第33話 目撃情報
俺は道端で、数カ月ぶりに会ったモルマバと、立ち話をしていた。
仕事で少し顔を合わせただけの間柄ではあるが、中々面白い話も聞けた。
(いくら砦攻略の肝だって言っても、帝都での商売まで面倒見ていたとはね。)
単に帝国への亡命を手引きするだけに留まらない、異例とも言える厚遇。
果たして、これは誰の手によるものだろうか。
俺がそんなことを考えていると、モルマバが「そう言えば……」と何かを思い出したようだ。
「お前、まだ傭兵やってんだよな?」
「ああ。何だ、雇ってくれるのか?」
「今回は商談だけで、荷はねえよ。……そうじゃなくて。」
そう言って切り出したのは、帝国中部にある街リベルバースの仕事だった。
「あそこで今、大量に傭兵の募集をかけてるって話だけど、お前なら興味あるかと思ってな。」
「リベルバース……?」
「聞いたことねえか? 沈む塔の。」
沈む塔。
そう聞いて、俺は思い出した。
沈む塔リベルバースは、誰でも知っていると言ってもいいほどの観光名所だ。
いつ建てられたのかも分からない、古い巨大な塔が荒野にそびえ立っている。
そんな塔の周囲に街ができた訳だが、数年前くらいから困ったことが起き始めた。
塔が沈み始めたのだ。
元々リベルバースの塔は、沈んでなんていなかった。
それが、三年くらい前から顕著に沈み始めたらしい。
何階建てかも分からない巨大な塔が、徐々に沈み始めた。
俺が初めてこの話を耳にしたのは、もう一年以上も前の話だが、その時点で元の状態から二十階分くらいは沈んでいたそうだ。
「パス。俺は行かねえ。」
「そうなのか? 最近は報酬を増額して、かき集めてるらしいぞ?」
俺が沈む塔への興味を示さないと、モルマバが訝し気な顔になった。
(行く訳ねえだろ、そんな所。)
巨大な建造物が、今まさに地盤沈下しているのだ。
はっきり言って、リベルバースの街に住んでいる者も、報酬に釣られて向かって行く傭兵も、アホだと思っていた。
おそらく、千年以上も前から立っていると言われる巨大な建造物。
下手な傾き方をすれば、どこから崩れるか分からない。
そして、塔の崩壊に巻き込まれれば、命を落とすのは確実だ。
もし可能なら、さっさと爆破でも何でもして、崩しておくべきだと思っていた。
地盤がしっかりしているのなら、観光で行くのもいいだろう。
しかし、沈んでいっている塔に近づくなんて、自殺行為でしかないだろうに。
俺はモルマバとの話を切り上げて、傭兵ギルドに行くことにした。
「まあ、また何か面白い仕事があったら教えてくれ。」
「あ、ああ、そうだな。」
俺は軽く片手を挙げ、モルマバと別れる。
「帝都に来ることがあれば、顔を出しな。場合によっちゃ、雇ってやってもいいぞ。」
モルマバが、俺の背中に声をかけた。
俺はそれには答えず、軽く手を振った。
そこで、ぴたっと立ち止まる。
くるんと回れ右した。
「…………どうした?」
モルマバが、怪訝そうな顔をして俺を見ていた。
「なんか……怪しい山賊がいたらしい。しかも、その山賊に裏から指示していた奴もいたってよ。」
俺がそう言うと、モルマバが頷く。
「聞いたぜ。まったく、厄介なこった。野盗だの山賊だのってだけでも厄介だってのに。」
「あんたも気をつけなよ。」
「ん? ああ、勿論だ。ありがとよ、心配してくれて。」
「いや。じゃあ。」
「ああ、じゃあな。」
俺はモルマバに背中を向けて、今度こそ傭兵ギルドに向かった。
どうやら、情報はちゃんと広がっているらしい。
傭兵ギルドに着くと、丁度レインとベリローゼが出てくるところだった。
「よお、どうだ。いい仕事はあったか。」
俺がそう声をかけると、レインが真剣な表情で駆け寄ってきた。
「見つけたわ! すぐに向かいましょう! 急がないと!」
どうやら、美味しい仕事があったらしい。
俺は、居ても立っても居られない様子のレインに苦笑する。
そうして、後ろからやって来るベリローゼに視線を向けた。
だが、ベリローゼは見るからに困惑している。
同じ情報を共有しているはずのレインとベリローゼで、反応が真逆だ。
これは……。
「どんな仕事だ?」
ギルドの入り口横に移動し、出入りの邪魔にならないようにする。
そうして、早く言いたくて堪らないようなレインに、報告を促した。
「リベルバースよ!」
「…………は?」
俺は困惑した。
つい先程も、その名前を耳にした気がする。
俺は、レインがなぜそんなにやる気になっているのか分からず、ベリローゼに視線を向けた。
俺の視線に気づき、困惑顔のベリローゼが説明する。
「何でも、最近になって塔から少々強い魔物なんかが出てくるようになったらしいのです。その……街の人がとても困っていると……。」
リベルバースの街が、最近傭兵をかき集めている理由が、これのようだ。
これまでも、時々塔から魔物が出てくることはあった。
しかし、塔のお約束で、弱い魔物は下層に。
強い魔物は上層にいる。
弱い魔物なら、簡単に片づけることができる。
しかし、塔が沈むことで下層が完全に地中に埋まり、現在は中層が地上と同じ高さになっているらしい。
「……つまり、下層の弱い魔物ではなく、中層の強めの魔物が出て来るようになったってことか?」
「そのようです。」
これまでも、傭兵を雇って塔の周りに配置していた。
壁も築き、街に侵入しないように。
しかし、最近はこれまでのようなレベルの傭兵では、抑えきれなくなった。
そのため、緊急で傭兵をかき集め、対応しているそうだ。
今いる街から、リベルバースの街まで一週間以上はかかる。
こんなに離れた街にまで、広く募集をかける事態になっていた。
「みんなが困っているわ! 早く行きましょう!」
レインがやる気を漲らせ、力強く言う。
俺はにっこりと微笑み、レインにちょいちょいと手招きをした。
俺が手招きをすると、レインが屈んだ。
そのレインの脳天に、本気のチョップを喰らわす。
ズビシッ!
「痛ったぁ~~いっ!?」
俺の脳天唐竹割りに、レインが頭を押さえて蹲る。
更に追撃を喰らわせようかと思ったが、本気で痛がっているようなので止めておいた。
「ええ加減にせえよ、お前。俺は『美味しい仕事を探せ』って言ったんだっ。あぁん!?」
それを選りにもよって、一番選んではいけない仕事を選びやがって。
「ベリローゼ、お前もだ。レイン一人じゃ不安だから付けたのに、意味ないじゃねえか。」
「…………すみません。」
まあ、ベリローゼの困惑ぶりを見れば、レインの暴走なのは確実だ。
それを止めることができなかったとして、あまり責めるのは酷というものだろう。
「よく憶えておけ。レインは放っておいたら勝手に危険な仕事を選んで、勝手に死ぬぞ。…………実際、俺も死にかけたしな。」
「リコ様、が……ですか?」
ベリローゼが驚き、ごくりと喉を鳴らした。
「うう……そんな言い方しなくたって……。」
レインは頭を押さえ、蹲ったまま、涙目で俺を見上げてきた。
俺は握り拳に「はぁ~……っ!」と息をかける。
それを見て、レインが慌てて首を竦めた。
そうして蹲ったレインが、恐るおそる俺を見上げる。
涙目で、じっと見ていた。
「…………何だよ?」
レインのじとっとした目に、俺もじとっとした目で返す。
レインが、ちょいちょいと手招きする。
何だ、やり返す気か?
手招きするレインをジト目で見下ろしていると、レインはしつこくブンブンッと手招きし始めた。
何なんだ、一体。
そうして俺は、レインの前にしゃがんで耳を貸す。
これで下らねえことだったら、今度は踵落としだからな?
そんなことを考えている俺に、レインがこそこそと耳打ちする。
「……塔の沈む原因が、もしかしたら魔王かも。」
なぬ?
「魔王の祟りで、塔が沈み始めたって。……そう話してる人がいたわ。」
どうやらレインは、傭兵たちの噂を聞き、この依頼に興味を持ったらしい。
いつもの「困っている人を~」だけではないようだ。
いや、単に俺を説得する材料として、拾ってきた可能性もあるか。
レインの話を聞き、俺は眉間に皺を寄せる。
ついさっき、情報屋のマシークから魔王関連の情報を聞いてきたところだ。
だが、マシークはリベルバースの街については何も言っていなかった。
それはつまり、情報屋ギルドはリベルバースと魔王の関連に大きな疑義を抱いている、ということではないだろうか。
俺は軽く溜息をつき、首を振った。
「魔王の祟りが、帝国だけでどれだけ囁かれてる? 好き勝手に言ってるだけだろ。」
そう一蹴する俺に、レインが更に耳打ちする。
「……見た人がいるみたい。」
「――――ッ!?」
あまりに意外な一言に、俺は思わず目を見開く。
(目撃……? 魔王の?)
ドッ……ドッ……ドッ……と、勝手に早鐘を打ち始める心臓。
俺は、傭兵ギルドの入り口横にしゃがんだまま、考え込んだ。
(見た? ……本当に?)
これまで、魔王の姿を見た者はいない。
それが、リベルバースで目撃されたと言う。
(枯れ尾花、か……。)
普通に考えれば、見間違いか勘違いだろう。
魔王が、そんな所に居る訳がない。
もしも本当に魔王ならば、もっと大騒ぎになっているはずだ。
(そうさ。あり得ない…………馬鹿馬鹿しい。)
そう、思う。
しかし、頭では分かっていても、どうしても引っかかってしまう。
下らん噂だ、と切り捨てることができなかった。
入り口横にしゃがみ込み、こそこそ話をする俺とレインを、通り過ぎる傭兵たちが不思議そうに見ていく。
ベリローゼもどうしたものかと、困った表情で見下ろしていた。
「あの……どうかしたのですか?」
遠慮がちに尋ねるベリローゼの声に、俺の意識は引き戻される。
そうして、ゆっくりと立ち上がると、俺は決断を下した。
「……リベルバースに行く。」
「は?」
「リコッ!」
ベリローゼは訳が分からず戸惑い、レインは喜びを表すように飛び上がった。
「急にどうしたのですか? 先程までは……。」
方針を急転換した俺に、ベリローゼが尋ねる。
そんなベリローゼに、俺はにっこりと微笑んだ。
「みんなが困ってるみたいだしな。」
レインの言った理由をそのまま引用する俺に、ベリローゼは増々困惑した顔になる。
俺が魔王のことを調べているのは、ベリローゼには話していなかった。
まあ、以前に少しベリローゼにも聞いているので、興味を持っている程度には理解しているかもしれないが。
俺は、ベリローゼに真剣な目で伝える。
「俺はリベルバースに行くが、ベリローゼまで付き合うことはない。今リベルバースに行く奴は、はっきり言って馬鹿だ。塔がいつ崩壊してもおかしくないし、崩壊が塔だけでは済まない可能性も高い。」
そもそも、地盤沈下を起こしているのだ。
大質量の建造物の沈下に巻き込まれ、街ごと沈んだっておかしくない。
そんな危険な場所に、わざわざ付き合う必要はないだろう。
「ベリーちゃん、無理することはないわ。」
レインも立ち上がると、困惑するベリローゼを説得し始める。
「危険なことが分かってて、そこにわざわざ行くことはないの。私たちに付き合って、ベリーちゃんまで危険な目に遭うことはないわ。」
レインのその言葉に、ベリローゼはショックを受けたような表情になった。
引き結んだ唇が、微かに震える。
顔を歪め、俯き、ベリローゼは悩む。
その姿に、俺はつい溜息をついてしまう。
「悩むようなことじゃないだろ。馬鹿に付き合って命まで投げ捨てる気か?」
俺だってとりあえずリベルバースには向かうが、本当に危険だと思えば、即脱出するつもりだ。
だが、その目算が誤っていれば、本当に命を落とす。
そんな危険な場所に、無理に付き合うことはない。
そう思ってベリローゼに言ったのだが、俺の言葉を聞いたベリローゼは、まるで怒っているような形相になった。
「……っ…………っ!」
何事かを呟くが、よく聞き取れなかった。
「……何?」
俺がそう聞き返すと、ベリローゼは鋭い視線で俺を射抜く。
「私も、行きますっ!」
「はあ?」
「あのね、ベリーちゃん……。」
「行きますっ!」
なぜベリローゼがムキになっているのか、理解ができない。
(ベリローゼも死にたがりか?)
レインのような無鉄砲とはタイプが違うと思っていたのだが、よく分からん奴ではある。
他に行くアテがないのは確かだが、そんな理由で死地にまで付き合うとは思えない。
先日の仕事で、当面の資金だって困ってはいないはずだ。
「ベリーちゃん、私も行ったことはないけど、本当に危ない所なのよ?」
「それでも、お二人は行かれるのですよね? なら、私も行きます。」
レインが諭すように言うが、ベリローゼは頑なについて行くと言う。
その後もレインがベリローゼを思い留まらせようと説得するが、ベリローゼは「行く」の一点張りである。
まあ、レインの言葉に説得力などある訳がないのだ。
なぜなら、説得している本人は、それでも行く気なのだから。
それに……。
俺は、レインの説得を頑として受け付けない、ベリローゼの顔を見た。
その表情は、一言で言えば、必死。
まるで、置いて行かれることに怯える子供のようだった。
バンッ!
なおも説得を続けるレインの背中を叩く。
「諦めろ、レイン。説得するだけ無駄だ。」
「で、でも……。」
レインはレインで、こんなことにベリローゼを巻き込むことを、申し訳なく思うのだろう。
「お前はだめ、俺は行く、じゃ筋は通らねえだろ。命の保証がないのは、こっちも同じなんだから。……なあ?」
俺がそう言うと、ベリローゼはこくんと頷いた。
俺は踵を返すと、そのまま歩き出す。
「勝手にしろ。自分の命は自分で守れよ。それが暁の脳筋団の流儀だ。」
「はい!」
これから死地に向かうと言うのに、何が嬉しいのかベリローゼが笑顔で返事をする。
レインは黙って俺たちの後について来た。
自分のせいで、ベリローゼまで危険な場所に行くことになるのを、少し悔やんでいるようだった。
(…………いい傾向だ。)
とぼとぼついて来るレインをちらりと見て、俺はそんなことを思うのだった。
■■■■■■
傭兵ギルドから、そのまま俺たちは旅の準備に向かった。
そうして最初に向かったのは、魔法具屋だ。
「……おっし、これでオッケ。」
俺はおニューの魔法具の袋を身につけ、袋の中に手を入れる。
これは、たった今買ったばかりの、俺専用の魔法具の袋だ。
これまで身につけていた魔法具の袋は、戦場で手に入れた誰でも使える状態の袋だった。
しかし、それでは盗難のリスクもあるため、中々気が抜けない。
そこで、使用者登録も行った、俺専用の魔法具の袋を持つことにしたのだ。
「いいなぁ……。ベリーちゃんも自分の持ってるし。」
俺の袋に手を入れようとしながら、レインが呟く。
当然ながら、レインの手が入っていくことはない。
「俺のお古で良ければ、これまでのはレインにやるよ。」
「いいの!」
「油断してると、すぐ中身盗られるからな。きちんと警戒しろよ?」
地図のこともあり、ちょっとこれまで以上に警戒する必要ができてしまった。
常に気を張り続けているのはいいのだが、できればリソースを周囲への警戒に振り分けたい。
そのため、魔法具の袋は仕様的にスられる心配の無い物に変えることにしたのだ。
俺の袋の中身は、地図のように取り扱いに注意を要する物や、俺個人の物を中心に仕舞う。
傭兵団としての共用の物も、これまでは俺が管理していたが、それを全員に分ける体制に変更する。
これで、仲間とはぐれたら食い物も飲み物も回復薬も無い、なんて事態は起こらない。
「いざ必要になった時、中身が空っぽでも自己責任だ。人をアテにするなよ?」
「う……っ!?」
これからレインが使う魔法具の袋は、鍵のぶっ壊れた貯金箱のような物だ。
しっかり自分で守らないと、誰に盗られるか分からない。
「自分が警戒してればいいだけなんだ。それさえ守れば、こんなに便利な物も他にないだろ?」
「…………頑張ります。」
実際、そうやって俺は魔法具の袋を守ってきた。
俺がどうやって警戒していたかは、レインも見ている。
寝る時でさえ、俺は魔法具の袋を腹に抱えて眠っていた。
それを、自分でやるだけだ。
(レインは少し、周囲を警戒することを憶えるといい。)
警戒心ナッシングのレインには、丁度いい訓練になるだろう。
俺は魔法具屋を出ると、建物の間にある細い路地に入った。
レインとベリローゼを前後に立たせ、警戒させる。
そうして、これまで使っていた魔法具の袋から、新しい袋の方に中身を移した。
「よし、もういいぞ。」
そう言って俺は、これまで使っていた魔法具の袋をレインに渡す。
「しっかり管理しろよ。」
「う、うん。」
レインはドキドキしているような顔で、魔法具の袋を腰に着けた。
嬉しいのか、その表情がにへら……と緩む。
その緩んだ頬を引っ張ってやりたい気分になるが、放っておくことにした。
一度痛い目に遭わないと、きっと気が引き締まらないのだろう。
レインに持たせる物は、少額のお金、水の入った樽、糧食や回復薬などだ。
自分の分を、まずは管理させる。
「中身の分配は、後で宿でやるからな。まずは買い物だけ済ませよう。」
今日のうちに必要な買い物を済ませ、明日の早朝にリベルバースに向かって出発。
急いで向かうつもりなので、今回は商隊の護衛は無し。
道中に宿を使うかどうかは、タイミング次第だ。
リベルバースまで、野宿上等の強行軍で向かうつもりだった。
(沈む塔に…………魔王、か。)
単なる噂。
実際はただの枯れ尾花かもしれない。
それでも、俺の口の端は意図せず上がってしまう。
虚空を、睨む。
(待ってろよ……!)
俺は、まだ見ぬ魔王という存在に、期待に胸が膨らんでしまうのだった。




