると、話し声が聞こえてきた。


「…………高く売るべきか、安く売るべきかも分からんぞ?」

「いいじゃん、高く売れば! ご利益あるよーって。」

「だから、誰が買うんだ……?」


 明るく、特徴的な若い声。

 幼い、とまでは言わないが、俺が想像していたのはスリを生業にするおっさんだった。

 想像とかけ離れた声に、一瞬だけ戸惑う。


(…………そうは言っても、見逃す訳には行かないか。)


 懸命に生きる、子供たち。

 俺はそうした子供たちのことを、割と好意的に見ていた。

 確かに窃盗やスリなどは褒められたことではないが、彼ら彼女らだって懸命に生きているのだ。

 生きるために足掻く子供たちを、できれば見逃してやりたいところだが……。


(ホーマーにも、世話になってるしな。)


 面倒な塔攻略で、ホーマーの【治癒(ヒーリング)】は本当に助かっていた。

 そのホーマーが、回収した物をスラれました、なんてことになればおそらく叱責を受けるだろう。

 あの、いかにも気難しそうなムバイト主教に。


 俺は腹を決めて、様子を窺っていた路地の角から姿を見せる。


「とりあえず、鑑定はしてもらおう。それで値打ちがあれば良し。値打ちがなければ――――。」

「お前らが、短い杖(それ)の価値を知る必要はない。」


 そう声をかけた俺に、二人は驚愕したように目を見開く。


 女の子は十二~十三歳くらい。

 青い髪に青い瞳。勝気そうな目が特徴的だ。

 見た目は、年齢以下に見られる俺と違い、年相応だろう。

 男の子は十四~十五歳。レインと同じくらいだろう。

 こちらも青い髪に青い瞳。だが、少々気弱そうな目をしている。

 そして、左腕に巻かれたボロボロの包帯が、妙に目立つ。

 というか、どことなく陰キャ臭がするのは気のせいか?


「お兄ちゃん!」

「う、うむ……!」


 男の子は、わたわたと慌てて女の子の後ろに隠れた。


「先に行ってて!」

「わ、分かった!」


 女の子は二本の短い杖(ワンド)を男の子に渡すと、トントンとつま先を鳴らす。

 男の子は受け取った短い杖(ワンド)を懐に仕舞うと、路地の奥に駆け出そうとしていた。


(……女の子を囮にして、自分だけ逃げようって?)


 俺は、男の子のその行動が、少しだけ勘に障った。

 俺が男の子を追い駆けようとする動きを見せると、女の子がキッと睨む。


「させないよっ!」


 パンッ!


 俺はなぜか、真上を見上げていた。


「………………、え?」


 軽くふらつき、一歩二歩と後退(あとずさ)る。

 目がチカチカし、何度か瞬きをした。

 ズキズキとした痛みを鼻から感じることに、ようやく気づく。

 咄嗟に鼻を押さえると、つつー……と鼻血が出るのを感じた。


(こいつ……まさか!?)


 俺は体勢を整え、魔法具の袋に手を突っ込む。

 そうして、急いで回復薬(ポーション)を飲んだ。

 女の子は、先程と同じ位置で軽く手をぷらぷらさせる。


「その恰好……。傭兵みたいだけど、ぜ~んぜん弱っちいの。どっかの傭兵団で小間使いでもしてるのかな?」


 そう言って、女の子がフフンと鼻を鳴らす。

 俺は鼻血を乱暴に拭うと、真っ直ぐに女の子を睨む。


「見えなかったでしょ? 諦めて帰るなら見逃してあげるよ。ちっちゃい子には優しいんだから、ウチ。」


 かっつぃ~~~~~んん!

 ちっちゃい子に、ちっちゃい子扱いされた!


 とは言え、相手が子供だからと油断していたのは、確かだ。

 今の一撃が、もしもナイフだったら?

 喉を突かれていれば、一瞬で勝負は決していただろう。


 俺は頭に昇った血が降りるように、一度大きく深呼吸する。

 そうして、腰を落としてファイティングポーズを取ると、女の子の目がスッと冷えた。


「ふぅ~ん…………まだやるんだ? せっかく手加減してあげたのに。」

「ああ、それは感謝してるよ。おかげで目が覚めた。」


 薄暗い路地に、ピリピリとした空気が流れる。

 子供同士が対峙しているとは思えない、張り詰めた空気。


(…………鳥頭なんかより、よっぽど強敵じゃないか。)


 俺は、戦場に立っている時のような緊張感を、肌に感じていた。

 その瞬間、真正面に捉えた女の子の姿が消える。


(【加速(アクセラレーション)】!)


 ドクンッ!


 心臓が跳ね、水色に視界が染まる。

 一瞬にして、女の子の拳が右下から迫っていた。


(クッ……!)


 もどかしい、スローモーションの動きで、俺は何とかその拳を躱す。

 ぎりぎりで顎先を抜ける女の子の右手を掴み、ホールドしようとするが、寸前で引っ込められた。


 女の子は左手で俺の髪を掴みに来るが、それを上半身だけ逸らして逃れる。

 俺は身体を逸らしながら女の子の襟首を掴もうとするが、右手で払い除けられる。

 すぐに膝蹴りを狙うが、それも左手を使って押さえられてしまった。

 俺は両手で女の子を頭を押さえにかかるが、女の子は大きく後ろにバックステップして逃れた。


 【加速(アクセラレーション)】を解除すると、女の子が驚いたような表情で声を上げる。


「そんな!? どうして!」


 女の子は【加護】持ちだった。

 女の子がスリをやるのも、この【加速(アクセラレーション)】があるからだろう。

 スる瞬間、そして逃走の時も、必要に応じてこの力を使っていたのだ。


(まさか、また【加護】持ちに会うとはね。)


 この数週間ほどの間に、【隠蔽(ハイディング)】、【治癒(ヒーリング)】、【加速(アクセラレーション)】持ちに出会った。

 傭兵を始めて三年以上。

 これまでは噂には聞いても、実際に見たことなどなかったのに。


「驚いてるところ悪いが、今度はこっちから行くぞ。」


 そう言って俺は、再び【加速(アクセラレーション)】を発動する。

 同じ【加速】持ち同士。

 【加護】という優位性(アドバンテージ)は失われた。

 だが、それがどうした。

 同じ【加速】持ち同士なら、あとは単純な力量勝負だ。


(さすがに、子供相手に負ける訳にはいかないんだよ。)


 俺は【加護】が無くても、そこらの傭兵や魔物に負けるつもりはない。

 一対一(サシ)での勝負なら、猶更だ。

 では、果たして女の子の方はどうだろう。

 おそらくだが、常に【加速】に頼った戦い方ばかりしていたのではないだろうか。


 もっとも、俺は【加速】以外にも【戦意高揚(イレイション )】も持っている。

 そして、女の子には悪いが【戦意高揚(イレイション )】は使わせてもらっている。

 子供が相手だと油断した詫びに、俺は本気で制圧するつもりで挑ませてもらった。


 俺が一瞬で懐に入り込むと、女の子も【加速】を発動して反撃に出た。

 低い位置から潜り込む俺に、蹴りを合わせてくる。

 だが、俺はその足をいなすと、背後に回る。

 女の子の左腕を取り、捩じり上げる。

 そうして、体当たりするように壁に女の子を押し付けた。


 ダンッ!


()ったぁ……!?」


 一瞬にして腕の関節を極められ、壁に押し付けられた女の子が声を上げる。

 俺は腰のナイフを抜くと、女の子の首筋に当てた。

 我ながら大人げないなあ。


 女の子の首に腕を回すと、壁から引き離す。


「放せっ! くそっ! 放せよっ!」


 俺の腕の中で、女の子がばたばたと暴れる。

 いや、ナイフ出してんだから、暴れんなよ。危ないだろうが。

 怪我したらどうすんだ。


 俺は女の子を押さえるのに苦労しつつ路地の真ん中に立つと、奥に向かって声をかけた。


「いつまでそんな所に隠れてるつもりだ?」

「放せってばっ! このっ、泣かすぞ!」


 いや、まじで危ないから大人しくしててくれないか?

 女の子はナイフを見せても、一切構わずに暴れ続けた。


「早くしろ! このまま暴れられたら、傷つけない保証は…………って、お前まじ大人しくしてろ!」

「うるさいっ! ぶっ飛ばすぞ、ガキッ! 放せっ!」


 話にならない。

 だが、俺が女の子を押さえるのに苦労していると、奥の路地から男の子が姿を現した。


 男の子は、女の子を見捨てられなかった。

 いや、そもそも見捨てるつもりなど無かったのだろう。

 【加護】持ちの女の子が時間を稼ぎ、その間に男の子が逃げる。

 それこそが最善であり、女の子が捕まるなど微塵も考えなかったに違いない。


 だが、それでも心配になってしまうのだろう。

 だから、男の子は逃げるように路地の奥に向かいはしたが、そこで女の子を待ってしまった。


「お兄ちゃん!」

「…………。」


 申し訳なさそうに姿を見せた男の子に、女の子が声を上げる。


「馬鹿っのろまっ間抜けっ! 何で戻って来てんのよっ!」

「それは、ちょっとひどくないか、妹よ……。」

「そ、そうだな。」


 思わず男の子に同意してしまう。

 むしろ俺は、女の子を見捨てずに姿を現した男の子を、少し見直していた。

 だが、女の子はそんな男の子に罵詈雑言を浴びせた。


「根暗っ陰キャ! コミュ障っ! お前の母ちゃんで(ピー)そっ!」

「うう……。」


 男の子が、まじへこみしていた。

 ていうか、お前ら兄妹(きょうだい)じゃないのか?

 兄の母ちゃんがで(ピー)そってことは、妹の母ちゃんもで(ピー)そだろ。

 いや、まあ、母ちゃんがで(ピー)そでも構わんと思うけどな、別に。


 何だかやる気の削がれる兄妹喧嘩に、俺は溜息をつく。


「スった物を出せ。そうしたら見逃してやる。」

「お兄ちゃん! こんなクソガキの言う事なんか聞くなっ!」

「あのさ……まじ黙っててくんないか?」


 もうやだ、この子。

 全然、話にならないんだもん。


 俺は女の子を押さえている右手にナイフを持ち変え、左手を男の子に向ける。

 早く寄越せ、と手でゼスチャーした。


 その時、男の子がガクンと身体を震わせ、自分の左腕を掴んだ。


「ぐうっ!? だ、だめだ……! 出てくるなっ!」


 男の子は苦しそうに呻きながら、懸命に左腕の前腕を押さえる。

 男の子の左腕はボロボロの包帯が巻かれているが、今はガクガクと震えていた。


「お兄ちゃんっ!? だめだよっ、お兄ちゃんっ!」

「………………?」


 女の子が悲痛な声で男の子を呼ぶ。

 だが、俺はよく分からずに男の子を見ていた。


「う、うう……うぐぅぅうう……があぁぁああっ!!!」


 男の子は懸命に左腕を掴みながら、何かに耐える。

 必死に右手で押さえようとするが、ついにその左腕は天を掴むように伸ばされた。


「………………………………。」

「………………………………。」

「………………………………。」


 気まずい空気が流れる。

 遠くに、街の喧騒が聞こえた。


「…………で?」


 俺がそう尋ねると、女の子が足元の石ころを、男の子に向かって蹴っ飛ばした。


「やっぱだめじゃんっ! バカ()ぃ! 死ねっ!」


 どうやら、一芝居打って何とかする作戦だったらしい。

 とっておきの策が不発に終わり、女の子は大層ご立腹だった。


「ああ……左腕に何か邪悪な力が宿ってるって設定なのか。世界系か?」

「せ、せせせ、設定じゃないぞ!?」


 俺の突っ込みを、男の子が滝のような汗を流しながら否定する。

 いや、必死すぎんだろ。


「いいから早く出せ。俺だって怪我なんかさせたくないんだ。」

「騙されちゃだめだよ、お兄ちゃん! きっとこいつとんでもない極悪人――――!」

「あの、ほんと黙っててくれる? 話進まないから。」

「ん、んんーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 仕方なく、俺はナイフを腰に戻すと、女の子の口を塞いだ。


「一週間くらい前にも、ここでスリをやっていただろう? 五千シギングと回復薬(ポーション)をいくつかスった。違うか?」

「んんーーーーーっ! んんーーーーーっ!」


 女の子はぶんぶんと首を振るが、男の子は苦し気に頷いた。

 やはり、レインからスったのはこの二人らしい。


「まあ、それはいいさ。短い杖(ワンド)を寄越しな。」

「んんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 男の子は諦めたのか、素直に二本の短い杖(ワンド)と、布袋を渡して来る。

 俺はそれがスられた物と同じか、よく確認する。

 そうして、女の子を解放した。


「お兄ちゃんっ!」

「おお、妹よっ!」


 駆け寄る女の子に、男の子は両手を広げて受け止めようとする。


 バキッ!


「どうして渡しちゃうのよっ! この、ヘタレッ! タ(ピー)無しっ!」


 だが、女の子は助走をつけたまま男の子を殴った。

 それはもう、容赦のないストレートだった。


「ひどい!?」

「ひどくないっ! バカ()ぃ!」


 倒れた男の子に、女の子はさらにストンピングの雨を降らせる。

 本当に容赦ねえな、おい。


 俺は短い杖(ワンド)を魔法具の袋に仕舞った。

 それから、まだ過激に戯れている兄妹に声をかける。


「おい。」


 そうして、男の子から返してもらった布袋を放ってやる。


「わったった……っ!?」


 男の子は、危うく落としそうになりながらも、何とか受け取る。


「そっちはくれるよ。勉強代だ。」


 ホーマーのな。

 そして、今度は大銀貨を一枚、指で弾く。

 大銀貨は男の子の胸の辺りに当たり、足の上に落ちた。


 俺が大銀貨を寄越してきたのに気づき、女の子が顔を赤くする。


「…………馬鹿にするなっ……! お前の施しなんか受けるかっ!」


 男の子の足の上に落ちた大銀貨を掴むと、思いっきり投げ返してきた。


「行くよ、お兄ちゃん!」


 そう言うと、女の子は路地の奥に向かって走り出した。

 そんな女の子を見て、男の子も慌てて立ち上がる。


「おい、忘れ物だ。」


 そう声をかけると、男の子は咄嗟に振り返る。

 そんな男の子に、俺はもう一度大銀貨を放った。


「これは施しじゃない。謝礼みたいなもんだ。」

「謝礼……?」


 男の子は、よく分からないといった顔をする。

 レインからスってくれたことに、謝礼をやってもいいと思っていたなんて説明しても、まあ理解はできないだろう。


「気に入らないなら、使わなくてもいいさ。でも、持っておけ。役に立つこともある。」


 俺がそう言うと、男の子は少しの間悩む。

 それからぺこりと頭を下げると、大銀貨をポケットに入れ、慌てて路地の奥に駆け出すのだった。





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