第38話 レインの迷い
シュッ!
俺は振り下ろされた剣を躱しながら、横に転がった。
魔物たちにより、俺は隊の仲間と分断されてしまう。
メッジスも剣を受けながら、悪態をつく。
「クソがぁあっ!」
「ホーマーを守れっ! ホーマーさえいれば、多少の怪我はすぐに治せるっ!」
隊長が、【治癒】を使えるホーマーを優先して守るように指示を飛ばした。
俺以外にも、すでにカンザロスが隊と分断されていた。
ケベロムとメッジス、ウラコーが必死にホーマーを守る。
(ちっ……中々厄介な事態になったな……。)
俺は繰り出される剣をいなし、掻い潜りながら考える。
乱戦――――。
隊の全員が、目の前の魔物に集中している状況。
(けど…………悪くない。)
自然と、俺は口の端を上げてしまうのだった。
俺が塔攻略に参加して五日目。
現在、五十五階層の攻略をしているところだ。
今いるのは、広い部屋になっていた。
テニスのコートよりも、少し広い程度だ。
俺は初めて見たのだが、小さな祭壇のような物がある部屋だった。
どうやら、こうした祭壇は塔の中にこれまでも時々あったらしい。
部屋の中には、三体の魔物。
五十階層から現れた、蜥蜴男だ。
厄介なことにこの蜥蜴男。剣を使う。
胸当てを着け、腰にベルトも巻いている。
そのベルトに、剣を佩いているのだ。
斬れ味はいまいちのようだが、それでも武器は武器。
脅威であることに違いはなかった。
しかもこいつら、両手両足を使えば、壁でも天井でも張りついて移動してくる。
つまり、様々な方向から攻撃が可能なのだ。
中層にいた鳥頭は、単純な膂力と鉤爪が厄介な魔物だった。
だが、蜥蜴男は鉤爪の代わりに剣を使い、膂力も決して弱い訳ではなく、更に壁や天井からも攻撃をしてきた。
踏ん張りの利かない鳥頭とは違い、しっかりと安定した攻撃を仕掛けてくる。
屋内という閉鎖された空間では、非常に厄介な魔物だった。
そうして俺たちは、祭壇のある部屋の魔物を片付けようとして…………罠に嵌まった。
入ってきた通路に格子が下り、奥に隠し扉が現れた。
隠し扉からは、蜥蜴男がわんさかと……。
所謂モンスターハウスと呼ばれる、魔物の数で侵入者を抹殺するタイプの罠だ。
(【加速】ッ!)
俺は、隊の仲間がこちらに意識が向いていないのを確認し、一瞬だけ【加速】を発動した。
水色に染まったスローモーションの世界で、目の前にいる二体、背後にいる一体の蜥蜴男の喉と心臓を的確に突く。
鳥頭は喉を突いてもまだ暴れていたが、蜥蜴男は喉を突けば、すぐに動かなくなる。
そうして、すぐに【加速】を切った。
仲間と合流すると使えないが、こちらを見られていない状況なら、適宜使って蜥蜴男を片付けることができる。
カンザロスは自力で隊の仲間と合流したようだが、俺はあえて隊と距離を取った。
魔物の勢いに押され、流されるように。
「リコ君っ!」
「こっちは大丈夫だ!」
俺のことを心配したホーマーが呼びかけて来るが、心配ない、と応じる。
まあ、心配しない訳ないわな、この状況じゃ。
隊が全滅するとしたら、まさにこうした綻びから始まると言っていい。
俺と隊の仲間の間には、無数の蜥蜴男。
この状況なら【加速】を使っても、まずバレない。
無理はせず、安全を最優勢にして俺は立ち回った。
隊からは離れつつ、倒した足元の蜥蜴男が邪魔にならない位置に移動する。
そうして俺は、あえて壁際に立つ。
追い詰められたと考えるのが普通だが、今は背後を気にしないで済むというメリットが大きい。
確かに数は脅威だが、個々の強さが飛び抜けている訳じゃない。
蜥蜴男の振り下ろす剣を躱す瞬間に【加速】を発動し、心臓を一突き。
移動した先では、突然現れた俺に戸惑う蜥蜴男の喉を突いてやる。
「うおらぁぁああっ!」
「蜥蜴がうじゃうじゃとっ! うぜえんだよっ!」
離れていても、メッジスとウラコーの声が聞こえてくる。
ちらり、と隊の方を視界に入れると、ケベロムが変な動きをしていた。
「はぁぁああっ!」
ケベロムはまるでヌンチャクのような物を使い、次々に蜥蜴男の頭を潰していく。
(あれは…………鎚矛か?)
二本の鎚矛の柄を鎖で繋げ、まるでヌンチャクのように使っていた。
器用だな、おい。
遠心力を最大限に利用し、最小の動きで最大の破壊力を生み出す。
特に鎚矛は先端に重量があるため、その破壊力は凄まじいものがあるだろう。
俺も蜥蜴男を倒していくが、一向に状況は変わらない。
とにかく蜥蜴男の数が多すぎる。
蜥蜴男の攻撃を躱していると、隠し扉が視界に入った。
どうやら、新たな応援が来ている訳ではないようだ。
今いる分を片付ければ、そこで終わり。
とは言え、まだ何十体といる訳だが。
「おっとぉ!?」
俺は頭を引っ込め、すんでのところで剣を避けた。
よそ見をしていると、不慮の一発を喰らいかねない。
そうして目の前の蜥蜴男を倒すと、天井にへばりついている一団に気づく。
五体ほどの蜥蜴男が、天井伝いに俺の真上に来ようとしていた。
俺に気づかれたことを知り、一斉に蜥蜴男が振ってくる。
「どわああぁぁああっ!?」
俺は【加速】を発動し、蜥蜴男たちの足元を器用に移動して、その場を離れる。
通り抜けざまに、数体の足の付け根を斬りつけながら。
「大丈夫かっ!?」
「な、何とかっ……!」
ケベロムの問いかけに応じつつ、また蜥蜴男の心臓を突く。
俺たちは、とにかく必死になって蜥蜴男を倒し続けた。
「ゼエッ……ゼエッ……ゼエッ……!」
「大丈夫かい、リコ君。」
百体は下らない蜥蜴男を殲滅し、俺たちは全員が生き残っていた。
部屋の中には、死屍累々の蜥蜴男。
これだけの魔物を相手に生き残っているのだから、塔攻略の間だけの暫定パーティの割にはレベルが高い。
ホーマーは、全員に【治癒】をかけて回った。
これで、今日はもう【治癒】は打ち止めらしい。
「あの状況で生き残るとは…………思った以上にやるな。」
「…………どうも。」
ケベロムが俺の所に来ると、そんな感想を漏らす。
すでにケベロムの鎚矛は連結を解き、二本の鎚矛に戻っていた。
「あんたの鎚矛も変わってんな。初めて見たよ、そんなの。」
「ん? これか?」
そう言って、ケベロムが腰に下げた鎚矛を叩く。
「ただ振り回している方が、気は楽なんでな。普段はやらん。」
どうやら、ヌンチャク形態は扱いが大変らしい。
まあ、独りならともかく、周りに味方がいる状態では、あんなの振り回していたら確かに危ない。
瞬間の爆発力というか、神経は使うが火力を上げることができる。
また、腕力を使って叩きつける通常の鎚矛の使い方と違って、力の温存もできるらしい。
集中力が続くなら、こちらの方が高火力をキープできるのだと言う。
俺は、改めて隊の仲間たちをぐるりと見やる。
全員が返り血を浴び、真っ赤になっている状態だった。
もちろん、俺も。
返り血で汚れていないのは、ホーマーくらいだ。
とりあえずの危機は去ったが、状況は決して好転したとは言えなかった。
通路は格子により塞がれており、退路が断たれたままなのだ。
「これからどうするんだ?」
俺がそう聞くと、ケベロムが片眉を上げる。
「とりあえず部屋と隣室を調べる。方針を考えるのはそれからだ。」
簡単に元のルートに合流できるなら、何の問題もない。
だが、隠し部屋の方も含め、完全に閉じ込められているのなら脱出を第一に考えなくてはならない。
そうした判断のためにも、まずは部屋を調べる必要があるという訳だ。
とは言え、元々この部屋には何もない。
ただ一つを除いては。
「…………やっぱ、この祭壇だよな。」
「まあ、そうだな。」
俺が祭壇だった残骸を見下ろして呟くと、カンザロスが頷く。
部屋の隅々まで調べるべきだろうが、とりあえず真っ先に目につくのは祭壇である。
だが、先の乱戦で見事にぐしゃぐしゃになってしまっていた。
台は倒れ、上に乗っていた物は散らばり、蜥蜴男の死体の下敷きになっていたりする。
俺は下敷きになっていた燭台を手に取り、目の前まで持ち上げる。
曲がり、ひしゃげ、血が滴る。
「あーあ、罰が当たるぞ、こりゃ。」
「ばち……? ただの呪いだろう。祟れるものなら祟ってみろってんだ。」
俺が思わず漏らした呟きに、カンザロスが突っ込む。
ばりばりのアウズ教徒からすれば、この祭壇自体が邪教を祀る物。
『こちとら、神の意に従ってんだ、あぁん!?』
てことだろう。
俺は、後ろで見ていたケベロムに振り返る。
「どうすんだ、これ? 俺は、何を探すかも聞いてないんだが。全部浚うか?」
そもそも、塔の中にある“何か”を探しているらしいという、噂しか耳にしていない。
メッジスとウラコーの話で、それが“呪物”らしいというのは聞いたが、どこまで本当やら……。
「邪神の像や、祀られていたであろう象徴などがあれば、それを持ち帰る。祭壇を飾っていただけの物は必要ない。」
要は、ご神体やそれに類する物を持ち帰る方針らしい。
「ちなみに、そういうのを持ち帰れば教会からボーナスが出る。」
「え、まじで? 探す探す。」
ケベロムからの素晴らしい情報に、俺のやる気は一気に跳ね上がった。
「とりあえず、こんなもんか。」
そうして集められた物は、三つ。
鏡が一つに、短い杖が二本。
短い杖は三十センチメートルもない程度の長さで、歩行の補助具ではなく、別に意味を持った物だろう。
すべて蜥蜴男の血で汚れてしまっていたが、ホーマーは綺麗に拭き取ると、魔法具の袋に仕舞った。
そこに、隣の部屋を調べていたメッジスとウラコーがやって来る。
「あっちは目ぼしい物は無かったぜ。つーか、こっちの部屋より狭いんだよ。あんだけの蜥蜴男がどうやって詰めてたのか、訳が分かんねえ。」
奥の部屋は、祭壇のある部屋の半分以下の広さしかないらしい。
入らないってことはないだろうが、相当にぎゅうぎゅう詰めで待機していたことになる。
俺はその話を聞き、一つの可能性と結びつける。
「いくらでも湧いてくる魔物と、何か関連があるのかもな。」
俺のその意見に、大剣を肩に担いだカンザロスが頷く。
この塔の魔物は、いったいどこからやって来るのか。
俺たちは、毎日塔を登り下りしているのに、魔物が尽きることがない。
まあ、途中の階層は階段から階段までを最短ルートで進むから、どこかに魔物が溜まっている場所があってもおかしくはない。
同じ階層にいても、遭遇しないことだってあるだろう。
だが、新たな階層に進むたびに、割と隅々まで歩き回る。
そうして最短のルートに印を付け、地図も作成している。
これまでの階層すべてに、魔物たちが巣を作っているような場所は無かったらしい。
それなのに、魔物たちはいつまでも現れ続ける。
魔物たちは、どこからやって来るのか。
これまでは、上層階にそうした巣のような物があり、下りて来ているのではないかと考えていたそうだ。
しかし、上層階の探索に至った現在でも、そうした巣のような物は見つけられないでいた。
そして、少々不自然な広さの部屋。
出てきた魔物の数と、部屋の広さが釣り合わない。
これらに、何か関連があってもおかしくはないだろう。
ケベロムも不思議に思ってはいるだろうが、首を振った。
「分からんものをいくら考えたところで、分からんさ。俺たちはただ、最上階を目指すだけだ。」
その意見に、メッジスとウラコーが頷いた。
確かに、不思議な現象を解明しても、然程意味はない。
俺たちの目的は、あくまで最上階から“何か”を盗って来ることだからだ。
魔物が現れる謎を解明しても、“何か”を持って来れなきゃ意味はないし、“何か”を手に入れてしまえば、魔物がどこから現れようとどうでもいいと言える。
「とにかく、こんなクソッタレな部屋からはさっさとおさらばしよう。抜け道、抜け穴、格子をどかす仕掛け、何でもいいから見つけるんだ。」
ケベロムの方針に、全員が頷いた。
結果としては、力技で脱出することになった。
二つの部屋に抜け道は無かった。
格子を落とした仕掛けがあるはずだが、それを見つけることもできなかった。
そのため、無理矢理格子を持ち上げたのだ。
とは言え、そんな簡単に持ち上がる物ではない。
格子の重量は一トンを遥かに超えるだろう。
これを、ケベロムとカンザロスのKKコンビで持ち上げる。
もちろん、二人だけでは持ち上げられない。
そこで、要らない剣を使って、テコの原理でアシストしたりした。
要らない剣。
それは、百本以上転がっている、蜥蜴男たちが使っていた剣だ。
何とか格子と床の間に隙間を作り、そこに剣を差し込んだ。
剣身を差し込み、柄を捻じ込みまくった。
潰れようが何だろうが、とにかく隙間を作っては剣を差し込み、少しずつ格子を浮かせた。
何度かソードが崩れて怪我をしたが、回復薬はいくらでもある。
何度も一からやり直し、何とか全員が格子と床の隙間を這い出して、脱出することに成功した。
這い出る時、全員が「今格子が落ちたら……」と考えずにはいられなかっただろう。
「お前、明日までに痩せて来いよ。」
「む、無茶言わないでください、カンザロスさん。」
格子を潜るのにもっとも苦労したホーマーに、カンザロスが言った。
四十センチメートルも浮かせれば、何とか全員が脱出できた。
…………ホーマーを除けば。
ホーマーのために、更に十数センチメートル分を浮かせなくてはならず、一度そうしている間に剣が崩れたのだ。
あの時の絶望感を思えば、文句の一つも言いたくなる気持ちは、分からなくはない。
置いて行こう、などと言い出す奴がいなかっただけ、まだマシだろう。
「まあ、脱出できたんだからいいじゃないか。」
「リコ君……!」
「ちっ。」
俺がホーマーを庇うようなこと言うと、カンザロスが軽く舌打ちをした。
「でも、ホーマーは痩せような。」
「そんな!? リコ君まで……!」
いや、普通にダイエットはした方がいいぞ。
つーか、何で聖職者やってて、そんな太るんだよ。
そんな話をしながら、俺たちは塔を下りていた。
収穫物があり、少々厳しい戦いもこなした。
何より、ホーマーの【治癒】が打ち止めになってしまった。
無理に探索をしても、被害が大きくなるだろうという隊長の判断で、今日は戻ることにしたのだ。
そうして下りていると、少々騒がしい声が聞こえてきた。
現在、俺たちがいるのは三十三階層。
あと一階層下りれば、出入り口に使っている三十二階層だ。
「何か聞こえないか?」
メッジスが呟くと、ケベロムが頷く。
「ああ……、急ぐぞ。」
俺たちは、急いで下りる階段に向かった。
ピュィィイイイイイイイイイイイイッ!!!
クゥェェェエエエエエエエエエッ!!!
「そっちに行かせるなっ!」
「だめだっ! 下がれっ!」
「うおぉぉおおおおっ!」
ガギンッ! キーンッ!
怒号と剣戟の音が、其処彼処から上がる。
塔の周囲では、鷹や鷲、梟の頭をした魔物が暴れていた。
どうやら、塔の魔物が出てきたらしい。
警備に就いていた傭兵たちが、懸命に魔物の襲撃を食い止めていた。
俺は外の眩しさに目を細めつつ、状況を確認する。
状況としては、いい勝負、ってとこか。
「鳥頭が出てきたのか……。どうするんだ?」
俺がそう尋ねると、ケベロムが首を振る。
「しょーがねえな。……待つか。」
溜息まじりに、そんなことを言う。
どうやら、手を貸すつもりはないようだ。
俺たち攻略隊もそうだが、倒した魔物に応じて報酬が上乗せされる。
そのために金属卵が貸与されていた。
つまり、ここで手を貸すというのは「獲物を横取りした」という側面もあるのだ。
もちろん、周囲を囲う石壁が崩されそうとか、逼迫した事態になっていれば話は別だ。
だが、見た感じでは、そこまで危機的な状況ではなさそうだった。
それなら、警備の傭兵たちにも、稼ぐチャンスを与えるということだろう。
何気に、俺がリベルバースの街に来てから、外に魔物が出てきたのは初めてだし。
塔の窓から見下ろしていると、戦いの状況がよく分かった。
動きの良い傭兵もいれば、かなり危なっかしい傭兵もいる。
おそらく、動きの良いのが塔内で『お掃除隊』をやっていた傭兵だろう。見覚えのある顔もあるし。
そんな中、俺はレインとベリローゼを見つけた。
二人は連携を取りながら、危なげなく鳥頭を倒していた。
ベリローゼが素早い動きで鳥頭を翻弄し、レインの方に追い込む。
そうして、レインがフルスイングで鳥頭を両断するのだ。
それはもう、見事な一刀両断っぷりだった。
今も、ベリローゼに追い立てられた鳥頭の胴体を、真っ二つにしていた。
レインに斬られた鳥頭は、上半身と下半身が綺麗に分かれて吹き飛ぶ。
「だめだ…………まるで成長してない。」
俺はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。
ぶんぶん丸に拍車がかかっていた。
この場合、磨きがかかっている、と表現すべきか。
「はっはぁ、やるじゃねえか。レインのやつ。」
「前に見た時より、動きがいいんじゃねえか。」
以前のレインの戦いぶりを知っているメッジスとウラコーが、そんな感想を口にする。
他人事だから、気楽にそんなことが言えるんだよ!
あんなのが塔攻略のメンバーにいてみろ!
怖くって近づけねえだろうが!
まあ、仲間がいるなら役割分担をするのも、そう悪いことではないのだ。
あくまで独り立ちを目指す俺と、レインをフォローする考えのベリローゼ。
こんなところにも、教育方針の齟齬が表れていた。
「あとで説教だな……。」
「何でだ? よくやってんじゃねえか。……あ、また倒したぞ。」
背中を預ける身になってみろ、とウラコーに文句を言いたくなる。
が、それを堪えて俺は立ち上がった。
「今日はもう、解散でいいのか?」
「ん? ああ、いいぜ。」
ケベロムの「解散」を確認して、俺は塔の前の台を下りる。
「明日は休みだ。明後日は同じ時間だからな。」
背中にかけられたケベロムの声に、俺は軽く片手を挙げて応えた。
「はあああぁぁぁああああああっっっ!!!」
ズバッシュッッッ!!!
ベリローゼの追い込んだ鳥頭を、レインは全力で剣を振り抜き、両断する。
「お見事です! レイン様!」
「ありがとう、ベリーちゃん!」
ベリローゼからの賞賛の声に、レインが笑顔で答える。
「お見事じゃねーんだわ、ぼけ。」
俺は後ろからレインに駆け寄り、背中に飛び蹴りを喰らわす。
げしっ!
ズザザアアアーーーーーッ!
俺に背中を蹴とばされたレインが、地面を転がった。
「リ、リコ様!? 大丈夫ですか、レイン様っ!」
ベリローゼは、突然現れた俺に驚きつつ、地面に倒れたレインに駆け寄る。
レインがガバッと起き上がった。
「何するのよっ――――!」
「何すんのじゃねえ! お前こそ何やってんだっっっ!!!」
レインの抗議の声に被せ、大喝する。
「仲間にお膳立てしてもらわないと、鳥頭すら倒せない役立たずになる気かっ!」
あまり、こんなことを大声で言いたくはないのだが。
塔周辺の警備に回される傭兵の大半が、そんな『役立たず』なのだ。
乱戦の最中だから、まだ聞き咎める者はいないだろうけど。
「ベリローゼ! これがお前の狙いか!? レインを、お前がいないと何にもできないお荷物にすれば、安泰とでも思ったか!」
「そ、そんな!? 私はただ、レイン様に活躍していただこうと……っ!」
俺が本気で怒っていることに気づき、ベリローゼが口ごもる。
俺は、レインを冷えた目で見下ろした。
「こんな雑魚さえ一人で倒せない、倒そうとすらしない。今できないのは仕方ないさ。でもな、それを克服しようとすらしない奴は、所詮はそこまでだ。」
レインは、ショックを受けたような表情で俺を見ていた。
仲間のフォローを前提に、魔物と戦うアタッカーは増長しやすい。
自分一人の力で、楽に魔物を倒している。
そう勘違いする馬鹿がいるのだ。
いつしか仲間を見下し、一人でも同じことができると思い込む。
いざ仲間から愛想を尽かされ、ソロの傭兵になった時に、それを思い知るのだ。
自らの足を食い千切られ、腹に穴を空けられて、初めて……。
「俺の――――。」
そこで俺は、口を閉ざす。
言いかけた言葉を飲み込んだ。
俺のやり方が気に入らないなら、いつでも団を解散しろ、などと。
それは、さすがに無責任というものだ。
俺は意識して大きく息を吸い込み、吐き出した。
「……フォーメーションを変えろ。レインが前、ベリローゼは中衛ポジションで牽制、攪乱だ。」
「リコ様…………それは……っ!」
俺の命令に、ベリローゼが異を唱えようとして、止める。
今のレインにはまだ無理。ベリローゼは、そう言いたいのだろう。
鳥頭の攻撃力は高い。
バランスが悪いため、総合的な脅威度としてはそこまで高くはないが。
それでも、一発いいのをもらえば、それだけで命を刈り取る攻撃力があるのだ。
「一対一でやれって言う訳じゃない。ベリローゼがしっかりフォローしてやれ。それが、本来の役割分担のはずだ。」
本来、中後衛であるはずのベリローゼが前に出て、騎士が後ろにいるなど『騎士の恥』であるはずだ。
「心は騎士でありたい。そうじゃなかったのか? 違うか?」
「ッ!!!」
いつか言っていた、レインの言葉を投げかける。
レインがハッとした表情になった。
「今すぐ活躍する必要なんてないんだ。……だから、いつか辿り着く高みのために、努力をやめるな。目指すべき場所を忘れるな。」
俺の言葉に、レインは唇を噛んだ。
きっとレインには、ずっと抱えていた『思い』があるのだろう。
実戦の中で、俺やベリローゼのように戦えない悔しさ。
いざとなれば、いつも守られる対象として扱われる。
その扱いに、忸怩たる思いがあったのだ。
「そう焦るな。本当なら、まだ学院に通っているところなんだろう? 生まれた瞬間から英傑だった者など、一人もいないさ。」
どんな立派な騎士や英雄だって、修行時代がある。
その修行すら、半ば実戦のような場で鍛えられ、活躍した者もいるだろうけど。
そんなのは、比較する方がおかしい。
それは、もはや自惚れと言ってもいいだろう。
英傑と比べられるほど、お前は才能に溢れているのか、と。
俺は視線をベリローゼに向ける。
「レインが致命傷を受けないように、上手く立ち回れ。…………やれるな?」
俺がそう言うと、ベリローゼは表情を引き締めて頷いた。
俺はレインの前に立つと、手を差し出す。
レインは気まずそうな顔でその手を握ると、立ち上がった。
「長所を伸ばすよりも、まずは短所を潰せ。その方が死ににくい。」
もちろん、どうやっても潰せない短所もある。
俺の軽すぎる体重や、身長がいい例だ。
そうした、今はどうしようもない部分、というのもあるにはある。
だが、レインの場合はそうではない。
レインは本人の気質もあり、どうにも攻撃ばかりに偏重しがちだ。
それも、どっしりと腰を落としてのタンク型。
どう考えても、レインの肉体面と気質でミスマッチを起こしていた。
長所で短所を補うというのは、最終手段だ。
短所を短所で無くせれば、それが一番いいのだ。
苦手を無くせというのではない。苦手は苦手のままでもいい。
苦手だが、何とか人並みにはこなせる。
そこまで引き上げられれば理想だろう。
レインの場合、本人の脳筋思考がネックとなり、短所を無くすことに消極的すぎた。
諦めが良すぎて、呆れるばかりだ。
「攻撃を躱し、急所を突く。鳥頭は俺でも一撃で倒せるんだ。全力で剣を振り回したりしなくても倒せるんだよ、こいつらは。」
「…………そう、なの……?」
剛腕をぶんぶん振り回す鳥頭に、警備の傭兵たちはみんな苦労していた。
だが、外に配置されている傭兵は、基本的にはドが付く三流だ。
いや、それは言い過ぎか。
せいぜい三.二流から二.八流くらいだな。
まあ、俺もまだ二流くらいだけど。
それでも、こいつらよりはマシなつもりだ。
俺は短剣を抜くと、後ろを振り返る。
警備では悪い見本しか周囲にいないから、レインもそれに引きずられてしまっているのだろう。
「レッスンだ。よく見ておけよ?」
そう言うと俺は、近くで警備の傭兵をぶっ飛ばしていた鳥頭に、襲い掛かるのだった。




