31 信太朗「お味方いただけましたら、3つの利がございます。」
「ええと、それはこうです。熊谷家が我らにお味方いただけましたら、3つの利がございます。」
「3つの利?」
小次郎直家が怪訝そうな顔をで俺を見た。
「まず、先ほど撃退した賊ですが、あの正体は、久下直光殿の手のものではありませんか?」
「そうだ、大叔父上の手のものに違いない。」
「久下直光殿は、近く熊谷家の代わりに次の平家討伐軍に召集され、九郎殿の与力となります。」
「なんだと?」
直実と直家からは聞き捨てならぬことだった。
久下直光が、九郎義経に接近しているとは、うわさで聞いたことがある。
「なぜだ。先の戦いの一番槍は父上だ。私、小次郎も功をあげている。」
「おそらく……。」
俺はおそるおそる発言する。
「おそらく、先の戦いで、敦盛……殿の首を取りそこなった事が、義経の心証を悪くしたのではないでしょうか。」
直実と直家は、視線を俺から敦盛に、また俺に戻した。
「直実殿は、敦盛殿を討ち取ることをためらった。それを梶原景時などの他の御家人が見ていた。」
「……しかし、義経様は、功をお認めになられたぞ。それで熊谷郷の所領安堵と、この笛を下賜された。」
俺はすこし間をあけて、直実を見上げた。
「直実殿にお尋ねします。直実殿は、あの一件の後、戦を厭う気持ちが芽生えなのではないでしょうか?」
「!?」
直実は思わず立ち上がった。
「なぜ……そなたにそのようなことがわかる。」
「それは……」
「私の時代の書物に「平家物語」に、この時代の出来事が記されています。その中に熊谷直実殿と平敦盛殿の記述があります。その後熊谷殿がどう想いその後どうなったか。久下家との所領争いがそうなったかも。」
俺は、持ってきた「平家物語」の小説を抜粋して皆に聞かせた。
「なるほど。」まず発言したのは、小次郎直家だ。「よくわかり申した。で……肝心の当家にとっての3つの得とやらをお聞かせ願いたい。」
「はい。まず一つ目の得は、戦を避けられること。この先に起こる平家とのいくつもの合戦やその後の坂東武士同士の内戦。挙句は天皇家とも戦わなくてはいけません。」
「なんと、帝とも戦う事になるのか!?」
「それらを避けることによって助かる命は、数千数万になるでしょう。もちろん熊谷郷に生きる方々も含みます。」
「......。」
「二つ目は、久下家とのいさかいを終わらせられます。今後起こりうる、久下直光殿と郷境界争いに、熊谷家は破れます。しかし義経公とともに久下直光殿を滅ぼしてえば、状況は熊谷家に多いに有利になると思いせんか?」
久下家からは、昨夜襲撃があったばかりだ。
「そして三つ目。」
俺は敦盛と直実の顔を見て言った。
「直実殿の心情をおもんばかってのことです。先ほどもお聞きしましたが直実殿。あの一件の後、戦を厭う気持ちが芽生えなのではないでしょうか?そしてそれはなぜなのでしょうか?その答えが3つ目の利です。」
直実は、ずっと黙ったままだった。目をつむり腕を組み、ひたすら難しい顔をしていた。
「父上……」
直実は目を開き語り始めた。
「小次郎、信太朗殿の言う通りじゃ、わしは源氏だの平家だのに分かれて争うのがほとほと嫌になったのじゃ。きっかけは、あの戦でそこにおられる敦盛殿の首を取るとき。年も小次郎と同じくらいの若武者が、戦のため死んでいく。何のためじゃ。」
「何のため?」
「熊谷家のためか?すでに熊谷家は鎌倉殿に所領を安堵されている。我らにとっての敵は、あくまで戦を続ける九郎義経殿と、直光叔父ら久下家の面々じゃ。敦盛殿に助力することによって、それらを討ち、戦のない世にすることができる。そうであろう小次郎。」
直家がうなずく。
「儂は、以前法然上人にお会いしてこう諭された。「今武士をやめるわけにいかないのなら、己の責務を全うし、すべてを阿弥陀如来様にお任せしろ」と。」
「法然様が……。」
「これも阿弥陀如来様のお導きと儂は信じる。熊谷家は、平敦盛公にお味方し申す!」
俺と敦ちゃんは頭を下げる。
「ありがとうございます。よろしくお願い申します。」
「こちらこそお願い申す。さて……。」
直実は、立ち上がった。
「昨日から何も食べておらん。朝餉の用意をいたそう。」
小次郎が首肯し、家人と一緒に奥に引っ込んだ。




