45 信太朗「この笛の音も、もう二度と聴けないんだ」
「じゃあ明日、東京に戻るから作戦決行だ。準備しておくんだよ。」
「わかりました。弘子お姉さまもお気をつけて。」
敦ちゃんは、スマホに映る姉ちゃんに手をふると、通話を切った。彼女はすっかりスマホの使い方に慣れていた。
夕飯をいつものように済ますと、交代で風呂に入った。
「お休みなさい、信太郎様。」
「ああ、お休み……。」
いつも二人で視る習慣になっていた、9時のニュースも今日は視るのをやめて、早めに休むことにした。
敦盛はドアを開けて部屋に戻る。
信太朗は自分の部屋に戻った。
明日は、大事な決戦の日。早く寝て明日に備えなくてはいけない。
といっても、作戦はほぼ決まっていて、今更俺のやれることはほとんどないが……。
信太朗はジャージに着替えてベッドに横になった。
「……。」
眠れない。
作戦は上手くいくだろうか?
敦ちゃんを元の世界に無事に戻し、源義経を倒し、歴史を変える。
あいつらは戦で死んだりしないだろうか。
せっかく用意した、与一用の薬は無駄にならなけれがいいけど。
すると、隣の部屋から、かすかに笛の音が聴こえてきた。
敦ちゃんも眠れないのだろうか。
無理もない。一歩間違えたら、彼女の命はないのだ。
しかし、成功すれば、彼女の願いは叶えられ、平家は滅亡しなくなる。彼女は一族の危機を救えるのだ。
そして、俺は元の平穏な生活に戻る。
「元の……生活……。」
そう、安全で清潔で、アンダーソン少佐から学んだ戦闘知識を使うこともない。
そしてとても退屈で……。
敦ちゃんがいない生活。
彼女の声も、笑顔も、怒った顔も、お団子も食べてる幸せそうな顔も。そして涙も。もう、見れないんだ……。
笛の音はまだ聞こえてくる。
清らかな、そしてどこか寂しげな調べだ。
(そうだ、この笛の音も。)
(もう……二度と聴けないんだ……。)
(もう二度と……。)
その時、笛の音が、唐突に止んだ。
一瞬の静寂。
次の瞬間、信太朗は、勢いよくドアを開けて廊下に飛び出していた。
同時に、敦盛がドアを開けて飛び出してきた。
「敦ちゃん……。」
「信太郎様?」
俺を見て驚いた敦盛の大きな目からは、涙がポロポロと流れて落ちていた。
気づくと俺も同じように涙を流していた。
俺は敦ちゃんに近づいた。
敦ちゃんも俺に近づいてくる。
「敦ちゃん。俺は……君と離れたくない。離れて暮らすなんて考えられない。」
「信太朗様……。」
「責任をとるとかそういうのじゃなくて。俺はただ……。」
「……。」
「君と、一生……一緒にいたいんだ。」
敦ちゃんは俺の腕の中に飛び込んできた。
彼女の心臓の音が聞こえる。
少女は、男の胸から顔を離すと、彼の目をじっと見つめた。
「信太朗様、私、まだ秘密にしていたことがあるのです。」
「えっ。」
「わたし、あの時。直実殿に首を取られそうになって、死を覚悟した時に。私、思っちゃったんです。」
敦ちゃんは目をつむっている。
「今まで思ってもいなかった願い、いえ、私のの意識の中で今まで無意識にひた隠しにしてきた願い。」
「願い……。」
「一度でいい、おなごとして扱われてみたかった。恋というものをしてみたかった。私をどんな時でも支え、励まし、味方をしてくれる。そんな素敵なお方と出会いたかった、って。」
「……。」
「そして、気づいたら、貴方が目の前にいました。信太朗様。」
敦盛は少し笑った。




