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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第四章 沈む塔

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第34話 沈む塔リベルバース




「ふぁぁぁああああ……。何あれぇ……。」


 遠くに見える塔に、レインが気の抜けた声を漏らす。

 荒野のど真ん中に、でーんと立っている塔を見れば、誰でもそんな感想にはなるだろう。


「三十階、ってところかな。」


 塔が沈み始めて、すでに三年ほど。

 一年に十階分くらいのペースで沈んでいるようだ。

 一日平均で十センチメートル以上が沈んでいるのか?


「元の高さは、今の倍くらいはあった計算になるな。」

「あれの倍!? ふぇぇええ……。」


 俺が元の姿を大雑把に示すと、レインがまた気の抜けた声を上げた。

 反応が、まんま観光客だな。







 俺は、リベルバースの街に向かう前、情報屋ギルドのマシークに少し話を聞こうとした。

 事前に入手できる情報があるなら、それに越したことはないと考えたからだ。

 だが、マシークの答えは「ない」だ。

 教えられる情報はないということだった。


 もしかして、目撃された魔王が本物で、料金がべらぼうに高いのかと思ったら違った。

 情報が相当に古いため、確度が担保できないということらしい。

 そもそも情報を買う時ってのは、それなりに時間を空けてから教えてもらうのが普通だ。

 聞いたその場で即答、ということは普通はない。


 高度に発達した情報化社会なら、ほぼリアルタイムで世界中の情報が手に入る。

 だが、この世界は違う。

 言伝か、紙媒体で情報がやり取りされる。

 その情報だって、元の世界のような膨大な量じゃない。

 かなり絞られた上でのものだ。


 一説には、現代人が一日に触れる情報量は、平安時代に暮らす人の一生分に相当するなんて言われるくらいだ。

 ありとあらゆる情報がいくらでも集まり、どんどん拡散されるなんてこの世界ではあり得ない。

 入手しようとし、時間と手間をかけて人が動き、ようやく手に入るものなのだ。


 とある観光地でトラブルがあった、という情報くらいは、まあ拡散される。

 しかし、その後の詳細などは余程のことがない限り、更新されるようなものじゃない。

 そのため、マシークが知っている情報が、今のリベルバースの情報として役に立つとは思えないらしい。

 依頼されれば現在の情報を集めることは可能だが、相応に時間はかかる、ということだった。


 ということで、俺たちはさっさとリベルバースに向かった。

 一応、リベルバースの街で情報屋ギルドと繋ぐための店は教えてもらったが。


 そうして現在、俺たちはリベルバースの街の近くまで来ていた。

 あと半日もかからず、街に着くくらいの場所だ。

 距離的にはまだ七~八キロメートルくらいはあるが、その異様な塔の姿に見入ってしまう。

 リベルバースの街に近づくにつれ、徐々に地平線から姿を見せる塔は、ちょっと面白かった。


(現在の高さはどのくらいだろうな。百五十メートルくらいか? おそらく、二百メートルまではないと思うが。)


 もう少し近くに行かないと、ちょっと分からない。

 おそらくだが、元の高さは三百メートルを遥かに越え、四百メートル近くあったのかもしれない。

 当てずっぽうだが、もしかしたら六十階建てくらいだったのではないだろうか。


(サン(ピー)ャイン60か、ドル(ピー)ーガの塔か。)


 俺は、六十階建てと言われて思い浮かぶ建築物を考える。


「あんな物を、一体どうやって建てたのでしょう?」


 ベリローゼも、遠くの塔を見ながら呟く。


「いつ建ったのか、記録が無いって話だよな?」

「はい。七百年以上も前の文献には、すでにあった、と。そう言われているようです。」


 一説には、千年以上も前に建てられた、なんて言われている。

 誰が、何のために建てたのか分からない。

 目的も分からなければ、建築方法も謎らしい。


(『神の門』とも『混乱』とも意味する、バベルの塔。元の世界では、人の傲慢さの象徴のように伝えられるが……。)


 天高くそびえ立ち、神の領域にまで至らんとした、バベルの塔。

 建築の理由は諸説あり、この所業に怒った神が塔を破壊したように言われたりするが、実際は神が塔を破壊した訳ではない。

 同じ言語で話す人々が、怒った神の力によって言語を乱された、とされる。

 そのため人々は意思疎通が難しくなり、バベルの塔の建築という難事業を継続することができなくなったのだ。


 結果、人々は塔のあった地を離れ、世界中に散っていった。

 これは、世界中で異なる言語が話されることに理由付けをした神話だろう。


 まあ、実際は神が怒った理由も天高い塔を建築しようとしたことではなく、バベルの地に人々が集まろうとしたことだと言われている。

 神の意は『産めよ、増えよ、地に満ちよ』だ。


「世界中に散らばれって()ってんだろ! 布教しろよ! 何勝手に集まってんだ、あぁん!?」


 という訳である。


 それはさておき、リベルバースの塔の目的は何だったのか。

 神の領域を目指したのだろうか。

 それとも、権威の象徴として高層の建築物を望んだのか。

 これほどの巨大建築物の建築理由が分からないというのは、それだけでもちょっとした面白味を感じた。


 ……ちなみに、バベルの塔を建築しようとしたニムロデ王だが、ノアのひ孫だとされる。

 ノアと言えば、そう方舟(はこぶね)だ。

 所謂、洪水伝説で唯一生き残ったノアの一族である。


 そのノアの子孫であるニムロデ王が、高層の建築物を望んだ。

 理由は、天高くにある神の領域?

 いや、きっとそうではないだろう。

 ニムロデ王はおそらく、()()()()()()()()()()()()()()()()()に備えたのだ。


 世界を水没させた、神の怒り。

 だが、もしも高層の建築物があればどうだろうか。

 世界中の人々が、その建築物に避難してくるのだ。

 大地を飲み込む大量の水が押し寄せようと、人々は守られる。


 反逆、を意味する名を持つ、ノアの子孫。

 もし仮に、再び神によって洪水が引き起こされたら?

 荒れ狂う豪雨の下、塔の頂きで神に唾吐き、天に(ピー)指を立てるニムロデ王を想像してしまうのは、俺だけだろうか。


 これこそが、神の怒りを買った一番の傲慢であろう……。







 そんなこんなで、到着しましたリベルバースの街。

 巨大な塔の周囲に、まるで取り囲むかのように街が作られていた。


 塔は、直径で百メートルはあろうかという、巨大な円柱のようだ。

 一階層ごとに、窓のような大きな穴が横並びに開いていて、塔が沈み始めた現在はその穴から出入りしていると言う。


 俺たちは街の入り口のような場所にいた。

 それでも、やはり目が行くのはリベルバースの塔だ。

 その凄まじい存在感は、ちょっと呆れるくらいだった。


 街全体が、遠目には遺跡のような印象を受ける。

 どうやらこの街の建物は、石や土で作った物が多いらしい。


(周辺に、木材の調達に適した森がないからか?)


 材木が一切使われていない訳ではないが、これまで見てきた街とは、随分と趣が異なる。

 砂漠の街なんかで、よくこうした建物を採用しているような印象だ。


 ベリローゼが、微かに振動する地面に視線を落とす。


「何だか、落ち着きませんね……。」

「そうだな。」


 このリベルバースの街に近づくにつれ、頻繁に地面の振動を感じていた。


 あれだけの建築物が沈んでいるのだ。

 振動が起きない訳がない。

 こりゃ、まじで街ごと沈んでも不思議はないな。


「……帰るか。」

「えっ!? もう!?」


 着いた早々、帰ることを提案する俺に、レインが驚きの声を上げる。


「予想通りって言えば予想通りなんだけどな……。まじでこの街、沈むぞ。」

「街が、ですか……?」

「ここまで塔が真っ直ぐに沈んできたのが、むしろ奇跡だ。たとえ街ごと沈まなくても、塔の沈み方が傾けば、倒壊する可能性もある。」


 俺には、この街が壊滅するビジョンしか見えない。

 それが明日のことか、数年後のことかは知らんが。


 とは言え、わざわざこんな所まで来て、そのまま帰るのも癪だ。

 何より、危険なのは百も承知でやって来たのだ。

 少しだけ街の様子を見て、情報屋ギルドから、目撃されたという魔王関連の情報を集めなければ。


(マシークに窓口の酒場は教えてもらってるし。できれば今日中に行っておきたいな。)


 だが、その前に先にやっておかねばならないことがある。

 寝床の確保だ。


「まずは宿を決めよう。それから、塔や塔から現れる魔物の情報、傭兵のことも少し調べておこう。」


 とりあえず、俺たちは宿を探すことにした。

 宿が決まったら、二手に分かれて情報収集だ。

 俺と、レイン&ベリローゼ組に分かれる。


 そうして宿を見つけたが、一応は観光名所らしく、宿泊料金が観光地価格となっていた。

 とりあえずここに一泊だけして、明日からはもっと安い宿に移ることにする。


「数軒回ったけど、どこもツインは一万シギング近いとは……。」


 あまりのぼったくり価格に、つい愚痴を零す。

 そんな俺の様子に苦笑し、レインも驚いた様子だ。


「シングルでも五千シギングって、すごいね。部屋は他と比べても、あんまり変わらないのに。」


 これまで使っていた部屋は、シングルは二千シギング、ツインで四千シギングくらいが相場だ。

 まあ、これは所謂安宿に分類されるレベルの宿の話で、普通の宿はもう少し高い。

 しかし、このリベルバースの街では、シングルに五千シギング出してもランクは安宿なのだ。

 それでもそこそこ客は入っているらしく、シングルは埋まっているという宿がいくつもあった。

 料金を聞き、他とあまり変わらない宿で、シングルとツインの両方に空きのあった宿を確保した次第である。


「情報収集に追加だ。宿の安いところも探してくれ。」


 俺がそう言うと、レインとベリローゼが頷いた。


「じゃあ、早速行くか。」


 そろそろ、空が赤くなり始める。

 情報収集しつつ、夕飯はそれぞれで摂り、適当に暗くなったら宿に戻る。

 そうしたら、それぞれ集めた情報を持ち寄ることにした。


 俺は、レインたちと分かれると、まずはマシークに教わった酒場を探した。

 しかし、困った事態が起きてしまった。


「…………潰れてるんだけど。」


 どういう訳か、見つけた酒場は廃業していた。

 薄汚れた看板に書かれた店名は、間違いない。

 間違いないのだが、壁に穴が開いたり、一部が焼けたりして、紛うことなき廃屋になっていた。

 小火(ぼや)でもあったか?


(ここでウロウロしていれば、情報屋ギルドから接触してくるか?)


 可能性としてはありそうだが、それだけに期待して空振りだったら、目も当てられない。

 少し待ってみて、それでだめなら自力でも探してみようか。


 俺は潰れた酒場の前で、しばらく大通りを眺めた。


「…………何軒あるんだ?」


 夕方に近い時間なので、すでに開いている酒場が通りにいくつもあった。

 酒場で一万シギングずつ配っていたら、一体いくらになるやら……。


「接触の仕方から教えてもらうか。」


 教えてもらった酒場の名前を出して、移転でもしたのか聞いてみるのも手か。

 しかし、それなら素直に情報屋ギルドへの繋ぎ方を教えてもらっても同じだろう。

 もっとも、ストレートに聞いても、普通は教えてもらえないんだけど。


 俺は、大きな通りから一本入る。

 少々寂れ気味の酒場を選んで、中に入った。


 店内はやや薄暗く、よく言えばムーディー、悪く言えば怪しい。

 だが、外の喧騒から離れたおかげで、個人的には居心地は悪くない。

 数名の客の視線を感じながら、俺はカウンターに向かった。


 スツールの高さも、そこまで高くない。

 俺は軽く飛び上がるようにして、スツールに腰掛けた。


 マスターは、俺を見ても眉一つ動かさない。

 仏頂面を張り付けたおっさんが、俺の前にやって来た。


「済まない。この街は初めてでな。聞いていた情報屋ギルドの窓口が潰れてて、繋ぎ方が分からない。教えてもらえないか?」


 そう言って、俺は大銀貨を一枚カウンターに置く。

 マスターは黙ってカウンターの上の大銀貨を見つめ、それから俺を見た。


「…………何が知りたいんだ?」

「いや、だから――――。」


 そう言いかけて、俺は口を閉じる。

 情報屋ギルドとの繋ぎ方が知りたい、ということではなく、情報屋ギルドを使って何が知りたいのか、を聞いているのだ。


「いろいろある。最近の塔のことや、塔から出てくる魔物のこと。それにどう対抗しているのか。傭兵はどう運用されている? あとは……。」


 そこで、俺は一旦区切って一呼吸置く。


「…………噂されている、魔王について。」


 俺が真剣な表情でそう言うと、マスターはやや視線を下げて考える。

 少しだけ考え、真っ直ぐに俺の方を見た。


「塔のことって言ってもな……。相も変わらず沈んでいってる。魔物は今年に入って少しした辺りから、強いのが現れるようになった。最初は数も少なかったから、多少の犠牲はあっても抑えることができていた。それが……。」

「数が増えて、抑えられなくなった?」


 俺がそう言うと、マスターが頷いた。


「最初は、いつもの雑魚に一体二体が混ざってるくらいだったんだ。ところが最近じゃ、そんなのが十体以上も出て来るようになってな。」


 それで慌てて、傭兵をかき集めるようになったらしい。


「街にも被害は出てるのか?」

「ああ。塔の周りは壁で囲ってんだけどな。石を積み上げた、結構立派な石壁だ。それでも、人の出入りする所はそうはいかねえ。そういう脆い所から、ちょこちょこ破れられることがあってな。」


 最近現れるようになった魔物というのは、人型をしているようだ。

 首から上に、猛禽類の頭部を乗せているような姿だと言う。

 手足には、やはり猛禽類のようなごつい鉤爪が付いているらしい。


「猛禽類って言うと、鷹とか鷲か。」

「ああ。あとは梟とかな。」


 梟の頭?

 想像するとちょっと面白いが、意外にシャレにならない被害が出ているようだ。


「大きい奴だと、二メートルを超える巨体だ。とんでもない怪力で、掴まれたら握り潰されるぞ。」

「………………。」


 それは、まじでやばい。

 頭を掴まれ、リンゴのように握り潰したり、引っこ抜いたり。

 手でも足でも、軽々ともがれるらしい。


「想像してたより、遥かにやばいな。軍は動いていないのか?」


 それだけの魔物が、それも群れをなして出てくるのでは、帝国軍が出張(でば)ってもおかしくない事態だ。


 このリベルバースの街は、帝国の直轄領にある。

 領主ではなく、代官が置かれているはずだ。

 そのため、自前の軍というのはなく、帝国軍が常駐している。


「軍の奴もいるっちゃいるが、今はメインに傭兵を充てているな。他に、教会騎士団(テンプルナイツ)出張(でば)ってる。」

教会騎士団(テンプルナイツ)も来てるのか!?」


 それは、本当に大事になっているな。


 教会騎士団(テンプルナイツ)というのは、アウズ教の教会が保持している騎士団だ。

 規模は帝国軍に及ぶべくもないが、さりとて無視できるほど弱小組織という訳でもない。


 帝国の各地にあるアウズ教の大聖堂に置かれ、教会の脅威に対抗する組織だ。

 総数としては、おそらく万単位の騎士が所属しているのではないだろうか。


「でも、何で教会騎士団がいるんだ?」


 教会騎士団は、基本的に教会の脅威に対してのみ動く。

 リベルバースの街に大聖堂があれば、魔物の排除に動くことは不思議ではないが、この街には普通の教会しかないはず。


 街が魔物の脅威にさらされた時、それを排除する役目を負うのは領主であり領主軍。

 そして、帝国や帝国軍だ。

 まあ、最近じゃ金だけ出して、傭兵にやらせることがほとんどのようだが。


 こう言っては何だが、こんなことで教会騎士団が動いたというのは違和感しかない。

 俺が眉を寄せて考え込むと、マスターがカウンターの大銀貨を摘まんだ。


「ここまでは世間話だ。……ここから、大銀貨(こいつ)の分だ。」


 そう言われ、俺は目を瞬かせる。


「もしかして……。」


 マスターが、情報屋ギルドの?

 そう思って言いかけるが、マスターは首を振った。


「こんな商売やってれば、いろいろな話を耳にする。たまたま耳にしたことを誰かに話したところで、誰に憚るってもんさ。」


 どうやら、小遣い稼ぎで教えてくれるらしい。


「大丈夫なのか? 情報屋ギルドが黙ってないんじゃないのか?」


 しかし、マスターは口を端を上げる。


「ギルドの情報は、ギルドが確度を保証する。俺の話は、ただの与太話だ。どっちを信用する?」


 確かな情報が欲しければ、情報屋ギルドがいいだろう。

 だが、今はまだ、街に流れる噂程度の確度でも問題はない。

 何より、現地での生の声だ。情報屋ギルドとは違った、貴重な情報源と言える。

 それに、これまでのマスターの話で特に問題は感じなかった。

 この後レインたちと情報のすり合わせを行い、どうしても必要な情報があれば、それを情報屋ギルドから買えばいい。


 俺はマスターに一つ頷くと、もう一枚大銀貨を置いた。

 必要に応じて、料金を補充する意思を示す。


 マスターは表情を引き締め、やや声を落とした。


「教会騎士団が出張(でば)ってきた理由は、当然教会の命令だ。……今この街には、教会の特使が来ているんだ。」

「特使?」


 マスターが声を潜めるのに合わせ、俺の声も小さくなる。

 俺の言葉を聞き、マスターが頷いた。


「はっきりしたことは分からないが…………教会は、塔にある“何か”を欲しているらしい。」

「……何か?」

「それが何なのかは分からん。塔の上層には誰も行ったことはないはずだ。なのに、教会は上層からその“何か”を入手しろと言ってんだ。」


 中々きな臭い話になってきた。

 つい、俺の口の端が上がってしまう。


「面白い話だな。その“何か”は、見当がついていないのか?」

「残念ながら、さっぱりだ。」


 そう言って、マスターが肩を竦めた。


「だが、それはどうやら最上階にあるらしい。今、集まった傭兵で腕に覚えのある奴は、塔の攻略に狩り出されてる。」

「はあ!?」


 思わず声が大きくなりそうになり、慌てて口を噤む。

 軽く周囲を見回して、話を続ける。


「……塔から出てくる魔物を退治するだけじゃなく、塔の攻略までやってんのかよ!」


 現在、報酬を増額して傭兵をかき集めているが、その原資にはどうやら教会の資金も投入されているらしい。


(これは、思った以上に核心に近づいてるんじゃないのか?)


 まさか、こんな事態になるとは想像もしなかった。


 魔王の認定、出現や討伐に教会は強く関与している。

 その教会が関心を示す、リベルバースの塔。

 しかも、何か探し物をしているらしい。


(誰も登ったことのない、塔の最上階から“何か”を持って来い? 教会は()()()()()と、どうやって知ったんだ?)


 記録には残っていないが、実はかつて誰かが登っていて、その情報が教会に伝わっていたという可能性もある。

 だが、俺は別の可能性が高いような気がした。


 ――――御神託。


 仮に、この神託とやらで塔の最上階にある物を知っているとしたら。

 魔王関連といい、教会は何を企んでいるのか。


 ぶるっ……と、僅かに身体が震えた。

 底の知れぬ教会に怖気づいたか、はたまた武者震いか。

 俺は、テーブルに置いていた大銀貨を、マスターの方に押しやった。


「面白い話が聞けた。…………他にはないか?」


 再び大銀貨をテーブルに置き、マスターに促す。

 だが、これ以上は無いようだ。

 マスターは何かを思い出そうとするように、天井に視線を向けた。


「目撃されたっていう、魔王とかはどうだ? 姿を誰かが見たのだろう?」


 こちらから、水を向けてみる。

 すると、マスターが僅かに頷いた。


「そう言や、それも知りたいんだったな。…………目撃自体は、何人も見ているんだ。まあ、遠目だけどな。」


 ()()は、鰐のような姿をしているらしい。


「塔の攻略の一環で、外から登る計画があったんだ。」

「……まあ、悪くないアイディアだな。馬鹿正直に、中の魔物の相手をしてやる義理はねえし。」


 最上階に何があるか知らないが、ただ盗ってくればいいだけなら、外から登るのは有効な手段だろう。


「ところが、これはいい所までは行ったんだが、失敗に終わった。」


 外壁を登って行った者たちは、(ことごと)く喰われたらしい。

 その、鰐の姿をした魔王に。

 魔王は空を自在に飛び、外壁に取りついた者たちを喰らった。

 襲撃に焦り、手を滑らせて塔から落ちた奴も、空中でパックンされたらしい。


「何でそいつが魔王だって分かったんだ? ただの、鰐の魔物じゃないのか?」


 俺が疑問を投げかけると、マスターは厳しい表情になった。


「『塔を汚す者に(わざわい)あれ』。そう、そいつが言ったんだ。」

「……(わざわい)?」


 俺が呟くと、マスターが頷いた。


 その不気味にしわがれた声は、このリベルバースに暮らす人たちみんなに聞こえたらしい。

 決して大きい訳ではない声が、街の人々の耳になぜか届いた。

 この不思議な力のこともあり、ただの魔物ではない、という結論になったようだ。

 おそらく、『(わざわい)』というキーワードも影響したのだろう。


(確かに、ただの魔物じゃなさそうだな。)


 災厄の魔王ラーナーと同一の存在か、まったくの別の存在か。

 それは分からないが、かなり危険な存在がリベルバースの塔を護っているらしい。


 俺はマスターの話に満足し、三枚目の大銀貨を押しやる。


「いい話が聞けた。」


 そう言って、俺はスツールを下りる。


「また、何か聞きたいことができたら頼む。」

「こんな与太話でよければ、いくらでも。」


 あくまで与太話。

 ただの噂だ。

 それでも、情報屋ギルドから聞こうと思っていたことのほとんどが、マスターのおかげで手に入った。

 取っ掛かりの情報としては、かなり満足できる内容だ


 念のため、現在の情報屋ギルドの窓口も教えてもらった。

 教会の求める“何か”については、ギルドなら何か知っているか?


 そうして俺は出口の方に向かい、ぴたりと立ち止まる。

 くるっと回れ右をして、頬を掻く。


「あー……、あとさ、どっかに安い宿ない?」


 ぼったくり価格の宿に、よそ者の俺が困っていることを理解し、マスターは苦笑するのだった。







■■■■■■







「それじゃ、報告を頼む。」


 俺がベッドに腰掛けると、レインとベリローゼが情報収集の報告を始める。


 ここはレインとベリローゼの泊るツインの部屋だが、かなり窮屈に感じる。

 ベッドが二つあることで、辛うじてこの部屋がツインだと分かるくらいだ。


 俺たちは宿に戻ると、湯場で汗を流し、それから情報共有することにした。

 レインは長い髪を縛り、ポニーテールのようにしていた。

 それでも暑いのか、タオルでぱたぱたと風を送る。

 もしかして、湯場でのぼせたのか?


「私たちは、実際に塔を見に行ったわ。……と言っても、その手前の石壁までだけど。」


 いつ魔物が現れるか分からないため、結構厳重な警備体制が敷かれているようだ。


「塔周辺の警備だけじゃなくて、どうも塔の中にまで傭兵を送っているみたい。」


 俺はその話に、黙って頷いた。

 これは、酒場のマスターの言っていた通りだ。


 ベリローゼが、いつもと変わらないびしっとした姿勢で、話を引き継ぐ。


「石壁の内側に入るには、傭兵として契約する必要があるようです。中に入る門はいくつかありますが、その門の近くに受付があるそうです。」


 二人は、実際にその受付を見てきたそうだ。

 ごく普通の掘っ立て小屋で、数人の傭兵らしき男たちが手続きをしていたと言う。


「……最近現れるようになった魔物というのは、相当に狂暴なようです。何でも、軽々と人を引き千切れるだけの力がある、と。」


 これも、マスターの言っていた通りだ。


 レインが、扇いでいたタオルをテーブルの上に置く。


「人みたいな姿をした、鳥頭。手や足も鳥みたいな形をしているって。怪力だけど、動きは鈍い。そういう話をしていたわ。」


 鳥頭って言い方すると…………いや、まあいいや。

 実際、バードヘッドと呼ばれているそうだ。


「動きは鈍いって? どのくらいなんだろうな。」

「さすがにそれは、見てみないと分からないわね。」


 速い遅いは、あくまで主観の話だ。

 油断していると、思ったよりも速かった、なんてこともあり得る。

 そうして「油断した」と後悔できればラッキーな方だ。

 それを知った時には、首と胴体が切り離されていた、なんてことだってあり得ない話じゃない。


「あくまで噂でしかないな。侮って死ぬような間抜けになるなよ。」

「分かってるわ。」


 俺の注意喚起に、レインとベリローゼが真剣な表情で頷く。

 そして、もう一つ気になる話を二人は持って来た。


「教会の一団?」


 レインの報告に、俺は顔をしかめる。


「なんか、偉そうな人が、偉そうなことを言っていたわ。」

「何だそりゃ。何言ってたんだよ。」

「…………よく分かんない。」


 レインが困ったように、向かいに座るベリローゼを見た。

 ベリローゼも、僅かに首を傾げる。


「少し離れていまして……。ただ通り過ぎていっただけなのです。ですが、その時ひどく不機嫌そうな、主教らしき人物が先頭にいました……。」


『まだ見つからんのか!』

『何をちんたらとやっておるのか!』


 と、そんなことを喚き散らしていたそうだ。

 その話を聞き、俺も難しい顔になる。


(この街に来ている特使って、その主教か……?)


 主教というのは、教会ではかなりの上位者だ。


 帝国の領地の一つひとつを、教会は一つの教区とし、大聖堂を置いている。

 そして、その教区と大聖堂は一人の主教に任されていた。

 一つの教区にはいくつも街や村があり、それぞれに小さな教会を設置する。

 教区内にあるすべての教会を統括するのが大聖堂であり、その大聖堂の管理者が主教、というピラミッド構造だ。


 ちなみに、厳密な言い方をすれば主教の管掌する聖堂は『主教座聖堂』という。

 聖堂か大聖堂かは、建物の大きい小さいの差でしかない。

 だが、大きい聖堂は主教が置かれることが普通なので、教区の管理を行う主教がいる聖堂を『大聖堂』と呼ぶのが一般的だ。


 主教よりも上位の、大主教という役職もあり、こちらは特に大きな教区を管理したりする。

 そして、アウズ教のトップは総大主教という。


 主教や大主教が必ず担当する教区を持つかと言うと、そうとも限らない。

 地方なら支社長クラスだが、本部では部長や取締役が相当。

 現代の企業で言えば、そんな感じだろうか。

 帝都の近くに総本山のような聖地があり、そこで管理職をやっている主教や大主教もいるそうな。


 レインたちの報告を聞き、俺も聞いてきた話を開示する。


「そいつは、もしかしたら教会の特使かもしれないな。どうやら、教会は特使を派遣して、塔の中から何かを()()()()()つもりらしい。」

「……何か? 何かって、何?」


 レインが首を傾げるが、俺も肩を竦める。


「それが何なのか。知っているのは、当事者だけだろうな。特使に……同行している教会関係者。教会騎士団(テンプルナイツ)。あとは……。」

「……塔の攻略に狩り出されている傭兵、ですか。」


 俺の予想を引き継いだベリローゼに、指をさす。


「まあ、もしかしたら下っ端たちや、傭兵には知らされていない可能性もあるけどな。」


 攻略隊の隊長(リーダー)くらいは話が通っているだろうが、それ以外のメンバーはどうか。

 教会騎士団(テンプルナイツ)も、もしかしたら知らされていないかもしれないな。

 わざわざ教会が出張(でば)って来たおかげで、話がきな臭くっていけない。

 俺は、スン……と鼻を擦った。


 そうして、お互いに見聞きしたことを共有し、話し合いを終える。

 鰐の姿をした魔王らしき存在の話になると、レインとベリローゼが少し怯えたような顔になっていた。


 俺は、あえて明るい声を出した。


「とりあえず、今日のところはこんなもんだな。明日は、その傭兵の受付とやらに行ってみるか。あとは、教会関係もちょっと見ておきたい。」


 まったく怯まない俺に、二人は呆れた顔になる。


 つーか、そもそもリベルバースに行こうと言い出したのは、レインではないか。

 こいつは、何でビビってんだ?


「あ、そうそう。安い宿も見つけておいたぞ。明日からの予約も入れておいたから、これで宿の心配はなくなったな。」


 なぜか、二人の目が増々呆れたようなものになった。

 何でだ?





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