第八話
クーファッシュの縄張りである通称“寝床”は、聳え立つ崖の上の、洞窟である。
その中にはクーファッシュの黒の魔力を蓄えた、本人と同じ色のように空色に光り耀くブルージルコンがたくさん生成されている。
「ねえ、クー?」
まだお昼なのに、ここでは上を見上げても横に視線をずらしても、首が疲れて下を見ても、まるで星空の空間にいるようだった。
ルキリアの後ろ、人間の姿でルキリアを抱くクーファッシュは、ずっとずっと愛おしくて堪らない“おれのルキリア”を撫でて、愛でていた。
「いい加減あきないの?」
いつまでもくっついてくるクーファッシュには、まだ慣れない。
それに、彼の、魔族の使う魔法のようなものにも慣れなくちゃ。
「おれの傍は嫌ですか?ルキリア…」
クーファッシュの傍はとても落ち着けて、好き…なのだけれど、どうしてかしら?私はクーに不安そうな顔をされている気がするわ。
たまに口調が出会った頃に戻る時もある。
「おれはルキリアとずっとこうしていたい」
また、私を抱き締める力が強くなった。少し痛いけれど、クーファッシュはちゃんと力加減をしてくれている。
ここで一緒に寝る時は、クーファッシュの気紛れなのか何なのか、たまに魔族の姿に戻って彼の傍で一緒に眠ることもあった。
「おれだけを見て。おれのルキリア」
また、クーファッシュが私の頬を、唇を…その長い指で撫でる。
優しいはずなのに、時々とても恐ろしくなる瞬間がある。そう思った直後、クーファッシュはそんな私の気持ちを分かっているのか…彼の手はいつも私の頭の上に移動している。
「ルキリア、ルキリア…」
何度も何度も、クーファッシュに名前を呼ばれる。何だかくすぐったくて、恥ずかしいけれど…とても嬉しい。
どうやら、このままクーファッシュは私を放してはくれないらしい。
☆☆☆
何年もの月日が過ぎる。
クーファッシュと一緒にいられた時間は、長かったのか、それとも短かったのか。
太陽村の人間であるルキリアにとっては長い時間。
だけど、魔族であるクーファッシュにとっては、とてもとても短くて一瞬で過ぎ去った時間。
「クー……………」
「おれはここにいる。ルキリア」
クーファッシュを探してさ迷う目と弱々しいルキリアの声に、さらにルキリアの空中をさ迷い始めた手を取ってクーファッシュは応える。
もう何日、いや何週間、いや何ヶ月…ルキリアはこんなにも衰弱していっているのだろう?
この時のクーファッシュには、まだ分からなかった。理解など、したくはなかった。
「ルキリア。おれを見て」
そう…“願い”にも似た、子供染みた独占欲のような言葉をクーファッシュはずっと、紡ぎ続けていた。
それでも、ルキリアがその言葉に応えてくれるのは時間が経つにつれて減っていくだけで…だんだんと自分を蔑ろにされているように感じるクーファッシュは、もう頭がどうにかなりそうだった。否、なっていた。
ーーーもっとルキリアにおれを見ていて欲しい。
「おれを、ルキリアは・・・・・」
ーーーおれのルキリア…
いつの間にか、ルキリアの体は冷たい。動かない。その目を開けて、もうおれを見てはくれない。
またいつかルキリアが目を開けてくれるのを待つことにしたクーファッシュは、毎日ルキリアを抱き締めていた。
ーーーどれくらい、繰り返しただろう。
もう、目を開けてくれないことも、おれを呼んでくれないことも理解している。
だけど本当は、認めたくない。
「ルキリア…おれを見て・・・・・」
もう、クーファッシュは限界だった。精神がおかしくなっているのに、ヴァイスもまた手がかかる。
ルキリアに出会う前に戻っただけの、はずなのに…クーファッシュはそれに数年気付かず、本当に己がおかしくなってから気が付いた。
自分にとって、どれだけルキリアが大切か。ルキリアがいない地獄が…どれだけ何も、色も音も無く、無気力で、それでいて残酷か。
そんなクーファッシュが否定した1番の感情は、何者にも代え難い…最愛の居ない寂しさの孤独。
「おれの、ルキリア…」
ーーー“ 魔族は人間を喰べる。”
それが、現代のこの暗闇の星の理である。
それから、何十年もの間…クーファッシュは何処にもいない“おれのルキリア”を探して、この暗闇の星をさ迷っていた。
魔族の大きな大きな体で、この星を何周しただろう…それでもルキリアは、何処にもいない。
「ルキリア…」
それでも、クーファッシュが生きている世界は明日へと進む。どれだけ留まりたいと、ルキリアと過ごした過去へ戻りたいと切望したとしても…その願いを叶えてくれるような“ 神族”は、この星には存在しない。
そんなことを繰り返しつつも、クーファッシュは魔族のNo.2として魔王であるヴァイスの補佐もこなしていた。
「クーファッシュ、ルキアはまだ僕のところに来ないのか?」
魔王の城の執務室で、大量の資料の山に囲まれたヴァイスは突然何を言い出すのかと彼を見れば、妙なことを言い出していた。
「その報告書は問題点があったが、おれの方で処理しておいた」
ヴァイスの世迷い言を無視してクーファッシュは執務を続けようとすると、ヴァイスは不機嫌な顔をして黒の魔力で威圧してきた。
「おい!クーファッシュ!!」
「寝言は寝てからにしてくれ…そもそもルキアが何故、お前のところに来ると思っている?」
「…来ない、のか?」
何だその、“心底理解できない”と云うような顔は。
クーファッシュはそんなヴァイスを再び無視して魔王の執務を続けさせようとした。
「その次の報告書はまた厄介な内容だ」
「…僕のことは無視か。ルキリアがいないせいなのか?」
ヴァイスがルキリアの名前を出した瞬間、クーファッシュの纏う空気が一瞬で氷点下へと落ちていた。
ヴァイスが、これはマズいと思った瞬間には、気が付けば魔王の執務室はクーファッシュの黒の魔力で満ちて城ごと崩壊していた。
「ヴァイス…」
「ぼ、僕が悪かった!だから、そうだな、少し休憩にしよう!僕が魔王として責任を持って城が元に戻った時にはこの報告書をすべて片付けよう!!」
「…少し頭を冷やしてくる。その間に魔王の執務を終わらせておけ………」
少しだけ落ち着いたらしいクーファッシュは、そう言うと姿を魔族に変えて何処かへ飛んで行ってしまった。
残された魔王、ヴァイスは殺されずにすんだと胸を撫で下ろしていた。いくら魔族の頂点に決めた時に闘ったとはいえ、ずっと一緒にいたクーファッシュにはすべての手の内を見透かされていそうであまり闘いたいとは思わない。
「ルキリアがいなくなっただけで、あんなになるとはな…」
今までのクーファッシュからは考えられない。そう思いながら、ヴァイスは城が元に戻るのを待つことにした。




