第九話
それからまた、数年の月日が流れた。
クーファッシュは相変わらずルキリアがいない現実に耐えられず、そしてヴァイスはついに念願の“花嫁”としてルキアを娶ったところだった…と言っても、すべてはヴァイスの願望と勘違いで、彼らはすれ違いを長い間していた。
「ジャスティスさんとレイチェルさんの出会いってまるで運命みたい…」
ルキリアと同じように書庫に入り浸るルキアは、やはり何処かルキリアと似ている。
クーファッシュはルキリアとの約束を果たすために、ヴァイスや他の魔族からルキリアの大切なルキアを守っていた。
「ルキア」
この、話し掛けても聞こえていないところなんかもルキリアとそっくりだ。
ーーーでもルキアは、ルキリアじゃない。
似ていると、そう思っても…目の前にいるのはルキリアじゃない。
やっと後ろのクーファッシュに気付いたルキアは、慌てて読んでいたジャスティスの日記を閉じて指を挟んで痛がっていた。
「ルキリアの大切なモノに傷をつけるわけにはいかない。ルキア、その手を見せろ」
大した傷ではない。それでも、クーファッシュはルキリアとの約束を守るために黒の魔力を使ってルキアの指を癒した。
「え…?すごい…」
そう驚くルキアの顔も、ルキリアに似ていた。
ありがとうございますと、礼を言うルキアはルキリアとは少し違うと感じた。それに、ルキリアの大切なルキアがおれに礼など言う必要はないんだ。おれはただ………
ーーールキリアとの約束を果たしているに過ぎない。
☆☆☆
魔王の城、魔王の執務室にはいつもの2人だけしかいないのに、重い空気が漂っていた。
「また人間共は余計なことをやっているな」
「ジャスティスの時代から、白の霊力を持つエルフを己が欲のために乱獲し続けた結果だ」
前魔王の補佐だったエヴィルも頭を悩ませていた難題だった。それは完全解決されること無く続き、今はもう手が付けられない状況まできている。
「白の霊力を持つ、人間か…さすがに、島の人間には及ばないだろう?戦える魔族を揃えろ」
「島の人間並みの白の霊力に対応できる奴がおれ達以外にいると思っているのか?そうでなければ、この星を守護する魔族が滅ぶだけだ」
戦うことを想定している現魔王であるヴァイスに対し、最愛がいない世界など、どうでもいいと思っている現魔王補佐であるクーファッシュ達は…完全に方向性も戦略も違っていた。
「それでも、お前は我の命令を聞くだろう…最悪の場合にはルキアを逃がせ」
「たまにはお前自らエヴィルに頭を下げたらどうだ?」
「フッ、魔族の頂点に君臨する我がそんなこをできるか」
考える方向性が違っても、“ルキアを守る”それだけは一致していた。
否、ただそれだけでこの2人にとっては十分だった。
「夜にはエヴィルのところにルキアの報告に行こうと思っていた…今から行ってくる間に、お前はこれを片付けておけ」
何処から出したのか、クーファッシュは大量の紙の山を執務机の上に並べていた。
これはこれで、魔王の仕事に頭を抱えていたヴァイスだった。
そして、その日は来た。
魔族の領土に人間達が攻め込んで来ていた。白の霊力を持つ大量の人間…対魔族用の大物の武器で次々と魔族は地上に叩き落とされている。
「クーファッシュ!エヴィルはまだか!?」
魔族の姿で戦い、白の霊力で攻撃を受けたヴァイスは隣で白の霊力を纏う大砲を魔族の強固な黒き足でいくつも蹴散らしているクーファッシュに怒鳴るように聞いていた。
「もう少しで来るはずだ。ヴァイス、先にルキアのところに行け!」
撃たれた大砲の玉を大きな魔族の姿で敵に見せ付けるように余裕そうにかわしながら、クーファッシュは先にヴァイスをルキアのところに向かわせる。
もう…この世界で守るものは、ルキリアの大切なルキアだけ。それ以外はどうでもいい。おれはどうなっても、ルキリアのいるところに逝けるのなら…その願いさえ叶うのなら、それでいい。
ーーー『クー、私を独りにしないで…』
何処からか、ルキリアの声がした気がした。
だが、周りを見回しても、ルキリアの姿は無い。これも、もう…きっと、いつもの幻聴だ。
「使い手の質が追い付いていない…」
いくら頭数が増えようとも、この星でもっとも貧弱な人間の身に宿す白の霊力が増えようとも…この星で最強の種族として君臨し続けてきた魔族のトップクラスを仕留めるにはまだ足りない。
「だが、数だけが多いか…」
クーファッシュは傷を負いながらも、この場の戦いに勝利した。
それでもまだ、魔王の城へ向かう敵は多い。このままではルキアを逃がしたとしても魔族は滅ぶだけだろう。
魔王であるヴァイスだって、深傷を負っていたはずだ。
「ルキリアのいる場所に逝ければ、あとはそれだけでいい…」
そして、ルキアをエヴィルが村へ連れ帰ったところで、最期の魔王と共にクーファッシュは魔王補佐として最後まで戦っていた。
どうしてだろう…最愛のルキリアのところへ逝きたいのに、おれは何故だか致命傷になることを避けて戦っている。
ルキリアがおれを呼ぶのに、どうして…
ーーー『島の神巫女は、記憶を保持したまま転生し続けるからねぇ………』
そう言っていたのはまだジャスティスが魔王で、エヴィルが魔王補佐をしていた頃のルイだった。
もしかしたら、神巫女であったルイの血を引くルキリアも…記憶を保持したまま、生まれ変わるかもしれない。
「どうしておれは、それを失念していた…?」
「邪悪な魔族め!滅びろ!!」
おれのルキリアとルキリアが大事にしている人間以外に興味など無い。
あいつもルキアを守るようになってから、弱くなったか…一緒に戦う魔王ヴァイスの気配がとても弱々しい。
おれもあいつのことは言えないんだろう…おれは、ルキリアが転生して戻ってきてくれることを、まだ待つことにした。
「悪いな、ヴァイス。おれはルキリアのところに行く」
少しでも目立たないように姿を魔族から人間の変えて、戦線を離脱する。つい先程まで死に場所を探していた自分が滑稽に思える。
そんなクーファッシュを視界の端に捉えたヴァイスは、ただただ不敵に笑っていた。
「フン…魔王として、魔族の滅びの象徴になるのは我だけでいい・・・・・」
最期の魔王ヴァイスが最愛のルキアに想いを馳せながら、散る。
ルキアに対するヴァイスの愛の言葉は…その後、魔族の肉体から音になることはこの女王の統治時代にも永遠に無かった。
この日、純粋な魔族はクーファッシュとエヴィルだけを密かに残して滅んだ。真実を、何も知らない人間達は、歓喜の声をただただ上げていた。




