46 信太朗「敦ちゃん……。」
「私、貴方にもう一つお伝えしていないことがあります。」
「えっ!」
「あの時、お香の匂いで記憶を取り戻した時に、母上の記憶も蘇りました。私自身も忘れていた、とても幼い時の思い出。」
「思い出……。」
「私が女ではなく男として育てられることに、母上は反対していました。
父の意志が固いことを知ると、せめてもと、母上は私に、秘密の贈り物をしてくださったのです。」
「敦ちゃん……。」
「信太朗様、私の本当の名前は敦盛でも敦ちゃんでもありません。私の御名は【青葉】。母上が、私に、秘密でつけてくださった名前です。」
彼女の頬を涙が一筋流れた。
「青葉……あおは。」
俺は宝物を扱うように丁寧に、その名前を呼んだ。
「そうです。私の名前はあおはです。」
「あおは……俺は君が好きだ!」
「信太郎さま……。嬉しいです。私も貴方とずっと添い遂げたいです。」
燃えるような緋色の目が、涙で更に赤くなっている。
二人はどちらからともなく顔を近付けて、唇を合わせた。
唇を通じて、彼女の体温と想いが伝わってくる。
彼女の吐息が温かい。
愛おしさで胸が張り裂けそうになる。
「信太郎さま、お願い、私を……。」
「あおは……。」
俺はもう一度、彼女を強く抱きしめた。
もう言葉はいらなかった。
二人がいる東京が、運命の明日に日付を変えるには、まだもう少し時間があった。




